7:チュートリアルは終わったか?
「フィロメニア~。ちょっと寮の中を歩き回ってきてもいい? 建物の作りも知っておきたいんだよね」
持ち込んだ物の荷解きも終え、学園生活の準備も一段落した昼過ぎ。
アタシはフィロメニアの紅茶を入れ終えると、そう声をかけた。
ここはアタシにとっては未知の場所でお屋敷とは違う。
お屋敷なら目を瞑っていても目的の場所にたどり着ける自信はあるけれど、この建物で何かあった場合に備えて色々と調べておきたいのだ。
「構わんが問題を起こすなよ」
「そんなに信用ないかな……」
「用心しろという意味だ。私たちは敵が多いからな」
まぁ……それもそっか。
ここが王家のお膝元とも言える学園といっても、神殿に肩入れする貴族の子も通っているはずだ。
そうでなくとも国内で強い影響力を持つラウィーリア公爵家は、常に下から突き上げられる機会を狙われている。
そんな政治的な派閥争いの場でもあるのが学園という場らしい。貴族主義ってめんどくさいな……。
「じゃあ、鍵は閉めとくから、何かあったら呼んで。セファーも教えてくれると思うし」
「姿の見えぬ存在に見張られているのもいい気分ではないな」
「見えてる方が鬱陶しいと思うよ」
アタシはそうしてしっかりと戸締りをして、寮の廊下へと出た。
すると早速、セファーがアタシの頭の周りを飛び回る。
『鬱陶しいとは失礼だねぇ』
『事実でしょ。――……ヒロインの部屋が知りたいの。難しいかもしれないけど、明日出発する時間もずらせばフィロメニアにぶつからないかもしれないでしょ』
『ふぅん。なら我も色々と見て回ろう。なに、君の主人もちゃんと見守っておくさ』
セファーはそう言うとこっちの返事も待たずに廊下の奥へと飛び去っていった。
相変わらずのフリーダムさに呆れる。
それを見送って下の階へ降りると、廊下に響く喧騒が大きくなった。
「早く運びなさいよ! このウスノロ!」
「用意しておけと言いましたわよね!? なぜ持ってきていないのです!?」
「ねぇ! 喉が渇いたんだけど!」
さすが貴族の集う学生寮というべきか。
偉そうに文句を言う声が聞こえてくる。
もちろん生意気でプライドの高い生徒ばかりではないとわかってはいるものの、社交界やお茶会で上品振っている娘たちが口悪く使用人を罵っている声を聞くと頭を抱えたくなった。
アタシはこれ以上、気分が悪くなる前に最下層の階を目指す。
ヒロインの部屋のだいたいの当たりはついているからだ。
なぜなら彼女は田舎出身の平民。
魔法の才能を見出されて入学を許されたとはいえ、与えられるとすれば条件の悪い部屋だ。
物語序盤、初めて一人部屋を持てたことに喜びを感じていた主人公だが、視点が違うとこうも感じ方が違うものかと身分の格差にうんざりする。
家具を運ぶ業者を避けながら階段を下り、部屋の並ぶ廊下にたどり着くと、アタシは足を止めた。
「それでは、明日は遅れないよう入学式に向かってね」
「は、はい! 頑張ります!」
「気苦労は絶えないかもしれないけど、貴女には才能があるんだから大丈夫よ」
「はい……!」
ローブを着た女性に、栗色の髪の少女が色々と言い含められている。
あの髪色――あれがヒロインだ。名前は【シャノン・コンフォルト】。
この世界で唯一、【他者を癒す】魔法を使うことができる存在だ。
ファンタジー系のゲームでは傷を治癒したり、肉体を強化したりする魔法などいくらでも登場するだろう。
けれど、この世界のそういった魔法は基本的に他者には効かない。
どうやら人の魔力というのは各々に異なり、他人の魔力というのは弾かれる性質があるらしい。
それは攻撃魔法に対しては防御の役割をするものの、治癒や強化の魔法には邪魔になる。
けれど、そんなことは魔法の才能に乏しい平民の村では知られていないため、ヒロインはこの歳まで自分の持つ特性に気づかなかった。
それを偶然、国に見出されたため彼女はこうして学園に通えることになり、その力で攻略対象をサポートしていく。
ストーリーとしてはそんな流れだ。
あのローブを着た女性は【マリエッタ】だろう。物語を進めるにあたって必要な知識を教えてくれる――いわゆる進行役として出てくるキャラクターだ。
この学園の教師であり、ヒロインを気にかけてくれる担任の先生だが、直接物語に絡んでくることはない。
ゲームでいえば最も序盤のシーンとなるだろうか。
学園での過ごし方など一連の説明を終えた直後といった感じだ。
けれど、そこにアタシの知らないキャラクターがいた。
「何かあればこのサニィに言いつけてください」
「はい。よろしくお願いします。サニィさん」
「よろしくおニ……お願いします。シャノンさま」
見事に噛んだな……。
どこか下っ足らずな口調の使用人服の少女が、ぎこちない動作で頭を垂れる。
その髪には黒いリボンがまるで猫耳のように結んであった。
たしかゲームではシャノンに使用人はついていなかったはずだ。
部屋の掃除も自分でしていたし、学園内での行事の準備も自分で行っていた。
だからこそヒロインは様々な場面で苦労したり、攻略対象に助けてもらうはずなんだけど……。
「それでは、くれぐれも粗相のなように。ここは貴女のいた村とは何もかも違うから……」
「はい……」
マリエッタは言い置くと、サニィを伴って廊下を歩き去ってゆく。
その様子をシャノンはほっと息をついて見送っていた。
そんな疲労が滲み出た横顔をアタシが遠くから眺めていると――。
「あっ……」
――目が合った。
離れていてもピンク色の珍しい瞳が綺麗に輝いていて、顔もそんじょそこらの貴族の娘よりも整っている。
ただ、アタシを見た途端に再び現れ始めた――怯えているような雰囲気がそれを台無しにしていた。
アタシは何も言わずにその場で頭を下げる。
乙女ゲーをプレイしていればわかることだが、彼女はまだこの環境に慣れるだけで精一杯のただの少女だ。
田舎から連れ出され、学園に通えるという希望に溢れつつも、周囲の同年代は皆、住んでいた世界の違う貴族の子たち。
立ち振る舞いや常識も身についていない彼女は幼子に近い。
彼女の心中は様々な感情で、さぞカオスなことになっていることだろう。
だから今は敵意も、関心もない風を装っておけばいい。
それが、アタシにできる彼女への精一杯だった。
遠くから会釈が返ってくる雰囲気と共に扉の閉まる音がして、アタシは顔を上げる。
とりあえずは目的を果たしたけれど、改めてヒロインという存在を確認すると不思議な気分だった。
気がつくとセファーがアタシの肩に降り立っている。
『あれが君の言うヒロインかい? おどおどとして、これから学園中を巻き込む大恋愛をかます人物とは思えないねぇ』
『色々あんのよ。本人は大変だろうけど、山あり谷ありが恋愛の面白いところなんだから』
『ほう。恋愛をしたことがない君の言葉には説得力があるんだなぁ』
『こちとら恋愛に関しては見る専なんで』
『生まれ変わってもそのスタンスを崩さないところには敬意を表するよ。それで――どうするんだい?』
アタシはセファーに横目で視線を投げた。
『明日の朝、あの子の様子を見て、アタシに教えてくれる?』
『便利に使ってくれるねぇ……。まぁ、協力してあげよう。覗きは得意だからね』
そう言うと、セファーはまたどこかへ飛んでいく。
実際にアタシ以外からは見えないというセファーの性質は便利だ。
この先、学園で起こるイベントを受け流し、フィロメニアの運命を回避するには情報がとにかく必要だろう。
アタシはこの一画だけ扉や絨毯が安っぽいなと思いつつ、ヒロインの扉の前を静かに通り過ぎるのだった。
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