6:いざ物語の舞台へ

 目的地につき、止まった馬車の扉が開かれる。

 アタシは一足先に馬車から降りて、続くフィロメニアに手を貸して彼女を地面へと降り立たせた。


 春の風は強い。


 馬車につけられたがはためく。

 これからやたらと多いフィロメニアの荷物を下ろして、運ばなきゃいけない。


 けれどその前に、アタシは正面へと向き直って正面を見た。


 厳重な警備が敷かれた大きな正門、複数の煌びやかな建物に、それらを余裕持って内包する広大な敷地。


 これが学園だ。

 すごい。乙女ゲームで見た背景そのままのデザインだ。

 

 アタシたちがラウィーリア家の屋敷に戻ることができてから、一ヵ月が経った。

 その間、ラウントリー辺境伯は打ち合わせ通りに事を進めてくれたのだろう。


 ――フィロメニアは森の中を彷徨っているところを辺境伯の軍に捕まり、ラウィーリア家の交渉の末に無事帰ってくることができた。


 世間ではそうなっている。


 意外だったのはクラエスという神殿騎士については何も流布されていないことだ。

 そのことについても王家には伝わっているはずだが、彼女の葬儀ももちろん、戦死の報も王国内では広まっていない。

 辺境伯も自らの戦果を大々的に広めることもできたはずなのに、誰もが意図的に口を噤んでいる。

 

 ただ、それについては一介のメイドであるアタシが考えることじゃない。


 とりあえず集中すべきは――学園での行動だ。


「ウィナ」

「はい。お嬢様」


 荷物を下ろしたアタシは、フィロメニアに使用人モードで返事をした。


 アタシの知っている物語はここからやっと始まる。

 乙女ゲー最初のイベントがさっそく発生するのだ。

 

 それは主人公が悪役令嬢に目をつけられる話、そして、攻略対象であるこの国の第一王子と出会う話である。


 概要はこうだ。

 

 初日から遅刻しかけた主人公は焦りながら入学式の会場へ向かう。

 その途中、フィロメニアとその取り巻き一行にぶつかってしまい、派手に転ぶ。

 そして、それを見ていた王子が手を差し伸べられるというベタなおっちょこちょい系イベントだ。


 王子と出会うのは別にいい。というか、全ての物語の始まりがそこからなので、出会ってもらわないと困る。


 問題はフィロメニアとその取り巻きに認識され、嫌がらせが始まる一端を作ること。

 そして、これは仮に王子ルートへ入った場合に限る問題だけれど――フィロメニアと王子が婚約関係にあることだ。


 別にフィロメニア自身はぶつかった程度で陰湿な嫌がらせをするような性格ではない。

 嫌がらせに関しては周囲の取り巻きが行うのだ。


 だが婚約破棄となれば話は別だ。


 ここからはアタシの勝手な想像だけど、その悪意が次第にフィロメニアに伝播していって、王子と仲睦まじいヒロインへの嫉妬へ変わる……のかもしれない。

 そして遂にヒロインと王子が結ばれる段階となり、本格的に婚約破棄の話が持ち上がればフィロメニアは牙を剥くだろう。


 その背景には神殿がヒロインを特別な力のある【巫女】として認めるというイベントも関係してくるに違いない。

 

 なので、まずはこの問題の芽を摘むことが重要だ。

 アタシは大量の荷物を両手に、先に学園へと歩き出したフィロメニアの後を追うのだった。

 


 ◇   ◇   ◇



 地位の高い人間には勝手に人が寄ってくる。

 たとえめちゃくちゃ性格が悪かろうが、顔が悪かろうが、世界が変わろうが、それは変わらない。


 学園にいる間、フィロメニアは色んな生徒に囲まれて歩くことになる。

 縁のある家の生徒から、これを機にお近づきになりたい生徒まで、フィロメニアの意志とは関係なく人が集まるのだ。

 

 と、本人が言っているので確実なんだろう。

 

 特に入学式前日は学生寮に到着する者が多いため、ヒロインとの遭遇が前倒しに発生する可能性も高い。

 

 なので、まずはそれを避けるためのアタシはフィロメニアに――めっちゃ早起きさせた。

 表向きは単純に入学式前日は正門が込み合うから、という理由でゴリ押ししたが、実際はイベント回避のため。


 まだ完全に日も昇っていない。

 警備の兵も「え? こんな時間に!?」みたいな顔をしつつ、目を擦っている。

 きっと夜勤の人なんだろう。ご苦労様です。


 けれども、門がまだ閉まっていた。……当たり前だよね!

 

 そんなことは意に介さず、フィロメニアはずんずんと歩いて門の前に立つ。

 すると、しばらくしてドタバタと慌てた様子で走ってくる軍人さんが来た。


「ら、ラウィーリア公爵殿の……随分と早いご到着でいらっしゃいますな……」


 声をかけてきたのは壮年の男性だった。

 鎧じゃなく高級そうな軍服を着ている辺り、きっと責任者的な人なんだろう。


「ああ、直近で面倒なことに巻き込まれてな。あえて人のいないこの時間を選んだ」

「その件は自分の耳にも入っております。ご無事でなによりでございました。自分は学園の警備隊長を任されている者でございます。今、案内の者を呼んで――」

「学生寮はどこだ? 荷物はメイドに運ばせる。案内してほしい」

「――ご、ご案内致します……」


 可哀想に……。

 フィロメニアの有無を言わせぬ圧力に屈した男は門を開けさせ、アタシたちを先導してくれた。

 

「正面に見えるのが座学などを受けて頂く建物となります。その隣はホール。右側には主に運動場、訓練場、決闘場などがありますが、それは後程、教師たちが案内致します。……ところで」

「なんだ」

「彼女は……その、大丈夫なのでしょうか?」


 歩きながら、警備隊長がアタシの方に振り返ってくる。

 その顔は心配、というよりドン引きしているような顔だ。


 そりゃそっか!


 

 ――アタシはドでかい鞄を両手に四つ、ついでに衣装などが入っているチェストを背負って歩いていた。


 

 自分で言うのも癪だけど、ちっこくて細いアタシが到底耐えられそうな重さには見えない。

 傍から見れば虐待に近い扱いを受けている使用人に見えるだろう。


「問題ない。私の使用人だ」

「はぁ……。失礼致しました」


 フィロメニアが事も無げに言うと、警備隊長から痛ましいものを見るような目を向けられる。

 

 これじゃまるでフィロメニアが悪役令嬢……って実際にそうだった!

 

 だがアタシは霊獣になってからというもの、普段の姿でも常人を上回る力を発揮できるようになってしまったのだ。

 もちろん【霊起アクティベート】している時とは比じゃないけれど、ラウィーリア家の屈強な兵士に腕相撲で勝てるくらいの力は出る。


 なので、他人からは過酷な重労働を強いられているように見えるだろうけど、アタシにとってはちょっと動きにくい程度の重さだ。


 むしろ気持ちは新しい生活と物語の始まりに心が躍っていた。

 ここから、やっとフィロメニアの運命を変えることができるのだから。



 ◇   ◇   ◇



 案内された学生寮は入口にロビーがあり、まるで一流ホテルのような内装だった。

 中庭が見えるラウンジもあるし、鍵の管理も受付が行っているようだ。

 

「どういうことだ?」


 その受付でフィロメニアが係の男性を睨みつけていた。

 

「い、いえ、ですから、事前の申請では使用人の部屋は不要となっていまして……」

「それがどういうことかと聞いている。私は確かに使用人の部屋を用意するよう伝えた。そもそも公爵家の私が使用人を連れてこないはずがないだろう」


 怒るよりも淡々と指摘されて、男性は冷や汗をかいている。

 

「お、仰る通りではございます……。ですが、私ではこれ以上お答えすることも難しく……。使用人用の宿舎であれば、明日にはお部屋をご用意できると思います」


 たぶんこれ以上、追求しても原因は出てこないんだろうとアタシは思った。

 この男性は末端の受付係だ。問い詰めるなら後でもっと上の人間を呼ぶしかない。


 フィロメニアはその事を理解しているのか、少し考えた後に口を開く。

 

「その他、事前に用意させておいたものは?」

「は、はい。フィロメニア様のお部屋の家具などはすでに運び終えております」

「案内しろ」


 そう言われた受付係は慌ててカウンターから出てきて、先導してくれた。

 フィロメニアの部屋は最上階の四階らしく、相変わらずの重装備で階段を昇るはめになる。

 

 アタシの知っている現代日本の学生寮のイメージとは違い、どこも掃除がしっかりと行き届いているし、作りも上等なものだ。

 案内係が目的の部屋の扉を開くと、一人で過ごす部屋とは思えないほどの広さがあった。

 しかも二部屋に分かれており、片方はベッドなどの置かれたプライベートな空間、片方は大きなテーブルが置かれた来客用の部屋になっている。

 

 さすがは公爵令嬢。学園内でも扱いが極上だ。これに加えてアタシの寝室が用意されるはずだったのだから恐ろしい。

 

「ウィナ、どうだ」


 そんなことを考えていると、フィロメニアが短く問いかけてきた。


 その言葉だけで意図を汲んだアタシは部屋を見て回る。

 事前に運び込むよう依頼していた家具や装飾、食器類、その他諸々は全て頭の中に入っていた。


 途中、カーテンの裏などを確認しながら声を出さずに語り掛ける。


『ねぇ、セファー』

『なんだい?』

『この部屋に怪しいものがないかとか、わかる? ほら、掛け軸の裏に呪いの御札が張られてるとか』

『君は時折、自分のいる文化圏の認識がブレるねぇ。……少し待ちたまえ』


 セファーはそう言うと部屋の中心近くに飛び上がり、両手を広げた。

 すると、パッと淡い光の粒が周囲に散り、精査するように部屋中に広がる。


『特に怪しい細工はないねぇ。この部屋で一番物騒なものは君自身じゃないかな』

『一言多いわね。ありがと』

『まぁ、言われなくとも色々と見て回るのが我の趣味だからねぇ』


 でしょーね、とアタシは思いつつ、フィロメニアの元に戻って声をかけた。

 

「お嬢様。問題ございません」

「ならばいい。彼を下がらせろ」


 アタシは言われた通り、案内係に近づいて一礼した。

 

「ご案内ありがとうございます」

「は、はい。ところで使用人用の宿舎に関してはいかがいたしましょうか?」


 そうだよね。アタシの寝床はどこになるんだろうね。


「不要だ」


 案内係の問いに、フィロメニアが答えを返す。

 見れば、まだ居たのか、とでも言いたげな鋭い視線をこちらに向けていた。


 アタシは素早くポケットをまさぐって銀貨を取り出し、案内係の手に握らせる。


「とのことです。もう結構ですので」

「は、はい。失礼致します」


 おずおずと部屋を後にした彼を見送り、扉を閉めてからアタシは首を捻った。


「……え? アタシ、野宿?」

「そんなことをさせる主人だと思っているのか? お前は」

「じゃあどうすんの」


 すると、フィロメニアはポンポンとキングサイズの天幕付きベッドを叩く。

 

「ここでいいだろう」


 つまり、一緒に寝ればいいだろうと……。

 それって、良いんだろうか。

 

 小さい頃はよく一緒に寝ていたが、御付きメイドになってからは数える程度しか一緒には寝ていない。

 いや、寝てるじゃん、と思われるかもしれないが、フィロメニアの我儘に付き合って夜更かししたら寝落ちしただけだ。

 まぁ、それでも次の日にメイド長から説教を食らうのはアタシだったわけだけど!

 

 ……いや、でもここにはメイド長もいないし、就寝時にフィロメニアを一人にするのも不安だ。


 なら――。


「別に……いっか?」

「ああ」


 ということで、アタシは主と同室どころか同床になってしまった。

 色んな意味で仕えてたのがフィロメニアでよかったと思う。


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