5:うっかり融合《Fusion》

 一週間後、それまでは辺境伯のお屋敷で世話になりつつ、やっと王国へ帰れる日が来た。

 用意された護衛の騎士と馬車の前で、アタシはフィロメニアに言う。

 

「やっと帰れるってほっとした気分が半分、ちょっと不安が半分って感じ」

「書簡はすでに王家と父上に届いている。我が家の兵たちが迎えにくるのだから何もないさ」


 さすがはフィロメニア。肝が据わっているというか、アタシが心配しすぎなのかもしれない。

 馬車に乗る主へ手を貸していると、声がかけられた。


「惜しいな。私としてはいつまでもここにいてもらっていいのだが」


 ラウントリーだ。見送りにきてくれたのだろう。


「世話になった。ラウントリー辺境伯。貴卿との会話は身になることが尽きない。また茶会を楽しみたいものだ」

「同感だ。王太子の婚約者でなければ、私が嫁にもらいたいほど魅力的な女性だよ。君は」


 本気か冗談かわからないことを言いながら差し出された手を、フィロメニアは握り返す。

 そして握手が離れると、辺境伯の顔がこっちを向いた。


「できれば君の本当の姿も見てみたかった。ウィナフレッド嬢」

「なにぶん慣れていないものですから。申し訳ございません」


 アタシは困ったように笑いながらお辞儀をする。


 この一週間の間、何度かあの姿――霊獣の姿になろうと試してみたが、できなかった。

 セファーに聞こうにも姿を見せたと思えばお屋敷の内外を飛び回ったり、他愛のない紅茶やお菓子の話だったりと肝心の話はできていない。

 

 そもそも今もどこにいるんだろう? 置いてけぼりにしてやろうかな。


「いずれまた会う時が来るだろう。その時を楽しみにしている」

「あ、あはは……。お世話になりました……」


 なんだろう。目が笑ってない。

 その顔に獰猛な雰囲気を感じたアタシは、そそくさと馬車に乗る。


 そうして、アタシたちはラウントリー辺境伯のお屋敷を去った。


「恐ろしいご婦人に目をつけられたものだ」

「お互いね……。あれを別れ際に言ってくるのが怖いよね」


 皮肉のこもった言葉に相槌を打つと、フィロメニアは窓の外へ息を吐く。

 アタシも話を続ける気がなかったので反対側の景色を眺めると、セファーが窓枠に座っていた。


『置いてけぼりにしてやろうだって? 残念だねぇ! どこに行こうと我は君の中にいるんだなぁこれが!』

『じゃあ呼んだらちゃんと出てきてよ』


 アタシが睨むとセファーはやれやれという風に首を横に振る。

 

『君だって主人の呼び出しに応えられないときくらいあるだろう?』

『ない。今まで三分以上待たせたこともないわよ』

『狂気じみた忠誠心だ。ところで我々の力のことなんだが』

『分が悪いとナチュラルに話題変えんのね……』


 呆れるほど自由な霊獣にアタシはため息をついた。

 

 ちなみにセファーとの会話は声に出しているわけじゃない。

 彼女の声はその喉を鳴らしているのではなく、頭の中へ響いてくるのだ。

 アタシもアタシでいつの間にか声を出さずに会話することができるようになっていて、そういうものなんだろうと納得している。


 魔法なんて奇跡がありふれた世界で、一々仕組みがどうとかを考えていると終わりがない。

 アタシが研究者なら別だが、本職はメイドだ。

 模索するなら掃除や料理を極めていた方がまだフィロメニアのためになる。

 

 そんなことを考えていると、セファーが窓枠から飛び立ってアタシの左腕にある腕輪へ触れた。

 

『まず我々の力の柱は【融合Fusion】――つまり複数のものをひとつにすることだ。これは我々の今の状態を見ればわかるね?』

『え? まぁ、う、うん……?』

 

 さも当然のように言われてアタシは戸惑う。しかも英語の部分だけやけに流暢な発音だった。


 けれど、とりあえず話を聞こう……。


『そして、これを支える力が四つ。この腕輪の作りを見たまえ。四つの構成に分かれているだろう?』


 言われて、アタシはそれを掲げて見る。

 たしかに。結晶と金属が折り重なる板状の部品が、腕の四方を囲って筒状になるような作りだ。

 よく見れば細かい作りも各方向で異なっている。

 

『それぞれが【貯蔵Strage】【放出Discharge】【強化Reinforce】【模倣Imitate】だ。理解できたね?』

『なるほ――いや、ぜんぜんわからんて』

『で、次に……』

『聞けし!』

 

 アタシを無視して話を続けようとするセファー。

 鷲掴みにしてやろうと手を伸ばしたが、ふわっと宙を舞って避けられた。

 

『なんだね……。せっかく我が紐解いたことをわざわざ説明してあげているというのに。そんな調子じゃすぐに寿命で死んでしまうよ。人の一生は短いからねぇ』

『まずあの姿にどうやってなるのか教えなさいよ! この一週間、色々やったけど出来なかったんだから!』


 空ぶった手を振り回して怒ってみせる。

 すると、セファーは何かに気がついたような表情をみせてきた。

 

『あぁ、なにか奇妙な動きをしたり奇声を発していたねぇ。そういう趣味かと思ってそっとしておいてあげたんだ』

『見てたんなら声かけろォ!』


 うっかり声に出すところだった。

 アタシがやっていたのは前世で見た特撮ヒーローや女児向けアニメの変身ポーズだ。

 せっかく誰にも見られない場所でこっそり試していたのに。


 恥ずかしくて死にたくなってきた……。

 

『まぁ、そうだねぇ……。君のあの姿……いや、面倒だなぁ。霊起……いや、【霊起Activate】と呼ぼう。それについては君の主人に霊獣をどうやって呼び出すのか聞いてみたまえ』


 羞恥心に顔が火照るアタシにも関心を示さず、セファーは腕組みしてそう言う。

 どうせ答えは知ってるんだろうけど、この神様は割とめんどくさい性格だ。


 この一週間でそれを理解したアタシは、素直にフィロメニアに声をかけた。

 

「ねぇ、フィロメニア。霊獣ってどうやって呼び出すの?」

「ん……?」


 相変わらず窓を見ていたフィロメニアは、気だるそうにゆっくりとこちらへ首を回した。

 

「魔法の発動と変わらんと聞く。肝要なのは想像と起点――強く、明確に求める光景を頭の中で描き、その起こりを作ることだ」

「つまり……どゆこと?」


 あれ、ひょっとしてアタシが無知なのかな……。さっきのセファーといい、知らないことを知ってるで話されてる気がする。

 そんな感じで薄っすらと自信を無くしていると、フィロメニアが助け舟を出してくれた。


「最も簡単な方法は名前を呼ぶことだろうな」

「じゃあ、呼んでみて。アタシのこと」


 目の前にいるのに呼び出すというのも変な話だけど、物は試しだ。

 フィロメニアは窓枠についた肘で顔を支えながら口を開く。

 

「ウィナ」

「あい」


 ……何も起きない。

 返事が適当だったせいだろうか。いや、そもそも今の呼び方のいつも通り過ぎる。

 これで【霊起アクティベート】しちゃったら日常生活で支障が出ちゃうんじゃないかな。


「なんか……気合? とか足りない感じがする……」

「なにを求めているんだお前は……」


 どうやらフィロメニアはあまり気力がないらしい。

 試すのはやっぱり帰ってからにしようと思った時――。


「――ウィナ!」

「うん!? っておわぁぁぁぁ!?」


 突如勢いよく叫んだフィロメニアに条件反射で答えた瞬間、腕輪が音を立てて変形し、アタシの全身が風のような光に包まれる。

 

「お、おい!?」

「ちょいちょいちょい戻して戻してぇ!」

 

 狭い馬車の中で燐光を放つあの姿になってしまい、アタシは焦った。

 なにせ自分の何十、何百倍もの巨体を投げ飛ばすような力だ。ちょっと手をぶつけただけでも馬車など粉々にしてしまうだろう。

 

 フィロメニアに怪我を負わせてしまうかもしれない。

 

「も、戻れ!」


 そう叫ばれ、アタシ自身も願うと、体を纏っていた光がパッと散って元の姿に戻ることができた。

 

「戻った……」

「馬鹿者! つい乗ってしまった私も悪いが、魔力に当てられて馬が暴れる危険もあるのだぞ!」


 言われてみれば。

 アタシは自分の考えの至らなさに本気で反省すべきだと思った。

 

「いや、焦った……」

「はぁ……。まったくお前は……」

「ごめんて」


 どうやらフィロメニアをさらに消耗させてしまったようだ。

 ため息をつくその顔色を窺う。


 すると、フィロメニアは身じろぎして体勢を変えながら、アタシの方に倒れ込んできた。

 

「膝を貸せ。しばらく眠る。……私は疲れた」

「あ……――うん」


 返事をするよりも先に、フィロメニアの頭がアタシの太ももの上に置かれる。

 今朝まとめた髪が乱れてしまうけれど……まぁ、起きたらまた直してあげればいっか。


『可愛い寝顔のご主人様だ。図太い君とは違ってあの屋敷ではずっと気を張っていたんだねぇ』


 しばらくして、寝息を立て始めたフィロメニアの顔を眺めていると、セファーが言った。

 ……アタシの頭の上に乗りながら。

 

『超絶可愛いでしょ。でも見んな。アタシの特権なんだからコレ』


 言いながら頭上を手で振り払うとまたしても避けられる。

 

『精神的な共依存だねぇ。では邪魔者は消えるとしよう。まぁ姿を隠すだけだが』


 セファーはそんなことを言い残して虚空へと消えていった。

 気が利くのか利かないのか、マジでわからないヤツね……。


 静かになった馬車の揺れに身を任せながら、ゆっくりと景色の流れる窓の外をアタシは眺めるのだった。


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