義妹と、赤い顔して弁当食べた。

 ――次の日の昼休み。


 俺は緊張しながら昨日萌音と弁当を食べた中庭へと行った。


 そこにはもう萌音が来ていて、俯いて緊張しているような様子だった。なのに俺が来た事に気付くとパッと顔を上げ、途端に俺が来たことに安堵したような嬉しそうな笑顔を見せた。


(え、なに。なんなの。俺の義妹が――とんでもなく、可愛い)

 

 いや、萌音の容姿が可愛いのはもちろんなのだけど、時折見せる萌音の表情は、昔から――変わらずいつも可愛いなと思う。


 大した知り合いだったわけじゃない。俺の父親と萌音の母親の由美子さんが参加していたテニスサークルが一緒で、子供の頃から時々、練習について行った時に居合わせていただけ。


 ただ、それだけ。その練習の数時間、なんとなく一緒にいて、なんとなく会話をしていただけ。その頃から可愛い子だなとは思っていたけど、俺に好かれる要素があるなんて思ってもいなかった。


 だから、時々萌音が俺の事を好きなのかと思う場面もあったけど、その都度“きっと俺の勘違い” そう思っていた。


 なのに――昨日の由美子さんの言葉。『明日好きな人と一緒にお弁当食べるんですって』あの言葉で、やっぱり俺の勘違いではなかったのかもしれないと思った。



「あ、ごめん、待たせた? 昼休みになってすぐに来たつもりだったんだけど……」


「うううん。だって、昨日、昼休みになったら急いでここに来るって約束したから。走って来ちゃった」


 萌音はそう返事して照れ笑いをする。――ああ、やっぱり可愛いなと思う。けれど……なんで俺の事を好きだと思ったのか、それだけがいまだに不思議で仕方がない。


 俺より明るくて話し上手で顔もいい男なんて、いくらでもいるだろうのに。


 不思議に思いつつ、萌音の隣に座った。すると、萌音がまた恥ずかしそうにもじもじとし始めた。


 さすがに――今日はトイレではないと俺でも察しがついた。


「あ、あの。あのね、お兄ちゃん。今日のお弁当の中身――お兄ちゃんが好きって言ってた唐揚げ……なのは、もう、知ってるよね。唐揚げは、昨日お母さんと一緒に作ったんだけど……今日も卵焼きは、私が作ったんだよ。それでね、今日は、私がお兄ちゃんのお弁当詰めた」


「あ、うん。ありがとう」


 照れながら言う萌音に対して、俺はまた、ありきたりな返事しか出来なくて。少し申し訳なく思う。


 萌音がいつもより早起きしてキッチンにいたのは知っているし、心の中ではものすごく嬉しいなと思っているのに。


「作りながらね、お母さんが言ってたんだ。好きな人の心を掴みたかったら、まずは好きな人の胃袋を掴みなさいって。だから……私ももっとお弁当上手に作れるようになって、いつかお兄ちゃんの胃袋……掴みたいって、思ってる」


 萌音のその言葉……遠回しに、けれどストレートに、俺の事を好きだと言っていないか。


 心の中で動揺してしまう。なのに。


「え、あ……うん」


 俺の口から出て来る言葉は、そんなありきたりでつまらない返事で。


 何か……もっと、萌音を喜ばせてあげたいと思うのに。いい言葉が、思いつかない。


「ねえ、お兄ちゃん。昨日……お母さんが言っちゃったから、知ってると思うけど……、私、お兄ちゃんのこと、好き。それ知ってて今日、来てくれたの、すごく嬉しいなって思ってる」


「……うん」


 何。なんなんだよ。さっきは遠回しストレートだったのに、今度は直球ストレートかよ……俺、なんて答えるのが正解? ああ、もっとうまい返事が出来たらいいのに。やっぱりいい言葉が浮ばない。


 俺は照れくさくて萌音の方を直視できないのに、萌音は逆に俺の方をまっすぐに見つめているのが気配で分かる。


 そして、さっきよりもさらに真面目な口調で萌音が言った。


「ねえ、お兄ちゃん。……好き」


「……うん」


 その言葉は直球ストレートどころか……さっきよりもさらにど真ん中。余計になんて返事をしたらいいのか分からない。もっと、いい返事が出来たらいいのに。そう思うのに。


 なのに……なぜだろう、萌音が……嬉しそうな顔をしているような気がする。


 そして萌音は俺に近づいて、俺の耳元で囁いた。


「……お兄ちゃん。耳、真っ赤だね」


「……うっ!」


 その瞬間、俺の顔から火が出そうになった。ど真ん中というより、もはやこれは……デッドボールでは?


「ふふ。もしかして……照れてる? ……可愛い。普段は冷静で落ち着いてて頼もしいのに。こういう時は奥手なんだね。そーゆーとこも、好き」


「……」


「あーあ。黙っちゃった。……私、嫌われちゃった?」


「そんな事は、ない」


「……ホント? へへ。じゃあ……お兄ちゃんの胃袋、掴ませてくれる?」


「……うん」


 俺の返事と共に、萌音は卵焼きを俺の口元に運んだ。


「あーん」


 ……そして、俺はそれを食べた。


 口の中でふんわりと解けていく卵焼きは、――俺の好きな甘い味。


「……うまい」


「へへ。嬉しい。……お兄ちゃんの胃袋、ちょっとは掴めた? かな」


「うん。……毎日でも、食べたい」


「じゃあ……明日も一緒に、お弁当食べよ?」


「うん」




 そうして、俺と萌音は、毎日一緒に昼休みを過すようになった。

 日に日に胃袋を掴まれて行く実感と、萌音に好かれている実感が増していく。


 そして――俺も萌音のことが好きだという実感も。


 俺は子供の頃から萌音に会うたびに可愛いなと思っていた。けれど、萌音も……会うたびに俺のことを好きだと思ってくれていたらしい。


 それはほんの些細な事。


 親がしているテニスの練習を眺めながら、俺は萌音にいろいろなうんちくを話していた。ある時は、その辺を歩いているアリの話。そしてある時はコートの傍にいるトンボの話。


 俺のうんちくなんて、真面目に聞いてくれる子なんていなかったのに、萌音はいつも楽しそうに聞いてくれていた。

 

 それが嬉しくて、その萌音の表情が可愛くて、俺は萌音を可愛い子だなと思っていた。


 けれど萌音も……会うたびに楽しい話をしてくれる人だと俺を認識して、だんだんと好意を抱いてくれていたらしい。


 けれど、そこまではただの子供同士の仲。恋愛感情とまでは至っていなかった。


 それが萌音の中で恋心に変わったのは……俺も萌音も成長して、親のテニス練習について行かなくなってから。



 ある日萌音が外国人に道を聞かれているところに遭遇した。萌音は英語が分からなくてあたふたとしていたから、俺が間に入って道を教えてあげた。


 勉強が得意な俺にとっては何気ない事だった。けれど萌音にとっては……それがかっこよく映ったらしい。


 そんな俺にとっては何気ない出来事を重ねるうちに、萌音は俺を好きになっていった……というのだけど。こんな嬉しい話、あるだろうか。


 特に張り切ったわけでも、かっこつけたわけでもない俺の何気ない部分を好きになってくれて、毎日――俺のために弁当を作ってくれるなんて。



『好きな人の心を掴みたかったら、まずは好きな人の胃袋を掴みなさい』



 由美子さんが言ったというこの言葉。確かに俺はもう萌音のどんどんうまくなっていく料理の腕に胃袋を掴まれている。けれど――


 それ以上に、こんなにも健気に俺のために毎日弁当を作ってくれる萌音のその行為に――しっかりとを掴まれてしまっている。


 それでなくても萌音は可愛いのに。容姿だけじゃなくて、表情や、仕草、話し方……そのすべてが、最高に可愛い。



 これは――萌音に心を掴まれている場合じゃないなと思う。


 俺の方こそしっかりと――萌音を捕まえておかなければ。



 けれど明日は休日。


『明日も一緒にお弁当食べよう?』


 いつも萌音に言われる言葉。その代わりに今日は俺が誘おう。


『明日は一緒に……外でデートしよう?』


 そんな俺の誘いに、萌音は。


「……うん!」


 嬉しそうな顔をしながら、ただその一言だけ返事した。


 けれど、その一言だけで十分だった。




 学校の中でも、家の中でもない、外で、一日を過ごした。


 互いにを握りながら。


 それは、兄妹としてではなく、先輩後輩としてでもなく。


 彼氏と彼女として。



 そして――家に着く前に萌音に告げた。


「萌音。俺も萌音のことが好きだ。だから……これからもたくさん、デートしてくれるか?」



 返事はなかった。


 その代わり、溢れんばかりの萌音の嬉しそうな表情と、そしてどちらからともなく重ねた唇の感触がした。



 それは、俺が好きな玉子焼きよりも、もっとふんわりと柔らかくて、甘くて愛おしい味――。


「お兄ちゃん……。じゃなくて、慎ちゃん。私も、大好き!」


 胃袋のみならず、俺の心もしっかりと掴んでくる萌音のその表情がたまらなく可愛くて。


 俺は萌音の身体を大切に、抱き締めた。







義妹が、赤い顔して俺と弁当食べたいと言い出した。え、卵焼きが甘いのは、俺が好きって言ったから?―完―


――――――――――――――――――――――


最後まで読んでくださりありがとうございました!

一度前話で完結にしていたのですが、続きが読みたいとの言葉を

何件か頂いたので、書かせていただきました。


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義妹が、赤い顔して俺と弁当食べたいと言い出した。え、卵焼きが甘いのは、俺が好きって言ったから? 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711

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