義妹が、赤い顔して俺と弁当食べたいと言い出した。え、卵焼きが甘いのは、俺が好きって言ったから?

空豆 空(そらまめくう)

義妹が、赤い顔して俺と弁当食べたいと言い出した。

 ――キーンコーンカーンコーン


 昼休みを告げるチャイムの音が鳴り響く。


 そして――しばらくすると教室の中がざわざわとし始めて、クラス中の視線が俺に向かって注がれた。


 その原因が、あいつ。教室の入り口でにこにことした笑顔を浮かべて俺に手を振っている転校生、篠崎 萌音しのざき もね

 

「おにーちゃーん、お弁当持ってきたよー!! 一緒に食べよー!!」

 

 ……萌音は、親の再婚によって最近出来た俺の義妹だ。可愛くて、いつもにこにこしていて、人懐っこい。

 

 もしも校内理想の妹ランキングなんてものをしたら、確実に上位に入るだろう。そのくらい、とにかく可愛いくて人懐こく、妹に欲しいと注目されている転校生だ。


 対して俺は――もしも校内陰キャでつまらない男ランキングなんてものをしたら、確実にワースト3に入りそうだ。なぜなら、勉強は出来るので知名度はあるくせに、顔も運動神経も個性もすべて普通の、平凡な男だからだ。


「おーい、篠崎。萌音ちゃん待たせてたら可哀そうだろ。早く行ってやれよ、羨ましい」


 クラスメイトに促されて、俺は重い足取りで萌音の元へと向かった。


 “俺が萌音の隣に並ぶなんて、あまりにも不釣り合いだろう” そう思いながら。


 


 教室の中は目立つので、中庭の端っこで、萌音と弁当を食べることにした。

 弁当の蓋を開けてみると、今日も色とりどりのおかずが並んでいて美味しそうだ。


 この弁当は、新しい母親の由美子ゆみこさん——つまり萌音のお母さんが再婚を機に俺と萌音の二人分を作ってくれるようになったもの。量が違うだけで中身はおんなじ。


 由美子さんはとても家庭的で料理がうまくて……父さんはしっかり胃袋を掴まれたんだろうなと思う。


 そんな弁当を俺はいつも一人で食べていたんだけど……、萌音も転校してきたばかりで一人なんだろうか。だから俺なんかと一緒に食べたいと言ったのだろうか。


「なあ、萌音。お前まだ友達出来ないのか? 俺なんかと過ごさないでクラスの誰かに声かければいいのに――」


 心配になって聞いてみた。けれど。


「え? 友達? いーっぱい出来たよ。みんなオシャレで可愛い子が多いのに、ノリもよくていい子が多くって最高!」


 萌音の返事は、俺の想像の真逆だった。


 まあ、そうだよな。類は友を呼ぶっていうし。萌音は可愛くておしゃれでノリもいいし、明るくていい子だし。


「だったら――友達と昼ごはん食べたらいいのに。俺に気を使ってるのか?」


「え? なんで? お兄ちゃんと食べたいなって思ったからだよ」


 ……俺は、頭はいいはずなのに萌音の心理が分からない。せっかく友達出来たのに、なんで俺なんかと食べたいって思うんだよ――。あ、兄妹としての親睦を深めたいからか?


 考え込んでいると、萌音がもじもじと恥ずかしそうにしはじめた。もしかして、トイレか? そう思ったら。


「ねぇ、お兄ちゃん。卵焼き……食べてみて。もちろんお弁当はお母さんが作ったんだけどさ! 卵焼きだけ……私が作ったの。お兄ちゃん、甘い卵焼きが好きって言ってたから、甘くしてみた」


 萌音は照れくさそうにしながら、けれど俺が喜ぶことを期待するようなまなざしで俺を見つめてきた。


 え、何、この空気、この萌音の顔。――可愛すぎるんだけど。しかも俺が甘い卵焼きが好きだから甘くしたって、それって――。


 ああ、花嫁修業みたいなことかな。俺は同年代代表としての練習台、みたいな。ああ、なるほど、そういうことか。それなら納得。いざ本命が出来た時に、その人の好みに合わせたいし、失敗作食べさせるわけにもいかないもんな。なるほどなるほど。


「え? ああ。じゃあ――いただきまーす。……あ、おいしい。上手じゃん!」


 早速食べてみた萌音の手作りの卵焼きは、ふんわりとした触感とほどよい甘さ。家庭的で普通に毎日食べたいと思うほどうまかった。こんなに可愛い上に、卵焼きも上手に作れるなんて。本番で食べさせてもらえる萌音の未来の彼氏が羨ましいくらいだ。


「ほんと!? ……わあ、よかったあ。嬉しいな」


 萌音は安堵したように息を漏らして嬉しそうにそう言った。その表情がまた、たまらなく可愛くて。


(え、だから、なんなの? この萌音の赤い顔。まるで好きな人のために作った卵焼きを褒めてもらって喜んでるみたいな――)


 一瞬、勘違いしそうになる。しかしすぐに軌道修正をかけた。


 ああ、そうか、なるほど。これも練習のうちかな。うん。そうだよな。うん。いや、違うか、そうだ、作った卵焼きをうまいって言ってもらったら普通に誰でも嬉しいか。うん。そういう事だな。うん、ただ、それだけ――。


「ねえ、お兄ちゃん。お弁当のおかずで、他には何が好き?」


「え? ……唐揚げ……かなあ。あとはウインナーとか……きんぴらも……好き」


 だから、なんでそんな赤い顔で真剣に聞いてくるんだよ。みんなといる時はあんなにいつもにこにことしているのに。なんで俺と二人の時はこんな、赤い顔――。


「じゃあ!! 次は唐揚げ作ってみるね!! ……慣れたら……その次は……きんぴらも作る!!」


「え? ……ああ、うん……」


 萌音の意気込んだ声に、ありきたりな返事しか出来なかった。


 練習……だよな? 勘違いするなよ、俺。萌音はあくまで俺の義理の妹なだけで、こんなかわいい子が俺なんかと、釣り合うわけがないんだから――。


 けど、きんぴらなんて地味なもの、萌音の未来の彼氏も好きとかあるのだろうか。俺をサンプルにするのはあまりにも――。


「ねえ、だからさ――明日も……一緒にお弁当食べよ?」


「え? ……ああ、うん……」


 ほら、俺はつまらない男だ。


 萌音の言葉が予想外過ぎて。萌音の顔が、耳まで赤い事に気付いて。俺はさっきと全く同じ返事しか出来なかった。

 萌音にふさわしい陽キャなイケメンだったら、もっと気の利いた言葉を言うのだろうか。



「ほんと!? いいの!? ――わあ、嬉しいな。じゃあさ、明日はここで待ち合わせ……しよ? ……教室まで誘いに行くの、実は超恥ずかしかったんだー」


 だから……なんなんだよ、この、萌音のほっとしたような顔。それじゃまるで、超恥ずかしい気持ちを俺を誘いたかったみたいじゃないか。


 心臓が――苦しい。勘違いしそうになる。


「え…………ああ、うん……」


 俺はやっぱり、同じことしか言えない。正解が、分からない。もっと――萌音を楽しませてあげられる言葉が言えたらいいのに。




 思うばかりで何も思いつかず、その後は無言で弁当を食べた。萌音も何も言わなかった。せっかくの萌音の昼休みを、つまらない時間にしてしまったんじゃないかと、少し胸が痛んだ。



――キーンコーンカーンコーン


 昼休み終了の予鈴の音がする。


「あ……そろそろ教室、戻ろうか」


「うん」


 そして当たり障りのない会話。やはり――俺はつまらない男。いつもにこにこと笑ってる萌音が、今は笑っていなくて。つまらなかったって、思ってるんじゃないだろうかと不安になった。



 すると萌音が口を開いた。


「ねえ、お兄ちゃん!」

 

 ああ、“明日はやっぱりやめよう” って……そう言われるのかな。そう覚悟した。けれど。



「明日――明日お昼休みになったら、急いでここに来るから。絶対、一緒にお昼食べようね!!」


 萌音の緊張したような顔と声。


「え、ああ、うん」


 そして俺のつまらない返事。なのに萌音は――


「楽しみにしてるからねっ」


 俺の言葉に嬉しそうに微笑んで、教室に向かって走って行った。





 ――突然出来た妹は、思わせぶりだ。まるであんなの……俺の事を好きみたいじゃないか。けれど俺みたいなつまらない男を、あんな可愛い萌音が……好きになるはずがないじゃないか。


 だから――これはきっと勘違い。


 放課後も、そんな事を考えながら家路についた。





慎太郎しんたろう君、おかえりなさーい。部活疲れたでしょう。夜ご飯出来てるから、みんなで食べましょ」


 玄関を開けると、夕食のいい匂いがしていて、由美子さんが出迎えてくれた。


 着替えを済ませて食卓につくと、そこに並んでいたのは唐揚げ。


「慎太郎君、今日のお弁当、おいしかったでしょー。卵焼きは萌音が作ったのよー」


 夕食を食べながら、にこにことした笑顔を浮かべて俺に話しかける由美子さん。萌音のあの綺麗な顔立ちと笑顔は、お母さん似なんだろうなと思う。


「え? ああ、はい。おいしかったです。弁当、ありがとうございます」


「明日のお弁当は、この唐揚げ入れるわね。萌音ったら、急に唐揚げの作り方教えてって言うんだものー。何かと思ったら、明日好きな人と一緒にお弁当食べるんですって。その彼が唐……」


「ちょ、ちょっとお母さん!! ……へ、変なこと言わないでよ!!」


 突然始まった由美子さんの暴露を、赤い顔した萌音が慌てて遮った。

 

「あら、いいじゃない、萌音ー。家族内での会話なんだし。好きな人くらい誰だって出来るじゃない、ねぇ、慎太郎君」


「え、ああ……はい……」


 

 俺は――今、どんな顔をしているのだろう。


 由美子さんの言った暴露は、ただ萌音が明日好きな人と一緒に弁当を食べるというだけだったはずなのに。


 俺と萌音にとっては、それ以上の暴露になっている事を、由美子さんは知らない。


 萌音が明日弁当を食べる約束をしたのは、――俺。つまり萌音の好きな人は、俺だということ。


 しかも唐揚げの作り方を教えてと由美子さんに頼んだのは萌音の方で、明日の弁当の中身が唐揚げなのは、たまたまではなく、俺が唐揚げが好きだと言ったから。


 

(明日――俺はどんな顔して萌音と昼を過したらいいのだろう……)


 考え込みながら風呂場に向かって廊下を歩いていると、風呂上がりの萌音とばったりと対面した。萌音の顔が赤いのは……風呂上りだからだろうか。


「あ、あの、お兄ちゃん!! ……明日のお昼の約束……来て、くれる?」


 不安そうな萌音のその言葉は――ただの昼休み一緒に食べようというの約束の確認ではなくて。萌音の俺への気持ちを知ってもなお、一緒に過ごしてくれるかという、の確認。


「え? ……ああ、うん……」


 俺のいつも通りのこのつまらない返事は――


 萌音の俺への気持ちを知ってしまったけど、それでも行くよという返事。


「よかった!! 明日……楽しみにしてるねっ」


 そう言って部屋に小走りで向かった萌音の耳が赤い理由が、風呂上りだという事だけではないことに、さすがの俺でもそろそろ気付く。


 けれど――


(明日――俺はどんな顔して萌音と昼を過したらいいんだよ……!!)


 俺はまた、さっきと同じ言葉を心の中で叫んだ。


 誰もいなくなった廊下で一人、バクバクと煩くなった心臓を押さえながら、俺の耳も熱くなったことは――俺しか知らない。


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