三段落
六時間目の授業を終えて、放課後のチャイムが鳴り響き、我々は長かった拘束――もとい一日の課程から解き放たれた。
といっても、清掃をサボって帰るほどの不良でもないので、まだ完全に開放されたという訳ではないが、もう授業がないという点において言うのならば限りなく自由と言って良いだろう。
という訳なので、日本の誇れる美徳である清掃作業をちゃっちゃと終わらせて、ちゃっちゃと教室に戻ってきたのだが、まだ二人の姿はなかった。
というか、まだ教室の掃除が終わっていなかった。
なので、教室前の廊下でしゃがみこみ、壁にノートを押し当てながら数学の課題をスラスラと書き込んでいく。
これは僕の一つのポリシーなのだが、今日出された課題はなるべく早く学校で終わらせてから帰ることにしている。
課題がない日は別として、空き時間や休み時間、それでも終わらなかったら放課後に居残って終わらせる。
でないと、帰ってから執筆をする時に、あの課題があるやらこの課題があるやらと、脳の要領を食って掛かってくるのが、甚だ不快で不愉快だからである。
「勤勉なる骸井君、こんにちは!」
「これを勤勉って言うのかどうかは疑問だがな」
「それな!」
こいつ……適当な返事をしやがって。
「なんだよ」
「いや、骸井君が結局オーケーを出したことに俺はびっくりだよ! てっきりめんどくさがってパスするのかなって思ってたからさー!」
「……」
「もー無視しないでよー!」
課題をしている横でぴーぴーうるさいので、脳内ノイズキャンセリングをかけて無視することにした。
全くもってこいつは、なんでこんなにめんどくさいんだ。ウザがらみにも程があるだろ。
それから、しばらく課題を進めて、およそ半分ぐらいが終わった辺りでちょうど教室の掃除が終わった。
ふぅ、机でできなかったから進みは遅かったが、まぁ進行ペース的には上々だろう。
「……というか、あれはどうしたんだ」
「ん? あれって?」
「ほら、打水とかいう男」
「え? そこにいるじゃん」
「ん?」
俺から見て左にいる六が、俺を挟んで反対側を指さした。
振り向くとそこには昼休みに見た男がいつの間にか立っていた。
「……いつからいたんだ」
「え、どうだろう……でも骸井君が課題を始める前にはいたよ?」
いやそれは流石に影薄すぎないか。
「大丈夫だよ、よく言われるからさ。『お前いつからいたんだよ気味わりーな』なんて何回聞いたか分からないぐらいだよ!」
なんで自慢げに自虐してるか分からないけど、こいつ的にいいのならまぁいいか。
「ていうか六、お前もなんで黙ってるんだよ」
「え、いや、普通に一緒に並んでるから気づいてるものだと思ってたや」
表情からも分かるが、これはどうやら本心らしかった。
「それで……僕はこれからどうすればいいんだ?」
打水に問うと、一瞬ハッとしたかと思ったら恥ずかしそうな表情で、
「じゃあ付いてきてください」
と続いた。
なので、それに従って付いていく。
「ところで……こいつも付いてきてよかったのか?」
教室がある二階からこの屋上まで六が、ずーっと何食わぬ顔で付いてきていたのが気になったので一応聞いてみた。
「はい。……骸井君さんに持ち掛けてくれたのも、人気のない場所を探してくれたのも俵君なので。はい」
「こんなに口軽そうなのに?」
「ちょいちょーい!」
なんかひょうきんに突っ込まれたけど、これは多分六じゃなかったら辺りをしらけさせるツッコミだろう。イケメン役得ってやつは世の不条理を可視化させてくれるから非常に面白い。
「それは……でも俵君って
その言葉を受けて、六を一瞥しながら続く言葉を待ってみる。
「
「意外だったか?」
「……意地悪な顔」
日頃の意趣返しなのを分かっているのか、それ以上の言及はしないようだったので話しを進めることにする。
「じゃあ、屋上行くか」
そう言うと、六は持っていた鍵を屋上へと続く扉の鍵穴に刺した。
扉が開き、一瞬だけ薄ぼんやりした視界になった。そして、屋上に出ると暖かい日差しがいつもより近く感じる。
景色はというと、この学校が特段高い建物じゃないが、ここら辺一帯は見渡せるので割と良い眺めではあった。
「よし、それじゃあ、その誰にも言えない内緒話とやらを聞かせてもらおうじゃないか」
打水は、一つ「こほん」とわざとらしく咳払いをしてから話し出す。
「あのーですね。これは結構内輪な話で申し訳ないんですけど……実は今好きな人がいるんです」
ここまで聞いた時点で察しがついてしまった。
「ほう。それで?」
「それでですね、今度の文化祭を機にその子に告白しようと思っているんですが、決まっているのはそこまででして、ここから先どうやって進めるのがいいのか、いつ告白すればいいのかをお聞きしたくて相談させて頂いた感じです」
やっぱりそうだったか……。
「一つ聞いていいか?」
「はい、何でしょうか?」
「この相談をなんで僕にしようと思ったんだ。別に六でも他の経験が豊富そうな男でもよかったじゃないか」
「いやー、それはですね……言おうか迷ったのですがここまで来たら言いますと、それは、骸井君が小説を書いているって噂を聞いて、それで参考になるかなと思ってそれで――」
確かに、僕は自分が小説を書いているということを隠してはいない。
といっても、別にそのことを大っぴらに言って回ったり、自慢げにマウントを取る道具にしたりはしていない。
ただ、聞かれたら正直に、自信を持って明かすことはあったぐらいだ。
だから、こう面と言われるとは思ってもみなかったのだ。
……というかあれだ。
「別に小説書いてるからと言って、恋愛猛者だなんて思ってはいないよな?」
「え! あ、いや思ってないです」
今思いっきり「え!」って言ったじゃないか。
「というか僕が恋愛小説を書く人間に見えるか?」
「うーん、見えない……かも?」
「そうだろう。だから、最初からその質問を僕に聞くのが間違いだったということだ」
「でも骸井君、意外にモテるよねー! 俺の耳にはちらほらと噂が入ってきている気がするけどー?」
「なんだそれ。僕自身ですら想像ができないって言うのに、他人が話す腫れた惚れたなんて噂、全くと言って信用ならない」
「でもどうですか? 例えば僕を主人公として考えた時に、密かに思いを秘めた女の子に告白するお話として考えてみたり……なんかはどうでしょう」
「打水」
「は、はい何でしょうか」
「君は今、小説家として僕に物語の依頼をした、と思うんだがそれがどれだけ高くつくか分かっているのか?」
「え、高くつくって……お金がかかるんですか? えーっと、ならシチュエーションをちょっと考えてもらうだけでも大丈夫です!」
「君」
「はい?」
「よくそんな、自称編集者を名乗るような変な奴が送ってくる仕事のメールみたいなことを言えるな。ある意味才能があると言える」
「えぇーっと……?」
「まぁまぁ骸井君、そんな褒めてやるなよー!」
「え、今褒められてたんですか?」
「……六、お前だけは味方であれよ」
「ん? 俺は
「相手が残酷な未来へ行こうとしてるのが分かったのなら、そこはかとない感じで止めるのがお前じゃないのか」
「その通りだよ! 俺は困った生徒の味方さ!」
六の言動にどこか違和感がちらつくが正確に言い表せない。六の態度がいつもと違っている気がするが、指摘ができるわけでもない。が、とにかく変だ。
どういうことだ……もしかしたら、この用件を受けないことで後から何かあるっていうんじゃあないだろうな。
六はそれをわざと隠して、それが起こった後にからかい顔で煽ってくるのだろう。ふふふ、残念だったが僕はここまで読み切ったぞ。
「……分かったよ。しょうがないから六に免じて、今回だけは無料でシチュエーションだけは考えてやる」
「え、いや、うん? 断られなかったのか……?」
「いやーありがたいなー! これは打水君も感謝した方がいいよー!」
「はい! ありがとうございます!」
六の内なる陰謀に読み勝ってから間もなく、結局、三人でアイデアを出し合ってみて一番良いプランを組み上げる方式を取ることにした。
「で、打水君! その好きな女の子との面識はどれくらいあるの?」
「えーっと、同じ委員会なのでその度に何回か会話したり、あと、同じクラスで前の席に座っているので、ぼちぼち話したことがあるみたいな感じです」
「はいはい、そんな感じねー! ふんふん。骸井君は何か聞きたいことある?」
「その女子生徒の特徴はどんな感じだ」
「はは、骸井君! そんな女子生徒って」
「……」
こいつにかまっていたら日が暮れると判断したので、適宜無視することにした。
「はっはー! 考えると決まったらちゃんと集中しちゃうところ、流石だね」
「あのー、山田さんは何というか、あ、僕の好きな人の名前が山田さんなんですけど、あのー、可愛らしい雰囲気を纏ってるんですけど、やる時はちゃんとやるというか、ふわふわした感じなのかと思ったらしっかりとした芯があって、思わずかっこいいと思っちゃうようなそんなギャップが見え隠れする子ですかね」
「メガネは掛けてるか?」
「いえ、掛けてないです」
「交友関係は広い方か?」
「えーっと、クラスでいつも一緒にいる女の子が一人と、別のクラスに二、三人仲いい人がいるみたいな感じです」
「髪型は?」
「姫カットです」
最近の流行りと言えば流行だろうけど、頻繁に見かける髪形かと言われればそうじゃない。姫カットの女子生徒か……。
「姫カット可愛いよねー! 俺も大好き!」
聞いてもない六の趣向が勝手に耳に入ってきた。
「……」
正直に言って何にも思いついていない。
というか、その女子生徒の情報を聞いた感じ、マジでどうやってそのシチュエーションに持っていくのかが、想像できなさ過ぎるのだ。
「姫カットと言えば……あの髪形は、元来、平安時代の尼削ぎにぱっつん前髪を組み合わせた、いわゆる古風とゴシックの融合の末に生まれたもので、日本の何でも受け入れて取り込んでしまう文化を象徴した髪型、と言えるだろう」
「そうなんだ! 知らなかったよ」
「……そ、そうなんですね」
困惑した表情を浮かべる打水。
「つまり何が言いたいかというと、控えめに言ってもとりわけ特徴がないお前が急に告白したとしても、芯があって個性があるらしいその女の子に告白しても相手にしてもらえないだろう。どころか、その影の薄さ的に、もしかしたらその山田さんとやらがお前のことを覚えてない可能性すらあるだろうなって話だ」
「……手厳しいなぁ!」
「……」
何も言わない打水。
「しかしまぁ、今の時点では難易度が限りなく高いってだけで、これからの行動次第では不可能ではないのも確かだろう」
「じゃあ、彼の努力次第で確率を上げることができるってことですか!? 先生!」
「……」
おいおい、六が変に盛り上げるから変にハードルがグッて上がっているじゃあないか。変な期待をさせて恨みを買いたくないんだ。めんどくさい。
「今から文化祭まであと、何日だ?」
「二週間ぐらいだね!」
なんのアプローチもないよりかは、この二週間で色々と好きアピールを十分にしてからの方が成功率が上がるだろう。
「何をすればいいんだ……」
そう言って打水は立ち上がった。
「別にそんな絶望しなくたっていいじゃないか! それよりもこれからだよ! これから!」
「とりあえず、接点を持つのが大事だろう」
まるで別人かのようにふっと眼の光を失った打水。
「……どうした」
「打水君?」
「あと二週間……デート……」
打水はぶつぶつと小さな声でデートプランを呟きながら席を立つと、天を仰ぎながらゆっくりと回転して、歩み始めた。
それも、何か目的があって歩を進めているというより、何かに突き動かされているというか乗っ取られているようにすら見えた。
「打水君! そっちは危ないよ――!?」
六は打水の腕を引っ張った。
体型とか身長とかから考えても、六の方が大きいため絶対に六が負けることなんてないだろと思っていた。
しかし、現実は違った。
打水は全く気に留めるそぶりも反応も示さずに、ただゆっくりと歩を進めている。
そして、六はというと思いっ切り腰を入れて全力で引き込んでいるのにもかかわらず、打水の腕の振りすらも止めることすら敵わないままに、逆に引きずられてしまっていた。
靴の裏がずりずりと擦れている音が虚しく感じるぐらいには、六のことが無力に見えた。
異常が目に見えたので、俺は立ち上がった。
「おい、六」
「骸井君! 早く手伝ってくれ! ――どうやら、俺では打水君を、止められないっ、ぐっ、みたいだ!」
「何やってんだ……」
どう見ても六がふざけているようにしか見えなかった。
なので、六の悪い冗談に付き合ってやるように六の腕を取ったのだが、悪い冗談なのは六の発言ではなかった。
冗談よりも現実の方がもっと悪かった。
「は――ぐっ……どうなってるんだ」
「分からない! さっきから打水君に話しかけているが、全く聞き耳を持たないどころか、見向きも何の反応も機微もない!」
片手では自分の身体すら支えられないほどの力に、俺も六のように腰を落として全力で引っ張ってみるが、全くもって手ごたえがない。
その感覚は希望とか絶望とかそう言った感情を排除した、どう想像しても抗えない確定した運命を掴んでいる気がした。
つまり、
それは六も同じ感覚だろう。
じゃあ、簡単な話でパッと手を離せばいいのではないか? このまま三人とも屋上から落ちるなんてそんなのはおかしい話だ。
だけど、それはまだ叶わぬ願いだった。
「おい六」
「なんだい?」
「なんで今、手が離れないか知ってるか?」
「いーや? 全く知らないね。接着剤でも付いてたんじゃないかな」
「この期に及んでよくそんな軽口叩けるな。もっと焦った方がいいんじぁあないのか」
「うんん……それは違うね。本当に焦った時、軽口の一つや二つ言えてこそ冷静な判断が生まれてくるものなのさ」
「じゃあ、その冷静さをもってして、今この状況から打開できる方法を教えてくれないか?」
「はは! そんなものはないさ! 知っているだろう、俺はこの学校で起きたことやこの町で起きたことは大体知っているが、とりわけそれだけだってことをさ!」
「何でもは知らないわ」ってな事を言いたそうな顔をしているが、今はそんな悠長なことをやっている暇はない。
今も打水の足は、少しずつ少しずつ着実に屋上の縁へと歩を進めているのだから。
それに、何故手を離せないのかについては何となく察しがついている。多分、これは打水自身が気配消しと脱力を極限をしているからだろう。
何らかの形で意識を排除され、無意識の中にある何かが身体を動かしている。しかも、最低限の筋力だけを使ってだ。
あぁ、この僕と言えど、合気の心得は全く知らないのだ。
「後ろ蹴りで、無理矢理俺を蹴り飛ばしたりはできないか」
「いや、無理だ……俺の手が打水君の制服と一体化している感覚が邪魔して、体幹に力が入らない! 多分、足を膝の高さまで上げるのが精いっぱいだ……」
こっちもこっちで、六の腕を手で掴まざるを得ない体勢を取らされ続けているので、無理矢理吹っ飛ばすことすら叶わない。クソ!
「……じゃあ聞く事を変える。今、打水がこうなっている原因とかきっかけになりそうな情報はあるか?」
これで、かの俵六が持つ情報網にすら引っ掛からないのなら、それこそこの問題はかなり捨て身な手段を足らざるを得なくなる。
屋上の縁にたどり着くまで、あと五分あるかないかぐらいか。
「打水君に関する情報か……打水君、打水君、あったかなぁ?」
こっちもこっちで、どうにかして打開するきっかけを模索しなければ。
再度、踏ん張ってみてもやはり引きずられる足は止まらない。近くに使える道具もない。
近くに使える道具?
「骸井君、今叫んで助けを呼ぶのはどうなると思う?」
「たとえ、こっちの存在に気づいた人がいたとして、それが単なるやんちゃな生徒の悪ふざけじゃないと気づける生徒がどれぐらいいるだろうな。先生だったらまだ分からないけれど、ここは教室とは離れた特別棟の屋上だ。特別こっちに用がない限りは、生徒も先生もいないと考えるのが妥当だろうな」
「そっかー! それじゃあ本当に孤軍奮闘しなきゃってことか!」
「……それで、なんか思い出したことはあるか?」
「あー、一つだけ思い出したことがあるよ。彼ってば影が異様に薄いから思い出すのに時間がかかったけど、一つだけある」
「何だ?」
「打水君には確か、幼馴染がいてその子からずっとアプローチされてるらしいよ!」
それで、どうやってこの状況を打開できるというんだろうか。
「今、使えない情報はいらないと分からないのか」
「だって、これぐらいしか知らないんだもん……しかも、その子相当打水君のことが好きらしくて、ひたすらに粘着して回ってるとかなんとか」
その粘着に嫌気がさして気が触れたからこうなったって? ほどほどに理解しがたいな。
「それよりも、『実は合気道の神童である』と言われた方がしっくりくるまであるが、そんな情報は――」
「うん! ないね!」
「だろうな」
結局、使えそうな情報がないということが分かっただけで、ただただ無駄に時間を消費しただけらしかった。
「全く……そんな悠長なことをしてたら――」
ちょっと待て。
「ん? 骸井君どうしたの」
「おい、俺たちこんなに進んでたか?」
打水は俺たちの手を取ってから今まで、芋虫が進むぐらいのかなり遅い速度で歩を進めていたはずだ。
だから、屋上の縁にたどり着くまで後、四分はかかるはずだった。
しかし、俺達はもう屋上の縁、地獄の崖のすぐ傍まで近づいていた。
打水の速度は一回も変わっていない。
――ちりん、と金属の何かが落ちた音があたりに響いたが、周りを見ても何にも見当たらなかった。
そして、打水は足を止めた。ぼんやりとした表情で空を仰いでいる。
その瞬間、俺達の腕に感覚が戻り、囚われていた身体が解放された。
俺たちの目の前には、悲しそうな背中が夕陽と逆光になって影が落ちる。
今分かっていることは、打水を掴んだら離せなくなるということ。
そして、今にも飛び降りそうな男が目の前に立っている。
「打水君……」
「ごめんね」
彼はそう呟いて、一歩踏み出した。
その一歩がどこにも触れることなく、ただただ虚しく宙に浮く。
そこで時が止まった。
「六」
「なに?」
「鍵持ってるか」
「……あれ、ない」
「分かった。大丈夫だ」
そして、時は動き出す。
目を瞑り、前方に倒れるように身体を投げ出した打水……の足首を咄嗟に掴んでギリギリで一瞬だけ耐えた六。
しかし、その甲斐虚しく、そのまま一緒に引きずり落ちていく六……の腰を掴んで体を伏せて二人分の体重で支える。
細身で周りと比べたら割と低めの男子を、少し身長が高めの男子二人が支えているんだから、どう考えても僕たちの方が重量がある。
だから、これに関しては物理現象が屈折しない限り、絶対に引っ張り上げられるはずだった。
しかし、実際に腕に乗る重さは、まるで人の重さ超えていた。
「ぐああぁぁっ」
どこかで、打水が合気道の達人だから引き留められないのだ、と無理矢理納させようと考えていた。
だけど、今分かったことはガタイのいい成人男性、どころかそれが三人分……いや、それ以上の重さが打水にはあったということだ。
それに加えて、床の素材がかなりツルツルでできているため摩擦力が低い。
最初は奇跡的に耐えられると思ったのも束の間、全くもって腕の力じゃどうにかならないことを察したのだ。
僕は目を瞑った。
屋上の縁が自分のお腹から腰、太ももから膝へと押される感覚で自分が今から落ちるということを嫌でも自覚させられる。
そして、俺は宙に浮いた。
頭から真っ逆さまに落下していく。
そんな感覚は永遠に思えた。
そして、一瞬だけ衝撃があった後――。
……打水の異常な重みについて、これはあまりにも大き過ぎる愛の重さが所以、だったのだろうか。
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