二段落
「は、初めまして……」
昼休みのチャイムが鳴り、各々が各々の行動へと移っていく中、僕の席には予定通り六ともう一人、多分、打水水と思しき男子生徒が来ていた。
「君か……僕に用があるのは」
「は、はい!」
「それじゃあ手短に用件を言いたまえ」
「あの、そのことなんですけど……」
何やら言いづらそうにする打水。
チラッと六の方を見てみたが、「俺に聞かれても分かりませんよ?」みたいなジェスチャーを返されるだけだった。
「なんだ?」
「実はあまり人に聞かれたくない内容ってこともあってですね……場所を移して二人でお話することってできますかね……」
「僕は別にいいけど――」
六はどうするのだろうか。
「はい。俺もそれで構いませんよ。骸井君に打水君を紹介した時点でミッションクリアなんでね」
秘書みたいなことを言っているけど、雇った覚えはないし雇う計画も今のところはない。
六は続けて、
「あ、あとそれと、人に聞かれたくないっていうのなら、四階の特別棟にある踊り場とかがオススメだよ」
「いや遠くないか? それはあまりにもめんどくさすぎるし、申し訳ないけどそこまでしてまで話を聞く道理はこっちにはないのだが……」
「……いやぁそうですよねぇ、ははっ……」
まるで被害者みたいな顔をされているけれど、それは全くもってお門違いな話じゃないのか?
「……まぁ、そういうことだからこの話は無かったことにさせてもらおうか――」
「あ、骸井君!」
六が何かを思い付いた顔をしてニコニコとこっちを見ている。何か嫌な予感がする。
「……なんだ六」
「この学校って屋上があるらしいんだけど、行ったことはあるかい?」
「いやない。鍵かかっていてまず行けないし、行くこと自体が学校によって禁止されている。だからわざわざリスクを冒してまで行かないだろう」
「だよねー! じゃあさ? そのリスクが全くない状態で屋上に行けるってなったらどうする?」
「……何が言いたい」
「今たまたまだけど、屋上に行くための扉の鍵と許可証を持っているんだけど、どうかなって」
「……仮にここで
「いやーね? ちょうど、骸井君の好奇心と打水君の条件がピッタリ揃ってるなーって思ったから言ってみただけだよ?」
こいつは俺に天秤を掛けさせている。
小説家としての好奇心と引き換えにめんどくさそうな案件を飲むか、めんどくさそうな案件をスルー出来る代わりに、次、いつ来るか分からない屋上に上がれるというチャンスを棒に振るのか。
あぁ! そんなの一択しかないに決まっている。
だけど、六のあのニコニコ顔を見ていると、あまりにも手のひらの上で踊りすぎている気がして、自分のプライドが引っかかる。
「現役の高校生が屋上に上がれることなんて、過去に例を見てもあるかないかぐらいのビックチャンス! どうするー?」
「ちょっと静かにしてくれないか? 今考えているんだ」
「へへー! じゃあ、昼休みの間に決めてもらえればいいから、後はごゆっくりー! じゃあ打水君、結果は後で教えるね! (どうせ決まってると思うけど!)」
「あ、はい! ありがとうございます」
「じゃ! バイバイ骸井君!」
屋上に入れる権利なんて、普通の人から考えたら五百円の価値もないのだろう。
しかし、残念なことに、やっぱりどう考えても小説家を前にその提案は断れない。
何故なら、その体験をしたことによって、屋上の描写のディティールは上がるだろう。
それに、そこから見た風景や匂い、温度や音から小説に使えるネタやエッセンスを思いついて備蓄できる可能性もある。しかもそれは、「想像してみる」という行為よりもかなり色濃く印象に残るだろう。
そこにこそ原体験の真価が発揮されるのだ。
最初は一本の茎からなった木の苗も、水と栄養を与えたら枝が分かれて方々に新緑が芽吹くのだ。
創作する者の楽しみの一つがこれであり、ここを出発点にして創作の目覚めをした者も少なくはないだろう。
僕は少し違うがね。
それで結局、どうするかというと屋上に行く以外の選択肢はなく、程なくして俺は六に『屋上の手配を頼む』と送信したのだった。
なお返事は、『^^』だけだったのだが、やっぱりいちいち癪に障る、六らしい返事であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます