夢想文学
不透明 白
一段落
吾輩は高校生である。名前は骸井九。
おっと、一つ訂正をしなければならないところがある。私の一人称は「吾輩」ではない「僕」である。
そして、猫は嫌いである。俺はアレルギーなのでね。
……そんなあれやこれやは置いておいて。
最近まで夏真っ盛りで、うだる暑さが人々を殺さんとする勢いで照り輝いていたのだが、度重なる台風の上陸により洗い流されてしまったのか、最近はだいぶ落ち着いてきたらしい。
僕の通う北上川高校においても、その変化を目に見える形で感じていた。
というのも、わが校の夏用制服は半袖のYシャツが基本なのだが、段々と長袖のYシャツを着ている生徒が増えてきた。
勿論、まだ暑くなったり収まったりを繰り返しているので、腕まくりをして着ている人が多いのだが、それでも季節の変わり目を感じるには申し分ない変化と言えよう。
そして、あと一か月もすれば衣替えとなり、強制的に制服を着ることになり、とすれば、その頃には一足早い冬を意識するようになっていくのだろう。
そんな季節の流れを感じながら、まだ不揃いな様相の教室で一人、文庫本を開いて、文章を流し目で撫でながら思考にふけるという至高な時間。
「おはよう! 骸井君」
「はぁ……」
「会って早々ため息だなんて……いつも通りにひどいじゃないか」
「何がひどいだって? こっちは秋の空気を感じながら安寧な思考にふけっているのに、君が邪魔をしてきたのだろう。残念だがね、僕は君よりも暇じゃないんだ。用がないなら自分の教室に戻ってくれないか?」
「ふふ、骸井君ってば朝から元気だねー! 俺も見習わなくちゃだなー」
「……」
……皮肉すら清々しく聴こえるとはね。
この学校でこいつの名前を知らないやつは少ない。
その理由は、こいつの顔面が整い過ぎているからに他ならないからである。
こいつが行く先々に取り巻きらしき女子生徒共が現れては、たわら君! やら、むつ君! やら、うるさいことうるさいこと。
そして、その影響は普段近くにいるこっちにまで伝播している始末だった。
突然、見知らぬ女子生徒に呼び止められたと思ったら、大体いつも『俵六君へ♡』と記された手紙を渡されて、「それ六君に渡してください」と言われるのだ。
いったい俺はいつから俵六専用配達員になったんだ?
まぁ、普通にめんどくさいからそのまま突っぱねるか、それでもしつこい場合は受け取ってそのままゴミ箱に投げ入れるのだが、そのゴミ箱に入ったはずの手紙でさえもいつの間にか六の所にあるから、全くもって驚きだ。
そんな絶世の美青年とかいう性質上、女子達はおろかこの学校の生徒のほとんどが俵六へ関心を寄せているといっても過言ではない。
その因果か、この学校で交わされる話題や噂などの情報はかなりの確率で六を通過すると言ってもいい。
詰まる所、この俵六という男はこの学校一の情報屋――にならざるを得ない運命だったらしい。
全く……人のいるところに情報ありとは言ったものである。
そして、リアリティを追い求めるのが命みたいなこの仕事において、つまり小説家として喉から手が出るほど欲しい権能だ。
もしも、僕が全く六と関わりがなく、第三者としてその事実を知ったのならば、僕は嫉妬に狂った挙句、頭が頓珍漢の異端生徒になり果ててしまっていただろう。
しかし、そうはならなかった。
高校に入って初めて出会ってからというもの、六と僕は行動を共にしている。
それが何故なのかは今となってはあまり思い出せないし、それ自体運が良かったのか悪かったのか。
いや、悪い方かもしれなかった。
それが何故かって? それは、こいつと一緒に過ごしていたら嫌でも分かることだろう。
「骸井君に紹介したい人がいるんだ」
さっきからしばらく、本を読んでいる自分の横で女の子との雑談に興じていたはずの六が話しかけてきた。
どうやら、話し終わったらしい。
「……誰だ」
この高校で俺に会いたいだなんてロクな奴じゃない。俺のファン以外は。
「一組のうちみずすい君って子なんだけど知ってる?」
「いや、聞き覚えは無いが」
「そうだろうな。いや、実は昨日、廊下でこの子に話しかけられたのだけど、どうやら君にどうしても伝えたい事があるらしくてさ」
「どうしても……ね」
「断っておくこともできるけど、どうする?」
興が乗るだろうかと自分自身に問うてみる。
「………………話を聞くだけだ」
「うん、分かった! じゃあ、昼休みに連れてくるから楽しみに待っててーね!」
だいぶ上機嫌におどけた口調でそう言った。
そして、また見知らぬ女子生徒に話しかけられた六は、ひらひらと手を振るとその女子生徒と共に教室を抜け出していったのだった。
うちみずすい……打水水か多分。
全く聞き覚えの無い名前だが、一度聞いたら忘れなさそうな響きではある。
うーん……これちょっといじったら登場人物の名前に使えるか?
なんて、どうにかして使えそうな名前を作れないかノートに書き連ねていたら、ホームルームのチャイムが鳴り響いたので、あえなくしてその作業は終わりを迎えた。
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