第19話 「うん、そうだよ」

 橘の発言に驚きを見せたのは、突然好きだと言われた俺だけではない。


 この場にいる橘以外の人間が全員が呆けた表情を見せている。


 そして橘の発言にあまりに驚きすぎて言葉が出ない俺の代わりに、真っ先に質問をしたのは新那だ。


「えっ、な、なんなの突然。好きってその、付き合いたいとかキスしたいとかの好きってこと? いや、まさかそんなわけ--」


「うん、そうだよ」


「--っ⁉︎ そ、そうなんだ……」


 ただでさえこの事件の真相が全く分かっていないというのに、その状況を更に混乱させる橘の発言。


 っていうか俺、今まで女子から好きって言われたことなんてないんだけど。


 俺はこれまで双子の兄である侑志と比較されて虐げられる人生を送ってきた。


 そんな俺を好きになる女子なんているはずがなく、色恋沙汰なんてものは一切経験したことが無い。


 そりゃ身近に俺の上位互換がいれば、わざわざ俺を好きになる必要なんて無いからな。


 だからこそ、橘が俺のことを好きだというのが真実だとは思えない。


 侑志たちから派遣されてきたスパイか何かなのではないだろうか。


「本当に俺のことが好きだとは到底思えないな。そんな素振りを見せられたことは無いし、侑志たちのスパイか何かなんじゃないのか?」


「疑われても仕方が無いとは思うんだけど、私本当に志道君のこと好きだよ? こんなことだって躊躇わずにできるし」


「--え?」


 次の瞬間、橘は俺の頬にキスをした。


 これまで様々なことを考えていたはずの俺の頭は真っ白になってしまった。


「ちょっ、何やってんの!?」


「え? だってこうでもしないと信用してもらえないと思って。流石に唇同士でのキスは好きになってからじゃないとまずいかなと思ったからやめといた」


「唇同士じゃなくても十分まずいと思うんだけど! おかげで志道君固まっちゃってるじゃん!」


「あっ、ああ大丈夫だ。今戻ってきた」


「戻って来たから大丈夫って問題でもないと思うんだけど……」


 突然の行動には驚いたが、今は冷静になって状況を整理するべきだ。


 今の行動から橘が俺のことが好きなのが確定したとなれば、それを今俺に伝える理由はなんなのだろう。


「た、橘が俺のことを好きだって言うのはまあ信用するとして、それが今回の騒動とどう関係があるんだ?」


「侑志君と椎名がね、大っ嫌いなの。もうどうしようもないくらいに嫌いなの。だからあの二人を陥れてやろうと思って」


 侑志たちの話を始めた橘の表情は心底二人を憎んでいると思われる表情へと変化した。


「ま、まああいつらのことは俺も嫌いだから気持ちは分からなくもないんだけど、仲良さそうにしてたよな?」


「最初はね、私も嫌いじゃなかったよ。でもあの二人、常に志道君の悪口を言ってるし嫌がらせをしてやろうって思ってるし、自分の好きな人のことを悪く言われたら嫌いになるしかないじゃん? それで我慢しきれなくなって、志道君に対する悪口とか嫌がらせを止めるためにあいつらを犯人に仕立て上げようとしたの」


「え、じゃあスマホを隠したのは俺のためってことなのか?」


「うん。そうだよ」


 俺はただの傍観者だと思っていたが、思いっきりこの事件の当事者へとなり替わってしまった。

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