第9話 「ただのクソだったわ」

 侑志に歩み寄るべきかどうかを新那に相談し、歩み寄ってみることに決めた俺は、コンビニで買ったシュークリームを片手に有志の部屋の前に立っていた。


 この部屋に入ろうとするのはいつぶりだろうか。


 俺と侑志の仲が本格的に悪くなったのは小学校五年生の頃からで、その頃から今日まで侑志の部屋に入ったことも、入ろうと試みたこともない。


(やっぱやめといたほうがいいかな……)


 そんなことを考えてしまうが、今日の新那への相談を無駄にしないためにも勇気を出して侑志の部屋の扉を叩いた。


 すると、すぐに扉が開き部屋の中から侑志が出てきた。


「……突然どうした。復讐でもしに来たというなら戻ってもらいたいんだが」


 久々に至近距離で侑志を見たが、そのシルエットの大きさに驚かされる。

 

 侑志の身長が成長期で一気に伸びたのは知っているが、教室で侑志を見ているだけでは距離的に気付くことができなかった。


 すでに百八十センチを超えているであろう身長の高さは男の俺としては羨ましいと思わざるを得ない。


 俺だって他と比べて低いというわけではないが、侑志よりは十センチ程低いからな。


 侑志をでかいと感じたのはその身長のせいだけではなく、柔道で培った屈強な体つきも影響している。


 俺なんか簡単に骨を折られてしまいそうな差に、改めて自分が侑志の劣化版であることを認識させられる。


「いや、その、シュークリーム食べないかなと思って」


「……おまえのことは嫌いだが、シュークリームに罪はないからな。とりあえずもらっとく--」


 そう言いながらシュークリームに伸ばしてきた侑志の手を、俺はひらりとかわしてみせる。


「中、入っていいか?」


「……何を企んでる?」


「いや、特に何も」


「……ふん。勝手にしろ」


 侑志がシュークリームに目がないのは知っているからな。


 そこは流石兄弟なだけあってある程度のことはわかっているのである。


 そして俺は侑志の部屋に入り、ベッドに座ってシュークリームを渡した。


「なんの用だ」


「……仲直りしようと思って」


 まどろっこしいのが嫌いな俺は、とにかく直球で伝えてみた。


「……仲直り? 何か勘違いしてないか?」


「勘違い?」


「俺とお前は仲が悪いんじゃなくて、俺が一方的にお前が嫌いなんだよ」


 ……勘違いをしていたわけではない。


 侑志が俺のことを嫌いなのは分かっていた。


 なぜ嫌われたのかまではわからないが、散々嫌がらせをされてきたのだから、嫌われたことくらいは理解している。


「……それはわかってる。ただ、俺たちだって兄弟なんだし、もうそらそろいがみ合う理由もないだろ」


「理由しかねぇよ。お前だってわかってるだろ? 俺がおまえと自分を比較させることで、自分が有能だとアピールしてることを。それで手に入れたこの心地いい居場所を、自ら手放すようなことすると思うか?」


 こちらから仲直りしようといえば多少は応じてくれらかもしれないという気持ちもあったが、やはり侑志は今の立ち位置から退く気はないらしい。


 まあそう言われて別段腹が立たない自分にも責任はある気がするが。


「しないだろうな」


「そもそもおまえはわかってないんだよ。俺がおまえに対して何をしてきたか。わかってたら仲直りしようなんて言えるはずないからな」


「……?」


「中学時代、おまえ環境美化委員だっただろ?」


「まあそうだったような気が」


「そん時おまえがな。学校前の花壇一面に綺麗な花を咲かせようとしてたんだよ」


「……おっ、おまっ、まさか⁉︎」


「ああ。あれ枯れさしたの、全部俺だ」


「ぜ、全部って、確かにあの花壇は全部枯れてたけど、あれは大雨が続いた影響じゃなかったのか⁉︎ あれだけの花壇の花全部枯れさすなんて……」


「あんまり目立つことされると俺の良さが際立たなくなるだろ」


「そこまでしてんのか……」


 流石の俺も、若干ではあるが頭に血が登ってきたが、グッと堪える。


「俺は今までもこれからも、自分を良く見せるためならおまえになんだってする。だから絶対に仲直りなんてできないんだよ」


「……そうみたいだな」


「こないだだって、双子の姉のほう……椎那をけしかけて、おまえに悪口言わせてやったのも俺だからな」


「それはなんとなくわかってたけど」


「あの双子も俺たちと似たような感じらしくてな。俺も妹の方に身振りで伝えてやったよ。胸が小さいなって--っ」


 次の瞬間、侑士の部屋の中に乾いた音が鳴り響く。


 俺は怒りに任せて侑志の頬を平手打ちしていた。


「……なんのつもりだおまえ!


 考えればすぐにわかることだが、柔道をしている侑志に殴り合いの喧嘩を挑んだって勝てるはずがない。


 俺は侑志の反撃を受け、柔道の技を使って床に叩きつけられた。


「いってぇっ!」


「早く出てけ。直接やりあうつもりはない。お前を痛めつけるだけだからな」


「……じゃあな。クソ兄貴。あ、クソ兄貴じゃなくてもうただのクソだったわ」


 そう捨て台詞を残し、俺は侑志の部屋を後にした。


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