第8話 「カンパニーマーム持ってく」
博司から兄弟は仲良くしたほうがいいと言われた翌日、俺は校舎裏のベンチで新那を待っていた。
昨日の夜、侑志に歩み寄るべく俺は新那に相談をすることにした。
新那とは入学式の日に仲良くなったとはいえ、急に相談だなんて馴れ馴れしいのではないかと考えもした。
しかし、ここで考えすぎて新那に相談をしないよりも、思い切って相談してしまおうと、俺は新那にLIMEでメッセージをおくった。
そのほうが新那との信頼関係を築いていけるのではないかと考えたからだ。
志道『明日の昼休み、昨日のベンチのとこまできてほしいんだけど』22:35
すると、新那からは一分としないうちに返信が来た。
新那『おっけー。カンパニーマーム持ってく』22:35
カンパニーマームとは、クッキーでもなく、かと言ってパイでもない、説明するには難しいが無類の美味しさを誇るお菓子である。
その返信に思わずフッと笑いをこぼしながら『よろしく』とだけ返事をして眠りについた。
これまで侑志のせいであまり人と関わってこなかった俺にとって、新那のこの緩い感じが丁度いい。
それに新那は俺を侑志の弟としてではなく、双川志道として扱ってくれる。
俺にとって新那は入学式の日に少し会話をしただけなのに、変えなきかない大切な存在となっている
「よっす〜。昨日ぶり」
手を挙げながらベンチへとやってきた新那の姿を見るだけで、なぜか心が軽くなる。
昨日ただお互いの過去を話し合っただけなのに、俺はもう完全に新那に心を許してしまっている。
「教室では顔合わせてるけどな」
「まあね〜。話しかけようと思ったんだけどタイミング悪くてさ。志道も友達といたみたいだったし」
新那の何気ないセリフに俺は胸を弾ませた。
昨日連絡先まで交換しておきながら、教室で新那が俺に話しかけてくることはなかった。
なので、教室では俺と一緒にいられるところを見られたくないのではないかと考えていた。
だからこそ、今新那が俺に話しかけるつもりだったことがわかって俺は嬉しかった。
「ああ。博司な」
「ちゃんと友達いたんだね。安心したよ」
「お前から見た俺はコミュ障のクソぼっちだったのか」
「そう見えなくはなかったかな」
……まあ実際博司以外はほぼ友達なんていないので、そう見えても仕方がないだろう。
「はいこれ、カンパニーマーム。バニラかココアどっちが良い?」
「じゃあどっちもで」
「食いしん坊キャラだっけ?」
「いや違う」
「まあなんにせよ最初からどっちもあげるつもりだったから。はいこれ」
「じゃあなんで訊いてきたんだよ……」
「面白いかなーと思って」
「……そうですか」
新那からカンパニーマームのバニラの袋を受け取った俺は袋を開け、口に入れる。
外で食べるお菓子ってこんな美味かったっけか。
……いや、新那と一緒に食べているから美味しいのかもしれない。
「それで、相談っていうのは?」
「……これまで侑志に歩み寄ろうとしたことって1回も無いんだけどな、一回歩み寄ってみようかと思って」
「……急にどしたん?」
新那が困惑するのも無理はない。
入学式の日に散々侑志に対しての文句を言っておきながら、全く反対のことを言っているのだから。
「博司に言われてさ。早く仲直りしろよって。あいつずっと心配してくれてるから、これ以上心配かけるわけにはいかないなと思って」
「友達想いなんだね」
「……そうだな」
博司のためを思って、というのはもちろんあるが、心の奥底では俺自身が侑志との関係を改善したいと思っているのかもしれない。
腐っても兄弟だからな。
「そう思えるってすごいよ。私は百香に言われたとしてもお姉ちゃんと仲直りしたいなんて思えないし」
「……まああの姉ちゃんだからな」
「そういえば入学式の日、玲那となんか話してたね。何話してたの?」
「ちょっとは侑志君に似てるって言われた」
「ゔわっ……。うちの姉がご迷惑をおかけしまして」
新那は俺と全く同じ境遇で育ってきているので、それを言われることがどれだけ屈辱的なことなのかは理解してくれたようだ。
「慣れてはいるけど、腹が立たないわけではないからな。大変な姉ちゃんを持ったもんだ」
「まあね。でも志道も大変なお兄ちゃんを持ったもんだよ。私も侑志君に失礼なことされたし」
「え、なんかされたのか?」
「……まあそれは内緒」
「……なんかすまん」
何かとんでもなく失礼なことをしていそうだが、これ以上踏み込んでほしくはなさそうだったので、これ以上問い詰めるのはやめておいた。
「まあ正直そんなクソな兄貴に歩み寄る必要なんてある? て思ったりもするけど、腐っても家族だしね。仲が悪いよりは仲がいい方が良いだろうし、反対はしないかな」
「そうか……。それならとりあえず、歩み寄ってみることにするよ。まあ多分上手く行かないだろうけどな」
侑志は歩み寄ることに対して賛同はされなかったものの、結果的に俺は新那に背中を押される形となった。
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