第3話 「大嫌いだ」

「お互い大変だったな。これまで」


「そうだね。多分同じ立場の私たちにしかわからないことだろうし」


 俺たちはこれまで自分の兄姉が原因で受けてきた仕打ちについて話し合った。


 双見には『嫌な経験って人に話すだけでちょっと楽になるもんだろ?』なんて偉そうに言っておきながら、これまでの苦しみを打ち明けることで楽になったのは俺の方だった。


 同じ経験をして、その経験を話し合える人間がいるというのはこれ程心強いものなのか。

 

 双見も俺のように、俺に姉の話をしたことで、少しでも心が軽くなっていてくれたらそれほど嬉しいことはない。

 

「……双見は嫌いか? 姉ちゃんのこと」


「うん。嫌いだよ」


 天川は俺の質問に、なんの躊躇もなく屈託の無い笑顔で即答した。


 双見は笑顔で嫌いと言えてしまうほど、姉ちゃんのことが嫌いなんだな。


「そうか……」


「双川君も嫌い? お兄ちゃんのこと」


「……ああ。嫌いだな。大嫌いだ」


 俺と同じ質問をぶつけてきた天川に、ベンチの背もたれにもたれかかり空を見上げながら大嫌いだと返答した。


 大嫌いな兄のことを話しているのに、なぜかいつもより空が青く、澄んで見えるのは気のせいだろうか。


 そういえば最近は下ばかり見ていた気がする。


 兄と自分を比較されないように、誰とも目を合わせないようにと考えていたらいつのまにか下ばかり見てしまっていたのだろう。

 

 せめて兄貴が優しい人間で、救いの手を差し伸べてくれるような人間だったとしたら、ここまで嫌いになり毎日したばかり見て過ごすようなことにはならなかったかもしれない。


 しかし、兄貴は手を差し伸べるどころか、俺を蹴落として、さらに自分の優秀さを際立たせようとするような人間だ。


 周囲の人間はそんな姿に騙され、侑志の周りに集まってくるが、俺は侑志が最低な人間であることを知っている。


「お、大嫌いときたか」


「言葉じゃ言い表せられないくらい嫌いだからな」


「同じく」


「双見とは仲良くなれそうだ」


「私もそう思うっ。ねぇ、とりあえずLIMEだけ交換しない?」


「そうだな」


 連絡先交換といえば入学式ともなれば必ず行われるものだろうが、侑志に人気が集まりすぎるせいで俺はまだ誰とも連絡先を交換していない。


 高校に入学して初めての連絡先交換が、双見ということになる。


「よし、ちゃんと登録できた」


「双見がいてよかったよ。入学式初日からぼっち回避できたし」


「私は双川君がいなくてもぼっちにはならないけどねっ。というかその双見ってのやめようよ。苗字で呼ばれるとややこしいことが起きるってのも双子ならわかってるでしょ?」


 双子だけでなく、兄弟が同じ学校、さらには同じ学年にいる人間からしてみると、苗字で呼ばれると聞き間違えたりなど、ややこしいことが起きるのは理解している。


 しかし、急に名前で呼ぶってのも馴れ馴れしい気がして……。


 まあ双見本人が名前で呼んでくれって言ってるんだし、気にする必要ないか。


「それもそうだな。じゃあ新那で」 


「うん。よろしくっ。志道君っ」


 まだ若干の肌寒さを感じる今春。


 それなのに、校舎裏で双見と話してからはなぜか体が温まったような気がする。


 俺にとってあまりにも偶然で、それでいて必然でもあったかのようなこの出会いをきっかけに、俺の人生は変化していく気がした。


 いや、もしかするとこの時点で俺の人生が好転していくことは決まっていたのかもしれない。

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