第2話 「楽になるもんだろ?」

 入学式直前に校舎裏にあるベンチへとやってきた俺の横に、突然現れた女子生徒。


『双見新那』と名乗るその女子生徒は俺と同じく新入生のようだが、なぜもうすぐ入学式が始まるというこのタイミングで校舎裏にいるのだろう。


 いやまあそれは俺も同じことなんだけど。


「えー、同じクラスでこれから学業を共にするんだから知っといてよー」

 

 どうやら俺と双見は同じクラスらしい。


 全然知らなかったわ。


「いや、いうて今日入学初日だぞ? まだクラスメイトの名前なんて把握してるわけないだろ」


「まあ実際私も君の名前知らないしね」


 俺には『知っといてよー』と言いながら、俺の名前は知らないという双見に腹が立ちながらも、波風立てないように会話を続けることにした。


「……双川だ。双川志道」


「双川君か。よろしくね」


「それで、なんで双見はこんなところに?」


「教室にいたら居心地悪くてね。教室を出てテキトーに歩いてたらここにたどり着いたの」


 『居心地が悪い』という理由で教室を出てきたのは俺と同じだが、流石に居心地が悪い理由まで俺と同じということはないだろう。


 入学式初日から居心地が悪いことを理由に教室から抜け出すということは、かなりの人見知りなのだろうか。


「人見知りなのか?」


「クラスメイトの名前知らないってことは知らないよね。私ね、双子なの」


「……は? 双子?」


 双子である俺たちと同じクラスに、もう一組双子がいらなんてあり得るのか?


 とはいえ、双見にここでわざわざそんな嘘をつく理由があるとも思えない。どうせ教室に戻ればすぐにバレる嘘なわけだしな。


 『居心地が悪い理由まで俺と同じということはないだろう』なんて思っていたが、双子となれば同じ理由で抜け出してきた可能性もあるのだろうか。


「うん。双子。双子のお姉ちゃんと同じ教室にいるのが嫌で抜け出してきたの」



 ……いや、まさかな。


 お姉ちゃんと同じ教室にいるのが嫌だとは言っても、理由は様々だ。


 まさか全く同じ理由で抜け出してきてるはずは……。


「……同じ教室にいるだけで嫌なのか?」


「うちのお姉ちゃんね、優秀すぎるの。中学の頃から成績はずっとトップだし、吹奏楽部では金賞取ったりとか、とにかく私なんて足元にも及ばないくらいすごいんだよね。あとめっちゃ可愛いし」


 え、なんだこの話、『どこかで聞いたことがあるような』なんてレベルの話ではないぞ。もはや自分の話を聞いているかのようだ。


「めっちゃ可愛いに関しては双見もそうだと思うけど」


「……え、もしかして口説いてる?」


「……え?」


 口説いているつもりは全くなくて、ただ本心でそう思ったからそう言っただけなんだが。

 でも確かに、口説いているように聞こえても仕方がない発言だったか。


 とにかく、双見は俺と全く同じ境遇だった可能性もあるのかもしれない。


「……まあいいや。とにかくお姉ちゃんと比べられて--」


「哀れみの視線を向けられるのが嫌で教室を抜け出してきたってところか?」


 俺は双見の言葉に被せて双見が教室を抜け出してきた理由を予想した。


 予想というか、全く同じ経験をしているから、わかってしまうのだ。双見の気持ちが。


「……」


「な、なんだよそんなに目見開いて」


「……やっぱり同じだったんだ」


「え、なんだって?」


「なんでもないよ。君のいう通り、お姉ちゃんと比べられて、哀れみの視線を向けられるのが嫌で逃げてきたの」


 俺も双見も、恐らくは兄姉に対抗したおかげで世間一般的に言えばむしろ成績も優秀で、劣等生というわけではないのだろう。


 しかし、それ以上に優れた兄姉がいるせいで、俺たちの人生は狂ってしまった。


 普通の兄弟であれば学年も違うだろうし、そこまで比べられることもない。


 しかし、双子となれば話は別。


 全く同じ年齢で、全く同じ人生を歩んでいれば、比較されてしまうのはもはや宿命なのか。


「……俺も双子なんだ」


 俺は自分のことを他人にペラペラと話すタイプではないが、俺の口からはいつの間にか自分が双子だというセリフが飛び出していた。


「……へぇ。それは驚いた」


「俺の兄貴も優秀でさ、双見と全く同じ経験してる」


「もしかして今この場所にいるのも同じ理由?」


「ああ。俺も逃げてきたんだ」


「こんな偶然あるんだね。偶然ていうかもはや奇跡って感じだけど」


「それな。俺もそう思う。……よかったらこれまでの話、聞かせてくれないか?」


「え、別にいいけどそんなに気になる?」 


「いや、俺が気になるんじゃなくて、嫌な経験って人に話すだけでちょっと楽になるもんだろ?」


「……ははっ。じゃあ私が話した後は双川君も話すんだぞ?」


「わかった」


 こうして俺たちは、お互いの過去を曝け出し始めた。

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