重箱




久我は署内の会議室にいた。

もう何日泊まりこんでいるのだろうか。

茨島神社が崩れてしまった出来事に対する事後処理に

ずっと追われていた。


単に建物が破壊されたのなら説明は出来る。

しかし今回は鬼が関わっている。

人に言える理由ではない。


「建物が壊れた理由は雷と突風でよし。」


部下がマスコミなどの対応に追われて、

その指示を久我に聞きにここを頻繁に出入りしていた。

だがもう夜だ。

残っているのは久我だけだ。


久我は大きく伸びをした。

その時、会議室の扉がノックされて開いた。

そこには築ノ宮がいた。


「お疲れ様です、久我さん。」


築ノ宮が小さな風呂敷に包まれた物を久我に差し出した。

それは小さな三段の重箱で、

開けてみるとかなり豪華な弁当だった。


「すごいですね、美味しそうだ。」

「ぜひ食べて下さい。お疲れでしょうし。」


築ノ宮はにこにこと笑いながら久我にお茶のペットボトルも渡した。


「何だか雅な築ノ宮さんにはそぐわないですな。」


久我が笑いながらそれを受け取る。


「そんな事ないですよ。」


と築ノ宮が自分のペットボトルの蓋を開けて飲んだ。


「ところで色々とお任せしてしまいましたが

どのような様子になりましたか。」


築ノ宮が久我の前にある沢山の書類を手に取って見た。


「茨島神社は落雷と突風で建物が破壊されたとしました。

何しろ落雷に関しては目撃者が沢山いますので。

ネットでも映像が拡散されています。」

「そうですね、それは私も見ました。」

「それは問題は無いのですが、

美戸川室長の研究室に手配犯と署員がいた事です。

クローンドームもあり、

それは不思議な事に全署員気が付いてなかったのですよ。」


築ノ宮が難しい顔をした。


「鬼の結界のせいですよ。

研究室が皆に見えないようになっていたのでしょう。」

「私もそこにずっといたようで、

朝出勤すると帰りまでほとんどの署員が私を見た事が無かったそうです。

時々姿を現すぐらいで皆がどうしているのか噂していたそうなんですよ。」

「謎の人物ですか。」

「そうですね。でも今はやっぱりいたのかと言われてますよ。

それと室長がいた時に超犯罪調査室に

何件か事件が持ち込まれたと思っていましたが、

あれも全部まやかしだったようです。しっかり騙されました。」


久我は苦笑した。

築ノ宮が言う。


「ドームにいた方々は今は総合病院にいます。

皆さんドームに入れられた頃からの記憶が無くなっています。

そちらは私の関係者が管理しているので心配はありません。

署員の方も様子を見て治療をして仕事に復帰できるようにしましょう。」

「手配犯もですか。」

「そうです。ちゃんと治療します。

そして罪を償ってもらいましょう。」


築ノ宮はぱくぱくと弁当を食べている久我を見た。


「しかし久我さんは本当に強いですね。」

「強いですか?私が?」

「自覚は無いのですね。

美戸川室長がクローンドームに入れた人達は

まじないがかかったのか記憶がありません。

ですがあなたもその呪に長期かかっていたのですが、

所々記憶があいまいになったぐらいで、

それが解けたらこのようにお仕事をなさっている。」


築ノ宮が笑った。


「強い、とても強いものがあなたを守っています。

だから雨多うだ柆鬼ろうきも何重にも呪をかけ

逃げない様に身近に置いていたのですよ。」

「そ、そうなんですか?

霊感みたいなものは全然ないんですがねぇ。」


少しばかり戸惑うように久我は言いながら弁当を食べ続ける。

とても腹が減っていたようだ。


「まあずっとぼんやりしていたみたいですが、

はっと気が付くきっかけがありまして。」

「きっかけですか。」


築ノ宮が興味深げに久我を見た。


「セイと高山君ですよ。

セイと高山君の話を時々聞いていたのですが、

何だかむず痒いと言うか……、」

「ほう。」


築ノ宮が少し面白そうな顔をする。


「本人達は全然気が付いていなかったようですが、

デートをしているカップルの会話ですよ。

甘いものを食べたり、喧嘩したり。妙に初々しくてねぇ」

「それはそれは。」

「言っておきますがわざと覗いた訳じゃありませんよ。

最初は無意識で、そのうち仕方なく見ていたんですが、

そのうちに何となく正気に戻るみたいな感覚があって……、」


久我はセイが口元に大福の粉を付けて喋っている様子を思い出し、

顔が少し緩んだ。


「なんだろう、微笑ましい感じかなあ。

自分はそう言う楽しい経験は無かったですがね。」


久我がふっと笑う。


「二人とも大人ですが可愛いなあと思って。

セイは高山君と会ってからガラッと変わったんですよ。

あんな風になるんですねぇ。」


久我が感心したように言うと築ノ宮が優しく笑った。


「何かが始まったんですよ。あのお二人に。

それは正しい事なんですよ。

私は久我さんに加護を与えましたが、

その前にあの二人がかかっていた呪を

自然と少しずつ解いていたのかもしれませんね。」


久我も微笑んだ。


「私は雨多柆鬼と会話しましたよ。」


築ノ宮が久我に言った。


「話ですか?出来るんですか?」

「直接でなく術を使ってですが。

さすがに雨多柆鬼も封印されている間に

時代がすっかり変わってしまった事を自覚していました。」

「封印されて190年ですか。」

「そうですね、そして最初からなら400年以上ですよ。

鬼としてもかなりの長寿です。」


築ノ宮が手元のペットボトルを見た。

中は水だ。


「30年程前ですか、封印が徐々に解け始めたそうです。

黒岩にひびが入って永年劣化のようなものですね。」

「封印したのは金剛さんとうばらさんでしたね。」

「ええ、お二人は人間です。

だからさすがに薄れて来たのでしょうね。

雨多柆鬼はその頃から気を飛ばしていたようです。

そして高山六花さんのお母さん、

神社の巫女の茨島真理さんを通じて美戸川室長を知ったようです。

そしてその頃、室長はキメラの研究をしていた。」


久我ははっとなる。


「室長は実験を繰り返していたそうです。

かなり危険な。

そして成功し世間に力を認めさせようとする功名心に囚われていた。

雨多柆鬼はそれにつけ込んだようです。

成功させるためにわしの力を使え、と。」

「セイ……。」

「もしかすると実験に使われていた遺伝子に

金剛さんの何かを見つけたからかもしれません。

ですが鬼が言うにはセイさんは鬼の力が働かなければ

この世に生まれなかったのです。

鬼がセイさんを作って復讐をするためでもあったようです。

それから人のキメラ実験は禁止されました。

ですが禁止されなくてもこれからはまず成功しないでしょう。

不可思議な力があってセイさんは存在出来たのです。」


久我は難しい顔になった。


「それはさすがにセイには言えない。

鬼がいなきゃお前はいなかったなんて。」

「そうですね。私もそう思います。

なのでこれは私と久我さんの秘密です。」

「分かりました。」


久我は頷いた。


「それとセイさんが持っていた楔ですが、

あの話になるとなぜか雨多柆鬼がフリーズします。」

「フリーズ?反応が無くなると言う事ですか。」

「はい。私もそれは不思議に思うのですが、

楔を打ちこめとは雨多柆鬼は言っていない様ですよ。」


久我は六花が見た夢を思い出す。


「そう言えば楔や白い光は高山君から聞いたな。

室長は鬼憑きの話しかしなかった。」

「セイさんにはどうやって楔を渡したのですか?」

「高山君がセイに渡してくれと言ったので、

割れた黒岩を私が集めたのです。上着も私が用意しました。」


築ノ宮が笑った。


「それですよ、それ。

雨多柆鬼でもそれが止められなかったのですよ。

そこがあなたの強い所だ。」


久我が照れたように頭をぼりぼりと掻く。


「そう言えば黒岩には一か所だけ白い部分がありましたね。

白い光はそれでしょうか。

ならば楔と白い光の話は金剛さんとうばらさんの置き土産でしよう。

楔と光について気が付かないよう雨多柆鬼に

暗示をかけたのかもしれません。

そしてお二人があなたと高山六花さんに託したのでは。」

「……なんと言うか、」


久我が空になった重箱を片付けた。


「長い、とても長い静かな戦いですね。」

「そうですね。」


築ノ宮が重箱を手元に置く。


「ところで久我さん。」

「何でしょう。」

「これが落ち着いたら私の所に来ませんか?」

「へ?」


気の抜けたような返事を久我がした。


「スカウトですよ。

私は久我さんのような有能な強い人が欲しいのです。」

「つ、強いですか、私は普通のしょぼいおじさんですよ。」

「その普通が良いのです。

普通なのにとても心が強く高い能力を持ち、

そして礼儀正しい。善き人です。」


そして築ノ宮の顔が少しばかり厳しくなる。


「ただ私が働いている所は危険な事が多いです。

頼れるのは実力のみ。死ぬ者はあっさり死ぬ、

だが生き残る者は地獄を見るかもしれない。そんな所です。

それでもよろしければ来ませんか。」


築ノ宮は真剣な顔で言う。


「そう言われるとなかなか怖い所ですね。」

「怖いですよ。今回のような事もあるかもしれない。

ですが警官は日本の治安を守ります。

そして私達も日本と言う国と人々を守る仕事です。

人知れずですが。

そういう意味では同じような仕事です。」


久我はふふと笑った。

今彼が携わっている警官と言う仕事も大変だがやりがいはある。

だがこのような不思議な出来事に関わってしまった今、

自分が知らないなにかはある事を彼は知った。


そして目の前の築ノ宮に久我は何かしらの縁を感じていた。


「そうですね、そのような仕事に就くのもいいかもしれない。

それにあなたのような人にスカウトされるのは

なかなか良い気分ですよ。」

「ありがとうございます。

ならば落ち着いたらご連絡します。

快諾頂いて私は嬉しい。」


築ノ宮が手を差し出す。

久我もその手を強く握った。


「そう言えば久我さんのご先祖の方も

私の先祖と一緒に仕事をしていたようですよ。」

「そうなんですか?」

「縁があるんですよ。」


と言うと築ノ宮はにやりと笑った。






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