両親
セイを育てた両親、中原洋平、優子夫婦は古い団地に住んでいた。
昔住んでいた家は一軒家だったが、
どうして今はここなのかセイには分からなかった。
「セイ、大きくなって……。」
部屋を訪れると少しばかり歳を取った優子がいた。
「急にお電話して申し訳ありませんでした。」
六花が頭を下げて優子に手土産を渡した。
「全然良いのよ、それより、」
優子はセイの右手と六花の額を見た。
「何か大変な事があったの?」
「あ、これはちょっと事故があって。でも今は大丈夫ですよ。」
六花が頭を掻きながら言った。
「そう、セイは警官だったわね。まあ上がってちょうだい。
お父さんは今仕事なの。
早く帰ると言っていたから少し待っててね。」
セイは優子を見ると気持ちがすうと昔の気分になった。
「お母さん、」
自然にその言葉が出た。
はっとして優子がセイを見た。
「長い事、すみません。」
それを聞いて優子の目が潤む。
「い、良いのよ、今日は来てくれてありがとうね。
さあ座って。」
二人は生活感のある部屋のソファーに座った。
「右手はどうしたの?」
優子がお茶と菓子を出しながらセイに聞いた。
「この前、事故に遭って仕方なく切断したんだ。」
「そうなの、大事故だったのね。」
六花が優子を見た。
「セイは私を助けてくれたんです。」
優子が六花を見る。
「あなたも事故に遭ったの?その、高山さんだったかしら。」
「ああ、高山六花と言うんだ。一緒に仕事をしている。
額は10針縫ったんだ。」
セイが六花が喋る前に優子に話す。
「俺の彼女だ。」
六花がはっとセイを見て顔が赤くなる。
そして優子も驚いた顔でセイを見た。
「あら、まあ、まあ、そうかと思ったけど、驚いたわ!」
優子が大きな声で言った。
「もうすっかり大人になったのね、
早くお父さん帰って来ないかしら。駐車場を見てくるわ。」
優子が立ち上がりいそいそと玄関に行った。
六花がちらとセイを見る。
「……彼女、」
「そうだろう。」
セイは前を向いたままお茶を一口飲みしれっと言った。
「嫌か。」
「嫌じゃないけど。」
にこにこしながら優子が部屋に戻って来る。
「帰って来たわよ、お父さん。」
しばらくすると洋平が帰って来た。
優子が彼に何か言うと洋平の顔が明るくなった。
彼は六花に頭を下げてセイを見た。
「驚いたな、彼女か。」
六花は赤い顔で頭を下げた。
「お父さん、ご無沙汰ですみませんでした。」
「何を他人行儀な。でもお前、右手が、」
「実は……、」
再びセイは説明をする。
「そうか、でも警察署で大きな落雷があって被害が出たんだろ?」
洋平が言う。
鬼の事は知られていなくても建物の被害は
ニュースなどで報道されていた。
「そうです、その時に事故に遭って。
でも半年ぐらいで新しい腕が付くみたいだから。」
洋平がため息をついた。
「その、セイ、色々とすまなかったな。」
「すまないって何が?」
セイは不思議そうに言った。
「その、美戸川さんとか、お前の生まれとか、
色々な事を黙っていたからだよ。」
洋平がちらと六花を見る。
「お父さん、六花は色々と知っているから。」
「そうなのか。」
洋平が六花に笑いかけた。
「俺はセイを美戸川さんに返したくなかったんだ。
だがな借金があってな。」
「借金?」
「ああ、俺の親の工場がうまく行ってなくてな、
金の工面に困っていたんだ。
それで美戸川さんから話があって
赤ん坊を一人育てて欲しいと言われたんだ。
俺達には子どもがいなかったからな。」
洋平と優子が顔を合わせる。
「1歳ぐらいだったかしら、
生まれとかその時は全然知らなかったけど、
とても可愛くてね。」
「お前には悪いが美戸川さんに借金を被ってもらう代わりに
引き取ったんだ。
だが、そのうちそんな事はすっかり忘れていた。
でも15歳近くなったら美戸川さんが寄越せと言って来てな。
断るつもりだったんだが、
それなら貸した金を返してもらうと言われてな。
やむなく……。」
洋平が頭を下げた。
「いや、全然気にしてない。
俺はその後警官をしていたよ。ちゃんと仕事をしてた。それに、」
セイは笑った。
「良くしてくれた事は分かってる。
あのクロ、俺が拾って来た猫とか。」
「あ、ああ、クロな。」
「クロは、その、もう死んだよな。」
「残念だが2年ぐらい前に死んだよ。」
優子が棚の上に置いてあった写真立てをセイに見せた。
「12、3年ぐらい生きていたのかしら。
猫にしてはなかなかの長生きだと思うの。」
六花がその写真を覗く。
「クロにそっくり。」
「クロ?」
優子が六花を見た。
「私も猫を飼っていたんです。
私の猫は右足だけ白かったけどクロって名前で呼んでました。
私は初めて猫を飼ったから上手に世話できなかったけど、
セイが色々してくれたの。」
優子が優しい顔になった。
「そうなの、この子、子猫を拾って来て世話をしていたのよ。
まだ乳離れもしていない猫だったから、
夜中にも起きてミルクをやっていたわ。」
「お父さんとお母さんに起こされて辛かったよ。」
「何言ってるんだ、
拾って来たお前が世話しなきゃ駄目だろう。
昼間は母さんがミルクをやっていたし。」
「でもセイは半分ぐらいミルクをあげると首ががくんとなって。
残りはお父さんとお母さんがあげてたのよ。
もう寝不足よ。」
と優子が言うと皆がどっと笑った。
笑い合いながら少しずつ離れていた時間の距離が近くなる。
「お父さん、今仕事してるのか。」
「ああ、移動スーパーの仕事をしている。雇われだがな。
ここみたいな公団をいくつか回ってるよ。
そこで物も売るし、ネットで注文してもらった物を渡したりする。
買い物に出られない人は結構いるんだ。」
洋平はセイを見た。
「お前がいなくなって急に警察官の仕事に嫌気がさしてな。
すぐに辞めたんだ。」
「前住んでいた家は?」
「借金はお前がいなくなっても残っていたんだよ。
だから家を売って返済した。
美戸川さんを当てにしていたわけじゃないが、
お前を連れて行ったら
美戸川さんと全く連絡がつかなくなった。」
洋平がセイを見た。
「それで移動スーパーの仕事もなかなか難しいぞ。
売るのもそうだが警官として仕事をしていた事が役に立ってる。
いつも来る人が姿が見えないから問い合わせたら倒れていたとか、
治安の面でも俺はよく気が付くんだ。
地味な仕事だがやりがいはあるぞ。」
洋平が嬉しそうに言う。
「そうか。」
セイは笑って二人を見た。
「今日は来るのが少し怖かったんだ。
でも、」
セイは優子と話をしている六花を見る。
「六花が調べて連れて来てくれたんだ。」
六花がセイに気が付いて少し笑う。
「良い子だな。」
「ああ。」
やがて黄昏が近づいて来る。
帰宅するセイと六花を見送りに洋平と優子はセイの車まで来た。
「変わった車だなあ。」
洋平が言う。
「俺の友達の遺品だ。」
「亡くなったのか。」
「ああ。去年のクリスマス頃だ。」
洋平が車に触れる。
「また遊びに来いよ。」
「そうするよ。」
セイ達が乗った車が見えなくなるまで二人は立っていた。
バックミラーにセイはその姿を見る。
「六花、」
助手席に乗った六花にセイが言った。
「ありがとう。」
六花は笑う。
「良かったね。」
「ああ。」
短い会話だ。
だがそれだけで良かった。
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