野茨の夢




セイはふと目を開けた。


それは現実なのか幻なのか。


微かに爽やかな香りが漂っていた。

自然な心地よい花の香りだ。


一体ここはどこなのか。


彼には分からなかった。

ぼんやりとした景色しか見えない。

だがとても気持ちの良い場所である事だけは理解出来た。


そしてその向こうに二人の人影が見えた。


一人は着物を着て六花とよく似た顔立ちの女性だ。

そしてその後ろにはざんばら髪の大男だ。

二人はにこにこと笑いながらセイを見ている。


セイははっとした。

六花が言った事を思い出したのだ。

大男の右肩に雷に当たれたような痣があった。


「うばらさんと金剛さん?」


二人はにこりと笑う。


セイは六花がご神託と呼ぶ夢を見た話を聞いた。

そう言うものがある事は何となく理解はできる。

だがセイはそれは特別な人しか受けないと思っていたのだ。


今自分が見ているものは何だろうか。

夢なのだろうか。それとも……。


大男がセイに近づいて来た。

そして右手を差し出す。

セイは自分の手を見た。左右で色が違う手だ。


一瞬セイは戸惑う。

だが男は彼の右手を取った。

するとその男の心が入って来た。


『俺はお前に生きろと言っただろう。』


セイは彼を見上げた。

男はにかりと笑っている。正直者の心からの微笑だ。


セイは思い出す。

楔を渡されてそれを鬼に刺して封印した事を。


セイはいつも死んでもいいと思っていた。

九津が死に自分は美戸川に虐げられて、

自分の将来に希望が全く無かったのだ。


だが鬼憑きが始まった。


どうなっても良いと思いながら

自分の右手は楔を持ち鬼に向かっていた。

それは自分の意志とは違うものを感じていたのだ。

生きろと。


それを伝えていたのは多分この男だとセイは思った。

セイは彼を見上げた。


「俺は生きるのか。」


男は少しばかり驚いた表情になり、無音で高らかに笑った。


『当たり前だろ。』


そんな声がセイには聞こえた気がした。

そして男は着物の女性を抱き上げた。

二人は顔を合わせて幸せそうに笑った。

そしてセイを見る。


二人の優しい顔はゆっくりと消えて行った。


セイはそれを一人で見送った。


そしてどうして自分の隣にあいつはいないのかと思った。

さっきの女性とよく似た顔立ちの女だ。


一つ言えば倍で言葉が返り、

整理整頓が苦手で料理も出来ない。

大きな音が嫌いで雷が鳴ると動く事も出来ない。

我儘を言って大事な車に傷もつけた。

どうしようもない奴だとセイは思った。


だが捨て猫を見捨てられず、

偏屈な自分を人として認めてくれて涙も流した優しい女。

笑うと垂れ目になるあの顔。


魂はあると彼女は言った。


「六花……、」


彼は呟く。

そして周りを見る。


六花はいない。


彼は彼女を探さなくてはいけないと思った。






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