結界
車に乗り込むと築ノ宮が言った。
「初めまして、私は築ノ宮と申します。」
六花が頷いた。
「茨島神社の文献でお名前は存じ上げています。
ご先祖が茨島神社の建立にも深くかかわった家系の方ですね。」
「はい。いわゆる術師となります。」
セイは二人を黙って見ていた。
多分この話は自分には理解出来ない世界なのだと思った。
「先日美戸川室長の事で久我さんにご相談しました。」
「築ノ宮さんの名前は聞きませんでしたが、
久我さんからある方と伺いました。」
築ノ宮が微笑む。
「名前は伏せておいて下さいとお願いしたので。
でもこんなに早く物事が動くとは。」
彼の顔が難しくなる。
「でも久我さんの加護が解けたのである程度の事が分かりました。
新ナゴノシティ警察署は鬼の結界内です。」
「えっ。」
二人は声を上げた。
「お二人は警察署に最近行きましたか?」
「いや、全く……、俺は美戸川から報告もしなくていいと言われた。」
「私も神社でセイと会ってから一度も行っていない。」
「でしょうね。」
築ノ宮が言う。
「普通の人には全く意味のない結界です。
通常の業務には支障がありません。
だから結界が張られているとは誰も気が付かなかったのでしょう。
ですが今は多分お二人は入れないと思います。
そして久我さんには恐ろしい程の
多分記憶が所々抜けていると思います。
なので先日お会いした時にそれを解き加護を与えました。」
築ノ宮がため息をつく。
「でももしかするとそれがいけなかったのかもしれない。」
築ノ宮がちらとセイのスマホを見た。
「俺達は署内に入れるのですか?」
セイが築ノ宮を見た。
「私が一緒ならば入れます。
もしかすると
二人の顔が白くなる。
だが、
「いずれは対峙しなくてはいけないんですよね。
因縁がある限りは。」
六花が言った。
「そうです。雨多柆鬼を封印しない限り鬼憑きは終わりません。
昔の封印時には私の先祖はいませんでしたが、今回は私も行きます。
絶対に封印します。
ここでこの怨念を断ち切らないと、
未来に向かってまた何かが起こってしまう。」
強い顔で築ノ宮が言った。
「でもどうして久我が……。」
セイが呟く。
「久我さんもこの出来事に関係がある方でした。」
「えっ、そうなのか。」
「ええ、調べたらあの方のご先祖は金剛さんのお兄さんでした。
その方にはお子さんがお二人いらして、
お一人の娘さんが久我さんと言う方の所に
お嫁に行って別家庭を持ったのです。
そしてもう一人のお子さんは男の子で金剛家を継いだようです。
その時は知典家と言う武士の家系でしたが、明治の頃に金剛と名乗り始めたようです。
なので久我さんとセイさんはかなり遠いのですが縁続きなのです。」
セイと久我の付き合いも長い。
彼が警官として勤め出した頃からの知り合いだ。
最初は別部署ではあったがなにくれとなく
世話をしてくれたのが久我だった。
自分より年上で上官ではあったが気安く呼び捨てにしていた。
それでも怒る事無くいつもにこにこと笑っているような男だ。
セイは難しい顔をして黙り込んだ。
「……久我を助けたい。」
「ええ、私も。」
セイと六花の目が合う。
それを築ノ宮が見た。
「私も久我さんを助けたいです。
今回は私が引き起こしてしまったのかもしれません。
それに対して申し訳ない気持ちもありますが、
それよりあの方はとても善い方だ。
助けなければ。」
三人の目が合う。
そして車が停まった。
運転手が車から降りてドアを開けた。
「手配は出来ていますね。」
運転手が頷く。
「はい、間もなく術師達が来ます。」
「私はこの方々と一緒に先に行きます。」
「お気をつけて。私もすぐに参ります。」
築ノ宮がセイと六花を見た。
六花は警察署を見上げる。
見た目は整った姿の近代建築だ。
天気は下り坂なのかどんよりとした雲が空を覆っていた。
それを背に立つ建物の周りには彼女には渦巻くような闇が見えた。
ほんの数か月前にはそんなものはなかった。
「どうした。」
セイが彼女の後ろから声をかけた。
「ビルの周りが真っ黒。見える?」
彼は首を振った。
「よく分からん。」
セイはビルを見上げた。
「だが気配は分かる。圧迫するような感じだ。」
築ノ宮が入り口で二人を見た。
セイと六花が急いで駆け寄った。
築ノ宮は周りに構う事なく署内を進んでいった。
セキュリティーもあるはずだがどこにも引っかかる事はない。
セイと六花はここの署員証を持っているので問題はなかった。
だが不思議な事に皆は築ノ宮を見ない。
「見えない様に暗示をかけているのです。
後々面倒ですから。
でも監視カメラには映っているので後からご覧になると良いですよ。」
築ノ宮は真顔で言う。冗談か本気か分からない。
そして茨島神社の入り口に来た。
極めて禍々しい気配が扉の奥にあるのが分かる。
今まで見た鬼憑きの人が纏っていたものと似たものだ。
だが向こうにあるのは段違いの濃度だ。
六花は足が竦んだ。
その様子をセイが見た。
「怖いか。」
六花が扉をじっと見る。
「怖い。」
セイも扉を見た。
「俺も怖い。」
二人の目が合う。
「でもあの人は夢の中でお前なら出来ると言ったわ。」
「ご神託か。」
「そう。白い着物を着ていた。うばらさんと言ってた。
その横には大きな体の男の人がいた。」
六花はセイに笑いかけた。
「右肩に痣があったの。
それは今思い出した。セイと一緒よ。二人並んで笑っていたわ。」
築ノ宮が二人をちらりと見た。
「行きますよ。」
セイは胸元から楔を取り出し六花は呼吸を整えた。
築ノ宮が扉の前で
すると静かに扉が開く。
檜の神々しい作りの神社の中は薄暗くなっていた。
外は雨が降りそうな天気だ。
巨大な白州に一人の男が立っている。
美戸川だ。
顔の皮膚には茨の棘のようなものが出たり入ったりしている。
おぞましい様子だ。
その足元には楔が散らばっていた。
しばらく皆はにらみ合ったまま動かない。
築ノ宮はずっと呪を小さく唱えている。
「お前がこの二人を連れて来たんだな。」
しばらくすると美戸川が築ノ宮を見て口を開いた。
異様な響きのある声だ。
その時築ノ宮が右手の人差し指を立てる。
そしてそれをすうと美戸川に向けた。
すると美戸川の体が所々びくりびくりと動いた。
「効かねぇよ。」
それを聞いて六花がゆっくりと美戸川に近づいた。
その時だ。
空に閃光が走る。
そして瞬間的に音が上から降って来た。
雷だ。
天井のガラスが砕けて激しい勢いで欠片が落ちた。
築ノ宮が後ろに飛びのく。
そしてセイは六花を抱いて扉近くまで下がった。
その激しい勢いで六花の耳についていたキャンセラーがとんだ。
「六花、しっかりしろ!」
六花は雷が苦手だ。
案の定目を見開き動かなくなっている。
セイがまずいと思った時だ。
間近に美戸川が滑るようにやって来て二人を覗き込んだ。
「やっぱりなあ、雷が駄目だな、こいつ。」
美戸川がセイに向かって馬鹿にするように声を出して笑った。
この男のこのような笑い顔をセイは初めて見た。
「こいつはな、わしが封印された時にいた女の生まれ変わりだ。
雷が記憶の傷で残っているんだ。
怖いだろう、もっと落としてやる。」
美戸川はそう言って身を起すと大声で笑いだした。
するとまた雷が光り白州の上にも落ちる。
それは何度も。
そして破れた天井から激しく雨が降り込んで来た。
あまりの激しさにセイは六花をかばうしか出来なかった。
立ち上がる事も出来ない。
その時セイの前に築ノ宮が立った。
美戸川が少し後ろに下がる。
「どうにか六花さんの額が開くよう、何度も呼んで正気に戻して下さい。
あれを鬼が見れば動きが止まる。」
築ノ宮が呪を唱える。
しばらく彼が守ってくれるだろう。
セイは六花を見た。そして強く抱きしめる。
「六花、俺だ!」
前に雷が鳴った時に六花はクロと一緒に
自分にしがみついて来た事を思い出した。
その時と同じように彼は彼女の背を撫でた。
雨でびしょ濡れになった彼と彼女の温かみが重なる。
ぴくりと六花が動いた。
「……セイ、」
「息をしろ、そしてお前の出番だ。お前なら出来る。」
六花は彼の胸元に顔を付けている。
彼の言葉の振動を感じたのだ。
彼女は数回大きく息を吸うと鬼を見た。
その瞬間額に紋が現れた。
鬼はその途端立ったまま六花を見て動かなくなった。
雨も突然止む。
セイは立ち上がった。
美戸川の胸元に白い光が見えたのだ。
右手に楔を持ち鬼に近づいた。
六花にも光が見えたのだろう。
彼女もセイと並んで近づいて行く。
美戸川は六花の紋を見たまま動かない。
二人は鬼のそばまで来た。
その後ろで築ノ宮が呪を唱えている。
そしてセイが楔を構えて美戸川の胸元に楔を差し入れた。
それは吸い込まれるようにゆっくりと入って行く。
六花は拳を構えて美戸川の額に当てようとした時だ。
扉が大きな音を立てて開いた。
一瞬六花の額の紋が薄くなる。
そして鬼が動く。
鬼は胸に楔を打ち込んでいるセイの右手を握った。
そして鬼の額に拳を当てている六花の額に、
鬼の右手の人差し指が深々と刺さった。
その紋の中心を指は穿っている。
セイが六花のその姿を見てあっと思った瞬間だ。
白州に散らばって落ちていた楔が一斉に鬼の背中に刺さった。
そして鬼の体に大きな雷が落ちた。
セイと六花は勢いで飛ばされる。
飛ばされながら彼は彼女を見た。
まるで丸太の様に体を真っすぐにして後ろ向きに倒れる六花だ。
額から彼女の血が噴き出していた。
鬼は六花に危害を加えたのだ。
許せない気持ちが激しく湧く。
だがその時セイの右手は鬼に潰されていた。
しかしセイにはその痛みより六花の事しか頭になかった。
「六花……、」
それは全て瞬間だ。
築ノ宮が鬼の前に走って来た。
その後を何人もの白作務衣が駆け寄る。
後ほど来ると言った人達だろう。
彼等は皆で呪を唱えながら手で結印を切っていた。
横たわったセイには彼らの足元を通してでしか
それが見えなかった。
だが急に体中に激しい痛みが走る。
思わず彼は呻くと彼の意識はすぐに無くなった。
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