映像




『久我さん、それは間違いはないのですか?』


電話口の築ノ宮が言った。


「はい、高山先生が持って来た昔の書類に

金剛と言う名前がありました。」

『鬼を封印した金剛さんにはお子さんはいませんでしたが、

ご兄弟はいらっしゃったようです。

それはこちらから調べてみましょう。』

「お願いします。」


久我は自宅から築ノ宮に電話をしていた。

彼は独身だ。

もう中年だがこの歳になると結婚するのも面倒だった。

がらんとした部屋で電話をしている。


『久我さんもお気をつけて行動してください。

何かあれば必ずご連絡を。』

「はい、心得ています。よろしくお願いします。」


久我は電話を切る。

そして少しため息をつくと彼はビールの缶を開け一口飲み、

スーパーで買って来た手羽先を一つつまんだ。


「しかし、まあ……、」


おかしな事になったなと彼は思った。

特に美戸川から鬼憑きがと言われた頃からだ。

彼は考えをまとめてみる。


久我が超犯罪調査室に配属されたのは10年程前だ。

それまでは普通の部署に配属され仕事をしていた。


それから神社を見た。

そして仕事は……。


彼ははっと気が付く。


超犯罪調査室に配属されて、

美戸川から鬼憑きと言われるまでの仕事が

やはり全く思い出せなかった。

断片的にセイや九津と会った事は覚えている。

毎日出勤し、地下鉄で帰って来る。

給料も振り込まれて普通に生活をしていた。

だが仕事の内容が全く思い出せなかった。


久我はぞっとした。

深夜に近い自分の部屋は薄暗くがらんとしている。

ほとんど物がない家だ。


「一体俺は10年間何をしていた?」


思わず彼は呟く。

その奇妙な事に自分は今まで全く気が付かなかったのだ。

美戸川と会ってからの自分がよく分からなくなった。

長い間部分的な記憶喪失か魔法にかかっていたような感じだ。


あの築ノ宮に会ってから、

六花が加護がついていると言った時から

自分の中の霧のようなものが薄れてきた気がした。


「早く確かめなきゃならん。」


久我はビールをぐっと飲んだ。




翌日久我は署に着くとすぐにセキュリティー映像課に向かった。

署内の監視カメラの映像は全てここにある。

久我が署員にご神体が割れた頃の日付を告げる。

映像は何事も無ければ半年で消去されるきまりになっていた。


「この辺りですかね。」


係員がそれを探すと彼はモニターにその日の一覧をすぐに出した。

久我がそれを見た。

その時部署に電話がかかって来る。


「ああ、電話に出てくれ、私が映像を探してもいいか。」

「警部補、どうぞ。ちょっと失礼します。」


久我のすぐ後ろで係員が電話に出る。

彼は席に座り映像を探した。

その日の一覧の中に茨島神社の映像を探した。


「お、」


だがご神体が割れたと思われる日の茨島神社の中の映像は

全て真っ暗だった。

久我は神社に繋がる廊下の映像を見た。

そこには美戸川が歩いている姿があった。


「……なに、」


その姿はマネキンの様に動かないが移動はしている。

まるでヘリコプターのローターをスマホで取ったような感じだ。

電話が終わった係員が後ろからその映像を見た。


「何も映っていませんね。」


久我はぎょっとして彼を見た。


「廊下を美戸川室長が歩いているよな。」


不思議そうな顔をして係員が久我を見た。


「何も映っていませんよ。」

「美戸川室長だぞ。」


係員は首を傾げた。


「誰ですか?」


久我ははっとして画面に目を戻す。

画面の美戸川は廊下から茨島神社の中に入って行く。

その先は映像が残っていない茨島神社の中だ。

そして何かが激しく割れるような音が聞こえて来た。

ご神体が割れた音かも知れない。


久我は係員を見た。

その眼はどこか虚空を見ている感じだ。

まるで催眠術にかかっているような。


「一体どう言う事だ……。」


久我は慌てて画面をスマホで録画しそれをすぐにセイに送った。

彼は立ち上がる。


が、後ろに立っていた係員が久我の首に手を伸ばした。


「お、おい!」


久我は慌てて手を振りほどこうとした。

だが係員の手の力は恐ろしい程だった。

久我は身動きも出来ず、その視界はぼやけて来る。

彼の意識は消えた。




久我が気が付くとそこは美戸川の研究室だった。


薄ぼんやりとした光の中で久我は床に倒れていた。

そしてそのすぐそばに美戸川が立ち、

久我を見下ろしていた。


久我はすぐに自分の体がどうなっているか確かめる。

体は全く動かない。

だが痛い所はどこにもなかった。

視線だけは動かせるようだ。


「気が付いたか。」


美戸川が声を出した。奇妙な響きのある声だ。


「……、」

「少し話がしたい。声を出してやる。」


久我は喉元になにかつまっているような感覚があったが

美戸川が言うとすぐに楽になった。


「お前、美戸川室長じゃないな。」


久我は横たわったままじろりと美戸川を見た。


「体は美戸川と言う奴だぞ。」


美戸川は立ったままにやりと笑って久我を見下ろした。

その足元は彼のすぐそばにある。

このままでは蹴られるかもしれないと久我は思ったが、

体が全く動かなかった。


「中身は鬼だろう。」


美戸川はふふと笑う。


「名前は雨多うだ柆鬼ろうき、だな。」

「当たりだ。」


鬼は感心したように言った。

その途端美戸川の顔に茨の棘がざわざわと無数に湧いて来た。


「その通りだよ、まだわしの事を覚えている奴がいたんだな。

嬉しいぞ。」


美戸川、雨多柆鬼はにやにやと笑った。

雨多柆鬼の顔は棘のおかげおぞましい様子になっていた。

久我もさすがにぞっとする。


「鬼よ、お前は弱っているんだ、昔の様な力はもうない。

時代が違う。封印した者ももういない。

復讐したいんだろうが諦めろ。」


雨多柆鬼の顔が歪み口元が耳まで開くと

目がぎらぎらと光り出した。


「諦めるものか、わしをこんな目に合わせた奴らは

全員殺してやる。

俺を封印した奴らはもう死んでいるのは分かっている。

だからそいつらの子孫を集めてやった。時間をかけてな。」

「だからセイと六花を鬼に襲わせたのか。楔を持たせて。」

「……、」


一瞬鬼の顔が無表情な美戸川に戻る。

だがすぐにおぞましい顔になった。

雨多柆鬼は久我に恐ろしい顔を寄せた。


「お前も殺す一人だ。」


久我は驚いた。

思わぬ言葉だったからだ。


「警察ではお前を見つけた。金剛の臭いがする。

お前を言いなりにしていつか殺してやると

ずっとそばに置いてやった。」


雨多柆鬼はべろりと舌を出して久我の頬を舐めた。


「お、お前、警察内で人を殺せるものか、

人間を馬鹿にするな。」


雨多柆鬼はにやりと笑った。


「この警察署全体がわしの結界だ。

ここではわしの姿は誰にも見えない。

そして全員がわしの思うままだ。」


雨多柆鬼は後ろに下がりカーテンを開けた。

そこにはいくつものクローンドームがある。

ぼんやりとした光の中で液体の中に人の姿があった。

そこにはセイや六花が封印した鬼化した凶悪犯がいるのだろう。


「あっ、」


久我は目を疑う。

自分と一緒に鬼を確保した自分の部下達もそこにいたからだ。


「鬼憑きはな、わしがやっているんだ。

だから鬼を出す時にこいつらも同時に起してお前と回収させた。

いつでもどこでもすぐに現場に行けただろう?

わしのおかげだ。感謝しろ。

お前もすっかり俺の術中にいたからな。

ここでこいつらと仕事をしていたつもりだろうが

お前は一人でここにいたんだ。

俺の手下としてずっと使ってやった。

ぼーっと高山六花とSEI-10が歩き回っている話を聞いてるだけだ。

手配犯のリストを見せたら一日中見ていたぞ。

悪い奴らを見ているのがそんなに楽しかったのか。滑稽だな。

だが、ここのところお前はその術がかからなくなった。

長い時間をかけてがんじがらめにしてやったんだが。

それとあのSEI-10と高山六花はどうしてもかからんかった。

あいつらは金剛とうばらの子孫だからな。

だからここには来させないようにした。」


雨多柆鬼が久我の服の首筋を掴みぶら下げた。

小柄な美戸川には考えられない力だ。

喉元にワイシャツの襟元が食い込み苦しくなった。

だが体は動かない。


「寝てろ。後で殺す。生きたまま腹を裂いてやる。」


雨多柆鬼はずるずると久我を引きずり、

開いているクローンドームに久我を落とした。

クローンドームの液体は生命を維持し人を死なす事はない。

だがいきなり落とされたのだ。

久我は恐怖に襲われる。

だがそれもすぐ消えた。

クローンドームが作動し始めると久我の鼓動とともにモニターが点滅し始めた。


久我は死んではいない

だがこのままではいずれ雨多柆鬼に殺されるだろう。

それはいつになるか誰にも分からなかった。






「おっ、」


セイがクロの世話をしている時にスマホが鳴った。

久我からだった。

それは署内の映像だ。廊下を美戸川が歩いている。


だが、


「歩いていないのに動いている。」


セイが呟く。

六花が彼に寄りその映像を見た。

その途端彼女の顔つきが変わる。


「鬼ですよ、鬼。人じゃない。」


はっとしてもう一度映像を彼は見た。

廊下を滑るように美戸川が動いている。

不自然過ぎる映像だ。


セイは久我からの次の連絡を待った。

なにか詳しい話が来るかもしれないと思ったからだ。

だがその続きは無い。

セイは彼に返信をするがそれにも応答がない。

嫌な予感がした。


その時だ。扉の呼び鈴が鳴る。

セイがモニターを見るとそこには背の高い男が一人いた。


「どちら様?」


セイが言う。


『築ノ宮と申します。久我さんの事で。』


セイがはっとして扉に走った。


「どうして久我を。」


扉越しにセイが言った。

向こうから穏やかな声がする。


「久我さんの加護が消えました。」


セイの後ろから六花が来て扉を開けた。

そこには綺麗な顔立ちの髪の長い男がいた。

一瞬六花が見つめて立ち竦む。築ノ宮が頭を下げた。


「危急の状態です。

久我さんが危ないかもしれません。」


六花がはっとして築ノ宮を見た。


「あの加護を与えたのはあなたですか?」

「そうです。その加護が少し前に消えました。

久我さんに何か起きたようです。」


それを聞いたセイと六花の顔色が変わる。


「さっき久我から映像が送られて来たんだ。」


セイが築ノ宮に映像を見せた。

彼の表情が難しくなる。


「これは……、」

「久我は警察内の監視カメラの映像を調べると言っていた。

そしてさっきこれが送られて来たんだが、

それからこちらから連絡しても返信が無い。」

「こちらは久我さんは茨島神社にいると考えています。

至急そちらに向かいたいのです。」


セイが急いで上着を着た。

楔が仕込まれている服だ。

六花も身支度を整える。


「にゃあ」


珍しくクロが玄関の近くまで来た。

築ノ宮が猫に気が付く。


「この子は……、とても優しい子ですね。」


築ノ宮が膝を突き猫の頭を撫でた。

そしてクロはちょこんと座り皆を見送った。


アパートの前には見た事が無い高級車が止まっていた。

花咲が恐る恐ると言った感じで扉の前でそれを眺めている。

3人が急いで階段を降りてくる様子を見て花咲が近寄って来た。


「何かあったのかい。」


三人の様子を見てただ事ではないのを彼女も悟ったらしい。

だが少しばかり築ノ宮には目が留まる。


「花咲さん、緊急事態。」


六花が真剣な顔で言った。


「そうかい、あんた達警官だもんな。気を付けてな。」


築ノ宮が微笑んで頭を下げた。

皆が車に乗り込むとすぐに行ってしまった。

しばらく花咲がそれを見送る。


「何だかよく分からんけど

十上さんとか高山先生とかあんなに綺麗な男とか、

高山さんの周りはなんだか賑やかだねぇ。」






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