つぎはぎ




「お前、クローンって知ってるよな。」

「え、ええ。」


今は2042年、

クローンは医療技術として広まっている。

ただ、日本ではクローンに関しての法律の規制が

まだしっかりと確立されていなかった。


「もうすぐちゃんとした法律として施行されるという話ですけど。」

「そうだな、マスコミでもしきりとその話がされている。

今では簡単にクローンは作られん。

何年か前は金持ちが自分のスペアを作ったりして酷かった。」


セイがため息をつく。


「俺はそのクローン技術の最初の頃に、

美戸川が作った実験体の一体だ。」


一瞬セイが何を言ったのか六花には理解出来なかった。


「しかも何人もの遺伝子を組み合わせたつぎはぎ遺伝子だ。」

「そ、そんな事、ダメでしょ?」


六花は思わず口ごもる。


「いわゆるデザイナーベビーだ。

いや、キメラだな。

俺が生まれたのはまだ法律も何もない頃の事だ。

法律が無いから誰も罰せない。」

「でも……、」

「美戸川はそれを良い事に実験を繰り返したんだ。

運動や視力、聴力とか能力が底上げされている。

実験体は10体。

俺は10体目だから十上とうがみ

9体目はあの車の持ち主の九津ここのつだ。美戸川が付けたんだ。

遺伝元は何人かしらんが組み合わされているから、

俺の右手は誰かのものでその他は別の人のものだ。」


無言になった六花を見てセイが薄く笑った。


「だから俺は作り物だ。魂もないかもしれん。

そう思うと俺が気持ち悪いだろう。」


六花は一瞬息を飲む。

だが、


「気持ち悪くないです。セイは猫を可愛がっています。」


セイと六花の目が合う。


「猫……、」

「猫ですよ、クロ。

クロが可愛いと思っているんでしょ?」

それに私がクロを引き取ったのも正しいと言ってくれたし。

猫缶も買ってくれたし、車のドアに傷をつけたのもそんなに怒らなかったし、

掃除もしてくれたし、その、その……、」


六花が俯くと涙がぽたりぽたりと落ちた。

セイがそれを見る。

しばらく二人は黙ったままだった。


「……どうしてお前が泣く?」


少しばかり戸惑ったセイの声だ。

六花が顔を上げると鼻水が少し出ていた。


「どうして自分を気持ち悪いって言うんですか。

全然普通ですよ。

変人だと思いますが、良い人です。」

「変人?」

「あ、すみません、ごめんなさい、でも愛想悪いし、言葉少ないし、

私もどうしたらいいのか分からないけど、

セイは良い人です。

ネコ可愛がるから。」

「ネコ……、」

「ごめんなさい、私何を言っているんだろう、でも……、」


六花は赤い目でセイを見た。


「絶対に気持ち悪くないです。セイはセイです。人です。」


六花は手元のティッシュを引き寄せて鼻をかんだ。


「でもびっくりしてしまって、

思いも寄らなかったから……。

でも今政府ではクローン関係の法律が審議されてます。

多分年内に交付されて施行されます。

2年前に明開市で大きなテロがあったじゃないですか。」

「ああ。」


2年前に明開市では商業的なクローンの国際会議があった。

そこで起きたのはクローン技術に反対する組織による

大々的なテロだ。

会議のために集まっていた各国の会社の人達は全てテロの犠牲となった。


「あの時は全国から警察官も集まっていた。

犠牲になった者も多かった。」


セイの顔が曇る。


「あれのおかげと言っては何ですけど、

法律の整備が進んだんです。

だから新法律のもとに間違いなくクローンの人達には

人権が与えられます。」


セイは六花を見た。


「やけにお前は詳しいな。」

「だって私の父は遺伝関係の研究者ですから。

最近テレビとかにコメンテーターとして出てます。

クローンの事は父からも色々と聞いてます。」


セイは思い出す。

自分の事を考えると興味がありその関係のニュースはよく見ていた。

ワイドショーでも特集が組まれている。

そのコメンテーターの中に「高山」と言う名の中年男性がいた。


「もしかしてお父さんは高山たかやま正雄まさおか?」

「そうです。」


渋い中年の男だ。

基本的にはクローン法は賛成派だった。


『クローンとして作られた人には

戸籍もなく物として扱われている人が沢山いる。

早くそのような人々を救わなくてはいけない。』


と彼は言っていた。


「法律の作成にも協力しているみたいです。」


このアパートに初めて来た時に大家の花咲が、

六花の保証人が有名人と言っていたのを思い出した。

多分その高山正雄だったのだろう。

最近はよくテレビに出ている。


「じゃあ、お前はある意味お嬢様じゃないか。

どうしてこんなアパートに住んでいるんだ。しかもゴミ屋敷で。」

「ゴミ屋敷は余計です。」

「すまん、お父さんといれば悠々と暮らせるんじゃないか?」


六花は複雑な顔をした。


「家にはお手伝いさんもいたし、確かにそうですけど。

でも半年前に無理やり出て来たの。

その頃から父が凄く忙しくなって来たからこそっと。」

「保証人にお父さんの名前があっただろう?」

「自分で字体を変えた。」

「お前、それ犯罪だぞ。」


セイがぎろりと六花を見た。彼女がぺろりと舌を出す。


「まあまあ、身内ですから。」

「でももうお父さんにここはばれているんじゃないか?」

「と思います。

でもかなり忙しいんじゃないかな。

それに私が美戸川室長の下についたし……、」


彼女がふと黙り込む。

セイが訝し気に彼女を見た。


「鬼ですよ、鬼。

その因縁についても調べていると思います。

私もそれが気になったので美戸川室長の所に来ました。」

「因縁か……。」


クロが食べ終わったのか顔を洗ってセイの膝に上がって来た。

彼は話をしながらクロの背中を撫でる。


「お前は茨島の巫女と言っていたな。」

「ええ、母もそこの巫女でした。でも、」


六花は難しい表情になった。


「神社が美戸川室長に乗っ取られちゃったんでよす。」

「乗っ取り?」


セイは初めて聞く話だ。


「昔私の父は美戸川室長と婚約していた母を

取っちゃったんです。」


セイは訳が分からなくなって来た。

鬼から因縁、そして神社の乗っ取り。

その上に婚約者の略奪だ。

テレビで難しい顔をして話しているあの高山正雄が、

あの美戸川の婚約者を取ったという話なのだ。


「訳が分からん……。」


セイの膝の上でクロがごろごろと喉を鳴らしながら

目を閉じている。


「だから私は美戸川室長が大嫌いなんです。」


六花の顔は真剣だった。


「父から聞いた話ですが、

美戸川室長はどうしてもあの神社が欲しかったらしいんです。

でも神社を維持するって結構お金がかかるんですよ。

その頃母は身内も無くてたった一人で、

茨島神社は火の車だったんです。

それに付け込んで母に無理やり結婚を承諾させたんですけど、

それを父が阻止したって。

だから美戸川室長は怒って借金の形に神社を取り上げて母を首にしたんです。」

「赤字経営だとしても今は警察署の中にあるよな。」

「その少し前に超犯罪調査室が設立されたんです。

そして茨島神社には鬼伝説があってご神体もある。

保護しなきゃ駄目とか手を回したんじゃないかって、父が。」


あの美戸川にそれだけの力があるのだろうか、

セイには少し疑問だった。

確かに遺伝学の世界では美戸川は重鎮だ。

だがそれで警察にまで力が及ぶのだろうか、とセイは思った。


「でもまさかまた美戸川室長と縁が出来るなんて

思いも寄りませんでした。」

「鬼憑き、か。」

「そうです。」


弁当を食べ終わった六花が容器を台所に持っていく。

そして自然にそこに置いた。


「六花、今洗え。」

「えっ?」

「そうやって重なって行くんだ。今洗って干せ。」

「えーと……、」


六花が言われた通り容器を洗う。

そこに食べ終わったセイも続いて洗い出した。


「水が切れるように立てかけておけ。そうだ。」

「セイって……、」


隣にいる六花がセイを見上げた。


「どうしてそんなにいろいろ知っているんですか?」

「俺は元々寮住まいで一人暮らしもしているから。」


セイと六花の目が合う。


初めてセイが六花に会った時は前髪は額の半分ぐらいの長さだった。

だが今は眉毛に軽くかかるぐらいになっている。

しばらくセイは彼女を見ていた。


「えーと、デザート食べます?」


六花がセイに言った。


「あ、ああ、そうだな。」


なぜかセイは顔が熱くなる。


「私はドーナツで、セイはお団子ですか。ゴマ団子、渋いな。」

「俺は和風が良いんだよ。」

「セイ、コーヒー淹れてください。」

「なんで俺が。」

「デザートは私が出します。」


と六花がぺろりと舌を出す。

仕方ないと言うようにセイがため息をつくとカップを二つ出した。

いつの間にかセイ専用のカップがある。

彼は自然にインスタントコーヒーの瓶を取り出した。


「でもそんなに猫が好きならセイも飼えば良いじゃないですか。

ウヒョウビルってペット禁止なんですか?」


セイがカップにコーヒーの粉を入れるのを見ながら

六花が言った。


「いや、禁止じゃないけど……。」


生き物を飼うには責任が必要だ。

セイはその責任をもってペットを飼う事に不安があったのだ。

だがクロを見て何かのスイッチが入った気がする。


「クロを連れて行って良いか。」

「だ、ダメですよ、私の猫です。」

「だよな。」


彼にはクロの右足の白の部分が忘れられなかった。


セイは二人のカップにお湯を入れ六花のものに牛乳を入れる。

その量も聞くことはない。


知らないうちにセイはこの部屋に馴染んでいた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る