会話




その日、二人は夕食の後夜の街を歩くことにした。


以前セイは午前2時に街を歩いて鬼と遭遇した。

一体どのような状況で鬼と遭遇するか分からない。

様々な時間で試してみるのだ。


「夜でもさすがに人は多いですね。」


きょろきょろと六花が周りを見る。


「そうだな、少し人が多すぎる。」


繁華街を通り過ぎた所には大きな公園があった。

人通りはそれなりにあるが平日の夜だ。

仕事帰りの人が多いからか週末のような騒がしさはない。

二人は公園のベンチに座った。


「そう言えばお前のキャンセラーも久我と繋がっているんだよな。」


今は充電を終えたノイズキャンセラーを

六花は身に付けている。


「そうです。久我さんの部署で常時録画と録音されてます。」

「ならもう買い食いするなよ。見られてるぞ。」

「何かあった時に見るだけでしょ?

ドライブレコーダーみたいに。

それにスイッチがあって切り替え出来ますから、

仕事の時はつけているけどプライベートは切ってます。」

「俺のヘッドセットもそうだが、仕事中に買い食いして

セイはたい焼きを尻尾から食べますか?とか

そう聞いた後にすぐ鬼が出たらどうするんだ。

そこから見られるぞ。」

「私は平気です。首にしたければすれば良いんです。」


公園は薄暗く、所々にある街灯に照らされた街路樹の影が

微かに揺れていた。

季節は初夏だ。

暑くも寒くもない良い気候だ。


セイはふと思い出す。

九津が亡くなって半年になると。


その時だ。

二人から離れた公園内の木々の影に二つの光が見えた。


「出ました。」


六花がその方向を見ながら小声で言った。

セイは胸元の楔を取り出す。


遠くの光は無言で近づいて来る。

それは爛々と光るホームレス風の男の目だ。

繁華街近くの公園でひっそりと暮らしていたのだろう。


男は二人のそばに来ると音もなく飛び上がりつかみ掛かって来た。

すると六花の額に赤い紋が浮いた。

それを見た男は二人に触れる寸前で動きが止まる。


そしてセイの目には男の胸元に白い光が見えた。

彼はそこに楔を押し込んだ。

六花の拳は男の額に当たっていた。

彼女には光は男の額にあったのだろう。


襲ってきた男は二人の足元に崩れ落ちた。

全く音もない。

周りに人はいないが、いたとしても気が付かないだろう。

男が倒れたとしか見えない。

セイと六花がその男に近づくのを見れば、

その二人が通報するだろうと人は思うだろう。

そして横目で見て離れていくのだ。

それが都会だ。


やがて久我がその場に現れた。


「ご苦労。」


倒れた男はストレッチャーで運ばれていく。

遠目では倒れた男性を救助している感じにしか見えない。


「高山君とセイから記録は取れている。

明日で良いので高山君は報告をしろ。」

「はい。」

「それでな、」


久我がタブレットを出した。


「以前セイを襲った鬼だが、強盗殺人で指名手配犯だった。」


久我が見覚えがあると言った鬼だ。


「指名手配か。鬼と関係あるのか。」


セイが言う。


「分からん。高山君を襲った鬼も長い間逃げていた犯罪者だった。

今日の鬼はホームレスのようだな。

何かしらの事情がある人物だと私は思う。

私は指名手配犯のリストは頭に入っている。見覚えがある。」

「なら鬼になる人は脛に傷ある人がなるかもと言う事ですか?」


六花が言った。


「まだ推測の段階だがな。

それとお前達が封印した鬼は死んでいない。

すべてが止まった状態になっている。

どう言う理屈なのか分からんが。

今のところ美戸川室長のクローンドームの中に入っている。」


セイと六花は顔を見合わせた。


「死んでいないんですね。」


六花が少しほっとした顔をする。


「そうだ。だからお前達は気に病まなくていい。

ところで二人で鬼と対峙したがどうだった?」


久我が聞く。


「……一人でやるより楽だった。」

「私もです。セイがいると安心だった。」


セイは彼女を見た。

先程は彼女の額に赤い紋があった。

今は全くその気配はない。


「セイは高山君の額を見たよな。」

「……ああ、」


セイはあの紋を思い出す。

彼女の白い額に浮き上がった紋は赤く光っていた。

今まで見た事が無いものだ。


「……綺麗だった。」


ぼそりとセイが言う。

そしてその言葉に自分で驚いたようにセイがはっとした。


「綺麗だった、のか?」


思わぬ言葉に久我も驚いたように呟いた。

六花が自分の額をさっと抑える。そして久我が少し笑った。


「鬼の様に体が動かなくならなくて良かったな。

まあ今日は二人とも帰れ。お疲れさん。」


久我がそう言うと鬼を乗せたワゴンに乗り込んだ。

その隣には久我の部下がいる。


「久我警部補、どうかされましたか。」


久我の様子を見て部下が聞く。


「いや、なに、セイの様子がな、」


部下が走り出した車から後ろを見る。


「何だか雰囲気変わりましたね。」

「ああ、高山君の額の紋が綺麗だと。」

「えっ!」


部下が驚いた顔をする。


「あいつ、そんな事を言うタイプでしたか?」

「いや、かなり無愛想で九津が死んでからはもっと酷くなった。

まあ高山君とずっと一緒にいるから感化されたのかもな。

高山君はどちらかと言うと天然ボケだから、

神経質なセイとは相性が良いのかもしれん。」

「高山は警官としては駄目な感じですね。」

「まあ警官の訓練はしていないしあいつは嘱託だからな。

たい焼きの話まで聞かれてるとは知らんだろうが。」


鬼に襲われるのは緊張感を持たなくてはいけない話だ。

だが六花は三度も襲われているのに呑気な様子だ。


「まあしばらく二人には歩いてもらって

囮になってもらわないとな。」


久我が呟くように言った。


「警部補、先ほどの鬼の身元が分かりました。」


話をしている部下がタブレットを見せた。


「強盗殺人犯か。5年ほど前から逃げているな。

この辺りは繁華街に近いからか、

所々にホームレスのたまり場がある。

ホームレスを退去させたり保護施設を紹介しているがいたちごっこだ。

そこに紛れ込んで逃げていたんだな。」


久我は目の前にいる収容袋に入れられた鬼を見た。

ストレッチャーに乗せられている。

この車は見た目は普通のワゴン車だ。

この後本署にある超犯罪調査室に行く。

その奥にはクローンを保存するクローンドームがいくつかある。


久我は腕組みをして考え込んだ。


「……なあ、最近美戸川室長の様子が変じゃないか。」


久我が呟くように言った。


「え、なんですか?」

「……あ、いや、なんでもない。」


久我と美戸川の関係は10年ぐらいになる。

20年程前に新ナゴノシティ警察本部が建て直された時に、

その一角に茨島神社が出来た。


久我が神社の存在を知った時はいわゆる会社などに作られる

小さな神社のようなものかと思っていた。

警察署に何故そのようなものがと言う疑問もあった。

そして何年か後に超犯罪調査室配属される事になり、

初めて茨島神社に入った時に久我は驚いた。


社屋にある小さな神社とは桁が違った。


すべてが檜造りで透明な天井からは太陽光が入り、

神々しいまでの白州の上に真っ黒な岩が鎮座していたのだ。


久我にとっては初めて見るものだ。

だがその黒岩は彼には強烈な印象を与えた。


超犯罪調査室と言う部署を知っている者は数少ない。

いわゆる普通では解決できない犯罪を扱う部署だ。

久我は最初から胡散臭い何かを感じていた。


だが室長の久我は何やら不思議な気配を最初から纏っていた。

遺伝学の権威であるとは聞いていたが神職にも就き、

神社での最高責任者でもある。


どのような経緯で彼がここの室長になったのか久我は分からなかった。

ただ、持ち込まれる事件は確かに不可思議なもので、

それを美戸川がお告げを受けたと言えば解決するのだ。


久我には霊感のようなものはない。訳が分からなかった。

自分がどうしてここに来たのも分からなかったが、

ただ黒岩の存在がどうしても忘れられなかった。


そしてその頃、ちょうど十上と九津がこの署に配属された。

彼らは色々な部署で働いていた。

美戸川とはほとんど接触はなく

たまに呼ばれて面接のような事をしていたが、

美戸川の彼らへの態度は酷かった。


ここは警察だ。

コンプライアンスは守られなければならない。

だが何故か美戸川の態度は問題にはされなかった。


そして久我は知る。

十上と九津の出自を。


それも含めて久我には美戸川への不満はあった。

だが何故か何も言い出せない。

周りの者も何も言わない。


一体どうしてなのか。


ずっと疑問に思ってはいたがそれを口にすることが出来ない。

警察官としての性なのか。


それでもあの黒岩が砕けた頃から

美戸川の様子はますます異様になった。

久我と接触するだけでほとんど神社から出て来なくなった。


気が付くと久我は美戸川に呼ばれている。

そして研究室に入ると彼はそこに立っていた。

クローンドームを背にしてこちらを見る美戸川の姿は、

霊的なものなど感じない久我でも背筋がぞっとする事があった。


ドームの中の保存液に浮かんでいる鬼だったものは、

普通の人になっている。

だが美戸川は見た目は人でも徐々に雰囲気が変わってきている。


もしかすると鬼憑きと言うものは

セイや六花がいるから起きているのではなく、

美戸川が起こしているのではと久我は感じていた。

だがそれはただの憶測だ。

なぜ美戸川がそれを起こしているのかも分からない。


その時、久我は隣に座っている部下を見た。

先程まで喋っていた男だ。


彼は今は黙っている。

そしてその表情には感情が無かった。

さっきまで会話をしていたのに今は人形のようだ。


久我は唐突に血の気が引いた。

彼の名前が分からないのだ。

それがどうしてなのか、久我には理解出来なかった。


そして自分がなぜここにいるのか、

それも思い出せなかった。


久我の心がざわめく。

自分には分からない空恐ろしい事が

起きているのかもしれないと思った。


だが警察署が見えてくるとその感情も薄れて行く。

そのおかしな現象を久我は既に忘れていた。






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