第37話 会いたくなかった




「あ、ああ、あああ、ああ…。」


俺は目の前に立つ人物を見て、うまく言葉が発せなかった。


「相変わらずしけたツラしてるなぁ、黒井ぃ?」


権藤政伸ごんどうまさのぶ。俺の前職の上司。

…俺が路頭に迷う原因になった張本人。


「やめさせられて、フリーターにでも転職したのか?なぁ?」


「うっ…。」


だめだ、うまくしゃべれない。なんで…


「おい、元とはいえ上司の前だぞ?敬意が足りないんじゃねえか?」


「……。」


な、なにか、なにかいわないと。


でもだめ、なにもおもいつかない、くちがうごかない。


「おい!!何とか言ったらどうなんだ黒井ぃ?!」


権藤に胸ぐらをつかまれる。


なぜかこういう時に限って、廊下には誰もいない。



「ちょっと来い。」



俺はされるがまま権藤に引っ張られ、エレベーターに乗り、受付の前を通って、会社の外に出る。


そして会社の横の、日陰で少し暗い路地に連れてこられる。



「おい黒井、どういうつもりだ?俺を前にして無言を決め込みやがって、舐めてるのか?」


「え、……っと」


す、少しならしゃべられる…か…


「こ、ここ…には、作った、サイトを…見せ…に……来ました。」


へんとうになってない?これ?


「はぁ?もっとはきはき喋れないのか?」


「す、みま…せん…。」


だめだ、うまくことばが…。


「というか黒井、サイトを作ったってことは働いてんのか?」


「は…い。」


もう絞り出さないと苦しくなってきた。


「ふーん。…ここに見せに来たんだな?」


「…。」


俺は固くなった首をなんとか動かして、うなずく。


「…へぇ、そうかぁ…。」


「……。」


権藤はちょっと考えるようなそぶりを見せたかと思うと、



「じゃあ、他企業のライバルはつぶさないとなぁ!」



「…?!」


その瞬間、俺は権藤に突き飛ばされて、そのまま地面に倒れた。



そして権藤は、俺の手から離れて地面に落ちた書類を持ち上げたかと思うと…。


ビリィッ


「ッ…!」 


それを封筒ごと破られた。


「あ…、あ…。」


そのまま権藤は、書類を何度か破り続けた後、ビルの横にあったトラッシュボックスにぐしゃぐしゃにして放り込んだ。


その時俺は、封筒に入っていたUSBメモリが地面に落ちているのに気づく。

スクリーンで写したりするために、作成データの入ったやつだ…。


こ、この人がいなくなった後に、このUSBさえもっていければ…。


俺は全力を振り絞って、重い体を動かして、USBを掴もうとした。


ゴリッ


「あぁッ?!」


その伸ばした右手を振り下ろされた革靴で思い切り踏まれて、嫌な音が体に響く。


「おっと、危うく小賢こざかしい真似をされるところだったな…、危ない危ない。」


権藤はUSBを拾い上げると、思い切り地面に叩きつけ、何度もかかとで踏んだ。


USBメモリは粉々になった。


さいごの、たのみの…つなが…。


権藤は、うつぶせの俺の髪を掴んで、無理やり持ち上げる。


「おい黒井、辞めさせられたお前が、一丁前にこんな優良企業さんに作成案を出すのなんてが高いんだよ。自分の立場わきまえたらどうだ?」


「う、う…。」


「相変わらず癪に障るツラだな!なにもできない無能が!くたばってろッ!!」


「ゴフゥッ」


そのまま権藤は、俺の顔を思い切り殴りつける。


俺はその勢いのまま、隣のビルの壁に頭を打って、そのまま倒れる。



視界がぼやける。



「はぁ~、社内だと問題があるが、社外ならバレなきゃ問題ないからなぁ。…ようやくあのツラに拳入れられて、スカッとした。」


そんな権藤の声が聞こえる。



















「…だ?酔っ払…かな?」


「…れ、警察よ…ない?」



誰かの声が聞こえる。


ここは、どこだ…?


重い体を起こした。



「あ、起きた…。」


どこからか女性の声がする…。



そのまま右手をつこうとして、


「いっ?!」


激痛が走り、右手を抑える。


なんだ…?



「あの…、大丈夫ですか?」


知らない男性の人が、俺に話しかけてきた。


横には女性もいた、ご夫婦だろうか…?


「すみません…、俺は何を…?」


それがうっすらオレンジになってきている、ここはどこだ?ビルの間の路地か…。


何をしにここに来たんだ…?


俺は立ち上がる。


「あ、ちょっと。」


俺は男性の言葉を聞きながら、表通りに出る。


そして、ビルの横のテナントの名前が目に入る。



「……ふーどばる……、ふーど…?……ッ?!『FOODBAL』?!」



俺は思い出してつい大声を出す。


「ど、どうしたんですか?!」


男性が心配してくる。


あれ?俺は、この『FOODBAL』の社長さんに、作成したサイトのデータを持ってきたはずだよな?え?なんで…?俺こんなところで何してるんだ??


俺がここに来たのは14時くらいか…??


俺はポケットの中のスマホを取り出して、時間を確認しようとする。


「あれ…?」


真っ黒の画面に赤い電池マークが表示される。



…どうやら充電切れみたいだ、こんな時に限って…!


「す、すみません、今何時ですか?!」


俺は、さっき話しかけてくれた男性の肩を思わずつかむ。


「いってッ…!」


右手に激痛が走り、すぐ離す。


「え、あ、ああ、はい…えっと…、今は午後の4時過ぎです。」


男性が、自分の携帯に映された時間を見せてきた。



「そ、そんな…。」


俺はこの会社にサイトを見せた覚えがない。

え…?俺、忘れてこんなところで寝ちゃったのか…?!


何を…何をしてたんだ…?


俺は思い出そうとして、



頭に黒いもやがちらついたかと思うと。


「うぅっ、おえぇえええええっ」


突然胃の中身が逆流して、側溝に吐き出してしまう。



「きゃっ…!」


「え、だ、大丈夫ですか?!」


俺の声をかけた男性と一緒にいた女性が驚く。



「ぇ…?え…???」



な…、にが…?おこっ…て…???


からだが、すごく、だるい、


で、でも、いまは、とにかく、かいしゃ…に、


俺は口をぬぐって、歩き出した。


「ちょ、ちょっと、あんま動かない方がいいんじゃ…。」


男性の声が聞こえる。でもそれどころじゃない…。


重い体を無理やり動かすようにビルの中に入る。



すると、フロントに、腕を組んだ若い男性と、眼鏡をかけた女性が立っていた。



「え…?」


その人が胸につけているネームプレートに、茂木雷二もてぎらいじと書かれていた。


「あ…。」


「オームロ工房の、黒井さんでお間違いないですか?」


「は、はい…、そうです。」


ああ、この感じは…。


「私はあなたがいらっしゃるまで待っていたのですが、あなたは一向に訪れなかった。」


そうか…。


「我々と商談するおつもりがないとお見受けしましたので、今回の商談はなかったことにいたします。お引き取りください。」




俺、とんでもないことやっちゃったのか…。
















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