第20話 大室の提案



「え、い、良いのか?!」


「もちろん、大歓迎だ。」


まさか、大室おおむろの会社で働かないかと誘われるとは、思ってもみなかった。


「いや、正直めちゃくちゃ助かるかも。」


俺は元居たあそこで、ここでクビになったら再就職出来ないという覚悟で仕事をしていた。だから会社を追い出された今、次の仕事をどうすればいいのか…。と考えなくてはいけなかったが、現実逃避するかのように頭の隅に放置していた。


でも、その問題が解決する…!


「ぜひ雇ってください!」


俺は頭を下げた。


「おいおい、そんな頭下げなくてもいいって、むしろ俺の方があの会社からお前を引き抜きたかったレベルなんだから。」


え?


「いや、俺は確かにノウハウはあるけど、そんな引き抜かれるほどの技術力はないって。」


俺はあの会社じゃ並みかちょい上くらいだったと思う。絶対にそこまで優秀じゃないはずだ…。


「何言ってんだよ、権藤の奴がお前に仕事を回さなくなって、お前の本来の力が生かされてなかっただけで、お前はあの部署にいる誰よりも優秀なんだぞ?」


「え、えぇ??」


嘘だろ?

俺って、もともと業績一位で独立して会社を立てちゃうような、そんな優秀な大室が欲しがる人材なのか…?


「ちなみに、お前に話してなかったことが別であるんだけどさ。」


「な、なに…?」


もう怖いよ、これ以上俺にとって変な話をされるのは。



「佐畑もあの会社辞めたぞ?」



「え?!」


俺は思わず大きい声が出てしまい、周りの人の視線が俺に集中する。



「ど、どういうこと?」


俺は声を抑えて大室に聞く。


「いや、詳しくはわからんけどさ。佐畑のやつ、お前をよく気にかけてたからな。お前がクビになったことに、思うところがあったんじゃねえのかな。」


「え。いや、確かに佐畑さんは孤立してる俺をランチに誘ってくれたりはしたけど…。」


「入社当時から思ってたけどあいつちょっと不器用なところあるからさ、自分が話し相手になることでお前のストレス解消にならないかって考えてたんだと思うぜ?あくまで予想だけどな。」



ああ、そうか。


佐畑さんが、俺の机に何げなくコーヒーを置いたり、仕事を手伝おうとしてくれたり…、考えてみれば、あの人は俺のことをよく気遣っていてくれたのか…?



うわぁ…なんで気付けなかったんだろう…。



俺、ありがとうの一言も言えてない…。



なら…、


「大室、佐畑さんの連絡先も教えてくれ。」


「ん?いいけど。なんか言いたいことでもあったか?」


…。


「…今まで気遣ってくれてありがとうって言いたい。」


「ははっ、そうか。お前も大概いいやつだよ。」


「そ、そうか?」


「そうだぞ。」


大室は自分のスマホをスクロールして連絡先を探していた。


「あ、」


すると、何かを思い出したかのようにつぶやいてスマホをしまった。


「どうせなら、佐畑に直接言ってやれよ。」


「え?どうやって?」


「んー、それはな…。」



大室はニッと笑うと、



「佐畑も俺の会社に雇う!入社した時に言ってやれや。」



「えっ」


マジかよ。



「「えっ」てなんだよ、佐畑が来るのは嫌か?」


「い、いや、むしろ来てほしい!佐畑さんや大室と仕事できるならそうしたい!」


あの会社で、優しくて尚且つ仕事ができて尊敬していた二人と仕事ができる。

そんな嬉しい話はない。


「そうこなくっちゃな、じゃあ佐畑も呼ぶってことで、この三人で『オームロ工房』を大きくしていこうな!」


「ああ!」


俺と大室は握手を交わした。



「あの、少し静かにしてもらってもいいですか?」


いつの間にか傍にいた店員さんが、少しイラっとした顔をしていた。


「「す、すみません…。」」



流石に騒ぎすぎたので、その後は静かにカフェラテを飲んで、そそくさとお店を出た。




「つい話し込んじまったな。」


「ほんとだ、もう1時間半以上たってるのか。」


そろそろ俺のスマホのデータが復元できた頃かもな。




「あ、そういえば大室、なんであの店に来たんだ?」


「…ああ、会社用にもう一個スマホが欲しいと思ってよ、契約しに行こうと思っていったんだよ。黒井と出会って後回しにしたけどな。」


「なるほどな。」


会社用のスマホか…、俺が部長とかにでもなったら必要になるかな。


そんなことを考えながら、携帯ショップについた。



「大室はどうするの。」


「とりあえずお前がスマホを新しくするまでは一緒にいるわ。まだ話したいことはあるしな。」


「俺はいいけど、時間大丈夫か?」


「おう、やることはお前と会う前に終わらせてきたからな。」



大室、やることはしっかりやるから優秀な男だよほんと。





店に入って、俺はメモリの復元の確認をする。


大室は二つ隣で携帯プランの契約相談をしていた。


「申し訳ございませんお客様。データの完全復元とまではいきませんでした…。」


マジかぁ~何が消えたんだろ。


「なるほど、どのデータが復元できなかったとかはわかりますか?」


「はい、通常のアプリケーションのデータは問題ないのですが、一部のシステムアプリとSNSアカウントのデータ、写真フォルダなどは復元できませんでした…。」


oh…、連絡先復活ならずか…。

高校時代の数少ない知り合いの連絡先とかどうすればいいんだ…。


「この状態でのデータ引継ぎでも大丈夫でしょうか?」


「はい、お願いします。」


復元できなかったものはしょうがない。諦めよう。





「え、復元できなかったのか?」


駅に向かって歩いていると、大室が聞いてくる。


「そう、連絡先とか写真とか全部パー。」


「そっかー、そりゃ残念だなぁ…。あ、スマホ、新しいの何にした?」


「お金あるし、最新モデルにした。」


「いいねぇ、さっそく連絡先交換しようぜ。」


「おう。」




新しいスマホになってすぐ、大室天摩、佐畑美里とかかれた二つの連絡先を入手した。
















「え?!嘘、黒井くん?!」



私はスマホに写された文字を見て、驚きのあまり部屋で大きな声をあげてしまった。

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