第18話 星奈さんの初料理
それから
その間に何度か指を切りそうになって、怖い怖いと思いながらもなんとか野菜は切り終えた。
そのあとは包丁を使う工程もないから、順調に進んだ。
「あとは野菜とお肉を投入して、タレをかけて炒めるだけです。」
「もうすぐできますね!頑張ります。」
星奈さんはもくもくと野菜とお肉を炒め始める。
……。
「なんか、夫婦みたいだな…。」
ふとそんな言葉が、俺の口からこぼれてしまった。
「えっ」
「あ。」
俺の言葉に硬直する星奈さん。
しまった!また口に出てしまった。
「い、いや、今のはその、それっぽいなと思っただけで…!こ、言葉のあやというか!決して星奈さんに手を出すとかそういうんじゃなくて、いや、なんか…、俺みたいなやつが星奈さんの夫になんてそもそも、なれるはずがなくて…!」
「え、わ、あ…。」
俺は焦って、早口で自分でもわけのわからないままぺらぺらと言ってしまう。
何を言ってるんだ俺は?!焦りすぎだぞ?!
頭の中は冷静なのに、こういう時口が止まらなくなるのは本当に悪い癖だ。
「………。」
当の星奈さんは目を丸くしたまま固まってしまった。
「す、すみません…、焦るといろいろ言っちゃっう癖が治らなくて…。」
俺は星奈さんに頭を下げる。星奈さんに頭を下げてばかりだな俺。
「い、いいんですよ、大丈夫です…。き、気にしてませんから…。」
星奈さん…。やさしさでそう言ってくれているけど、明らかに俺の喋った言葉が引っかかってますよね…?!
「ほ、ほんとすみません…。」
いや、本当に申し訳ないなぁ…。
ジュゥゥゥ…
ん?
「ああ!野菜炒めが!」
「え…、あわ、わっ!」
俺が星奈さんの手を止めてしまったばかりに、野菜炒めが少し焦げてしまった。
本当にすみませんっ!!
なんだかんだありすぎたが、とりあえず、野菜炒め完成である。
「は、初めて自分で作った料理…!」
星奈さんは自分のスマホで、野菜炒めの写真を何枚も撮っていた。
よかった、さっきの俺の失言は気にしていないようだ…。
「せっかく作ったんですし、食べましょうか。」
「はい!」
俺たちはそれぞれ野菜炒めを大皿から小皿に移して、自分の前に置く。
「「いただきます!」」
俺と星奈さんは同時に野菜炒めを口に運ぶ。
「ッ!」
「うん」
「「美味しい!」」
流石星奈さん。ちゃんと美味しい。
「こ、これ、私が作ったんですよね?!美味しいです!」
星奈さんはパクパクと野菜炒めを口に運んで行った。
そのたびに美味しい美味しいと笑顔になって食べていく星奈さん。
…なんか、
「かわッ…、う”う”ん!」
「ん?」
「す、すみません、変なところに入っちゃったみたいで。」
危ない…、また口に出かけた…。今のは本当にダメだ……。
会社の時は気を付けていたけど、ニートになってから本格的に気が緩み始めてるな。
俺はごまかすように野菜炒めを口に運んだ。
俺たちは食べ終えて、食器を洗った後、それぞれソファと絨毯に座った。
「ふぁ~!美味しかった!
「いや、俺は教えただけで、作ったのは星奈さんなんですから、すごいのは星奈さんですよ。」
「そうですか?ありがとうございます!」
俺が過去に一回、会社の同僚に作り方を教えた時は、メニュー通り教えたはずのに、別の何かが出来上がったんだよな。
…あいつ元気にしてるかな。
まあ、あいつが例外なのかもしれないが、今回は上手く行って良かった。正直今回も上手く行ってなかったら、俺の教え方が下手だと考えてたかもしれないし。
「そういえば、駿作さんって働きながら自分で料理を作ってたんですよね?」
星奈さんが聞いてきた。
「はい、そうですよ。」
「嫌なら答えなくて全然大丈夫なんですけど、どんなお仕事をしていたんですか?」
「ああ…、」
していたということは、俺の事情は知っているみたいだな…。
まあ、今は正直心の調子も安定してきてはいるし、吐くことはないだろうな…、
話すか。
「俺は中企業の広告代理店で働いてましたよ。クビになっちゃいましたけどね…。」
「それは、なんとなく雰囲気で分かってました。でも触れない方がいいだろうなと思って、いままで言わなかったんですけど…。」
やっぱり優しい人だ。割とずけずけと人の心に踏み入っちゃう人はいるからなぁ、それを相手のことを考えて避けた星奈さんは、本当に優しいし人だと思う。
「えっと、広告代理店てどういうことをするんですか?」
星奈さんは、続けて質問してくる。
「まあ、そのままの意味ですよ。いろんな企業やサービスの広告を、その人たちからお金をもらって、代わりに作る会社です。」
「なるほど!」
最も、部長…
それでも部署内の業績三位を出したんだから褒めて欲しいよホント。
「あと、その…、」
「…はい。」
星奈さんが言いにくそうに言う。まあ、聞きたいことはなんとなくわかるけど。
「いいですよ、大丈夫です。もう気にしてませんから。」
「あ、はい。わかりました。じゃあ…、聞かせてください。」
星奈さんは一呼吸置く。
「駿作さんがなんでクビになったのか知りたいです。駿作さんはとてもやさしい人だから、絶対に駿作さんが悪くてクビになったわけではないと思うんです。だから…、その理由が聞きたいです。」
「はい…。」
ちゃんと俺のことを考えて話してくれているのがよく分かった。
…ええ、答えましょう。
「俺は、部長に嫌われて不当解雇にあったんです。」
それから俺は、仕事であったことを喋った。通っている病院の増田先生以上に、この人になら喋っても大丈夫だと思えた。
俺の中で、星奈さんは信頼できる数少ない人だと思えていた。
「…そんな感じで、俺はニートになっちゃったわけです。」
俺がそこまで話し終えて、ふと星奈さんの顔を見ると、
「ぅ…うぅ…。」
「あ…」
星奈さんはめっちゃ泣いていた。
「つ、辛かった…ですよね…、ぅ…、その部長さんも、後輩さんも…、ひどい人です…、ぅう…。」
「星奈さん…、」
吐いたとか死人になってたとかは
「…すみません。泣いてばかりですね私。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。」
その後、星奈さんが落ち着くまで話すのを待った。
「…落ち着きました?」
洗面所から帰ってきた星奈さんの声をかける。
「はい、もう大丈夫です!」
うんうん、いつもの元気な星奈さんだ。
「あ、そういえば私、お客さんとして駿作さんを招いたのに、お茶とか出していませんでしたね…。」
ああ、俺なんて全く頭になかったから気にすることないのに。
「全然大丈夫ですよ。」
「いいえ、私が私を許せないので今から入れてきます!」
「え、いやその足で無理はさせられませんよ!」
俺は松葉杖をもって立ち上がろうとする星奈さんを止めて、お茶葉の場所を聞いた。
「ふう、お茶は落ち着きますね。」
「そうですねぇ。」
星奈さんと二人で、お茶をたしなむ。
「あ、そうだ。」
星奈さんはお茶をテーブルに置いて。俺に向き直った。
「それで…私少し考えたんですよ。」
「何をですか?」
なんだろう…。
「駿作さん、私のために『つーちゃんねる』の広告を作ってくれませんか?」
「…え、俺がですか?」
「はい、広告を作るお仕事をしていた駿作さんに、ぜひ作ってもらいたいと思いまして…。あ、全然強制ではないですよ!」
はあ、なるほど。いや、確かにノウハウはあるにはあるし、腕は他部署に見込まれていたけど…。
「本当に俺なんかでいいんですか?」
「頼れる優しい駿作さんだからこそ頼んでるんですよ!」
星奈さんが迫ってきた。
「は、はい。」
頼れて優しい…か。
「それで、お返事はどうでしょうか?」
…まあ、そりゃもちろん。
「YESです。是非やらせていただきます。」
俺は握手するつもりで、手を前に出す。
「わぁ!本当ですか!ありがとうございます!」
星奈さんは俺の手を握って、とても喜んでいた。
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