第12話 たどたどのニート
「ど、どうも。初めまして…。」
「こ、こちらこそ…!」
俺とツキさんは近くのファミレスに来ていた。
俺が焦って自分がツキさんの視聴者であることを明かしてしまい、お互いびっくりしている状況(俺は自分の発言に、ツキさんは俺がブラックであることに)だったが、とりあえず、やりたいこと終わらせようかということになって、俺は髪を切り、ツキさんは紫の髪のアンダーカラーを水色からピンク寄りの赤に染めた。
俺は先に切り終わったが、外でツキさんを待って、ツキさんがお会計を済ませた後、謝罪した。
「いえ、全然大丈夫ですよ!」というツキさんだったが、俺の発言でいろいろ迷惑をかけてしまったし、正直、あの時別の回答ができなかった自分が許せなかった。
そんな俺にツキさんは、
「あの、もしよければなんですけど、こうして会えたのも何かの縁ですし、一緒にお昼食べに行きませんか?」
「えっ」
唐突にそんな提案をしてきた。
「私は全然怒っていませんから。どうですか?」
嬉しいお誘いだけど…。
「い、いや、でも…、こんな顔死にかけの奴と食べに行かない方がいいですよ…。」
周りの目もあるだろうしな…。
「そんな冷たいこと言わないでくださいよ!私の唯一の視聴者さんなんですから!」
…うう、優しい…。リアルツキさんも本当に優しい…。
心が癒えきっていない俺には染み渡る言葉だ。
そんなことがあって、俺はツキさんと食事をすることになった。
そして今、改めて挨拶をしているところである。
「メニューがお決まりになられましたらインターホンを押してください~」
店員さんが水を置いて厨房に戻っていく。
「あの、本当にツキさんでいいんですよね?」
「そうですよ!じゃなきゃここにいませんから!」
「そうですよね。よかった…。」
うん、いや絶対ツキさんなのはわかってたけれども、それでも俺から一方的に話しかけた感じだから、万が一にも違ったらどうしようかと思ってしまった。
まあ、こんなに優しい人に出会うのはツキさんが初めてだから、間違うことはないと思うけど。
「では、改めまして。」
ツキさんがコホンと咳払いをすると、テーブルの横に置いてあるアンケート用紙を取り出して何かを書き始めた。
そして、
「『つーちゃんねる』で配信をしている
「月城星奈」とかかれたアンケート用紙を差し出してきた。
「えっ?!」
突然の本名に、俺は驚いてしまった。
周りのお客さんが俺の声に気づいてこっちを見てきたので、あわてて無言になる。
「え、あの、本名、教えちゃっていいんですか…?」
俺はちょっと声を抑えて、ツキさんに聞く。
「はい。だって、あそこの美容院にいたってことはブラックさんもこの近くに住んでるんですよね?」
「え?まあ、はい…。隣町に住んでますけど。」
「ふふ、それに、ブラックさんは絶対悪い人じゃないって分かってますから。」
ええ?俺にそんな信頼置いてるの?こんな死にかけニートに?
まあでも、その信頼をけなすような真似はしたくないなぁ。こんな俺のことを信頼してくれるんだろうし。
…よし。
俺はツキさんと同じようにアンケート用紙を取り出して、書く。
「では、俺からも…。ブラックこと、
俺も、ツキさんのことは信頼?というかいい人だと思ってます。という気持ちを込めて自己紹介した。
「おお!駿作さん!かっこいい名前ですね!」
「そんな、ツキさんこそ、月と星なんていい名前じゃないですか。」
「わあ、うれしいです!この名前私も気に入ってます!」
名前を褒められたのなんて初めてで、ちょっと照れる…。
「あ、そうだ。せっかくファミレスに来たんですから注文しましょう!」
「そうですね。」
俺たちはお互いにメニューを決めることにした。
「あ、メニュー表1つしかないので、ツキさん先に決めてください。」
「いえいえ、そんなこと言わずに一緒に見ましょうよ。その方が早いですし。」
そういってツキさんはメニューを持ちながら、テーブルに上半身を乗せる感じで俺も見やすいようにと近づいてきた。
「え、」
いや、思ったより近かった。
「…どうかしました?」
「い、いや、なんでもないですよ!」
めっちゃいいにおいする。ナニコレ、しかも至近距離でもめっちゃ美人だなぁ…。
…いやいやいや待て待て待て待て何を考えてるんだ俺は!そういう考えは
「お、俺、チーズハンバーグプレートにします!」
俺はとっさに目に入ったメニューを選び、後ろの座席にもたれかかった。
危ない危ない…。
「じゃあ私はビーフステーキプレートとポテト大盛りとフィッシュバーガーセットにします。」
「え?」
「え?」
そんなに食べるの?という俺の「え?」が口に出てしまい、ツキさんもきょとんとする。
「あ、いや、なんでもないです。」
くそ、つい口に出ちゃうの悪い癖だ…。
「……ああ!すみません、私お昼は結構食べるんですよ。友達にもよくそんな食べられるねって言われますし…。はははっ」
「そうなんですねぇ。」
気を使わせてしまったな。申し訳ない…。
にしてもツキさん、よく食べる方なのか。それでこんな綺麗なの羨ましいなぁ。
…俺ならすぐ太る自信ある。
「…お料理が出来上がるまで少々お待ちくださいませ~」
店員さんが俺たちのオーダーを聞いた後、また厨房に戻っていく。
「…そういえば駿作さん。」
「え、」
今日何度目かの「え」がでてしまった。
「あ、すみません!せっかくお互い名前を知ってるなら、名前で呼びたいなと思いまして…。」
「あ、ああ、はい、全然。いいですよ。」
「ありがとうございます!」
ツキさ…いや、星奈さんはニコッと笑った。
「それで、ひとつ気になったことがあったんですよ。」
続けて星奈さんは俺に聞いてくる。
「なんですか?」
「さっきの美容院で、よく私がツキだってわかりましたね。」
「…ああ!」
そういえばその説明してなかったか。
「えっと、ツキ…じゃなくて星奈さんが、前の配信で病院でイヤフォンが外れたって話してたじゃないですか。俺、その病院にいたんですよ。」
「…なるほど!だから話が一致して私だ!ってなったんですね!」
「そういうことです。」
「じゃあなんでその配信の時に言ってくれなかったんですか!」
「え、」
ああ、なんか変な感じに思われちゃったかな。
「いえ、俺もいたよって言うのは身バレとかいやかなって思って、まあさっきの俺はそれをも壊してあんな話のかけ方しちゃいましたけど…。」
「…。」
あれ?星奈さん黙ってる?怒らせちゃった?!
「えっと…」
「なるほど!駿作さんはとてもやさしい方なんですね!」
「…え?」
…ナンデ?こんな死にかけ優しくとも何ともないよ?
「どうしてそう思うんですか?」
「え、だって人のことを気にかけられるし、些細なことでもすごくしっかり謝ってくれるし、自分に悪いところがないか考えているし、何よりこんな私と毎日ゲームしてくれるし、そういうところだと思います!」
「……。」
「え?!駿作さん?!なんで泣いて…?!」
ああ、久しぶりにこんなに褒められて、暖かいなって思ったら涙が出てきてしまった。
「す、すみません。ちょっとうるっときちゃって…。」
「こ、これ使ってください!」
「いや、申し訳ないですよ。」
「いいえ!使ってください!」
「でも…」
「じゃあ私が拭きます!」
「ええっ?!い、いや、もう涙でてないですから!」
序盤の自己紹介は、俺の涙が乾いて終わった。
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