第11話 初対面
「ああ、髪切らないとなぁ…。」
ニート生活が始まって三週間が経とうとしていたある日、いつものようにツキさんとのゲームを終えた俺は、洗面所の鏡に映る自分を見てそうつぶやいた。
俺は全体的に短めの方が好きなのだが、今は耳も目も隠れそうな勢いで伸びている。仕事で美容院に行く暇がなかったのも影響しているだろう。
…切りに行こう。
これは外に出る口実だ。ずっと家の中だと、いざ新しい仕事をに就いたときに、体がなまったり、だるさで、またやる気がないと思われてしまうかもしれないからな…。
あとは、病院の先生に運動してくださいって言われちゃったし。あの先生の言うことにはしっかり従っておこうと思う。
ということで俺は、徒歩20分くらいの美容院に向かう。
ちょっと距離があるが、まあいい運動にはなるだろう…。
ということで俺は、前とは違う外行用の服に着替えて、美容院へ向かうことにした。
外に出ると、日差しが結構強かった。
もうすぐ冬シーズンだし寒いと思ったが、意外と厚着じゃなくても大丈夫かもな。
俺は、一応と思って手に持っていたコートを、部屋に置いて、再び美容院に向かう。
どんな髪型にしてもらおうかなぁ…と考えながら歩く。
「つ、疲れた…。」
歩き始めて約20分。美容院の前についたが、そのままそこに座り込みたい気持ちだった。
歩いただけでめちゃくちゃ疲れたんだけど…。俺、こんなに体力が落ちてたのか?
多分三週間引きこもっただけじゃなくて、会社で三年間ほぼ座りっぱなしだったからかもなぁ。
俺は息を整えて、美容院に入る。
「「「いらっしゃいませー」」」
美容師さんたちの歓迎が聞こえた。客は数人いるみたいだ。
「2番のお席へどうぞ―」
俺は肩掛けカバンをロッカーにしまって、席に座る。
「今日どうなさいますか?」
「あ、カットで。」
「ご希望はありますか?」
「えっと、耳と目が出るようにして、前髪は眉毛くらいがいいですけど、それ以外は全体的に短く切ってください。」
「分かりました。」
短めがいいけど、おでこを出すのは恥ずかしいから前髪だけは短めにしないようにしている。…だからなんか、陰キャとか言われるんだろうなぁ。
そうして美容師の男性が俺の髪を切り始めて数分くらい経っただろうか。
カランカラン
ドアについているベルが鳴った。誰かが入ってきたらしい。
「「「いらっしゃいませー」」」
美容師さんたちが出迎える。
「あ、すみません、髪を染めたいんですけど、赤ってありますか?」
「ん”?!」
入ってきた女性の声があまりにも聞きなれた声すぎて、思わず変な声が出た。
「お、お客さん?大丈夫ですか?」
「あ、いや、すみません。何でもないです。」
少し驚いた様子の美容師さんに心配され、慌てて大丈夫だと伝える。
俺は一回深呼吸して、入り口の前で美容師さんと話す女性を見る。
紫と水色もグラデーションの髪、それを後ろでポニーテールにして、アイロンで軽く巻いてあった。確かカール?っていうんだっけか。
顔が凄くかわいい。多分十人が十人可愛いと答えるだろうな…。美人?というよりはほんの少し幼い感じなのかもしれない。
うん、間違いない。前病院で見たあの人、ツキさんだ。
服だけじゃ、前の軽装からは想像つかなかったが、髪色が全く一緒だ。
そして何より、あの可愛らしい声。マイク越しとあまり変わらないということは、地声があの声なのだろう…。
マジ?また会うなんてことあるのかよ…?
俺がまた頭グルグル状態になっていると、
「お客さん、あの人知り合いですか?」
美容師さんが突然話しかけてきた。
「え、あ、まあ、はい。そんなところです。」
俺はなんて答えるのが正解か分からなくて、しどろもどろに答えた。
美容師さんがそうなんですね~といったかと思うと、
「では三番の席へどうぞ~」
「えっ」
ツキさんが俺の隣に座った。
間近で見るとさらにかわいいなぁ…。…いやあああ違う違う違う違う!!下心とかそういうのじゃなくてだな…!
やっばい何を焦っているんだ俺は?ええ??
「お客さん、この方とお知り合いなんですね~」
美容師さああああああん!!!
俺の心が落ち着いていないのに、俺の髪を切る美容師さんがさらに爆弾を投下してきた。いや、知り合いですって言ったのは俺だけども!
「えっと……すみません、わからないです。どこかで会いました?」
ツキさんは少し申し訳なさそうな顔をして、俺に聞いてきた。
うん、俺はここで、「すみません人違いでした」って言えばよかったんだ。そうすれば何事もなかったかのように事が済んだけど、なぜか、なぜか俺はめちゃくちゃ焦ってた。だから冷静に事を考えられなくて、結構大きい声で、ついこう言ってしまった。
「あ、あなたの視聴者のブラックです!」
「えっ」
ツキさんはそうつぶやいて、少し無言だったかと思うと、
「あ、ええええええ?!あのブラックさんですか?!」
俺以上に大きい声で驚いた。
視聴者と配信者のあまりにも速すぎる対面である。
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