第10話 同僚の想い


俺は椅子から動けないでいた。頭に入ってきた情報の整理ができなくて。


マジか、マジなのか。信じられない。


まさか自分が毎日見ている配信者が、こんな身近にいるとは思わなかった。いや普通はそんなことあるとは思えないって。一体どんな奇跡だよ。


ツキさんには俺があの場にいたことは多分バレていない。いや、バレるはずもないけど…。とにかく、どうしようか。話を聞いた感じおそらく地元も一緒。普通個人経営の病院に他所の人が来ることなんてあんまりないだろうし。


友達の付き添いって話だったから、おそらく大学も近い…。


…いいや、違う違う。ストーカーみたいになってる、やめよう。


俺は下心があってツキさんのリアルを知りたいわけじゃない。マジで。ツキさんと毎日楽しくゲームができたらそれでいいんだ。


ツキさんも人とゲームをやるのは楽しいって言ってくれているし、せめてほかの視聴者が来るまでは遊びたいと思う。


でも今はツキさんのリアルの姿を知っちゃったからちょっと困惑してるんだ…。多分…。


だったら、少し時間を置くか…?いや、何考えてるんだ。そんなことで解決するものでもないだろうに…。


こういう場合ってどうしたらいいんだ?黙っておくべきなのか…?実は近くに住んでましたって言うのは言わない方がいいのか?!


俺が傍から見たらどうでもいいのでは?という話題に頭を抱えていると。


「ブラックさん抜けちゃったかな?でも挨拶しないで抜けるのはブラックさんらしくないような…。」


俺がしばらく「配信そっちのけで悩んでいたから、話にコメントを返すのを忘れていた…。


[すみません、居ますよ。]


「あ、いた!よかったです。何かあったのかと思いました。」


…こんな見ず知らずのネットに人を気遣ってくれるなんて優しいなぁ…。

俺は何回優しいって言ってるんだろうか。


「あ、すみません。私そろそろ時間なので配信閉じますね!今日もありがとうございました~!」


あ。


何を話すか悩んでいたら、時間になってしまった。


[お疲れ様です。]


ちょっともやもやしたまま、今日の午後を迎えた。







~株式会社 上安じょうあん 佐畑美里さはたみさと 視点~





「黒井くん…」


私は少し前の黒井くんと同じように、机の上の荷物をまとめていた。





私は突然会社をクビになった黒井君を見て、なぜクビになったのか権藤ごんどう部長に問いただした。


部長は「ミスを何度も繰り返して、反省の色がなかったから」と言っていた。


なんで?黒井くんはミスを繰り返したりもしないし、反省していないわけがない。



確かに二年前に黒井君は少し大きなミスをしていたけれど、でもそこから黒井君は。その失敗を取り戻せるように仕事を頑張っていた。私はそれをそばで見ていたからよく知っている。


でもそのミスの後、黒井くんはミスをしたからと部長に呼び出しされることがすごく増えた。そして毎回、勘違いだったと謝られもせず解放されるというのを繰り返していた。


でもおかしい。黒井くんの仕事の様子を見ていても、ミスなんてしていなかったし、むしろ同じ部署の先輩後輩、ほかの部署の人たちには仕事が細かくて早いと褒められていた。


しかし部長は、黒井くんをミスをしたと呼び出して、叱っていた。


なぜ?


私は気になって、何度か黒井くんに聞いたけど、そのたびに「何でもないから」の一点張りで何も教えてくれなかった。


そしてそんな日々が二年くらい続いて、私が出先から帰ってくると、黒井くんは魂が抜けたような顔をして荷物をまとめていた。


その日黒井くんは突然会社を辞めてしまった。


黒井くんは最後に「迷惑をかけたくないから」「部長に目をつけられてほしくない」と言っていた。



最初はその言葉の意味が分からなかったけど、黒井くんが会社を去った後の部長と鳥田さんの会話を聞いて分かった。


「いやぁ、ようやくあのバカ無能が消えたなぁ。」


「部長ぉ、協力したので、約束通り給料アップしてくださいね?」


「おお、もちろんだ、君がミスを擦り付けてくれたおかげで時間がかかったとはいえ、スムーズに会社を辞めさせられたからなぁ。」


「部長も流石ですねぇ~、ほかの部署の人が来た時に合わせてクライさんを怒って、周りからの目を悪く見せてましたもんね。」


「ああ、なかなかいい作戦だったと思うぞ。」


「わぁ~、もう部長最高~!」



私はその会話を聞いてはらわたが煮えくり返るかと思った。

この人たちは自分の利益のためだけに、黒井駿作という人間の人生を台無しにしたのだから…。


そして同時に、黒井くんに何もしてあげられなかった自分に嫌気がさした。黒井くんはどう見ても悩んでいる様子だったのに、突き放されるのが怖くて、少しの否定にバカ正直に引いてしまった。


そのあとに何度か電話をしたけど、通じなかった。


ああ、もう手遅れなんだ…。



あの、荷物をまとめていた時に見せた、絶望した表情…。





私は…、自分の好きな人も守ってあげられなかった…。





それからの私は、後悔にさいなまれて眠れなかった。黒井くんが今どうしているのか、それが心配で眠れなかった。


毎日毎日電話しても、電話は通じなかった。


仕事にも全く身が入らなくなった。





…そういうことか。


私は、このきつい仕事も生活も全部、好きな人がめげずに頑張っていたから、私も頑張ろうって思えたんだ…。



…じゃあ、もういる意味ないんじゃないの…?



やめてしまおう…。


仕事に負けたようで悔しい気持ちよりも、大好きな人を失ったこと、頑張る気持ちを失ったことの方がひどく心に来ていた。





「私、会社辞めます。」


私は、部長に辞表を出した。


「はぁ?佐畑それマジで言ってる?」


「人手が減って迷惑になるのはわかりますが、私はもうここでの仕事は頑張れません…。すみません。」


「はぁ…、国立大学を卒業して、仕事の覚えも早いから優秀だと思ったらこれだ…。もうお前を拾ってくれる会社なんてないぞ?」


「…かまいません。」


「あっそう。わかったわかった。もうどこにでも行ってしまえ。」


部長は私の出した辞表を机に軽く叩きつけながら、そう言った。



「佐畑さんまで辞めちゃうんですか?!」


「そんな、黒井も佐畑も辞める理由なんてどこにもないだろ…。」


後輩の高本さんも先輩の藤山さんも、私がやめることに驚いていた。




ああ、自分が同じ状況になって、初めて黒井くんが抱えていた気持ちがわかるなんて…、本当に情けない。






私は、先輩後輩の言葉を背中に受けながら、部署から足早に去った。

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