第9話 空前絶後の偶然



「あ、すご、寝覚めがいい…。」


俺は昨日、病院に行って薬をもらい、その薬を飲んで寝たのだが。寝覚めの良さが全然違う。いつもは頭痛で「今日も最悪」なんて思っていたのに…。


飲みすぎには注意だが、薬ってすごいな。


ちなみに頭痛薬や吐き気止めだけでなく、睡眠の質を高めるやつ、不安を解消するやつ、精神安定剤なんかももらった。念には念らしい。あの先生、俺のこと気遣ってくれてるってことだよな。ありがたい。


しかし、体は完全に回復したわけではなく、心の傷もあるからすぐにいつも通りに戻そうとするとまた悪化するんだとか、それは嫌だな…。せっかくよくなり始めてるって言うのに。


ということで、今はもうちょっとこのニート生活を過ごすことにした。


そして今から、もはや日課になっていることをやる。



「あ、来ましたねブラックさん!」



元気そうなツキさんの声。今日も今日とてツキさんと『Vショット』である。



今は人が来ないことをいいことに配信を通して会話をしているが、いつか第二、第三の視聴者が現れた時は、ツキさんには『Biscord』なり何なり始めてもらおう。その提案もツキさんにしないとな。


頭に紫髪の女性が浮かぶ。


…あの病院にいた人がコメントしてきた時には、ツキさんさらに喜びそうだなぁ。

俺がそんなことを考えていると、


「今日も『Vショット』と行きたかったんですけど、今日は別のゲームでもいいですか?」


ツキさんがそう提案してきた。

珍しいな、でもいいか。『ブイゲー』には『Vショット』以外にも面白いミニゲームが沢山あるし、ほかのゲームをツキさんとやってみるのは楽しそうだ。


[いいですよ。]


「わぁ!ありがとうございます!じゃあ、ええと…この『エッグダッシャー』ってゲームでもいいですか?」


ツキさんが選択したのは『エッグダッシャー』略称『エグダー』というゲーム。

全員が卵となって、沢山のギミックのあるステージを駆け巡って戦うレースゲームだ。どのステージも宙に浮いていて、落ちたらスタートに戻されるのがなかなか大変だが、ジャンプと、一定時間動くと使える三秒間ダッシュを駆使してゴールを目指す。


ひとつひとつのステージのRTAなんかもあって、子供から大人まで幅広い世代が楽しめるゲームだ。


あと、このゲームはフレンドリーファイヤーがあって、マルチでやって友達を蹴落とすこともできたりする。ゲーム実況者たちがコラボでこのゲームをやったときには、同じ実況者が何度も落とされて半泣きになっていたっけな。



ちなみにこのゲームも、『Vショット』同様、自分のカスタマイズで卵に色を塗れるので、ごちゃごちゃになっても自分が分かりやすいのもいいところだ。


[分かりました、やりましょう]


俺はそうコメントして、ツキさんの開いているパーティーに入り、二人でゲームを始める。


このゲームはそこまでやっていないから強いかどうかはわからないが、一回だけ3位くらいまでなら取ったことはある。


…ツキさんってどんなゲームもうまいのかな。


そんな疑問が浮かぶ。


少し待つと他の人たちとマッチして、50人…いや、50個の卵が一斉にステージに解き放たれる。


「ああっ」


しまった。


俺は大事な初動で前に抜け出せず、ほかの卵に押されてほとんどビリからのスタートになってしまった。


そしてツキさんはというと…。


「よし、とりあえず一位スタートできました!」


配信からそんな声が聞こえる。


うん。すごい。てかまた俺が足引っ張っちゃうじゃん。


どうやらこの人は、FPSゲーム以外もうまいようだ。うーん羨ましいその才能。


「あれ?ブラックさんは…いた!ブラックさん!頑張ってください!」


はい…頑張ります。


俺は足を引っ張らさせまいといつもより真剣にゲームに取り組んだ。

少しでも早く先頭集団に追い付くために、俺は途中いくつか設けられているショートカットコースに行く。


ショートカットコースは正規のルートだが、難易度は通常コースより難しくなっている。でも代わりに通常コースよりもずいぶん早くたどり着ける。


通常よりも穴ぼこが多くて落ちそうでひやひやしながら進む…。


「…よっしゃぁショートカット成功!」


何とか成功。

嬉しくて久々に大きめの声が出た。


そして気づけば7位。先頭まであと少し!


「あ、ブラックさん追いついてきましたね!一緒にツートップでゴールしましょう!」


ツートップ!二位ってことか、いけるかな…。


俺は、俺の前を転がる青と白の水玉模様の卵をはじいて追い越す。


これで6位…。


後4人!多い!


ゴールまでもうすぐ…。


うおおおおおおお!





結果、誰も抜けず6位。





そしてツキさんは1位。すごい。


「うわー!ブラックさん惜しかったですね!」


ツキさんが俺を励ましてくれる。


[ツートップ叶わず申し訳ないです…。]


俺は本心をそのまま文章にしてコメントした。


「全然いいんですよ!ゲームですし、それに一緒にやっている人がいると思うとすごく楽しかったです!」


ツキさんはとても嬉しそうに答えてくれた。


本当にいい人だなぁ…。





その後も二回戦ったが、いずれもツキさんは一位。ちなみに俺は9位と13位。回数を重ねるごとに順位が落ちていく…。


そこでゲーム全体のメンテナンスが入り、『ブイゲー』が一時的にできない状態になった。


時刻は11時半。午後にツキさんが講義に行くまで、まだ少し時間があった。


ということでゲームの余韻を感じつつ、また1対1の雑談になった。


「いやぁ、やっぱり一人でやるよりも、人がいた方がゲームって楽しいですね!」


[そうですねぇ]


「ブラックさん毎日いてくれて本当にうれしいです。」


これは俺個人の考え方だが、なんで毎日いるの?と聞いてこないのも事情を汲み取っての優しさなのかもしれない。


俺の中で勝手に、ツキさんという人の株がどんどん上がっていく。


「あ、そうそう。昨日講義が休みだった日に、友達の病院について行ったんですけど、待ち時間に自分の配信を見返そうと思ったんですけど…」


[はいはい。]


「そしたらイヤフォン外れてることに気づかなくって、自分の配信がいろんな人に聞かれてたかもしれないんですよ!恥ずかしくないですか?!」


…ん?


昨日…病院…ツキさんの配信…?


「外に出て少ししてから気付いて、多分病院の人に聞かれちゃったと思うんですよねぇ…。」


昨日見た軽装の紫髪の女性が頭に浮かぶ。


…え?いや、そんなまさかな…。


でも、あまりにも一致しすぎている…。


この世に同じ場所でほぼ知られていない同じ人の配信を、イヤフォン外れかけで聞く人がいるか?!



…嘘だろ?!ええ?!


俺は声にならない驚きで一人で椅子の上でぐねぐねしていた。



…。


[すごい唐突で申し訳ないんですけど、ツキさんの髪の色ってなんですか?]


「え?私の髪の色ですか?紫ですけど。」




確定だあああああああああああ!!!!!!






神様、こんな偶然あっていいんですか!!

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