第8話 診察と出会い


ツキさんとゲームをやった次の日、俺は予約した精神科の病院にきた。


おそらくこの体調の悪さは心のショックから来てるものだと思い、ここを選んだ。

長椅子が並んだ待合室で、俺の番号が呼ばれるのを待つ。平日とはいえ人はまあまあいた。


ちなみに服装だが、流石にスウェットのまま外に出ようとはならなかったので、ちゃんと休日外出用に何着か買ってあった私服の内のひとつを着てきた。


それにしても、ここに来ることができたのは、反応が新鮮だったりハキハキして明るいツキさんとの楽しいゲームパワーのおかげだ。またツキさんにお礼を言わないとな。


「27番の黒井駿作くろいしゅんさくさん。診察室へお入りください。」


俺を呼ぶ放送が入ったので、俺は奥にある診察室に向かう。


診察室の扉をスライドして開けると、金属製のデスクの前に眼鏡の三十代くらいの男性が座っていた。「桝田」と書かれたプレートを胸に行けているし、おそらくこの人が、ここの医院長の桝田ますださんかな。若いな。


「どうぞ、おかけください。」


院長さんに言われて、俺は丸椅子に座る。


そして、院長さんと俺の会話が始まる。


「ええと、黒井さんはずっと体調がすぐれなくて、その始まりは精神的にきついことがあってからだった、ということですね?」


俺がこの病院に来てから書いた紙をみながら先生が聞いてくる。


「はい、そうです。」


俺がそう答えると、


「精神的にきついこというのが、具体的にどういう内容なのかというのを説明していただくことは可能でしょうか?無理なようなら大丈夫ですが。」


う、そうか、話さなきゃいけないか。でも、この体に何が起こっているのか正確に知りたいし、ちゃんと話さないとな…。


「…多分、できます。」


「分かりました、説明は長くなくていいです。きっとお辛いでしょうから簡潔に話してくだされば大丈夫ですよ。」


先生…。


「…やっぱりわかっちゃいますか?」


「ええ、顔がひどく疲れている様子ですし、もともとは、もうちょっと声を張ってしゃべる方ではないですか?」


…すげぇこの先生。そんなこともわかっちゃうのか。


俺は感心しつつ、この先生になら話しても大丈夫だと思って、起こったことを隠すことなくすべて話した。


同僚にミスを押し付けられたこと、それで俺が怒られたこと、弁明がうるさいからと理不尽に会社からクビを受けたこと…。その後に会社のことを夢で見て、強烈な頭痛と吐き気に襲われたこと、それから今までの規則正しい生活ができなくなっていること。


「…。」


ちょっと吐き気が出てきたときは、顔色と雰囲気で分かったのか看護師さんが袋をもって飛び出してきて、少し驚いた。


なんだかんだあって話し終わった。その間、先生はうなずきながら、俺の話を止めることなく最後まで静かに聞いてくれた。


「話してくださりありがとうございます。想像以上で私も少し驚いています。お辛かったでしょう…。」


先生は絞り出すように言う。俺のことを思ってくれているのがよく分かった。


「さて…とりあえず、頭痛薬と吐き気止めを出しておきます。おそらくストレスがだいぶ多いのですぐには治りません。ゆっくり治していきましょう。週一でいいので、この病院に来てください。」


「はい、わかりました。」


うん、頑張って前みたいに、外に出られるようにならなきゃな…。


まずは生活リズムからしっかりしていこうかな…。


「ありがとうございました。」


俺は先生にお礼を言って、診察室を後にした。

長椅子に座って、支払いを待つ。


「…暇だ。」


こういう時はスマホをいじるのだが、俺のスマホはつぶされてペースト状態だし…。


「新しいの買うかなぁ…データも引き継いで…。」


うん、どんどん外に出る理由を作ろう。とりあえず死にかけから貧弱くらいにはならないとな。


そう考えていたところ、


「うわぁ惜しかったぁ!」


「ん」


聞きなれた声がした気がして、振り返った。


イヤフォンをしてスマホを片手に病院の出口に向かう若い女性がいた。


後ろ姿しか見えないがとてもきれいだ。紫と水色のグラデーションの髪を、ツインテールにしている。服装は袖の長いシャツとホットパンツ、縞々のニーソという軽装だ。

その人のイヤフォンがしっかりと刺さっていないのか、スマホから漏れ出る音が聞こえる。聞きなれた、『Vショット』の銃の射撃音や、回復音。


そして、


「よし!」


ハキハキとした可愛らしい女性の声…、間違いない、ツキさんの声だ。


「まさか…」


ツキさんの視聴者?こんな近くに?いや、でも、俺以外にコメントをした人はいなかったよな?もしかして見る専か?


確か動画はごく少数だが再生されていた。『ヨーツベ』の仕様上、自分の動画は自分で再生数稼ぎができないから、ほかに人が見ていた可能性もゼロじゃない。


「誰なんだ…?」


話しかけようか…?とも思ったが、話す勇気がないし、今のこの俺の顔で話しかけたら、ちょっと怖いよな。


「黒井駿作さん」


「あ、」


そこで、カウンターにいる看護師さんに呼ばれてしまった。


俺はカウンターに向かい、お金を支払って、処方箋をもらうための紙をもらう。



その作業をしている間に、ツキさんの配信を聞いていた女性は外へ出て行ってしまった。




正直、少しだけ誰なのか気になる…。

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