第6話 初見です
ビィィィイイイイイイイインッ
「んぁ?」
俺はマンションの前を通り過ぎる原付の、無駄にうるさい音で目が覚めた。
時刻は朝7時過ぎ。久しぶりにいつも通りの時間に起きたかもしれない。
ん…、ベッドじゃない…。
そうか。昨日見た配信者が気になりすぎて寝る間も惜しんで調べたんだったか。
俺は体を起こして、放置状態でスリープモードになっているパソコンを開く。検索の履歴が『つーちゃんねる』の文字であふれていた。
「なんか、顔とか家とか特定しちゃうタイプのやばいファンみたいだな…。」
確か結構長い時間調べたけど、結局『ヨーツベ』で配信していること以外の情報がまともに出てこなかったんだったな。『しゃべったらー』はおろか、『Biscord』や他の配信アプリにも同一人物だと思われる人はいなかった。
つまりこの『つーちゃんねる』は、『ヨーツベ』以外のネットをやっていない?ということになる。もしかしたらリア垢とかもあるかもしれないが…。
「とりあえず飯食うか。」
俺は台所から、昨日炊いた米と、同じく昨日、出前で頼んだ唐揚げとハンバーグを持ってくる。朝から高カロリーだが、昨日は朝ごはん以降食べていないから腹は減っていると思う。
PCのあるデスクに戻って、もはや癖になり始めている『ヨーツベ』の左上の更新をクリックする。
「え!」
俺は驚いて、口に含んだ米とから揚げが思わず外に出そうになるのを抑える。
『つーちゃんねる』が『Vショット』の生配信をしている動画がまた出てきた。あれ?配信は3日おきだったよな?なんで今日もやってるんだ?
…。
俺は迷わずクリックした。
「…今日強い人多いなぁ!腕が鳴る!」
可愛らしくてはきはきとした声。間違いない、昨日聴いた声と同じだ。
そして昨日と変わらない圧倒的プレイヤースキル。俺が本物の『つーちゃんねる』であることを確信するまでの一瞬の間で、『つーちゃんねる』の配信主は、ほかプレイヤーをヘッドショットで倒していく。
俺は一人でゲームをする以外、没頭できることがなかった。でも今はそれと同じくらい、この人のことをもっと知りたいと、色々調べたりして没頭している。
こんな気持ちは久しぶりだった。
俺はキーボードを打つ。
そしてエンターキーを押した。
[はじめまして、初見です。]
俺がそのコメントを打った一秒後、
「わぁ!本当に来た!やった!初めての視聴者さん!!うれしい!」
配信主は俺のコメントにめちゃくちゃ喜んでいた。どうやら本当に誰も視聴者がいなかったみたいだ。…てことは俺がこの人の配信の初コメントってことになるのか?なんだか自然と口角が上がってしまう。
人が喜んでいる姿を見ると、自然とこっちもうれしくなるよなぁ。
「えっと、ブラックさん初めまして!ゲーム配信をやってるツキと申します!気軽につーちゃんって呼んでください!」
『つーちゃんねる』の配信主もとい、ツキさんは、ゲームを一旦停止して、俺に自己紹介してくる。
ブラックは俺のネットネームだ。……安直?うるさい。
俺もコメントを打ってツキさんに返してあげないとな。とりあえず何を聞こうか。
[初めましてツキさん。ツキさんは何でそんなにゲームがうまいんですか。]
俺は早速、結構気になるところを聞いてみた。
「わ、まだいてくれてる!嬉しい…!じゃなくて、ええと、なんで強いのか、ですか。それはですね…、私がうまくなれるよう人一倍努力したからです!」
ゲーム画面だけで、アバターや顔が見えるわけでもないけれど、声だけですごく喜んでいるのが分かった。
…人一倍努力した、か…。
この人のことがさらに知りたくなった。
それから俺は、ツキさんと会話を続けた。『ヨーツベ』の配信者と視聴者、1on1で話す少し不思議な環境で、俺は時間も忘れてたくさん話した。
ツキさんも、俺との…いや、初めての視聴者と話すのが楽しいのか、俺の質問にどんどん答えてくれた。
それで色々分かったことがある。
ツキさんは、もともとそこまでゲームが好きじゃなかったそうだ。ある時友達に誘われて『ブイゲー』をやり始めたそうで、いろんなミニゲームをやっていった中、特に『Vショット』で友達とチームを組んでやったところ、初心者にもかかわらず、友達が全員ダウンしても、一人でほかのチームを倒してしまったんだとか。
それから、『Vショット』が楽しくなって、ほぼ毎日やるようになったらしい。
配信をやり始めたきっかけは、最初は自分のプレイを見返すための保存用としてやっていたそうだが、そのうち自分のプレイを誰かに見て欲しくて、トークも取り入れるようになったとのこと。
しかし4か月やっても、人は誰も来なかったようで。
宣伝とかすればよかったんじゃ?とも思ったが、どうやらSNSなどのやり方はからっきしらしい。だから『ヨーツベ』以外にSNSはやってないそうだ。
リア垢というやつも、『らいん』くらいしかなく、ほかのSNSはやっていないそうだ。
「そうかぁ…」
あれ、
「半年くらいやってたら、サーバーで話題になるんじゃないのか?」
それこそ『しゃべったらー』なんかで話題に上がってもいいものだが。
[ゲームをやっているサーバーで、ほかプレイヤーに褒められたことはないんですか?]
今回は質問じゃなくて、疑問を聞いてみた。
「それが褒められたことないんですよ!サーバー内のコメントもなぜかどこかもわからない言葉で喋ってて、英語じゃないとは思うんですけど…。」
ん?
英語っぽい?
もしや…。
[すみません。いつも入ってるサーバーの画面写してもらってもいいですか?]
「え…?はい、わかりました。」
ツキさんは少し疑問に思いながらも、サーバー画面を見せてくれた。
「…やっぱり…。」
[ツキさん、これアジアサーバーじゃなくてヨーロッパサーバーです…。]
「え?!そうなんですか?!え、あ、日本人とか、いないってことで?!え?!ずっとこれでやってましたよ?!」
ツキさんはめちゃくちゃ驚いている感じだ。そりゃそうか、ずっと日本人がいると思ってやってたんだし。
なるほどな、どうりで日本では話題に上がらないわけだ。
「たまに友達に誘われたときは、友達の方に行くので、全然わからなかったです…。」
個人でやるときはヨーロッパってことか…。この人意外と天然だったり?
気づけば朝の10時半。
今日はとてもおもしろい朝を過ごせた。
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