第15話 仇敵の魔族

「はい。それでは、当ギルドはリヴィスさん御一行のクエストクリアを受諾いたしました。では、ここにクエスト完了のサインをした後、報酬をお受け取りください。」

「ん。了解。」

「えっと。あの、やっぱり大丈夫ですか?」

 ギルドのお姉さんは、血だらけになった俺を心配そうな目で見る。まあ無理も無い。俺だって、見送りだした冒険者がこんな格好で帰って来れば心配もする。


 ダンジョンの最下層でジュンザを討伐し、エパを解放した後、俺は血だらけのままぶっ倒れた。体は限界で、自分でも死んだと思った。だが、状況を見て貰えば分かるように、何故か生きている。自分でもよく分からない。起きればエパとティアが俺の体に寄り添うように横たわっていて、ダンジョンは崩落していた。多分、またあの夢に出た竜人族が何かをしたのだろう。それくらいにしか、思い当たるような節はなかった。

 少し気になるところがあるとすれば、何故ティアが倒れているかだが、多分彼女も疲れていたのだろう。

 体の傷は、数時間くらいは死なない程度に回復していて、体力もまたちょびっとだけ回復していた。その力を使って俺はあの崖をティアとエパを担いでよじ登り、生還した。


「大丈夫ですよ。お姉さん。最低限の治療はしましたし。それになんか、不思議と元気はあるんですよね。」

 ギルドで買った包帯をぐるぐるに体に巻き付けた俺は、笑いながら力拳を作ってみせた。しかし、直ぐに巻いた包帯の隙間からピューッと血が噴射し、受付嬢の顔が曇る。

「えと、どう見ても大丈夫そうではないのですが……。」

「……。いや、まあ確かにそうなんですけど、しょうがないんですよ。今、ギルドのベットにはウチの連れが2人お世話になってますし、それに今はもう空いてないんですよね。」

 言いながら、俺は冒険者ギルドの中を見渡した。いつもは夜仕事を終えた冒険者達が酒を酌み交わしながら宴をしているのにも関わらず、今夜は静かであった。病院に入れなかった街の人達がここに集まり、回復魔法を使う魔道士達の一部は魔力マナに酔った患者達を見て回っているのだ。付き添いの者、不安に怯える者達で、このギルドは一杯だった。


「……。そうですね。すみません。無理を言っているのは此方の方なのに。」

 お姉さんは、少し暗い顔をして謝った。

「俺は全然大丈夫ですってば。それより、お姉さんは大丈夫だったんですか?凄い魔力の塊が王都を照らしたって聞きましたけど。」

 俺がダンジョンに潜っている間、王都では住民の大半が軽い気絶状態に陥るような事件が起こっていた。何でも、絶望するには充分なくらいの魔力マナが込められた光の柱が天に昇ったのだとか。


 神が地に降りた。世界が終わる。人の世界が滅びる。

 その閃光を直接目にした国民達は、直感的にそれを感じ取ったそうだ。また、突然膨大な量の歪な魔力マナに晒されたことによって、失神して倒れてしまったり気持ちが悪くなって吐瀉物を吐き出してしまったりする人が続出。それは、魔力マナを感じるのが敏感な人に程酷い影響を与えたとか。


「私はあまり魔法を使うのが苦手で。魔力マナもそんなに感じられないんですよ。だから、あの光が出たときも空が明るいなあくらいにしか思わなくて。あ、いや。当然寝ぼけてたからですよ。今見たらきっと、大変なことが起こってるって思う筈です。」

「分かってますよ。こんな深夜ですし。寝ぼけている方が健全です。」

「そうですよね。被害にあった皆さんには申し訳ないですけど、今日ばかりは魔法が苦手な体質で良かったなと思います。」

「そのおかげで深夜にも関わらず、俺のような奴の為にお仕事に駆り出されてしまっているんですよね。寝ていたのに申し訳ない。」

「いえいえ。そこはお互いに助け合いですから。こうみえても、ギルドの経営は今カツカツなんですよ。殆どの人があの光にやられちゃってますし、ぶっちゃけそれ程機能はしていません。」

「そうなんですね。そういえば、今日このクエストの受注を承認してくれたお姉さんも居ませんね。エパとの喧嘩を仲裁する為とはいえ、ダンジョンクエストも教えて貰いましたし、恩はあるので少し心配です。彼女もあの光にやられたんですか?」

「ダンジョンクエストも受けていらしてたんですか?それなら、それも報告して貰えれば報酬の上乗せに出来ますよ?」

「いえ。色々あって、ダンジョンモンスターの素材は持って帰らなかったので無しでいいですよ。」

「そうなんですね。あ、ちょっと待ってくださいね。今、依頼受注の履歴から貴方の受付をしたギルド嬢の名前を探してみます。次のシフトを伝えておくので、よろしければその時にお礼でも言いに来てあげてください。きっと喜びますよ。」

「いいんですか?」

 全然大丈夫です。と行って、目の前のお姉さんは、リスト用紙をぺらぺらと捲った。だが、ある頁で手を止めると、お姉さんの顔色が少しずつ悪くなっていく。

「……。」

「あの、どうかしましたか?」

「いません。」

「へ?」

「あなたのクエストを受注した担当女性“ペルフィ”は、当ギルドには所属していません。」

「え?どういうことです?それって」

「すみません。多分、知らない人間がここで仕事をしていたとしか。」

「それって、問題なんじゃないですか?」

「当然ですよ。ギルド内の部外秘情報が漏れている可能性がありますから。でも安心してください、だからといって、あなたの受ける報酬が取り消しになる訳ではありません。依頼書自体は正規のものみたいですし。……。あの、よければ今回挑戦したダンジョンの名前を教えて頂けますか。」

「いいですよ。えっと確か、“ノネキストダンジョン”」

「っ。」

 ダンジョンの名前を聞いて、お姉さんは顔を青くした。

「すみません、リヴィスさん。その名前のダンジョンを、当ギルドは未だ公表しておりません。それにそこは、今夜見られた絶望の光柱のです。」

「は、はい?」

「該当ダンジョンは危険視されており、ギルドからの指名依頼と称して調査の為に送り出した冒険者達は悉く行方不明になっています。推奨ランクは、現時点でプラチナ級。あなた、一体そこで何をされていたんですか。」

「何って、ダンジョン探索ですよ。結果は、見ての通りですけど。」

 包帯巻きになった体を見せ、命からがら逃げて来たことを表現する。となれば、王都を照らした天にも昇る閃光とは赤い巨人の出した奴か。俺はどこまで話すのが正解なんだ。だとすれば、国の不安は俺が既に取り除いている。だが、それを素直に伝えてもいいものなのか。なんとなく、有耶無耶にしてしまった方が都合のいいような気がした。そうしろと、俺の勘が言っていた。

「そうか。王都を照らした光はアレだったのか。」

「あれって、その発生源に居て分からなかったんですか。」

「俺もお姉さんと同じですよ。といっても、俺の場合は全く魔法が使えない人間なので、もっと鈍感なんですよ。」

「そうですね。ギルド加入時の資料にもそのようにあります。全く魔法が使えないと。それで、よく生きて帰れましたね。」

「むしろ、それのおかげかもですね。俺はあの光柱の影響は受けないので。」

「……。なるほど。貴方程の特殊事例を私は知らないのでなんとも言えませんが、帰って来てるってことはそうかもしれませんね。」

 おお。通った。ならこれで通すか。もしドガバの魔人族がこの国に潜んでいるのなら、下手に喧嘩を売るような真似はしたくない。ダンジョン最下層に1人居たんだ。他の連中がどこかに潜んでいても可笑しくはない。


「すみません、詰めるようなことをして。貴方は被害者なのに。」

「いえ、いいんですよ。でもつまり、俺達はそのギルド職員ではないにあのダンジョンへと誘導されていたんですね。」

 だがなんの為にだ。ドガバの魔人族が俺に恨みでも晴らしに来たか?いや、違うな。狙いは明確。エパだ。彼女がジュンザの研究の最後のピースだった。

 でもそんなことがあり得るのか?俺達は今日初めてギルドでパーティを組んだ。ずっとここでパーティとして組んで働いていたのならまだ分かる。でもそうではないのだ。なのに、当該人物は俺達をここで待ち、あのギルドへと誘導した。そもそも、あの窓口を使わない可能性だってあった。偶然か?でもそれにしては……。いや、そこからじゃないのかもしれない。もっと前から誘導は始まっていたのか?だとすれば何処から……。


 途端、感じた視線に顔が振り向いた。嫌な予感が全身を駆け巡る。この気配を直ぐに追わなければ。そう思い慌ててサインをする為にペンを取るも、それは掌の中から滑り落ちた。

「――っ。」

 ペンが、握れない。手に力が入らない。今日の戦闘で無理をした付けが回って来ている。くそ。今になって来たか。手に力を込めても、震えるだけで上手く動かせない。全身から汗が噴き出す。不味い。これでは、を追い掛けることは出来ない。今ここで仕掛けられれば、俺は間違い無くここで終わる。

 だが、ここで逃したとして、次はいつ同じような機会が訪れるか。向こうからのこのことやってくるなんてことは……。俺は、どうすればいい。何が最善だ。


「あの、大丈夫ですか。」

 お姉さんに声を掛けられたことで、俺の思考は一度中断される。自分だけの思考世界から戻って来て。

「……。はっ。そう来たか。」

 気に掛けていた気配の動向に、思わず言葉を漏らした。そっちがその気なら、此方もどっしりと構えていくだけだ。俺は、一つ深呼吸をしてからペンを握った。それでも、ペンは手からこぼれ落ちる。

 途端、向けられた殺意に前進の鳥肌が立ち上がった。冷や汗が嫌に流れ出す。


「す、すみません。なんか、手を上手く握れなくて。」

「……。大丈夫ですよ。私が手伝って差し上げますね。」

 そういって受付嬢のお姉さんは優しく俺の手を包み込むようにして支えてくれる。

 彼女の手に支えられながら、俺はたどたどしくもサインを終えた。そして、向けられた殺意の真意に気づく。

「……くそ。そういうことかよ。」

「え?」

「あ、いえ。なんでもありません。気にしないでください。あの、ありがとうございます。馬車の依頼代はここから引いておいてください。」

「はい。わかりました。そちらの報酬は此方から依頼を受注した冒険者さんに手渡しておきますね。」

 そうしてお金を貰った俺は、一度呼吸を落ち着けてからゆっくりとギルドの出口へと足を向ける。感じ続ける殺意は、律儀にも

 一歩。踏み出す度に、心臓の音が大きく跳ね上がっていくような気がした。あの日から一時も忘れることがなかった相手。ある意味、ずっと会いたかった相手がこの先にいる。改めて手を握ってみる。やっぱり上手く力は入らない。それでも、こんな状態でも。俺は奴を前に逃げ帰るなんて選択も、安全な場所で匿って貰うという選択も選ぶことは出来なかった。


 混乱した夜の街。赤い巨人が放った魔法の柱のおかげで、今この街は混乱している。だからこそ、向こうも入り混みやすかったのかもしれない。


 路地裏。夜の闇がそこには静かに佇んでいる。夜の影に包まれた大きな建物が、魔物か何かに見えて来そうなほど恐ろしかった。安易にこの闇へと踏み込めば、命はないかもしれない。それでも俺は……。


 暗い夜道を進む。夜風が、悪魔の囁きのように耳元を吹き抜けていった。

 路地の先で、街灯がか弱く揺らめいている。その下に、は待っていた。


「よお。久しいな。六番隊隊長、リヴィス。」

 階段上から、とてつもないほどの威圧が襲い掛かる。気が少し蹴落とされてしまうのは、俺が今まともに戦える状態じゃないからだろうか。俺はヤツを相手に、軽くほくそ笑む。

「はっ。もう会いたくはなかったよ。魔将、クラファイス。」

 階段の上、街灯側。此方に影を下ろし、上から見下ろす形でその男は立っていた。

 周辺に人の気配などない。完全に俺達2人だけの空間。

 夜の王都の片隅で、殺意のぶつかり合いは起こっていた。


 相手は戦争時に戦った化け物。二番隊隊長カヤツ、そしてボアルさんを殺した例のドガバの魔人族だ。個人的な因縁のある相手。まさか、この国に来て会うことになるとは思ってもみなかった。

 まあそれも当然か。俺はここに、ヤツと争う為に来たのではなく、ただティラ騎士王立学園に通いに来ただけなのだから。


 鋭く視線がぶつかり合う。お互い、最後にやった戦いは消化不良に終わっていた。


「いいな。もう戦えない体の筈なのに、お前は相変わらずの強気だ。昔の俺なら、ここで油断していたんだろうな。ククク。」

 やはり、俺が今戦えないことはバレているか。それでも俺に対する殺気を止めないところを見るに、俺という人間をあいつはよく知っている。嫌な縁だ。やり難いったらありゃしない。俺のような魔法も使えないような格下が、戦場であれだけ戦えるのにはそれなりの理由がある。敵が勝手にこの魔力のない体を見て油断してくれるのも、その内の一手だ。


「納得がいったよ。最初から、全てお前の掌の中だったって訳か。」

 上から見下ろす相手に、下から睨め付けながら言葉を投げつける。ここまでのことは全部、こいつらの策略だった。どうやったかは分からないが、俺は上手く誘導されてしまったのだろう。

「あ゛?最初から?あー。そういうことね。ああ。そうだ。と言ったらお前はどうする?その剣でも抜くか?別に俺はそれでも構わないぜ。」

「……。」

 普段なら既に斬りかかっていた。だが、今の俺にはそれが出来なかった。手は剣柄にあるものの、それを抜くタイミングは今ではないだろう。真っ正面から斬りかかっても勝機は薄い。今は、剣を握れるかどうかすら怪しいのだ。対抗出ても一瞬、数秒程度の悪あがき。それをどのタイミングで使うかによって、この場の生存率は大きく変わるだろう。


「クックク。くはははははは!どうやら、流石のお前も今回ばかりは無理が効いているらしい。そんなに強かったか?ジュンザは。」

 何が面白いのか。けらけらと嗤うクラファイスを前に、俺は沈黙する。素直に強かったとコイツの前で認めるのはしゃくだ。そんなことをして俺に何の得がある。

「なんだ、答えてくれないのか?悲しいな。あーあ。今頃ドガバの国は大騒ぎなんだろうな。数百年間温めてきた研究がおじゃんになったんだ。それはそれは愉快な顔をして嘆いているんだろうな。」

 自分の故郷が困っているというのに、愉快そうに嗤う男を見て、俺は表情を歪めた。

「ドガバの国?それはお前の所属国じゃないのか?」

 その質問に、男は素っ頓狂な顔をした。

「あ゛?あー。まあ知らないよな。俺はクビになった。」

「は?」

「国外追放だよ。ちょいと、国民を殺し過ぎた。」

 男は嬉しそうに口角を上げる。理解は出来なかった。自国の民を殺しておいて、何がそんなに嬉しいのか。それを自慢そうに語れる心理すら俺には分からない。

「面白い男が居てな。今はそいつの下で自由に暴れているよ。まあ、お前のところの山賊と同じ様な感じだ。自由でいいよな。国に所属しないっていうのは。」

 まあ、その意見には同意出来る。自由に楽しく。何にも縛られない生活というのは楽しいものだ。その代わり、その分保証も何もないのだから、苦労することの方が多いがな。


「それでよぉ。ここには勧誘に来た。お前、ウチに来ないか?」

 少し声のトーンを落としながら、魔将と呼ばれた男は不敵に笑った。俺は一瞬、何を言われたのかが理解出来ずに固まってしまう。俺を仲間に誘って来たのか?こいつは。

「は?冗談だろ。お前と同じ組織だなんてごめんだね。考えただけでも虫唾むしずが走る。」

「……。まあ、そうだよな。俺も、お前のような好敵手を失いたくはなかった。」

 別にそういう意味ではないんだけどな。俺は今すぐにでもお前を殺したいよ。

 先程から、やけに俺に興味を示しているようで目の前の男のことを気持ち悪く感じて来ていた。復讐したい相手に好感を持たれていそうな感覚は、なんて気持ちの悪いものか。


「うん。交渉が決裂してしまってはしょうがないよな。目撃者は消せ。そういう命令だ。」

 クラファイスがニヤけながら剣柄へと手を伸ばす。俺は変わらず目を見張らせる。此方は既に剣柄に手を置いているのだ。あとは、一瞬の勝機を見逃さないようにするのみ。


「……。やめた。やっぱり運がいいな。お前。」

 だが、互いの剣が交わることは無かった。男は何かを察知すると、つまらなさそうに剣から手を離す。

「またな。六番隊。次に合う時こそは、お互い全力で殺し合おうぜ。」

 そういって、男は闇に紛れて姿を消す。俺はただそれを見守っていることしか出来なかった。実際は、男が何かを察知し、そちらに気を回した一瞬で決着を付ける気だった。剣から手を離し、気を抜いた途端に跳びかかろうとした。殺すイメージも完璧だった。


 でも。


 一度は壊れたボロボロの体は、今回ばかりはもう言うことを聞いてはくれなかった。


「……っ。」

 あいつがここを立ち去らなければ、俺は何も出来ずに殺されていただろう。

 悔しさに噛みしめた唇が、無様に甘噛まれる。


 剣を触るも握れぬ拳が、風に煽られ揺れていた。

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