第14話 決着の裏側/救出と死
「ティア、聞いて欲しいことがある。俺達が
地面から突然現われた怪物に喰われてダンジョン最下層に落された時、ドガバの魔人族さんと戦う前に彼は私に二つのお願い事をしていた。
一つは、落した愛剣を探すこと。
彼が、騎士の人達を抑える為に手放した愛剣。それが、最下層へと落ちる崩落と共に下へと落ちてきている筈だった。今の彼は自身の体に突き立てられた騎士の剣を武器として使用している。自分の体に刺さっているものを使っていて頭が少しおかしいんじゃないかと思った。それを抜いてまで戦える力は私にはない。彼のこの戦いにかける執念は異常だった。
「ピューディック。お前、俺の剣の形とか色とかは分かるか。」
「まかせておいて。こう見えても僕、見る専特化だからね。記憶力には自信があるんだ。」
「よし。ならそれを探してティアを誘導してやってくれ。」
「りょ~かい。」
「ティアもそれでいいな?」
「う、うん。」
「次に二つ目だ。俺の剣を見つけたら、影に隠れてろ。」
「リヴィス君、それは」
「まあ待て。そう結論を急ぐなピューディック。別にずっと隠れててあのドガバのクソ野郎は俺一人に
「そ、それは無理だよ。だって――――」
心配になっちゃうよ。そんな言葉は簡単に遮られる。
「じゃあもう、俺はお前との友達関係を止める。俺は赤の他人だ。ここで死ぬから、一人で帰ってくれ。足手まといだ。」
「ど、どうして?どうしてそんな酷いことを言うの?」
「酷くなんてない。それがお互いの為だ。俺はお前に死んで欲しくはない。手伝ってくれないのなら、そうなることが最善だ。」
「……。分かったよ。やる。やるから、そんなこと言わないで。」
涙が瞳に籠もった。私は悲しかった。
「そんなに泣きそうな顔をするなよ。手伝ってくれるなら、友達を止めるとも言わない。ここを皆で出て、またあの学校に通うんだ。といっても、まだ一日しか行ってないからそんなに思い入れはないけどな。」
だけど、だからこそまだ始まってもいない学校生活をあいつに邪魔されるのは腹が立つと彼は言った。入学して次の日にはクラスメイトが一人死んだ。なんて笑えない話だろ?と。それは確かにそうだと思った。私達の学校生活は、まだ始まったばかりなのだ。一人欠けるには早すぎる。
それに、私もエパリヴちゃんとは友達になりたかった。
「本当?本当に君を信じたら、皆であの学校に帰れるの?」
「ああ。多分、これしかない。逆に言えば、この作戦が成功しなければ、全員あそこには帰れなく。だからこそ、最後の選択の時だよ。ティア。今ならまだ、君だけ逃げることも出来る。」
「リヴィス君。私、言ったよね。私は、私に出来ることを精一杯やるって。」
「……。そうだったな。そんな話もしたな。だったら、俺はお前に命を預ける。この作戦はお前が頼りだ。だからティアは、ただ俺を信じて待っていてくれ。」
「うん。分かった。私、信じるよ。リヴィス君のこと。」
リヴィスが死にそうで怖くなっていた私の心は、この時にはもう落ち着いていた。落ち着かざるを得なかった。彼の真剣な眼差しを受けて、まだ怯えていることは出来なかった。リヴィス君には、私を落ち着かせてくれるだけの何かがあった。
「コホン。それじゃあ、次の説明をするぞ。手を叩いて合図をした後、どこかのタイミングできっと俺の持つ剣が折れる。そしたら、俺に拾った剣を渡してくれ。それを使って
「ちょっと待った。やっぱり不安だ。この作戦には穴が多すぎる。そもそも、剣を君に届けるだけで勝てるとは思えない。」
その疑問は、私も思ってはいたことだった。けれど、リヴィス君にはそれを上手く使える理由があると、そう信じるしかなかった。
「ピューディック。まあ、確かに今の説明だけじゃそう思うかもな。だが、これは作戦だと言ったろ?俺の中には、ちゃんと案がある。そうだな。出来れば、俺が剣を受け取る瞬間を敵に気取られたくはない。俺はともかく、ティアをギリギリまで隠し通すことは可能か?」
「それはまあ出来ると思うけど。そんな作戦で本当に勝てるのかい?」
「はっ。まあ、騙されたと思って付いて来てみろ。どの道、代案とかないだろ?」
「それはそうだけど、でもそれが意味のある策だとも思えない。」
不安そうなピューディック君の脇腹をリヴィス君が小突き、その耳元で何かを囁いた。
「……。あー。そういうことね。」
「そうでしかないだろ。察しろ。馬鹿。」
「悪いね。僕はあくまで観る側でね。
「分かってくれたならなんでもいいよ。ティアも、それでいいな。」
「う、うん。」
最後にリヴィス君がピューディック君に何を言ったのかは分からなかった。その内容も私にも教えて欲しかった。やっぱりどんなに考えても、私ではこの作戦が上手くいく結果は思いつかなかった。だって、私がやることは彼の剣を探して合図に合わせて渡すだけ。ただ剣を渡すだけのことが作戦?本当に?適当すぎない?とは思ったが、始めて出来た友達を失うのが嫌だったのと、彼を信じると言った手前聞きにくかった。私はただ頷いておくことしか出来ない。それは、私の弱さかもしれないと思った。私がこの疑問を口にしても、リヴィス君は多分否定しない。それは分かっているのに、結局聞けなかったんだから。
それから、私は彼から手を叩く合図が来るのを待った。彼の愛剣は早くに見つかったので、私は息を殺してひたすらに隠れてただその時を待った。彼が鎖に捕らわれて悲鳴を上げていても、赤い巨人に殺されてしまった時でさえも、ただじっと我慢して影に隠れ続けた。ずっと、その瞬間は来るとだけ信じ続けて。彼の愛剣を抱きしめて、戦いの行方を見守り続けることしか出来なかった。
いや、それは嘘だ。何度も飛び出していきそうになった。彼が心配で、何も出来ることなんてないのに、何度も助けに行こうとしてしまいそうになった。でもそれは、ピューディック君に止められた。
「苦しいのは分かるよ。ティア君。僕だって、ただ観ていることしか出来ない自分が歯がゆい。でも今は耐えるんだ。
彼は何度もそんなことを言っていた。私の隣に居たピューディック君の幻影も、私と同じように凄く悔しそうに冷や汗をながしながらリヴィス君の戦いを見守っていた。
リヴィス君が赤い巨人の破壊光線にやられた時には気が動転した。それでも。
「待って。彼はまだ生きている。向こうで僕の分身が作戦続行の可否を聞いているところだから、ティア君はまだここに隠れていよう。大丈夫、君の出番はきっと来る。僕達が
彼は、駄目だじゃなくて嫌だと言った。そこにはいったいどんな意味があったのだろうか。
酷く焦燥し、何とか私を宥めようとしてくれているピューディック君の顔は歪んでいた。向こうで何が起こっているのかは分からなかったが、リヴィス君が今相当危険な状態にあることだけは察していた。もしかしたら、もう返って来ないかもとも。
それでも私は彼を信じて、その愛剣を抱きしめた。そこに生きてて欲しいと願うことしか出来なかった。
「――――分かってるよ。ピューディック君。私、ちゃんと待ってるから。この剣をリヴィス君に渡してこの戦いに勝つ。そしたら、エパリヴさんも合わせて4人で一緒にご飯でも食べに行こうね。」
「……。そうだね。その為にも、僕らは――――」
パチン。
ピューディック君がそこまで言いかけたところで、合図は鳴った。ピューディック君が彼らを隠していた影から出て来たリヴィス君が、その手を叩いたのだ。
「な!正気か!リヴィス君!」
私は待ちに待った合図に全神経を尖らせたが、対してピューディック君は困惑していた。
「――――って。君はティア君を巻き込まない為に。いや。そんなことを言っている場合でもなくなったのか。本当にこの作戦を使う時が来た。君は、そう考えたんだね。リヴィス君。」
隣でピューディック君がぶつぶつと何かを言っていたが、私はそれを聞いていなかった。次の合図は、彼の刃が壊れた時だ。それがいつ来るのかを真剣に考えながら、目の前で今すぐにでも起こり得ないことだと思って警戒する。
「考えろ。考えろ。ピューディック。リヴィス君は今、一体何を考えている。彼をサポートする為に、僕に出来ることはなんだ。彼は何をしようとしている。考えろ。考えて、予測しろ。」
その中で、もし彼の刃が壊れるのなら、それはあの赤い巨人を斬った時だと思った。だから、あの巨体を中空でリヴィス君が乱切りにした時に飛び出そうとしたのだが。
「待って。ティア君。多分まだだ。今じゃ無い。彼がこの作戦を使うのなら、それはきっと……。」
そういってピューディック君に止められた。彼は凄く集中して気づいていなかったみたいだが、彼の手は確かに私の腕を掴んで引き止めていた。幻影でしかない存在に触れられていることを一瞬疑問に思ったが、次の瞬間には忘れることにした。そんなことに疑問を抱いている場合ではなかったのだ。
「ねぇ。ティア君。君さえ良ければ、次のタイミングは僕に預けてくれないか。多分、その未来に今の彼が来るから。」
「わ、分かった。次の合図はピューディック君に任せるよ。」
「ありがとう。恩に着るよ。」
ピューディック君の顔は凄く集中していて、私では見えないような未来を観ているようだった。その真剣な顔を、私は信じてみてもいいのかもと思った。二人は今、私では考えつかないところで行動を合わせようとしている。この戦いに勝つ為の過程を必死に模索している。
そして。リヴィス君が何かを聞いて頷いたタイミングでピューディック君の声は掛かった。
「今だ!あの赤い巨人近くに向かって走って!ティア君!」
「うん!」
私はその声に合わせて全力で走り出す。ギリギリまで隠してくれるというのは本当のようで、走る私の周りをピューディック君の影が付いて来ていた。認識阻害による魔法でなんとか隠しきるようだ。しかし――――。
リヴィス君の体が空高くに打ち上げられる。私はそれを見上げて困惑した。
「どうしよう。空で渡すなんて、出来ないよ。」
「ちょっと無理をする。僕に任せて!ちょっと強引だけど、死ぬ気で介入してみる。」
そうして、私の前に一本の道が出来る。ピューディック君が生み出す。影の道が。
「ぐっ。うっ。があっ!僕を信じてその上を走って!早く!」
「でも、大丈夫なの。ピューディック君。」
「これくらい平気さ。
「わ、分かった!」
「ごめん、声を届けるのも難しそうだ。僕はこの道の維持に専念するよ。だから二人とも、後は頼んだよ。」
そんな声に背中を押されて、私は全力でその道を走り抜けた。私がリヴィス君の元に辿り付く頃には、もう私を包んだ影は消滅仕掛けていて、彼の元に辿り付くと共に影の道も含めて全ては消滅した。
そして、私は彼の元へと辿り付く。ぼろぼろになって、今にでも死にそうな彼。
「リヴィス君。」
思わず声が漏れた。それでも、今まで私を隠してくれていたピューディック君の努力を否定したくないと、小さな声が漏れ出ただけ。これなら、ドガバの魔人族さんも私には気づかないだろう。私は、目的を達成する為に必死になってリヴィス君に剣を差し出す。
「届けに来たよ。」
「―――――。」
私から剣を受け取った彼に、“ありがとう”と言われたような気がした。だが、実際にそう言われた訳ではない。彼は微かな力で、振り絞るような力で少しだけ唇を動かしただけ。そして、少しだけ綻んだ優しい顔をした。彼は大事そうに私から剣を受け取り、握り絞める。
そして、彼は直ぐに剣を抜いた。目に見えないような速度で私の前から姿を消した。気づけばかれはドガバの魔人族さんの背後に立っていて。血だらけながらにがっしりと堂々としていた。その男らしい背中を見て、私は涙が浮かぶ。
私達の思いよ。届け。
「荒蕪独錬流 1剣 凱旋独処。」
そうして、私達はこの戦いに勝利した。
*** *** ***
背後で敵が倒れる音がした。俺は、無事に奴を斬れたのだ。
ゼェゼェと吐き出る息が止まらない。俺はもう一歩も動けそうになかった。
奴を斬るコツを掴んだと思ったのは、赤い龍の体内に取り込まれそうになった時だった。俺はそこで、剥き出しになった肉塊を通して奴の体内に流れる
ただ“斬る”と思っただけ。だから実際のところ、あの感覚を使っていたかどうかは自分でもよく分からなかった。端的に言えば、斬れると思ったら斬れたという現状だ。
この辺の事情は後でしっかり詰めておくべきだろう。でもまあ、それは今じゃなくてもいいか。あの学校に帰ったら、ゆっくりやろう。
今はただ、この勝利に。
勝てた。という事実を認識した途端、俺の体は前に傾いた。地面に向かってゆっくり落ちようとする。気が抜けた。安心したのだ。俺の役目は、もう終わ――――
体が完全に倒れてしまう前に、俺の足は一歩踏み出していた。
――――っめだ。まだ、終わってない。
最後の仕事が、まだ残っている。
体をゆっくりと起こす。目の前には、大きな結晶。中では、
俺は、あいつを助ける為にここまで来たんだ。それを果たさずして、まだ休むことは出来ない。重い体を動かす。もう機敏に動くことは出来ない。割れた視界の中で、ぼやける視界の中で。しっかりと、彼女を見据えて歩みを進める。
ゆっくり、ゆっくりと。足を引きずりながら、おぼつかない足取りでエパの
意識は薄く、自分の足同士が絡まりあって転びそうになった。
「大丈夫?リヴィス君。」
そんな俺を、ティアが支えてくれた。俺の腕を彼女の首に回して、支えてくれながら一緒に歩く。
「悪いな。ティア。」
「大丈夫だよ。これくらい。これからは、私ももっと頼って貰えるように頑張るから。だから、今日以上に頼ってね。」
「ひひひ。そうだな。その時は頼む。」
「うん。」
そんなことを言いながら、俺達は一歩。また一歩と歩を進める。
そしてエパが入った結晶の目の前にまで来た時、俺は最後の力を振り絞ってこの剣を振った。
結晶が割れる。中から出て来たエパが俺の胸へと落ちてくる。それをしっかりと受け止め、自分が守った命を大切に抱きしめた。エパは目を瞑ったままぐったりと眠っている。
「よかった。」
俺は、やっと。誰かを守り切ることが出来たのだ。自分が守った命がこの腕の中で安らかに脈打っている。俺は彼女の前髪を少しかき分けて、安らかに眠るその顔を見た。
これが、俺が守れたもの。
そんな自覚と満足感を得た後に、彼女の体をティアへと渡した。
「え、あ。リヴィス、君?」
「すまんな。ティア。後は、頼んだ。」
最後くらい、笑顔を作ろうと思った。しかし、俺にはもうそんな力でさえ残されてはいなかった。エパをティアに渡して、本当に役目を全うしたこの体は、まるで吸い寄せられるかのように地面へと倒れる。倒れた痛みはなかった。なんなら、地に着いたことすら認識出来無かった。赤い血が、自分の血が広がっていくのをなんとなく感じる。
そして。俺の意識は、いつまでも辿り付くことのない暗闇のなかに船が沈没していくように沈み始めた。船体の壊れたものは、もう浮上してくることもない。
「そんな!駄目だよ!約束し――――」
そんな声が聞こえたが、もう俺は体のどの部分でさえ動かすことは出来なかった。この眠気を抑えることは出来ず、そのまま。
消えゆく意識の中で、俺が最後に見たのは、酷く美しい真っ白な翼だった。
それが昔見た殺戮天使の羽と凄く似ていて。あの消された島で死にかけている俺が見たものでもあったことを思い出す。
なんて人生だ。最後くらい、いい景色を見せてくれよ。
そう思いながら、俺の意識は奈落の底へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます