第13話(後) 決着

 空に体を投げ出されながら、リヴィスは目標を見ながら強く剣の柄を握りしめた。全てをそこに預けるのだ。今の自分なら、力が抜けて思わず落とし兼ねない。血で濡れて滑りやすくなっているのもある。せめて、この最後の一戦だけは持っていられるように。両手で、しっかりと握り締めておく。

 約100万の軍勢を倒した後で、彼は疲弊仕切っている。それでも、目の前の敵を見て後二体と笑うのであった。

 対して、ジュンザは練り上げた魔力マナを一気に爆発させた。術式から発動された無数の光の帯は、まるで怒り狂う蛇の様に空中を爆速で荒々しく蛇行していく。それらが目指す場所は、当然リヴィス。だが、その軌道を見るに、強すぎる魔法に制御が出来ていないらしく、洞窟の壁を破壊しながら進行している。

 全力の魔法をさも当然かのように斬り抜きながら落下する山賊に、ジュンザはこれでも駄目かと舌打ちを打った。ただし、その魔法は確実に彼の剣を消耗させていた。刃こぼれは次第に酷くなっていっていく。これまでのどの魔法よりも、捌くのに剣の負担が重い。みるに、刃の方が先に根を上げてしまいそうだった。

 リヴィス側にしては、最後まで保ってくれるように祈るしかないような場面。しかして、彼の頭に“心配”なんて考える余裕は無かった。

 崩落する瓦礫に飛び乗り、少しでも早く敵位置に到達出来るように滑走かっそうする。崩落した巨岩に一本の通り道はない。目的地そこに辿り付く為には、飛び移りながら移動するしかなかった。

 一歩。踏み出す度に体の何処かが割れて砕ける痛みがしていた。上げた足が地に着く度に、硝子細工で出来た体が壊れていくような。そんな感じ。

 空気抵抗として受ける風ですら痛い。走っていれば打つかる崩落している小石。それに当たるだけでも、体を貫通させられたような激痛が走っていた。


 視界は常に点滅している。まともになど見えない。

 パキリ。

 瞳ですら割れてしまったのか、暗転から抜けた視界情報は歪んでいる。黒いひび割れが見えている。自分がまともじゃないことは理解していた。頭も痛い。一挙種一挙同に硝子が割れていくような幻聴が聞こえる。体の感覚はほぼ無かった。体を動かしているというよりも、勝手に動いているに相違ない状態。

 頭の中にあるのは、ただ“斬る”の二文字のみ。極限なまでの集中力が、彼の衝動と共にその体を突き動かしていた。誰を何処で何の為に。そういった思考ですら弊害になってしまうほど。彼は、ただそこに起きるであろう最後の一撃だけに全意識を裂いていた。

 なので、例え剣が折れたとしても、その体は最後まで刃の無い剣柄を振り回し続けることだろう。体が痛いという感覚ですら感じなくなっている。たとえ、体が八つ裂きにされようが、死を宣告する大きな風穴があけられようが。これから起きる全てのことは、彼に関与しない関係の無いこと。そう潜在的に思い込み、己を信じてただ盲目に、目的を果たす為だけに戦場を駆け巡る。


 ガチャン。

 鉄が砕ける音。役目を終えた音を聞いた時、リヴィスの頭に“斬る”以外の情報が再び流れ込んだ。自分が何を成し遂げたのかなど理解していない。ただ、目の前の巨人が真っ二つに割けた光景を前にして、溜まらずに大声で叫ぶ。


「やれぇ!アサル!」

「おらああああああああああああああ!」

 男は既に飛び出していた。リヴィスが作戦を成功させる前に、彼なら成し遂げるであろうと。彼が巨人を斬るタイミングピッタリにジュンザに接近出来るように走り出していた。

 そして、リヴィスカレは作戦を成功させた。ジュンザが此方に気づかないようなタイミングで奴の懐へと入る。生命まで魔力マナに変換した彼にはとてつも無い程の力が宿されていた。彼が体に纏った魔力マナがまるでオーラのように見え、金色に強く輝く。


 取った!

 誰もがそう思った。伏兵の存在に驚いたジュンザでさえ、やられたという顔をしていた。

 だが、副隊長のがジュンザの顔を空振りしたその瞬間に、奴の顔には満面の笑みが宿っていた。その顔に、から飛び出た血が掛かる。


「あ?」

 掠れた声で、アサルが帯刀している鞘を見た。


 剣は、抜かれてなどいなかった。


 剣柄に、しっかりとそれを握った自分の拳がある。だが、それには手首から先がない。行き場を失った魔力マナがその場で無惨にも霧散した。

 彼は、しくじったのだ。


 瞬間、無数の光線によって彼の体が切り裂かれる。いつの間にか彼の上下に出来ていた二つの大きな魔方陣。上から下へと真っ直ぐに伸びた光線達によって、アサルの体は無惨にも粉々にされた。赤い水飛沫があがる。胴体を失った顔が、驚愕し、絶望をした表情を宿したままごとりと地面へと落下する。


 彼は、頭と足首より先を残して、この戦いに敗北した。


「ふふふ。ははは。あははははははは!」

 途端、勝ち誇ったようにジュンザが笑う。彼には、。リヴィス達の作戦が全て。

 あの山賊は、放っておいても死力を尽くしてあの怪物を斬る。そして、本命はアサルこいつ。俺の命に手を届くのは、こいつだけ。山賊には、俺の命を脅かす程の決定打はない。


 もしそれが嘘ならばと少し怯えたが、それはない。奴は武器を失った。彼の刃は完全に砕け散った。であれば、もう彼には決定打どころか攻撃する手段すらもない。ただの拳ではどうにも出来ない。


 勝った。俺の勝ちだ!愉快。実に愉快!!


 そうして、ジュンザは満足しながら山賊に目を向けた。希望が潰え、絶望しているであろうその顔に、心の底から笑みが零れた。汚い笑い声が漏れ出るほどに。


 しかし、そこに山賊はいなかった。


 変わりに、白い髪の女が一人。涙を必死に堪えながら此方を見ていた。


 誰だ?こいつは。

 呆気に取られた。知らない女がそこにいたからだ。いや、違う。そんなことよりも。


 山賊は?ブェルザレンの山賊六番隊隊長、リヴィスは何処にいる!?


 感知魔法を使おうとした。でも出来なかった。俺の魔力はもう枯渇してしまっている。赤い巨人も、もうぴくりとも動かせない。

 それでも。なんとなく、奴の居場所が分かった。


 後ろだ。あの男は、俺の後ろに立っている。

 振り返るのが怖かった。それでも、振り替えざるを得なかった。事実を目にしたくて、気になって。


 男は、確かに後ろに立っていた。

 俺に背を向けて。背筋を伸ばして。立っている。大量に血を流しながらも、腰を低く落し、土台とすることでなんとか立っている。

 そして、


荒蕪独錬流こぶどれんりゅう


 馬鹿な。その剣は一体何処から。そもそも、奴は剣鞘なんて帯刀していなかった。

 何処だ。何処でその剣を手に入れた!!!!!


「1剣」


 気づく。女だ。あの白い髪の女が、リヴィスに剣を渡した。

 それじゃあ。あの騎士アサルは、ブラフか。

 奴がトドメだと思わせて、六番隊にはもう武器がないと信じ込ませ――


凱旋独処がいせんどくしょ。」


 瞬間。ジュンザの視界は斬られた剣筋に添って歪み、そして。


 この戦いに、リヴィスは勝利した。

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