第13話(前) 決着間近

「――――い。―――きろ。――い!起きろ!六番隊!!」

 耳を割るような煩い声に耳元で叫ばれて目が覚める。だが思ったより体は重くて、瞼が上がらない。何かの錘を目蓋に括り付けられているようだ。手と足の感覚を感じない。失ってはいないだろうが、力を通すことが出来ない。体を起こせない。声を上げようとも、肺から絞り出した空気はただ口穴を通り過ぎていくだけ。どうやら、この体は本当に限界を迎えてしまっているようだ。ああ。こうなったらあと三日は動けないだろうなぁ。

 俺は、戦闘の最中で自らの限界を超え続けながら戦うことが出来る。どんな傷を負っても、致命傷を受けても。多分、俺の意志が挫かれない限りは動き続けることが可能だろう。だがそれは、絶対に倒れないことを前提として成り立っているものだ。一度でも地面へと背中を預けてしまえば、蓄積された疲れが一気に襲いかかる。人一人が本来は抱えることのない疲れが、濁流のように。


 だが、今こそそのデメリットでさえ乗り越えるべきだ。

 目が開けられないことをいいことに、瞼の裏であの竜人の面影を思い出す。

 夢の中で会ったアイツに向かって、俺は誓った。オヤジの名の下にだ。なら、立ち上がらざるを得ないだろう。やるしかない。

 気合いで目を開け、薄暗い洞窟の空間を見る。黒いもやが掛かっており、どうやら俺達はピューディックの魔法によって隠されているようだった。

「良かった。リヴィス君。蘇生は成功したんだね。」

「――せ。」

「山賊。まだ戦えるか。俺に案が」

「帽子を渡せ、アサル。」

「帽子?ああ。これか。ほらよ。」

 ティラ騎士の副隊長さんが俺の愛帽であるテンガロンハットを胸に向けて投げ置く。俺は自分の胸に乗ったそれを、身体中の血管を浮き上がらせながら自力で掴み取る。そしてそれを自らの頭に被せた。

 全力を使って寝返りをする。震える腕で地面に腕を突き立て、立ち上がるために体を動かす。息はあがり、全身から汗が噴き出しては地面へと落ちていく。何度も力が抜けて地面に頭を打ち付けてしまいながらも、俺はなんとか起き上がる為に努力する。

「おい。大丈夫か?お前。」

「問題ねぇよ。それより、これからどうする。目の前の怪物、倒すんだろ。」

 なんとか立ち上がるが、ふらつきは抑えられない。なんとか背筋を伸ばそうとはするが、真っ直ぐには立てなかった。重心を崩して倒れてしまいそうになる。地面に拳を付いて、三本の足で何とか体を支える。それでもしんどかった。

 今地面に倒れてしまうと流石にもう再起は出来ないだろう。


「ごめん。リヴィス君。そんな状態の君を、本来なら僕は宥めて体を休ませるべきなんだろうね。でも、状況が変わった。これはもう、僕達Gクラスだけの問題じゃ無くなってしまっている。赤い巨人コイツは不味い。絶対に外に出しちゃいけない類いのものだ。少なくとも、上の戦力が揃うまでは何とかここで押しとどめないと。君や、エパリヴ君だけの犠牲に留まらなくなってしまう。きっと、大勢の人間が死ぬ事になる。そんなBADエンド、僕はごめんだね。」

「その意見には同感だ、夢魔。俺達の敗北は、きっとそのまま人類の敗北に繋がる。ティラティ王国は当然のように蹂躙されて滅びるだろうな。そしたら……。それだけは、絶対に阻止しなければならない。」

「ひひひ。いいじゃねぇか。国の為に命を捧げる。騎士の誉れってやつか。」

「そんなんじゃねぇよ。ただ、父親として。だ。」

 国に残した家族の為。きっとアサルはそう言いたいんだろうな。こいつにとっても、もう部下の復讐とか言っている場合でもなくなっているのか。いやそれも含んでいながら、まだ生きている生者達に向けても思いを寄せているのか。

 父親、か。俺がもし死んだら、オヤジは悲しんでくれるかな。それはきっと、ここで逃げ帰るよりか幾分かましな最後なんだろうな。


「俺に策がある。山賊。」

「策?」

「あの巨人は、恐らく元凶の魔人族を殺せばその機能が停止する。あれを動かす為の莫大な魔力マナを、あいつが送り込んでいるからだ。」

 言われて、俺はジュンザを見た。黒い霧の先で、奴は合掌をして目を瞑り集中している。体の周りを淡い光の球体が囲んでおり、そこから出た管のような形をした魔力マナがそのまま巨人の心臓部へと繋がっていた。

「たしかに。アレを倒せばなんとかなりそうだな。」

「だが、その為にはあの赤い巨人が邪魔だ。あれを倒さない限りは奴に届かない。知能は無さそうだが、あれで弱点のカバーはちゃんとしてくる厄介な敵だ。」

「奴に届いたところで意味はないだろ。何せ、俺達には奴を倒す為の決定打がない。」

「……。ある。」

「は?なんだ、あるのかよ。だったら、最初にやっておけよ。」

「それは無理だ。その攻撃は、代償として俺自身の命を使う。」

「……。捨て身、か。いいのか、そんなことをして。お前の帰りを待つ家族がいるんだろ。」

「それはお前も同じだろ。山賊。それに、お前は始めから己の命など捨てる気で戦っていた。まあつまり、俺も四の五の言っている場合じゃなくなったんだよ。俺の命一つで大勢が救えるのならそれでいい。なんでかな。今の俺はそう思えるんだ。」

「ひひひ。そうか。だったら、俺はお前の道を作ればいいんだな。」

「悪いな。山賊、頼めるか。」

「勿論だ。丁度俺も、あの巨人をぶった斬りたかったところだしな。」

「こっちの準備が出来たらピューディックを通してお前に知らせる。それまでは何とか拮抗して奴を押しとどめておいてくれ。」

「おう。」

「チャンスは一度。これを外したら、もう勝ち目はない。……。最後に、命を預ける同士の名前を聞いてもいいか。山賊。」

「はっ。今更自己紹介かよ。でもいいぜ。勿論だ。俺の名前はリヴィス。ブェルザレンの山賊、六番隊隊長のリヴィスだ。」

「良い名前だな。リヴィス。では、俺達の最後の戦いを始めよう。」

「しくじるなよ。アサル。」

「そっちこそ。こっちの準備が終わる前にくたばるんじゃねぇぞ。」


***   ***   ***


 おぼつかない足取りで影から出る。思ったより視野が狭い。先程までは強がって見せていたが、実はあまり見えていない。それでも力拳を握って力を体の中に通す。一瞬でも気を抜けば、その瞬間に倒れてしまいそうだった。


 まだ何とか持ってくれよ。俺の体。


 そして、俺は影から少し離れたところまで辿り付くと

「やい怪物!こっちを見ろオオ!」

 ぐりんと巨人の顔が此方に振り向いた。あの図体の癖してよくあの早さで動くものだな。奴の目が光った突端、俺を中心とした周囲一帯が吹き飛んだ。その莫大な魔力マナの塊を切り裂いて俺が飛び出したところで、最後の戦いは始まった。


 口からの砲撃で天井をぶち抜いた巨人は、そこからよじ登って外へと出ようとしていた。その巨体が、俺を殺す為だけにわざわざ高台から降って来る。赤い龍の群れも一緒だ。巨人より速い速度で迫って来た赤龍の体を、伸びて来た腕達ごと斬って登る。俺は下から付き上がる勢いで、巨人との空中戦に入る。こちらの体力もない。出来れば、この一撃で全てを終わらせるつもりでいく。

荒蕪独錬こぶどれん流。一剣。讐技しゅうぎ。」

 俺は、記憶で見た過去の光景を頭の中に刻んだまま、目の前の害虫を睨み付ける。

復讐蓮撃憎悪の嵐テメェらいつか絶対ぶっ殺してやるって言ったよな。」

 奴の足に入った刃は、そのまま巨人の全身を切り刻んだ。そして、そのぶっとい首を斬り飛ばす。全身と切断された首の断面から大量の血を吹き出しながら巨人が空を舞う。それを見て怒りに狂った数十体の赤龍の大群を殺して回りながら、俺はあの巨人が地面へとだらしなく落ちる巨人の姿を見届けてやった。

 思った通りだ。この巨人は、過去のそれよりも相当柔らかい。筋肉が本来のそれとして正常に機能していないただの肉塊が寄せ集まっただけの存在は、もしかすれば豆腐よりも簡単に斬れた。


「な!馬鹿、な。」

 その光景を見て、ジュンザが驚愕する。まさか、こうもあっさりと負けるとは思ってはいなかったのだろう。俺は、赤龍の血飛沫舞うこの空で、仕事は終わったとばかりに安堵した。


「おい。思ったより早く仕事は終わったぞ。アサ」

 言い終わり欠けて、背後の憎悪に戦慄した。気が付けば俺は地面に叩き落されていて。見上げた空には、羽の生えた人間達6体が輪を描きながら空を飛んでいた。

「なんだ。あれは。翼人族?」

 いや、違う。体が真っ赤だ。それに、よく見てみると、顔には大きな口しか無い。目や鼻はあの巨人と同じ様に顔とは違う別の部位の上に大量に浮き上がっていた。本来そこにはない筈の位置から睨まれる。

 俺は全てを察した。これが、あの日の再現だというのなら、目の前にいるコイツらはきっと。


「天使の再現、か。」

 空を多い尽くした悪魔のような存在達。だが、あの時は今よりももっと大勢居たし、愉快にラッパも吹いていた。

 べちゃり。落ちて来た赤龍の体表に、まだ成りかけで死んだ天使もどきの死体達がひっ付いていた。どうやら、たまたまあれ以上の数が生まれる前に殺して生産を阻止すことが出来ていたらしい。

 と、そんな考察をしていれば、落ちた死体そのものから未だ動く赤い手が生えて出た。俺はそれに驚き警戒する。だが、それに攻撃の意思はなく、地面を這いずりながらどこかへと移動を始めた。剣を構えたまま俺がその移動方向を目で追う。


 その先には、先程斬り飛ばした筈の大きな巨人の顔があった。唇の端を釣り上げながら目を大きく見開いて俺を見つめている。いや、正確に言えば目ん玉はない。目と思われる部分にあるのはただの空洞だ。それでも、見られているということは分かった。ゾッとした。いつの間にか髪が生えている。目の前の顔は、より人間族の女性の姿に近づいている。誰かの顔を模したものだろうか。何故だか、俺はこの顔を知っている気がした。だが思い出せない。

 悪寒が全身を駆け巡った。違う。これは、あの時の巨人なんかじゃない。よく似ているが違うものだ。これはもっと、別のナニかで。

 だが、辿る結末は変わらないだろう。これを生かしたところで、世界は滅ぶ。

 ならば結局俺は、コイツを殺さなければならない。だが、どうやって―――。

 アサルの言う通りにジュンザを倒したとして、コイツらは止まるのだろうか。いや、多分そうじゃないような気がする。勘でしかないが、コイツらはもう自立して。

 強く剣を握り絞める。


 駄目だ。考えても仕方がない。結局俺には、斬るこれしかない。


 再生をしていた。切り裂かれた部位が動き出し、再びあの巨人を形成するナニかになろうとしている。ムクムクと切断面が蠢き、あの巨体が再び稼働しようとする。

 殺さないと。首を落すなんてに通用するやり方じゃなく。再生が出来ないくらい細切れにして、そして――――。

 剣を握った。しかし、俺が殺しに行くのは阻害される。羽を持った、あの空を飛ぶ赤い天使モドキ達だ。奴らは地上に降りてくると、どこからか出した真っ赤な槍を持って俺に襲い掛かって来たのだ。だが。

「弱い。この程度じゃ、今の俺は止められないぞ。」

 弱かった。奴らの動きは素人のそれで、俺に簡単に斬り飛ばされてしまった。奴らの体がいろんな形で真っ二つになった。こいつらを殺した俺はそのままあの修繕中の巨体へと駆け出す。しかし。


「っ!」

 足を掴まれ、地面に転びそうになった。直ぐに掴んだ腕を切り落として前転をしながら体制を立て直す。左半身だけとなった翼人モドキが呻きを上げながらゆらゆらと立ち上がり、そして。

 ぐちゅぐちゅと生々しい音を立てながら体を接着させた。


 再生型?なら、あの巨人にやろうとしているのと同じ様に細切れにするべきか。再び邪魔をされても面倒だと思い一歩踏み出したところで、突如向けられた背後からの殺気に咄嗟反応した。剣に何かが打つかって激しく音が振動する。投げつけられたのは赤い槍。奴らが持っていたそれで。

「まさか、7体目。」

 槍が飛んで来た方を見れば、槍を投げは放ったポーズでいる翼人族もどきの姿があった。奴は再生する巨人の体表に下半身がまだ生まれきっていない状態で突出して出て来ていた。

 ポコポコと音を鳴らしながら、奴の体から大量の翼人族モドキが量産されていく。数は、4、100、2378、136284、ああ、もう数えるのが面倒になってきた。ざっと見ても10万以上の軍勢。逃げ帰るべきだ。こんな量、例え個々体の能力が劣っていたとしても人一人が捌ききれるような量ではない。強力な魔法が使えれば或いはなんとかなるかもしれない。例えば、ジュンザが俺に使ったような本物のギガントファイアが使えれば余裕だったのかもしれない。だが、生憎と俺は魔法を使えない。

 だからこそ、普通はこういう場面では絶望する筈だ。個人の力などたいしたものではないとでも言うかのような圧倒的な数による暴力。広いはずの最下層をごった返しながら近づいてくる人間サイズの赤い化け物達。何体かは空を飛び、顔一杯に付いた大きな口が、俺を喰いたそうにカチカチと歯を鳴らしている。

「はは。いなごの群れかよ。まったく。」

 体は、一度は死んでしまっているくらいボロボロだ。この出血量で何故まだ立っているのか、自分でもよく分かっていない。足取りも悪い。ふらつく体でこの軍勢を相手にするのは骨が折れるだろうな。地面に向けた剣先、そこに腕から伝達した自らの血がポツポツと地面に流れ落ちている。負けはほぼ確定したと言ってもいい。断言する。この状況を巻き返す確率は1%もないだろう。

「あー。しんど。」

 なのに、どうしてかな。この光景を前にして、俺の口角は上がっていた。


***   ***   ***


 あれは、ツタンツカ獣国を起点にダビジュ大陸を侵略しようとしていた時のことだ。ドガバ魔人族軍“魔将クラファイス”がこのダンジョンに立ち寄り、古の酒を豪快に嗜んでいた。

「なあ、ジュンザ。お前、ブェルザレンの山賊とはもうやったのか?ひっク。」

「山賊?ああ。最近お前らの計画を邪魔しているっていう。」

「ああ。それだ。」

「たかが凡人族の賊相手に随分と手こずっているみたいだな。作戦前、凡人族は相手にならねぇとかほざいてやがったのに。だから先ず、獣人族の国から攻めたんだろ。」

「ああ。上はそんなこと言ってたっけな。まあいいじゃねぇか。そういうこともあるさ。それよりもよぉ。あのブェルザレンって男がヤベぇ。山賊の長だが、あの怪物隊長達を纏め上げているだけのことはある。別格だ。あれはうちの魔王様にも充分匹敵するぜ。いや、もしかしたらそれ以上になるのかもな。がはは。あれが自由気ままな山賊で良かった。出会ってもまず戦わねぇことをお勧めするよ。こんなことは言いたくはねぇが、今の俺でも勝てない。久し振りに会ったよ、会った途端に逃げ出したくなるような相手。」

 やつはその山賊とやらに思いを乗せて、酒をぐいっと一気に飲み干した。片付けが大変なので、空ビンをそこら辺に投げつけて割るのは止めて欲しい。そして新しい酒の栓が開けられる。

「うち1番の戦力が、そんな弱気でいいのか。」

「俺が見栄を張っても意味ねぇくらいの化け物なんだよ。あれは。でも知略はねぇ、うちの軍がまだ動けているのは、あっちが後手後手に回ってくれているおかげだ。」

 話半分で試験管に薬を混ぜ合わせながら、私は適当に奴と話しを会わせていた。特段仲が良かったわけではない。私の中でそれはただの暇つぶしでしかなかった。数百年以上掛けて研究し続けているものが成功するまでのただの余談。特段、記憶に残るような会話でもなかった筈だ。でも、それを今こうして思い出しているのは。


「隊長達の方はどうだ。そっちも手練れが多いんだろ。」

「ああ。あっちはまちまちだな。全部で21人いるが、全員が強い訳じゃない。あ、でも一人。面白ぇ奴がいたな。」

「面白ぇ奴?」

「ああ。そいつは魔法が使えないんだ。」

「へぇ。今の時代じゃ珍しくあるな。魔法が使えない?希少な雑魚じゃないか。」

「それがよぉ。執念深い奴で、敵と定めた奴を倒すまでは絶対に倒れないんだぜ。ククク。一体どういう理屈で動いているんだろうな。あの人間は。」

「へぇ。そいつは相当タフな奴がいたもんだな。」

「タフなんて言葉で収まるような人間じゃねぇよ。あれは。お前もびびるかもな。アイツに睨まれれば。」

「ははは。冗談はよせよ。魔法も使えない雑魚相手にびびる訳がないだろ。ん?今“も”と言ったか。お前はビビったのか?」

「ああ。ビビったね。雑魚だと思ってた相手に歯ごたえがあれば嬉しくもなるさ。思わず本気でやりあっちまった。」

「本気で?お前のような奴が本気を出したなら、もうソイツは死んでいるんじゃないのか。」

「ククク。それが運の良いヤツでよ。殺してやる前に逃げられちまった。一人なら追い掛けたが、今回は作戦があるからな。迂闊に持ち場から離れられなかった。」

 結局、弱いのかそこそこはやるのか、よく分からない奴だな。例の人間は。

 この男が気に入るような奴だ。きっと不思議な野郎には違い無いんだろうな。まあ、私には関係のないことだ。

 そんな私を目の横に、酒をぐびぐびと喉奥に流しながら、クラファイスは恍惚とした顔で天井を見上げた。

「ああ。また会えるかな。六番隊隊長――――」


「――――リヴィス。」

 あの時語られた男を、俺は今目の前にして相手にしている。あのクラファイスが目に掛けていた男。当時は冗談だと思っていたが、成る程こいつには確かにそれだけの実力がある。耐久面は話し通りだ。タフな奴なんてレベルじゃない。

 魔法が使えないというのに、この男は魔法を斬るという不思議な技を使う。


「化け物め。」

 ブェルザレンの山賊、六番隊隊長、リヴィスはこのダンジョン最下層にて群がった赤い翼人族もどき約100万体の軍勢を、およそ42分で全て斬殺。兵士達の持った再生力を考慮し、ギリギリで再生できない程の痛手を見つけ出して最小限の労力で決着を付けていた。

 ふざけんなよ。あの大群に一体どれだけの魔力マナを持っていかれたと思っている。あれで死んでおいてくれよ。

 翼人モドキの死体から漏れ出た血で足場は真っ赤に染められている。山賊の手には、オンボロになった剣と、赤い翼人モドキの頭部。山賊は激しく肩を上下に揺らしてはいるが、それは今になってやるようなことではない。だが、今更でも疲弊してくれているのはありがたいとも思った。

 このまま、あの底なしの体力で攻められては堪まったものではない。此方の魔力マナも無限ではないのだ。特に、赤い巨人の燃費が悪い。ここらで決着を付けなければ、魔力マナの枯渇で先に此方の方が動けなくなる。そうなれば、俺の500年に渡る努力が水の泡となってしまう。

 あと少しなんだ。あと、エパリヴ初代魔王の自我を消して、紅き巨人の魂として組み込むだけなのに。その為の一歩が遠い。目の前に突如立ちはだかった壁が、想像以上に高かった。所詮魔法も使えない雑魚だと侮り過ぎたのだ。


 リヴィスがコテンと首を傾けた。その耳に、一報が届く。

 ぞくりと、全身の毛が逆立った。何かを誰かから聞き取った六番隊は、狂気を顔に乗せたまま嬉嬉として俺を睨んだ。


 はは。これは確かにびびるな。クラファイス。お前の言っていた意味、まさか本当に実感することになるとは。


 一方で、何も此方がこの40分間を只呆然と眺めているだけでもなかった。

 赤い巨人は上半身の再生を終わらせ、俺はリヴィスにぶつけるべく最大威力の魔法を準備していた。大量の魔力マナを緻密に練り上げた必殺技。巨人にも魔力マナを分けながら出来る最大限の譲歩。とはいえ、己の命を削るほどの成果物。


 素直に敗北するつもりはない。俺はお前を殺して、この先の未来で夢を叶える。


 赤い巨人の魔法により、地面の土塊つちくれから大きな土砂物が噴射した。空へと突き上げるその濁流に飲まれて、山賊は空高くへと打ち上げられる。空中に放り出すことで急襲を避け、且つ避ける自由を無くしたかったのだろう。一度はあの山賊を殺した光線を、巨人は更に火力を上げて発射しようと準備する。大きく魔力マナが持って行かれる。それでもいい。それで殺せるのなら万々歳だ。

 俺は俺で、準備しておいた数100万を超える魔方陣を一気に展開する。両手を山賊へと向けて笑う。そんな俺を、山賊もまた睨んでいた。


 俺達は互いに望んでいる。ここで決着がつくことを。


 俺かお前か。勝者は、ただ一人だ。

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