第12話 過去の夢と崩壊した未来

 古く、昔の夢を見ていた。その頃の俺は裕福でこそ無かったが、幸せではあったのだろう。親を知らない俺は、同じ様に身寄りの無い子ども達と一緒にある王国の地下都市でひっそりとくらしていた。

 ここに太陽の光は届かない。あるのは朧気なロウソクの火を含んだ街灯だけ。薄暗い世界。病気に掛ければまず助からず、外を歩くと簡単に暴力に襲われるほど犯罪は横行していた。この街に法律など存在せず、支配者である貴族を襲わない限りは何をやっても罪には問われない。ここから逃げ出して外に行きたければ高い金を用意して貴族から脱下だっか切符を購入するしかない。生きる為、自由を得る為には素直に仕事を貰って働くか争い合うかしかないような世界。

「おはよう。■■■■。」

 それはまだ、俺が「リヴィス」という名前をブェルザレンのオヤジから貰う前の頃の記憶。

 何故俺はこんな夢を見ているのだろうか。もう忘れた記憶モノの筈なのに。そんなことを少し考え、悟った。俺は死んだのか。

 あの日々と同じ匂いを感じる。部屋に一つだけ在る劣化した机が懐かしい。昔はこれの上で飯を食っていた。あの時は嫌いだったここでの小さな火の光も、今となっては思い出補正もあって少し好ましい。机に触れながらオンボロな家の環境を眺める。当然のように虫は入っているし、欠けていたり傷ついていたりするところが多い。雨や雪などが降らないからこそ住める場所として成り立っているような場所。俺は今、一体どんな顔をしているのだろうか。頬が少し緩んでしまっていることくらいは分かる。

「いつ帰って来たの?」

 布団から眠そうに起き上がる同年代の少女の顔が思い出せない。ノイズが走って見えない。だが、その声に全身の毛が嬉しくてざわめいた。もう二度と聞くことが無いと思っていた声は、俺に感動をもたらして来たのだ。着崩れた服をそのままに眠たそうな顔をしながら、その少女はとぼとぼと歩く。

 これはおそらく、8歳9歳くらいの時の記憶。体はまだ小さかったものの、俺達は既に大人びた性格をしていた。子どもが本来持っている特有の幼稚さと甘えを兼ね備えたような奴は、この地下世界の中では真っ先に消えた。俺達のような孤児は特に。だから俺は当時そういった連中を引き取っていたし俺自身引き取られた。小さな子ども社会の中で、なんとか生き残って来た。

 今見ている景色の頃には、確か上の年齢の連中は全員死んでいて、俺と彼女が最高年だったと思う。兄さん姉さんと呼んでいた人達は、皆病気とか仕事で死んだ。


「私達のような子どもが日の元で元気に暮らせるように。」


 この集団は、かつて誰かが掲げたその信念だけを胸に活動する子ども組織だった。確かあの組織の名前は――――。


「あんまり無理はしないでね。」

 後から優しく抱擁される過去の俺の顔は、酷く憔悴しきっていた。「ああ。」と今にも消え入りそうな声で反応している。その言葉に意味なんてなかった。無理しないなんてことは出来ない。それは俺も、彼女も同じだった。この家にいる子ども十数人は俺と彼女の2人でだけで支えている。彼らにはまだ先程述べたような幼稚さや甘えが残っていて、俺達にとっては保護すべき対象弱者であった。稼ぎは俺、家事などで実質的な生活を支えたのは彼女だ。これでも大分数は減った方だった。■■■■という組織は、もう壊滅寸前だったのだ。

 子どもだけの生活は、そう簡単に実現出来るものではなかった。上の連中を失い、一人で仕事をするしかなくなった俺にはそれなりの苦痛と疲労が待っていた。


「悪いな。お前も疲れているだろうに、俺のことまで心配させて。」

 言って、捻くれた自分に悪態をつきたくなっていた。彼女が俺のことを気にしてくれているように、俺も彼女のことを気に掛けるべきだ。お金だけ持ってきて後は全部任せてしまっている。それで良い訳がない。俺も彼女に甘えて貰えるように、そんな環境が作れるように努力するべきだ。しかし、俺には彼女に甘えて貰えるような力と余裕がない。くそ。駄目だ。なんてことは分かっているのに、上手く行動出来なかった。


「そんなの気にしなくていいよ。だって、■■■■は命を賭けてまでお金を持って来てくれてるんだもん。この街で死にかけていた私には、その大変さが分かるよ。君が、いつ私のお父さんやお兄ちゃんとお姉ちゃんみんなみたに戻って来なくなってもおかしくないことも分かってるの。毎日無事に帰ってきてくれるだけで私は嬉しいんだ。だから、ね。一人で勝手にいなくならないでね。」

 いつか、彼女がそんなことを言ってくれたことを思い出した。本当に懐かしい記憶だ。あの瞳には少し陰りがあった。今思うと、彼女はきっと俺に依存してしまっていたのだろう。まあ、あの気が狂いそうな地下空間で何人もの親しい人達が死んだ後の世界の中では、誰かへの依存程度のことで精神異常を抑えられただけで幸せものだと捉えるべきか。それくらい、やっぱりあの場所での思い出暮らしは、幸せなもので―――。


「あれ?■■■■お兄ちゃん?帰って来てたの?」

 感傷に浸りながら目を瞑ると、そんな声が掛けられた。目を開けると、いつの間にか目の前に布団の中で眠っていたはずの子ども達が数人立っていた。

 俺の目線が低くなっている。体を見ると小さくなっていた。あの頃の体だ。

「ねぇ。ねぇ。一緒に遊ぼ、お兄ちゃん。今日はどんな遊びを教えてくれるの?」

 遊び?あー。そういえば昔、仕事の合間にそんなことを教えて一緒に遊んだっけな。

「……。もちろんいいよ。今日は」


「よせ。」


 俺を求める彼らの手に触れようとした腕を、知らない誰かの手が掴んで止めた。気づけなかった気配。急に現われたそいつの気配に全身の鳥肌が立った。コイツはやばい。

「誰だ。お前は。」

 幸い、恐怖に対する耐性はあった。あの頃から、俺の人生は殆ど死と隣合わせ。いいかげん慣れて来ている。

 俺を止めた手の持ち主は、濃い赤と黒色の混じった髪と金色の目を持つ男だった。ロングコートを着ていて、歳はおそらく35歳くらいのイケおじ。その額には鱗のようなものが付いており、そのガタガタとした肌は一体どんな肌触りがするのかと少しだけ興味を惹かれた。確か、どこかの文献で読んだことがある。この特徴を持つ人間は。

「まさか、竜人族。なのか。」

 それは、遙か昔に絶滅したとされる種族で。

 俺は、本でしかみない生物を前に驚愕で目を見開いていた。


 そんな相手に何が出来る。実力も能力も未知数。ものがたりの中では、人族の中でも最強種に位置する部類で、他とは圧倒的な力の差があったとされている。

 頭での考えが纏まる前に体の方が先に動いた。この腕を振りほどいてあの首を。真っ先にコイツを殺せ。と、手を伸ばそうとした所で両腕が切断された。奴の攻撃は見えず、またマナを感じ取ることも出来なかった為に、俺の頭は混乱した。

 何が起きた。何をされた。何故、俺の腕はなくなっている。なんて思考した次の瞬間、俺は一度体をばらばらにされて死んだ。


 気が付けば、息をぜいぜいと吐きながら地面に這いつくばった自分がいた。手も体もある。見た目だけは先程殺されたことが嘘のように完全体に戻っていたが、心の中には恐怖が刻み込まれていた。手も足も出させて貰えなかった。文字通り圧倒的な相手。

「お前にはまだ、やるべきことがある筈だ。」

 そう言って男はずかずかと近づいて来ては、動けないでいる俺の前髪を持って体を引き上げた。

「っ!は?なんだよ、やるべきことって。」

 どうしようも無い程の恐怖に怯えている自分が情けなくて強がった。

「分からないか。」

 ガタン。とこの場所の明かりが消えた。そしてそれまであった部屋が消え、赤いメラメラと地面を燃やす火の光によって別の記憶が再現される。それは、あの地下街のあった島に隣接していた海岸だ。俺があの地下社会を脱出して見た光景が、目の前に広がっている。

「よせ。」

 男は手を離して俺を立たせた。反撃をしなければ。そう思うも、心がやられてしまっていた。

「この記憶を、俺に思い出させるな。」

 竜人を睨む。だが、奴は俺を一瞥もせずに目の前の景色を眺め続ける。くってかかろうとした。ぼこぼこにしてやりたかった。

 しかし、次に聞こえた声に俺の体は硬直してしまう。


「どうして!嫌だよ!いなくならないって約束したじゃない!」

――――よせ。


 地獄を強引に直視させ。

 やめろ。

 トラウマが蘇らせられる。

 やめてくれ。

 かつて、己が辿った地獄を観た。


 海岸の景色に戻って来るまでに。あの部屋に居た子ども達の八割は死んでいた。残ったのは、皆を支えてくれていたあの少女と他3人。俺は、彼女達を小舟に乗せてこの島から逃がそうとしていた。全身傷だらけで、ここまで来るのさえ大変だった。


 何人も、見捨てた。救えなかった。


 例えあの船に乗って一緒に逃げたとしても、当時の俺の傷の具合では二日と持たなかっただろう。同じ怪我の具合に今後なったとしても生きていられるようにとその後の人生で努力した。

 改めてこの光景を見る。俺は強くなった筈だ。今なら海に逃がさずとも全員を救え……。ドガバの魔人族との戦争が頭の中でフラッシュバックし、俺は押し黙ることしか出来なくなる。あの島で俺は彼女達を逃がすために、真後ろの悲鳴と爆撃の鳴り止まない地獄と向き合わなければならなかった。


「分かるだろ。■■■。ようやく来たんだ。俺の番が。地下からの脱出は成功した。外の世界に出て来られたんだ。ようやく叶う。■■■■■さんの代からの悲願が。俺達が幸せになれるチャンスは、ここを逃したらもう無いんだよ。見て分かるだろ。今逃げなきゃ全員死ぬ。それだけは絶対に駄目だ。これまでに死んだ先輩達の思いを、我々■■■■の悲願を、誰かが叶えるべきだ。そうでなければ、あまりにも浮かばれない。」

「だったら、私も一緒に行く!■■■■と一緒に」

「それは駄目だ。お前がいなくて、こいつらは生きていけない。どちらかは生きるべきなんだ。なら、適任は俺だ。お前は戦えないだろ。しんがりは俺に任せとけ。俺達の夢の締めとして、最後に俺がお前らを自由な未来へと送り出す。野蛮なやり方は、ここで終わりだ。大丈夫。俺は先に先輩方達と楽しくやってるよ。最高の土産話しを待っているからな。」

 そんな臭いセリフを吐く過去の自分を殴りたくなってくる。結局、あの後生き残ったのは俺だけだ。海に逃がした彼女達がその後どうなったのかは分からないが、多分もう……。

 あの頃の俺は知らなかった。子どもだけで海を渡る危険性を。海なんてあの時始めて見たものだからしょうがないことではあるのだが、その事を後から知った俺は絶望した。そりゃあ、探しても見つからない筈だ。そうじゃなくても、あの島の生き残りというだけで殺されるような世界だ。だから俺も名前を変えた。


 あの日、俺達の故郷は地図から消えた。


「あんまり早く来るんじゃないぞ。■■■。」

 あの地獄となった世界の中で、俺はそんな言葉を最後に彼女達と別れた。そして島の中央へと向かうのだが、その幼き日の俺が見たを見て俺は固まった。振り返った島の風景は血や炎で真っ赤に染まっていて。空には人を刺した天使が笑顔で飛び交い、頭に輪っかと背に大きな翼を持った赤い目を持つ4体の光の白き巨人達は島を眺め降ろしていた。その巨人達の中心に、もう一人が居たが、今はそれを思い出すことは出来なかった。


 既視感。

 あの島に居た白い巨人達を、最近俺はどこかで見たような。


 そこで、俺はあのダンジョンでの全身が赤い肉塊で出来た巨人のことを思い出した。あの巨人と、目の前に映る記憶の片鱗に残った巨人の残滓が被る。よく視てみれば、外観や内面マナも酷似しているような気がした。とはいっても、記憶の巨人が持つ絶望的なオーラを極限にまで薄めた存在があのダンジョンで敵対した赤い巨人といった感じだ。ダンジョンで見たものは肉体が溶けてしまってしまっていたこともあり、まだ未完成だと思われる。

 嫌気に顔が歪んだ。あの惨劇が繰り返されたらと妄想して怖くなる。

「いったい、ドガバの野郎は何をやろうとして」

「ジュンザ。」

「あ?」

 目を揺らしながら思考を回そうとする俺の隣で、竜人族の男は一単語漏らした。少しの時間忘れてしまっていたが、俺はこいつに瞬殺されたのだった。何とか反撃してやりたいという思いはまだあったが、それよりも目の前の情報の方が気になってしまった。もしかすればこれはアネモ獣王国の戦争以上に被害をもたらす可能性がある。

「お前が戦っていたドガバの魔人族?とかいう男の名前だ。奴は、5000年前から生きている。」

「5000年前?はっ。そんな馬鹿なことがあるか。いくら魔人族といっても、その寿命は基本的には200年前後。一部長寿の種族でも500年が限度だ。5000年なんて馬鹿な時間を過ご」

「だからヤツは光の巨人を知っていた。何せあれは、ヤツの時代に宇宙ソラから降ってきたものだからな。だが、奴の知識だけでは再現出来なかった。だから、同じ存在であったアイツを使おうとした。絶対的な力を持ったかつて存在した原初の魔王、お前は確かエパとか呼んでいたな。そいつを動力源心臓に戻すことで、あの神々を兵器として贋作でありながら本物として仕立て上げようとした。その為に枷となる“心”を失わせようとしている。彼女が巻き込んだ被害者おまえを残酷に殺すことによってな。」

 駄目だ。気になることが多い。何から聞けばいいかも分からないし、突飛過ぎる話しで頭の中に今一内容が入ってこない。この発言の中で今気にするべきことは何だ。

「兵器を作ることが目的。だったら、ヤツの目的は世界征服。」

「いや、それは違う。ヤツの目的は、新世界の創造だ。」

「しんせかい?」

「正確には原初の魔王が過去に実現させてしまった異常な世界の模倣だ。だが、例え今ヤツの計画が成功したとしても、そんな夢のような世界には成り得ない。」

「は?じゃあなんでそんなことを。」

「単にヤツがその結末を知らないだけだ。知り得る術もないからな。」

 俺は、どこまでこいつの発言を信じてもいいのか思案していた。なんとなく正しいことを話しているような気もするが、言葉で聞いただけで別に証拠を見せて貰った訳ではない。正直、新世界?とやらの話は特に現実感がなかった。


 そんなことを考えていると、目の前の世界がゆっくりと姿を変え景色が以前のものと切り替わった。それは、俺の知り得ない光景。多分、俺の体験した映像ではない。この世界は、今までのような俺の記憶を模倣したものとは別の光景を映している。

 その景色を前に、俺は思わず息を呑んだ。


「なんだよ、これ。」

世界の終わり結末だ。」

 赤い大地。それは、全ての生命が犠牲になった証拠であり、垂れ流された血で染められているだけに過ぎなかった。赤く染まった生物たちの死体がまるで戦時中に固められたかのように散らばってある。そういう模型のようにも見えた。体の所々に武器が刺さってあったり、瓦礫に潰されて悲鳴を上げたポーズのまま固定されていたりしている。地形は異常に変質しており、世界は独特の形を形成していた。しかし、その表面には確かに我々人族が住んでいたであろう文明の名残が見受けられる。廃れ、崩れ、破壊された建築物達が生物のいない環境でただそこに佇んでいた。

 割れた大地の底は全く見えない。ダンジョンの深さなんて比じゃ無い程に深い崖が、まるでこの惑星を割るかのようにそこにあった。


「あれは、月?でも、なんで地表に下りて……。」

 地表に出来た大きな窪みの上で、空にあった筈のそれはゆっくりくるくると自転をしていた。その表面は血塗られていて、誰のものとも分からない死体が沢山転がっている。地上に落ちた月面でも激しい戦闘があったようだ。

 その月面に何かを象徴するように貼り付けにされた赤黒い龍は、ぐったりとした面持ちで動かない。

あれは未来の私だ。ここは、もし仮にお前がジュンザに敗れた場合に世界が辿る未来。別の世界で俺が実際に体験してきた記憶だ。私はもう、この結末を600,000回以上は繰り返している。文字通り、。」

 終わった世界を、俺は冷や汗をかきながら見ていた。この光景を見たのは、始めてではない。これは、この世界は、俺の故郷が辿った運命だ。あの島で起きた顛末が世界規模に広がったifのバージョンでしかない。あの島が消されなければ、世界はあの時点でもう既にこうなってしまっていただろうと簡単に想像が出来る。

「……。俺のこの戦いに、世界の命運が関わっているとでも言いたいのかよ。」

 顔を押さえた手が震える。この理不尽に対抗することは出来ない。こうなる前になんとかしなければいけない。そんなことは分かっているのに、出来るような気がしない。そもそも、俺はもう

「残念ながらそうだ。お前が負ければ、あのままエパリヴは動力源として取り込まれ、兵器は完成し、世界はこの顛末みらいを辿る。」

「はっ。ははは。冗談、だろ。俺の死一つで、世界はこうも変わるのか。」

「そうだな。私も未だに信じられない。でも、考えて見れば正しい。異常事態に、異常な者が対応しても意味が無い。世界は、あくまでもこの世界の者が運命を変えることを望んでいる。」

「異常な、者?」

「それは今のお前が知るべき事ではない。だが、直ぐに分かるだろう。それは、お前の居る学園にも存在している。」

「王立ティラ騎士養成学園に。」

「ああ。あそこには――まあ、今は知らなくてもいいことだ。」

 頭が痛い。それに、そこで留められても気になるというところ。しかし、俺はその先のことは聞かなかった。やつは負ければと言った。それはジュンザに勝てば未来を変えられることを示唆してはいるが、別に俺が生き残る必要性までは説いていない。なら、俺は死ぬ為に戻るのか。ただ勝ったという結果だけを変えて死ぬのは、俺自身の人生としての結末は変わらない。ただ、世界を延命させる為だけの犠牲。

 黙って、お気に入りのテンガロンハットを被る。


「それでも、お前は戻るのか。」

 まるで心を読んだように竜人族の男が俺に声を掛ける。

「はは。当たり前だろ。」

 笑うしかない。あの日と同じで、あくまでも俺は捨て駒。だが、それでいい。

 俺はあの日、あの時。死にたかったのだ。

 後になって後悔した。一瞬の気の迷いで、“生きたい”なんて思ってしまったことに。


 これでやっと、あいつらに顔向けが出来る。


 そんな俺の思いに応えてか、脳裏には俺を拾ってくれた人の顔が浮かんだ。

 こんな俺を、あの人は許さないだろうな。でも。

「やっぱり、俺は皆に生きていて欲しい。それに――――。」

 少しだけ、あの後のことを思い出す。消された島で、死を待つだけしか出来なかった俺を、見つけ出してくれた男がいた。その男は俺に向けて笑い掛けて。人生が大きく変わった。


「俺の名前はリヴィス。ブェルザレンの山賊、六番隊隊長。リヴィス。オヤジの名にかけて、この戦いに勝利をもたらすことを誓おう。」


 俺は、最後にオヤジの剣として死ぬ。


 そう。これは、仕方がないことなんだ。

 だって、俺がやらないとこの世界は―――。


***   ***   ***


 その日、世界は驚愕した。なんていえば少し大袈裟かもしれない。それでも、少なくともダヴィジュ大陸に済む人間には影響を及ぼしただろう。

 何せ、夜中に“昼”が訪れたのだから。正確には、まるで昼間のような明るさで大陸が照らされた。その現象を起こした正体は、リヴィスやエパが潜ったダンジョンから空へと伸びた一本の閃光だ。それはあの赤い巨人が口から発射した魔力マナの塊で、あまりにも神々しく、そして異彩を放っていた。魔力マナを敏感に感じ取れる人間は、その光から感じ取れる莫大なそれに酔って気持ちが悪くなり気を失った。そうではない者は、世界を壊しかねない光に恐怖していた。そして、その中でも寝られた奴はぐっすりと眠っていた。パシィはこの時寝返りをうっていた。


「なんだ。あれは。」

 その光は勿論、別位置で全く別の問題に対処していたフライア先生にも見えていた。彼女は現場に駆けつけるかどうかを少し迷ったが、重傷を負って気を失っているガダンを抱えた状態では無理だと判断し、ティラティ王国に彼を届けて治療をして貰うことに専念した。

 いや、そんなものはただの言い訳だろう。彼女は、自分が今すぐにでもあの場所に赴いたところでどうにも出来ないことを理解してしまっていた。救世主と呼ばれる彼女がそう思うくらいには、その光は世界に絶望をもたらす。

「あれの対応は、私一人では無理だ。戦力を集めないと。昔のパーティーメンバーに声を掛けるか。いや、それより先ずは人命救助が最優先か。生徒の命を、ここで失う訳にはいかない。」

 彼女は、この誰もが空を見上げる瞬間。齎された絶望に困惑しているのに紛れてツタンツカ獣国を抜け出し、急いでティラティ王国へと帰還するのであった。

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