第11話 奥の手。赤い肉塊。

―――何故、斬れない。

 ドガバの魔人族との戦いが激化していく。その中で俺は、相手を斬れないことに静かな苛立ちを覚えていた。単純な自分の未熟さに舌打ちをしながら、敵の攻撃に気を回す。この地下空間に広がる無数の光。それはまるで夜に見る蛍の群生地の中にいるような感覚か、或いは地上に落ちた宇宙空間の中から星空を見上げるような感覚であった。もし、この光の粒一つ一つが俺達を殺す為に用意された魔法でなければ、俺は間違い無くこの景色を綺麗だと評していただろう。


「くそ。死ねよ。お前ら。」

 敵は躍起になっている。先程の攻撃だろう。俺が肉塊を無理矢理ねじ曲げて作られた柔い赤龍を斬り伏せて奴の頭上に落下した時のやつだ。奴はあの直後の攻撃によってこの戦いで初めて血反吐を吐いた。表情に焦りを見せた。恐らく久し振りに死の恐怖にでも襲われたのだろう。昔、俺が倒した歴戦の猛者を語ったチンピラ老兵もそんな顔をしていた。嘗めていたガキに殺されそうになって始めてこの種の人間は本気になる。そして、冷静さを失うのだ。


 宙を漂う光の粒がレーザーのように真っ直ぐな光を発射する。それに掠れた俺の髪の毛の先が軽く焼き切れた。こいつに当たるとヤバそうだ。地下空間に網目のように張り巡らされたそれを掻い潜りながら、俺と副隊長さんは敵に迫るために滑走かっそうする。俺達の攻撃は何度も奴に届いた。しかし、そこに決定打はない。物理的に殴ったところで、戦いを終わらせられる訳でも無い。あっちも意外と頑丈なのだ。

 それに、奴に近づく度に波動系の魔法でこの広い洞窟空間の端にまで吹き飛ばされてしむため、また近づくところからやり直さなければいけなくなる。それによって、当てられる攻撃の数もかなり限られてしまっていた。向こうも、俺が近づいてからの連撃を警戒しているのだろう。近接脳筋フルボッコ作戦はもう通用しないか。


 地面を走り、敵に接近しながらそんなことを考えていた。で、あるのなら、やはり奴を倒すのには俺が奴自身を斬れるようになるのが手っ取り早い。奴を斬れさえすれば一撃で仕留めてみせるのに――。視線がかち合う。お互いがお互いを殺したがっている。鋭い視線の交錯。その穴をついてあの副隊長は奴の懐に潜り込む。しかし、そこから生み出されるどんな技も結局は決定打にならない。数発殴れて直ぐにこの地下空間の端にまで戻されているだけだ。これじゃあどちらが先に倒れるのかの耐久戦にしか持ち込めない。しかし、このままどちらかが倒れるまでの戦いをしても、1番最初に倒れるのはこの中で最も傷の深い俺に違い無い。根性や気持ちの問題じゃ無い。純粋に出血過多で落ちる。そんな敗北が待っている。


 つまり、俺には相手を斬れるようになる選択肢意外は残されていない。副隊長が持久戦を望んでいるかどうかも気になるところだ。お互いに早期決着の方が好ましければ何か新しい手を生み出せるかもしれない。

 そう考えた時、幼少期のある記憶が蘇った。業火の中で、裏切り者は微笑む。


―――いや、他人になんて期待するな。こと“命”に関わることには、己が力だけで乗り切れ。

 上がった息を無視する。殺気を込めた目で敵に向かって走り、数発打ち込んだ後にまた端にまで吹き飛ばされる。駄目だ。やっぱり斬れない。打つかった壁から抜け出しながら、自分から流れ落ちた血の粒の間に見える敵を見る。

 これじゃ駄目だ。体が痺れる。動きたくないと文句が垂れる。それでも、この体を動かす。そうでなければ、空中の光の粒に殺される。


 奴を殴った感触を手で噛みしめながら、何とか斬れないかを考える。だが、その未来が全く想像出来ない。

 こと、「斬る」ということおいて俺は絶対の自信があった。岩や宝石、魔獣のブレスや炎など、沢山の斬れなかったものを斬れるようになってきた。その自分に未だに斬れないものが、その斬り方すら掴めていないものがあるという事実を認めることが酷く嫌で舌打ちをする。俺の剣はオヤジのお墨付きだ。これでだけは誰にも負けたくない。

 両手の剣を強く握り直す。俺の体を貫通した剣。あの巨大炎魔法を斬った剣。でも、愛剣ではない。いつもの感覚とは違う。それに、俺の体の方もいつもとは違う。内臓は切られ握られでボロボロ。切断された骨がコツコツと残った骨や臓器と打つかって痛い。


 ―――って臓器?

 何の気なしに腹を触って、俺は目の前の敵に鋼鉄の手によって内臓を抉られた時のことを思い出した。それを体内から取りだす為に自らに剣を刺した時、奴はたしか「ふむ。私との魔力マナによる接続が断たれた。一体どういう理屈だ。」とか言っていた。あの時は特に気にもしていなかったけど。

 巨大な炎系魔法攻撃、ギガントファイアを斬ったことを思い出す。


 もしかして俺が斬ったのは、炎の方なんかじゃなくて魔法そのものだったんじゃないか?


 でもどうやって。俺自身に魔法を斬る方法なんて分からない。でも考えてみれば、それは炎を斬るときだってそうだった。理屈なんて分からない。ただ出来るような気がしただけで、自分の感覚に従ってやれば通用した。なら今は、その感覚を何とか掴むしかないか。この技を本格的に習得するのはその後で。


 ―――あ。これか。俺があの学園で身に付けるべきこと。今まで何となくでやっていたことに気づいて、何となくやれるじゃなくて自分の意志でやりたい時に確実に使えるような状態にする。その為の気づきを得る為に、先ずは何となくが発見しやすいような環境に入る。いつもと違う環境で、実は何気にやってしまっていた凄かったことに気づく。そしてその何となくを解明する。それが俺の成長に繋がる。その繰り返しだ。オヤジも魔法が斬れるようになって帰ってくれば文句も言わないだろう。ああ。そうだ。そんなことでも学べたら。

 目の前が真っ白になった。その奥に見えた影。自らの本音が顔を出し掛けたが、それは心の奥底にしまい込んだ。


 目の前に近づいた光。光の線の間を縫うようにして迫ったそれを、俺は避けようもなくそのまままともにくらってしまった。ご丁寧にあの網目が俺の逃げ道を塞いでいたのだ。敵の殺気を全身で感じる。攻撃にやられた俺が好きな方向にぶっ飛んでいける訳もなく、網目の光も全身に当たって全身が焼き切れるかと思った。白目になって意識が消えかける。これ以上は体が持たない。出血が酷く、いつ見てもこの視界には自らの血の飛沫が映ってある。

 地面が頭上に見えた。頭が強打を受けて温かい。俺は飛びそうになった意識をしきりに保たせながらも敵を睨んでいた。今あの学園で学びたいことを無理くり制定した理由。それはきっと、あいつを斬った後の未来が想像出来ないからだろう。自分でもう分かってしまっている。この戦いの先で、俺は保たない。でも、いっか。あいつを殺す。それが出来れば、俺の役目は充分果たせるだろう。後のことは、残してきた山賊一家オヤジ達にまかせる。だから、目の前にあるこの目的だけはしっかり果たせ。

 その意気込みで歯を食い縛りながら敵を見る。睨む俺を前に、敵魔人族の表情は見る見る歪んでいった。その時、視界の端に映った宝石に、俺は。

「何故だ!どうしてまだ死なない!」

 切羽詰まった顔で、ドガバの魔人族が俺を睨み返す。その疑問に俺は頬を釣り上げながら舌を出して答える。

「お前が死んでないから。」

「狂人め。」

「はっ。狂人でもねぇと、人は殺せねぇよ。」

 俺は数回転転がってから再びやつに向けて剣を向けて走る。その奥では同じ様にアサル=シンが攻撃を仕掛けようとしている。俺達二人の目は、確かに狂人のものといっても過言ではないものになっていた。目の前の男を殺すことに己の全てを賭けた目だ。

 あの副隊長は、何故か俺と同じように自らの体を犠牲にしてでも敵に突っ込んでいく戦闘スタイルを取っていた。敵の隙がどうこういっていたあのすました男がだ。その鎧は何度も敵の魔法に撃ち抜かれていてボロボロになってしまっている。俺達は何度洞窟の壁に叩き付けられようとも、攻撃を受けるリスクなど度外視で突っ込んで行く。最早、ただの根性勝負だ。敵が倒れるまで動き続ける。

 ドガバの魔人族は既に余裕を失っていた。俺達にどれだけ攻撃を当てても倒れないからだろう。彼の攻撃はその規模感を増していく。そのせいで、この洞窟は少しづつ崩壊し始めてしまっていた。


「だあああああああああああああ!鬱陶しい!」

 広域に展開された魔法の粒。そこから真っ直ぐ一閃。あの攻撃が乱雑に無数に放たれる。ドガバの魔人族の精神状態に比例してか、あの線も暴れている。網目の光は固定されたものではないのだ。あの線自体が、元となる光の粒を起点に自由に動き回っている。それに加えて、偶に点滅しては、全く別の方向に新しい線を射出する。そんな不規則な動きをする星達の攻撃を全てを交わすことは不可能だ。俺とアサルさんは、致命傷にならない範囲でそれらを受け入れながら前進する。そして、互いに全く違う角度から魔人族を殴る。2方向からの攻撃、それを避けきる能力は奴にはない。

「ぐっうらあ!」

 ここまで接近して殴ると、謎の波動魔法で吹き飛ばされてまた1から距離を詰め直すところからのやり直し。その繰り返しをまたやってしまった。駄目だ。これじゃ駄目なんだ。次第に、魔人族に近づいていくのが困難になってきている。奴が使用する魔法の出力が大きくなっているのもそうだが、俺自身の体が動きづらくなっていることにも関係している。今も距離を取った奴自身の体周りには複数の魔法陣が展開されており、バチバチと火花を散らしている。それを俺は自分の体を無理に動かし、洞窟の壁を走りながら眺めていた。

 奴が構築する魔法は、先程俺にぶつけたギガントファイア。しかも、先程よりもデカい。

 一度は斬った魔法。あれをまた斬れば何か掴めるか。いや、あれを斬れたところで、結局は放出された魔法を斬っていることと同義無い。奴を斬るには、恐らく体内で循環させている魔力マナを使った身体強化の魔法、内在された魔法を斬らなければならない。目には見えない内側の魔法だ。放出されない分感じ取るのも面倒だ。体内にある他の情報が魔法そのものから匂う感覚を阻害してくる。死にかけの鈍った嗅覚では上手く捉えられない。


「ははは。これで先ず一人は動けなくなるだろう。」

 奴がその手を俺に向けて翳す。その直ぐ後ろで今まで以上の早さでアサル=シンが近づいているが、取り敢えず其方は無視をする方向性のようだ。

「考えている暇はない。か。」

 時間がないのは分かって居る。敵の狙いは恐らく、この攻撃で俺を消耗させること。さっきみたいにこれを斬れば、また体が限界を迎えて動けなるかもしれない。次は地面でへたばった俺を見逃してはくれないだろう。

 俺は足でブレーキを掛けて走るのを止める。無理矢理止まったものだから足下からは砂埃が立った。俺は体が壁面から落下し始めない程度の時間で足を強く曲げてその地を蹴った。真っ直ぐにその火球に突っ込んでいきながら二本の剣を回す。

 いける

「この魔法は」

「来い。六番隊」

「もう、攻略済みだ。」

 俺は、前回と同じ様にしてその巨大火球を真っ二つに切り裂く。体が悲鳴をあげた。この火球を斬っただけで口から血が出た。でも俺はそれを、何を今更と笑い飛ばした。まだ動かせるだろ。この体は。

 視界の先では、両掌を合わせ、指先に収縮させた魔力マナで俺を撃ち抜かんとする魔人の姿が。その体はいかずちを纏い、全身の殺意がその指先に込められている。

「はっ。これは攻略済み?そんなこと、勿論知っているとも。」

「心外だな。俺の存在を忘れてねぇか?」

「忘れてないさ。」

 懐に潜り込んだアサル=シンを、トラップ魔法が捕縛し爆発する。黒い煙を上げながら、副隊長が口から黒く焦げた血を吐き出すが、直ぐに剣を強く握り直す。だが、その一瞬の隙で奴は俺に指先に収縮された強力な魔法を撃ち放った。強い威力だ。大気中の魔力マナを吸収しながらも、その攻撃は確かに俺の心臓を狙う。

 好都合だ。こいつも斬れたら、俺は本当に魔法が斬れることを証明出来る。


 そう思って剣を向けた。だが、俺はその魔法は斬れなかった。されど撃ち抜かれた訳でもなく、一本の剣でその魔法を受け止めたまま地下の壁へと打ち付けられた。粉塵が舞う。その中で俺は、受けた攻撃に多量に吐血する。

 あの魔法攻撃を受け止めた剣の鞘が地面へと落ちる。痛みで落してしまったのもあるが、あれはもう持っていてもしょうがないものになってしまっていた。刃が魔法の威力に耐えきれずに粉砕したのだ。柄だけとなったあの剣は、もう使えない。


 ―――つまりまた同じ技が来た場合、俺はもう戦えなくなるのか。


 薄らとした意識で、閉じそうな目を我慢出来ずになりそうになりながら、俺は現状を冷静に見ようと努めていた。そのせいか、今の表情は少しだけ穏やかな気がする。それは一方で、表情筋が動かせなくなりつつあることも意味していた。

 今持っているこの剣。あの魔法を受け止めなかった方の剣。この刀身が無くなってしまえば、俺は最後の可能性も失って後はもう敗北を待つだけになってしまう。……。なんか、それはそれで、楽かもな。

 岩陰に視線を送る。いいや、それは駄目だろ。今じゃない。今はまだ、戦うんだ。このオンボロな剣ででも、前に進まないと。俺が原因で出来た壁面のクレーターから何とか体を出す。視界の先で、副隊長様が膝をついていた。血を流し、息を切らしている。どうやら、向こうももう限界に近いようだ。奴は一度だけ俺の方を見て、自分の心臓を殴りつけて立ち上がる。

 はっ。くそ。なんだよ。確かに尺だな。お前より先に倒れるのは。あの副隊長が倒れないのに、俺がくたばる訳にもいかない。落ちないように壁に刺していた剣を抜く。途端に体が落下を始める。完全に体が壁から離れないうちに俺は再びこの壁面を疾走する。


「まだ、動くのか。あの男は。」

 光の線や、奴からの魔法攻撃を躱しながら走行する俺に対して、魔人は歯を食い縛りながらそんな言葉を吐いた。


 騎士の男は膝をついた。この男はあと少し。でもいったい、あの六番隊はいつまで動くんだ。さっきの魔法でも駄目なら、もう俺には手が。このまま持久戦を制すか?いや、でもあんな状態でも動く馬鹿に、私が持久力で勝てるのか?

 恐らく、考えていることはそんなところだろう。向こうは俺の底なしの力に恐怖している。だがそれとともに、俺側にも決定打がないと分かっている。だからこそ、現状の持久戦をやり続けるしかない。どちらかが少しでも手を抜けば、この持久戦が終わり勝敗は決するだろう。俺は気絶するまであの連打を止めないし、相手は一発で俺を殺す。


「ああ!もういい。本当は使いたく無かった。ここで消費するべきモノちからじゃない。でも、あれがないとこの局面は終わらない。」

 頭を掻きむしり、魔人族は背後の結晶を見上げて近づいた。その中にはエパが居る。そこに両手を付ける。

「あともう少しなんだ。あともう少しで夢が叶う。こんなところで出し惜しみをして、それで負ける方が耐えられない。俺は、あと一歩でお前達と、また」

 そして、男は爪を立てながら自らの顔の皮膚を引っ張った。指の隙間から、やけに大きな眼球が俺を睨んでいた。

れ。怪物。」


 パキリと、何かが割れる音がした。そして、男のいる地面が割れる。最下層である筈のこの階層の下から、大きな何かが顔を出す。

「何か来る。強いのが。」

 それを察知した副隊長さんが急いで地面際まで引き返す。


「ハハハハハハ。死ね。六番隊。ブェルザレンの山賊。そうだ。あの山賊一家の隊長首を送りつけてやれば報奨金も出るだろう!そしたら、俺の研究はもっと進む!」

 男の下から出土して来たのは、赤い巨人。おそらく、何人もの人間や魔獣を生きたまま挽肉にした後に混ぜ合わせて作り上げた複合体。合体生物。あの赤龍の上位互換か何かだろう。その証拠に、奴の体にも大量に人間や魔獣のものと思われる体の部位が出ている。しかもそれが意志を持って動いて居る。合体させられた人間達は、おそらく死なせてもくれていないんだろうな。

 その見た目は、死体を使った肉塊の束がヒト型を模しているに過ぎなかった。体表に皮膚などない。


 俺は壁面を走りながら、底知れない雄叫びを上げるその巨大生物を前にしていた。その叫びの風圧だけで体が吹き飛ばされそうだ。まだ不完全なのか、その化け物の体は少し溶け始めていて、口には何本もの血肉で出来た線が上顎から下顎に向けて流れ落ちていた。


 その肌の一部がぶくぶくと変容を始める。浮き上がった血肉は形を成して全く別の生物として誕生する。奴の体から何体もの赤龍が形を成して俺に発出されたのだ。それと共に、俺を求めた巨大な手が迫る。俺は壁を蹴って巨腕を躱す。地面を離れた変わりに赤龍の背中に飛び乗った。好都合なことに、こいつらが空中での道になってくれている。だから俺はこの上を走っていけばいい。そう思って背中を走っていたが、途中で誰かに足を掴まれて地面に転けた。赤龍の体表から伸びた赤い手だ。そして、鱗に見えた眼前の口が開く。

「待って。行かないで。」

 体表にある無数の目が涙を流して俺を見た。そしてどこからともなく溢れ出す助けを求める声。直ぐに立ち上がって逃げ出そうとしたが、赤龍の体表から伸び出た無数の手に全身が肌から離れないようにしがみ掴まれて顔を打った。奴らは俺を、この赤い体の中に引き摺り込もうとしている。赤龍の肌に体が沈み込み始める。

 沈む中で、この赤い体の中を強い魔力が流れていることを感じた。この巨体は、膨大な魔力マナの力だけで動いて居る。その根源となっているのが、あの魔人族の男だろう。この巨人が出て来てから宙にあった光の粒達が消えているし、何より今感じている魔力マナの気配その物があいつのそれと酷似している。

「ぬっがあああああああ!!」

 俺がそれを引き剥がす為に力ずくで立ち上がり、掴んできた手達を剣で切り裂いた途端、別の角度から俺を狙った赤龍に今乗っている龍の一部ごと食い去られた。空を飛ぶ赤龍の捕食は、獲物を狙った魚が如く勢いだった。暗い口の中で、「痛い」と下から声が上がる。煩いくらい大きな誰かの泣き声が耳元をつんざいた。俺を掴む腕達の力が強くなって、肉が毟り取られそうだった。彼らはそれだけ必死に、俺に縋っていた。

 キツいな。

荒蕪独錬こぶどれん流。一剣いっけん。」

 俺は剣を構えて暗闇の先を睨む。

喰成物可くせいぶっかちょう


 赤龍の全身を切り裂いて出た先で、二匹、三匹と追従してきていた赤龍が俺を喰わんとして待っていた。

「だああああああああああ!!」

 俺は声で気合いを入れながら、何体もの龍を斬り捨てていく。立ち止まったら死ぬ。あの体に取り込まれる。赤い手に掴まれようが、悲鳴が耳をつんざきそうになろうが、俺は進み続けるしかなかった。


 しかし。何体目かの赤龍の全身を切り裂いて出た先で、急に襲撃が途絶えた。その空間に龍はおらず、目の前では赤い巨人がその大きな口をあんぐりと開けていた。誘導された。赤龍達の群れは、俺をこの位置におびき寄せる為の捨て駒だった。行動が読まれている。考えてみれば、喰われた時はあの技で外に出るのワンパターンだしな。まずったか。

 そいつの肌の悲鳴が大きくなるに連れて、口の中の光が小さく収縮されていく。甲高い悲鳴達の混じり合った声に鼓膜が破られそうになる。それでも剣を構えなければ死ぬと思ったので、俺は耳を塞ぐことを諦めた。あの光から何が出るかは分からないが、どんなものが来ようと斬ってやる。というか、それしか方法がない。俺は今空中に居て躱すことが出来ない。足場として使える赤龍の群れは俺を襲わずに巨人兵の攻撃が終わるのを、空を舞いながら待っていた。

 先程まで耳を壊しに来ていた悲鳴がピタリと止む。急に訪れた静寂は、先程の煩すぎる悲鳴の後ということもあり焦燥感を煽る。音が止むと共にきらりと輝いた巨人口内の光に、俺はドキリとさせられた。慌てて剣を振る……が。


 瞬間。全身を襲った衝撃に、俺は為す術もなく呑み込まれた。

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