第10話 まだ助けられると分かったのなら

「おい!聞こえているか!クソ女!! 今助けてやるから、ちょっとそこで待ってろ‼」

 囚われの鎖の中、俺は大声を張り上げる。宝石の中にまで声が届かなければ意味が無いというのもあるが、エパがまだ生きている可能性があると分かった今、俺のテンションは爆上がりしていた。

 まだ助けられるという希望が、俺の心を突き動かす。


「煩いなぁ。助ける?君が?その状態でどうやって。」

 ドガバの魔人族からの冷めた目が俺を貫く。それに満面な笑みを返してやった。魔人族の手の握り具合に応じて内蔵の1つが潰された。悲鳴を上げたくなる。が、それは出来ない。俺の悲鳴を聞かせることで、エパが不利になるようなことになるのなら我慢するべきだ。何も抵抗をさせて貰えないまま、相手の掌の上で踊らされてしまうような屈辱は受けない。

 痛みを堪える為に体に精一杯の力を込める。狂気の狭間にいるせいか、目がガン開きになってしまった。痛みを消しさるために、舌を噛んで誤魔化す。全身が痛い。

「ぐっ!う……。どうやって?はっ。愚問だな。そんなの、気合いでどうとでもしてやるさ!」

「気合い?そんなもので逃げられる訳がないだろ。」

「はっ。そんなことねぇよ。何故なら、それがっヘブン!!」

 言っている途中で鎖から力が抜ける。理由は分からないが、俺は解放されてそのまま地面に頭から落っこちた。情けない声が出て泣きそうになる。直ぐ近くには、自らが落した二本の剣。震える手を伸ばしてそれらを掴む。再び握り絞めた剣を杖のような支えに使って体を起こす。

 俺を守るように立つ男の後ろ姿を見て、思わず笑みが零れた。


「はっ。どういう展開だよ。まじで。」

「煩い。黙って力を貸せ。山賊。」

 俺の鎖を斬ったのは、ティラティ王国騎士団第15部隊副隊長様だった。俺は彼の言葉を聞きながら、自らの体に剣を刺し込む。何故助けられたのかを知るよりも先にやることがあった。

「ぐぅっ。がっ。あっ。」

「おい。何をしている。」

 副隊長様は、敵に意識を裂いたまま俺に気を配ってくれる。急に優しくなってビックリした。

 俺が体から引き抜いた剣には、先程入り込まれた鋼鉄の手が串刺しになって出て来る。内蔵ごと引っ張り出してしまいそうで凄く痛かったが、そこは流石俺の臓器というべきか。しっかり体にへばり付いて出て来ないでくれたようだ。

「ああ。これな。これは」

 俺は何度か自分の体を刺して、体内の異物を全て取り出す。それを地面に落す度に、ガランっガランと重たい音が鳴った。

おもりだよ。筋トレ用の。これ退けて今からパワーアップするんだよ。」

「何言ってんだお前。」

「がっ!あ。いっけね。傷が増えちまった。」

「当たり前だろ。荒療治にも程がある。」

 地面に落ちた鉄くずを踏み潰しながら、俺は剥がされた包帯(制服)を再び身に結ぶ。だが、それは止血の為に巻いたものではない。最早止血に意味なんてなかった。そんなものをしてもしなくても、死亡までのカウントダウンは止まらない。俺はただ、内臓が溢れ落ちないようにするためだけに包帯を巻いた。少しでも動ける時間を長引かせる為に、この布切れには切り裂かれた皮膚の代わりをして貰う。

「ふむ。私とのマナによる接続が断たれた。一体どういう理屈だ。」

 落ちて消える鉄くずの手を見て、魔人族は再び顎に手を当てる。本当に悠長な奴だ。俺が復活してしまう前に殺してしまえばいいものを。今の間で攻撃を仕掛けられたら生き延びる自信なんてないぞ。あ、いや。副隊長さんが助けてくれたか。


 包帯は巻けた。俺は剣を再度杖代わりにして立ち上がる。体を垂直にするのすら痛くてしんどい。二本の剣を何とか持ち上げながら、副隊長様の隣に並ぶ。よく分からんが、こいつは俺に協力してくれるらしい。

「にしても、本当にどういう風の吹き回しだよ、副隊長アサル=シンさんよ。ついさっきまで殺し合っていた仲だったっていうのに。」

 軽く笑い掛けながら背中を預ける。

「お前こそ、先程まではそんな口ぶりでもなかっただろ。」

「そうか?そうかもな。こちとら、ハチャメチャなテンションにでもなっていなきゃ立つのもしんどい状況でね。悪いが、このテンション感の俺と付き合ってくれ。」

 いいながら、アサルの視線が俺を見ていないことに気が付いた。彼の視線の先を追えば、血だらけで転がっている騎士団の方々と賊の皆様方が。視線で答えるか、こいつ。

 彼らの体は、俺達が落ちて来た地点から大分遠くにあった。恐らくは出口に通じていると思われる洞窟。その入り口の壁に、背中を預けるような形でまばらに彼らは眠っていた。

 横たわる彼らの奥には、狂化した獣人賊や魔物の死骸の山が転がっている。その数は山の奥にある通路の天井があまり見えなくなってしまうほど。あれをやったのは、おそらくこのアサルという男副隊長だろう。状況を見るに、仲間と一緒に襲われて唯一生き残ってしまったか。ユスティアと呼ばれた騎士の目にはもう光は宿っていなかった。その右半身は何者かによって食いちぎられている。

 死んだ怪物の口付近から、下半身を噛みちぎられた賊の亡骸がズレ落ちた。あいつらも一緒に最下層へと落とされてしまっていたらしい。彼らを瀕死に追いやったのは俺だったし、殺らなければ殺られる状況だったとはいえ、少し気が引けた。


「あれー?あの集団皆死んじゃったの?おかしいな。実験に使うから四肢をもぐぐらいにしておけって設定した筈なのに。やはり、感情のコントロールまではまだ上手くいかないなぁ。」

 穴を見ながら、ドガバの魔人族は首を傾げる。その姿を睨み付けながら、アサルは強く舌打ちを打った。

 言葉の後、魔人族は俺に向かってゆらりと手をかざす。

 心臓が大きく跳ねる。途端に、頭の中に頭痛が起きて、あのノイズが走った。


 遠く、遠い。昔の風景。戦地跡。


 赤い大地の上で、俺は腕の中に今にも消えそうな灯火を抱えていた。

 鼓動が弱まっていくその命は、死の間際に俺の胸ぐらを強く握って泣きじゃくる。

「すまねぇ。すまねぇ!こんな結末になって。お前らを巻き込んでしまって!ひぐっ!うっ!俺には、もうお前が誰だかも分からねぇ。何も、見えねぇ。うっ。うぅ。悔しい。悔しいよ。俺は、どうしようもなく弱かった。何も、変えられなかった!頼む!顔も見えぬ誰か。誠に身勝手なことだとは存じているが、それでも託させてくれ。」

 その言葉に俺は、もう彼に言葉は届かないことを分かっていながら返事を返した。その返事に何を言ったのか、細部までまでは覚えていない。多分、任せろとかそんなことを言った気がする。それでも、あの時はなんとか思いを届けてやりたかった。


「この戦争を、終わらせてくれ。」


 かつて俺達山賊の心を動かした熱き男は、最後にそんな遺言を残した。その思いは、ブェルザレンの山賊達俺達がしっかり聞き遂げ、成し遂げた。戦争はもう終わっている。だから

「約束は果たしたよ。ボアルさん。」

 この声が届かないことは分かっていた。俺が見させられているのは過去の記憶。介入は出来ない。それでも、墓の前でも告げたその言葉を俺は吐き出さずにはいられなかった。


 泣き疲れて眠るように、ボアルさんの体から力が抜けていく。ゆっくりと眠りに落ちる前に一言。

「我が家族に。友に。さちあれ。」

 そう言い残して、彼は長い眠りに着いた。


「こっちに来るな。リヴィス。」


 横からの衝撃で頭が震え、夢は消える。ノイズが薄まり、視界と意識が現実に引き戻される。強く打たれたようだ。打たれた勢いで地面に倒れそうになるのを何とか堪える。生まれたての子鹿のように足が震えた。俺は血が流れる顔面の体重を自らの右手に預ける。目も震えてしまっていることだろう。

「おいおい。そんな調子で大丈夫か?山賊。お前今、酷い顔をしてたぞ。」

 アサルの剣の柄に、俺の血が付いているのが見えた。コイツ今、本気で殴りやがったな。おかげで助かったから別に良いけど。

「わるい。助かった。」

 ふらつきながらお礼を言う。体が重い。思ったように動きやしない。今の俺は、相手が次にする行動を先読みしてやっと同速に持ち込める程度には体の自由が効かない。体が疲弊し過ぎている。

 それでも。やらなければいけないことがある。こんな体でも立ち上がらなければならない理由がある。

 二度目の戦争は起こさせない。俺の新生活の邪魔もさせない。

 目の前の魔人をぶっ飛ばして、級友との学園生活を再開させる。


「今の頭痛は。」

 俺は、重い頭を何とか上げて敵を見る。状況を分析しろ。勝ち筋を探せ。


「ほらぁ。やっぱり上手くいかない。君を従順な奴隷にしてしまうのが1番手っ取り早いのに、まだ記憶の改変にすら辿り付けない。困ったなぁ。なんでそんな変に魔法に耐性があるかな、君。」

「……は?今、お前は何て言った?」

 なんで今日だけこんなに過去を思い出すのか不思議に思っていた。でもそれはきっと、今朝の自己紹介から俺が過去を引き摺ってしまっているとばかり。……。いつだ。一体いつから俺は目の前のこいつに記憶に介入されていた。

 考えてみれば、おかしな点は幾つもあった。幾ら過去に起因するような出来事があったとはいえ、今回のそれは過剰過ぎた。その上、何故かいつも俺が不利になる瞬間にそのノイズは響いていた。―――そうか。こいつは、俺を傀儡かいらいにしやすくするために弱らせたかったのか。だから、俺が不利になるようなタイミングでばかりノイズが走って。

「普通は、2回目くらいで悪夢くらいは見せられるようになるのに。おっかしいなぁ。」

 そんな俺とは会話をする気すらないようで、奴は再び思考の渦の中へと戻っていく。自分の頭に剣を刺そうかと思った。根拠はないが、そうすれば頭の中を弄られなくて済むような気がしたからだ。だが、そんなことをしても意味が無い。というか、流石に死ぬ。

「まだ、記憶は弄られていないよな。俺の思い出した記憶は変えられてなんていないよな。」

「当たり前だよ。それが出来ないからこっちは困っているんだ。」

 目の前の男の困った顔を見て、俺は少しだけ安心した。ツタンツカ獣国の兵士達のような自我を失った操り人形にはなりたくない。


「おい。副隊長のアサルさんよぉ、お前、まだ奴を殺しに行かないのかよ。」

「ああ。そうしたいのは山々だが、お前も分かっているのだろう。あいつ、隙が全く無い。」

 無防備に何かを思案する魔人を前に、隣の男はそんなことを言った。

「隙?いや、どう見ても隙だらけだろ。あれ。俺らのことなんて視界にすら映って無さそうだぞ。」

「だったらお前が行けば良いだろ。お前は分かっている癖に聞くな。面倒臭い奴め。」

 多分こいつは、彼のまと魔力マナのことを言っているのだろう。あの規格外の火球魔法を見せられた後だ。どんな魔法を使えるかが分からず手を出せない。

「何、びびってんの?確かにお前の言うようにあいつに隙なんてないかもだが。そんなもの、自分でこじ開けたら良いだろ。」

 言い切って、俺は目の前の魔人族に跳びかかった。あいつが言う通り、隙なんてない。いや、違うな。俺の発言もあながち間違ってはいない。ぱっと見、隙なんてない。ないのだが、奴のオーラには、俺達を近づけさせないような何かがあった。あんなに油断していても、直ぐにでも応戦され、殺されてしまうような嫌な予感。

 でも、それにビビって攻撃を仕掛けずに見守っているだけで決着なんて付けられるか。黙って隙を伺っていれば、敵はそれを見せてくれるのかよ。


 俺達の予感は正しく、俺の視界は直ぐに真っ黒に染められた。浮力を感じ、暗闇の上部から雄叫びのような声が聞こえる。鼓膜が破れそうになった。迎撃されたのだ。俺は訳もわかないまま、現状の闇の中にある。上を見れば、小さな光。体に伝わる体液の感覚に、俺は何かに呑み込まれたことを理解する。獰猛どうもうな目が死を睨んだ。

 まったく、今日は食べられてばっかりだな。


荒蕪独錬こぶどれん流。一剣いっけん。」


***   ***   ***


 目の前の男が、地中から飛び出した何かに呑み込まれた。冷静に上を見上げると、そこには、赤い肉塊の集合で出来た醜い龍が空を飛んでいた。その胴体には、合成されてしまっただろう実験体達の体の一部が飛び出している。あの龍はきっと、何人もの死体の集合体なのだろう。俺はそれを地上から静かに見上げた。

「これは、駄目かもな。」

 思ったことが、そのまま口に出ていた。剣を構えたままではあるが、その戦意は削がれている。部下も救えないこの剣に、一体何を期待したのか。

「アサルさん!!」

 俺を呼んでくれる声は、もうない。あの山賊と手を組めば、せめて復讐くらいは成せると思った。けれど、奴は思った以上に死にかけだった。もう長くはないだろう。何故生きているのか不思議なくらいだが、無茶苦茶なことに、本当にただ我慢して気合いだけで生きながらえているようだ。そうとしか説明が出来ない。

 今あの龍に喰われた男は、先の一瞬の時に既に一度死んでいた。

 先の戦闘でも見せた隙、頭を痛そうにして生まれる弱点。あの魔人族が手を翳した瞬間、同じようなことが起きたと思ったのだが、そうではなかった。頭を弄られた彼は、。一瞬の隙を無理矢理生み出されて、それだけで果ててしまっていた。


「あれ。どうして雄叫びを上げているんだ?あの山賊を殺さないよう、口に含ませておくように指示しておいた筈なんだけど。まあいい。先ずは、そこのゴミから処分す――」

 影が掛かった。落ちて来た肉塊に魔人族が目を見開いた。

「馬鹿な。」

 それは、赤い龍の頭。複数の目や鼻の付いた歪な顔。先程天に昇っていった怪物の死骸だった。

 宙から落ちて来た山賊。その鬼気迫る横顔を見ただけで、全身が何かに奮い立たされた。山賊の剣で、魔人は地面へと叩き伏せられる。肩口からの強打。地面に強く打ち付けた影響か、地の岩盤が魔人族の型で凹んだ。思わず奴が吐血する。


「はっ!ちゃんと効くじゃねぇか。俺の攻撃。」

「っ!」

 男は嬉しそうに笑った。直ぐに魔法を展開しようとする魔人族の顔面をその剣が穿つ。


「痛み?だと。そんな筈は。」

 魔人族は打ち飛ばされた先で、口から出た血を指で救って不思議そうに眺めている。男は立ち上がろうとして、肩の痛みにうめいた。目を丸くしたままの彼に、追撃の刃が迫る。

「殴打殴打殴打殴打!!」

 満面の笑みで、山賊が魔人族を二本の剣で殴りまくる。その手は早く、相手は次の手を出す余裕もないようだ。顔が歪み、次第に皮膚が赤く滲み始まる。ぴっ。ぎゃっ。と声に成らない声ばかりが漏れ出していた。


 俺も。動かなければ。戦わなければ。


 強い光がひとみを照らす。山賊の体を撃ち抜いた光には、今まで魔人族の敵からは感じられなかった意志が籠もってあった。お前を殺すという殺意。その攻撃を体に受けながら、山賊はニッと笑う。

「はっ!やっと向きになったか?余裕野郎。」

「死ねよ。ガキ!」

 そして倒れることはなく、全力で魔人族を殴り飛ばした。後ろに二歩よろめいた彼の目が、俺を捉える。


「これでもまだ、敵に隙は見えないとほざくか勝機はみえないか?副隊長さん。」

 その目に、背中に、俺の心が掴まれた。戦いの衝動が湧き上がる。見せられた勝利の可能性に、諦めていた希望が心の奥底から引き摺り出される。そして、失った仲間達の仇を取るという意志が再び燃え始める。

 殺される仲間の様子を思い出す。

「俺一人じゃ無理だ。力を貸せ!アサル=シン!」

「はっ。うるせぇよ。生意気なガキめ。」

 その死を胸に刻みながら、俺は笑う。


 ここから、俺達の目の前に居る魔人族を殺す為の最後の戦いは始まる。

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