第8話 vsティラティ王国15番隊

「も、もう。勘弁してくれ。」

 俺を追い掛けて来た名前も知らない男の胸ぐらを掴みあげる。男はもう立てもしないようで、俺が手を放せばそのまま地面に落ちてしまうような状態だった。男の顔を見ると、血に濡れた貧民街の子ども達が転がった空き地を思い出して苛立ってしまう。

「くっ。何故だ。どうして。どうして俺達は負けた。この前は逃げ回っていたくせに!姑息な手でしか刃向かえなかった癖に!!お前さえいなければ、あの貧民街の連中を全員ぶち殺して、俺は幸せな生活を!」

 そんな戯言を聞きながら、俺はこの男を殺すべきかどうかを考えていた。

 あの時は貧民街のお人好し達に邪魔されたが。今は違う。ここで殺すか。オヤジでもきっとそうする。抜いた剣が男の首に狙いを定める。

「ああ。あれか。あの時は、あれ以上貧民街の奴らに被害が及ばないように配慮しただけだ。別に、あそこでもこの大立ち回りは出来たさ。」

「貴様っ。くそ。くそ。」

 男は情けなく、ぼろぼろと涙を流し始める。それを見て、思うところはあった。

「……。まあいい。生憎と今日はこれ以上、お前の相手をしている余裕はないらしい。」

 男を離す。地面に落ちる男には既に意識を向けず、俺は拍手のする方向に目を向けた。


「素晴らしい。君は、本当に強かったんだな。」

 ティラティ王国15番隊副隊長アサル=シンが静かな拍手を俺に送る。その目は、先程までの大義を見据えてのものではなく、俺個人に向けてのものへと変わっていた。周囲の部下達も、ピリピリとした雰囲気を纏っている。緊張感が空間を支配し始めた。俺との戦いをシリアスに考えているようだ。

 それに対して俺はというと、頭に走り始めたノイズに眉を歪めていた。この階に下りるまでの魔物達との連戦と、先の一戦。一人で下りるならともかく、常にティアを守り抜く為に気を張っていた。純粋な疲れが出て来たか?そう思うも、それを見せないようにして気丈に振る舞う。敵に弱みを見せて得などないからだ。


「来ないのか?準備運動は終わったぜ。」

 剣の平たい部分。そこを自分の体を斬らないように肩に置いて笑う。倒した賊達は足下に転がっている。遠距離で俺を狙っていた奴らも全員ぶっ倒した。だがその時、敵の姿が時折アネモ獣王国やツタンツカ獣国の泣き笑う騎士達の姿と重ねて見えてしまっていた。頭痛ノイズに紛れて、ドガバの魔人族達との抗争あの戦争の記憶の一部分が不自然に思い起こされていたのだ。

 だが、それがあったからこそ。あの日々に比べれば、こんな戦いはお遊びも同然だと思うことが出来た。だからこそ、俺は疲れを押して戦えている。あの日はもっと走ったし、戦ったし、泣いた。だから俺はまだ戦える。そうだよな、ボアルさん。


 っ。記憶が混濁している。何故俺は今、ボアルさんに言葉を投げかけた。

 血に濡れた、もう助かることがない姿。腕の中で看取ったボアルさんの事切れる瞬間がフラッシュバックして頭痛はいっそう酷くなる。


 目の前で敵として立ちはだかるティラティ王国の騎士。その騎士装備が、全く同じ物ではない筈なのに、不自然にもアネモ獣王国の騎士達の姿を想起させる。何故俺は、今に限ってあの日の記憶を多感に思い出すのか。

「しっかりしろ!お前ら!!」

 突如、苦悩で歪んだボアルさんの顔が浮かんだ。もう戻って来ることはないと分かっていながら、仲間達の意識に必死になって訴えかける姿。薬を盛られ、狂化された彼の仲間を殺すしかなかった戦いを思い出す。この階に降りてくるまで、薬を盛られた獣人族の生き残りを手に掛けて来たせいだろうか。それとも、まだ今朝の自己紹介を引き摺っているのか。俺は些細な繋がりからあの戦争を思い出し続けている。


 ボアルさん。俺はまた、あんたの仲間を殺したよ。


「ってて。」

「大丈夫かい?リヴィス君。」

 すぐ側の影が話し掛けてくる。ピューディックだ。だが、その心配に答える暇はない。俺の異変に気づき、すかさず15番隊副団長様が迫って来ていたからだ。俺は過去を払拭するように頭を振りながら再び副団長との剣を交える。だが、彼の剣は押して来るものではなかった。交わった瞬間に力が抜けたように弱くなり姿を消す。正確には、後方で待ち構える部下の攻撃を当てる為に後退しながら下にしゃがんだのだ。頭痛で気を取られてしまったこともあり、全力で迎え撃った俺は、肩透かしを食らって敵の思惑通りに前方によろける。

「っ!こいつ!!」

「何を考え込んでいる。その隙は、命取りだぞ。」

 誘われた。焦った視線の先で彼の部下が俺の心臓を狙って突っ込んで来ている。マナの気配も感じる。敵は、魔法を使って加速しているのか。

 到底避けられるものではない。加えて、視界の底で副団長様が攻勢の構えを取り直していた。少しでも後退して距離を取ったのはこの為か。

 来る。下からの追撃が。目の前の攻撃を受ければ下からの斬撃ざんげきが俺の身体を両断し、下の攻撃を受ければ心臓が串刺しになる。はは。どうしようもないな。これ。


「詰みだ。ガキ。」

 その声に釣られ、俺は咄嗟の判断で下からの攻撃を押さえつける。敵の強攻撃に、剣を握る手にまで振動が響いて来る。だが、それが狙いだ。俺は、敢えて自分の攻撃を弱めて防いだ。先程の意趣返しだ。敵がしたように、攻撃は必ずしも全力である必要はない。彼の攻撃の強さが軽く俺の体を上へと押し上げる。その反動によって、俺は前方の突きによる一撃を心臓から逸らした。なんとか急所は外してみせたが、身体に刃が突き刺さっていることには変わり無い。ずずずと剣が体を貫通しようと沈み込んでくる。俺は両手で握った剣から片方の手を放し、体に侵入してくる剣を内臓が貫通される前に素手で掴んだ。

「ぐっ。うぅ。」

 その間に、俺の斜め後方に更に二人の部下が先回りしていた。剣が刺さり、前に出られない。俺の逃げ場を埋められた。彼らは後方からの剣撃で俺を仕留めに来る。それを何とか目視で確認していた俺は、胸を貫いてきた前傾姿勢の騎士の首を掴み取り、その足下へ。突き刺さった剣との距離間をそのままに潜り込んだ。巴投げ。その動作の仮定で俺と彼との配置を置換し、敵の剣をこの騎士に打つけて防ぐ。だが当然、下には屈んだ副団長様がいる。俺は握った胸に突き刺さる剣を引き抜きながら次の攻撃に備える為の準備をして。そこまでして、副団長が逃げに回ったことに呆気を取られてしまった。敵はまるで俺の気を引きたがっただけのように、直前で戦意を収めた。

「っ!」

 横からの光に全身の鳥肌が立つ。上手く回避することも出来ずにその爆撃に呑まれて吹き飛んだ。直近の危機に気を配り過ぎて、五人目の騎士が備えていた魔法攻撃にまで気が届かなかったのだ。またあの副団長にのせられた。


 俺は数回地面を転げ回る。

「かっ!くそ、やられた。」

 何とか体制を立て直す。既に敵さんも俺を追って新たな陣形を組み始めている。その目は血走っていて、本気だ。本気で俺を殺しに来ている。殺せると思っている。そこに迷いはない。視線を動かす。出来るだけ全員を視界に入れて盤面を捕える。

「ハッ。俺一人にこんな手厚い待遇。ありがたいね。」

 俺はペロリと舌嘗めずりをする。こんな陣形、冷静に見れば対処出来る。敵が、俺が動くと想定する場所から更に一歩を踏み込む。想定より三秒早く接敵し、二秒早く次の敵を捌く。陣形など築かせない。逃げ場を埋めさせない。そうした動きでゴリ押せば何とかなる。幸い、俺の機動力ならこいつら相手でもそれが可能だ。問題は

「―――っ。」

 頭痛。これが俺の動きを鈍らせる。記憶に基づいた幻影を見せられる。戦争で奪った沢山の罪無き命が俺の足を引っ張る。彼らは俺の死を望んでいる。だから、俺が生きようとすることを邪魔するのだろう。頭の中をガンガンと叩いて少しでも早く死ぬようにと思考を鈍らせて来る。

 それでも、俺は必死になって足掻いた。何度もあの騎士達の連携に対応しながら、死線を乗り越える。向こうもやり手だ。一手一手の攻撃で死にそうになる。集中して敵全員の動きを把握しながら、脳筋ごり押し作戦で対処しているせいもあって、疲れが早い。体が重い。だが、ここで俺が死ねばエパはどうなる。ティアはどうなる。ピューディックはどうなる。俺に付き合わせて死なすなんてごめんだ。約束した以上、その責任は果たすべきだ。そうでなければ、俺はオヤジに顔向け出来ない。だから、俺は体を鼓舞する。頭痛を出来る限り無視して敵と対面する。頭痛がするから許してくれと行って止まるような手合いじゃない。動かなければ殺される。


 戦況が動き出す瞬間は、以外にも早く訪れた。

 それは、何度目かの陣形攻撃を防ぎきった後のこと。

「―――っ。」

 俺との攻防に慣れて来た相手は、その頭痛によって生み出される隙に潜り込める瞬間に全神経を注いでいた。俺も最大限それには警戒していたが、国家騎士団の副団長様の適応力には敵わなかった。頭痛によって産まれる微かな行動の隙に潜り込まれる。先程までには見せなかった勢いで距離を詰めて来た。おそらくだが、俺が急襲に対応出来ないように今まではその加速魔法を隠していたのだろう。

 俺の胴体が、左脇腹から右肩に向けて深く斬り付けられる。傷口から血が噴射した。斬られた痛みによって頭痛と思考が停止する。彼と入れ替わるようにして後ろから飛び出した二人が、俺の体をそれぞれの位置で貫いた。その攻撃は見えていた。あの速度なら躱せるとも思った。だが、そうはならなかった。彼らの攻撃を受け入れるように、誰かに体を固定されたような幻覚を見た。頭痛がする。実際の拘束力は無かったのだろうが、俺には俺が殺した戦死者達の呪いの手が見えた。体を、剣が貫通する。その痛みは想像を絶していた。骨が断たれ、内臓が剣の冷たさを感じていた。冷たい鉄を、俺の体温が温める。

 あつい。つめたい。あつい。つめたい。


 違う。そうじゃない。何とか、立て直さなければ。

 そう思うも、騎士達の連撃は止まらない。彼らの奥で構えていた魔法騎士が俺の頭を撃ち抜いた。頭の右半分が熱くなり、思考が吹き飛ぶ。何をされたのか理解が追いつかなかった。

 敵の剣が刺さったまま、俺は顔面に受けた魔法に弾かれて頭を仰け反らせる。

「たたみかけろ!ここが正念場だ!」

「はい!」

 拮抗状態が崩れ、敵の戦意が上がる。


「―――ぐ。ハッ!それがなんだ!!」

 自分の剣を捨て、俺を貫いた二人の顔面を掴んで地面に捻じ伏せようとした。だが、既にそこに彼らの姿はない。手が誰もいない空中を空ぶった。そんな筈は。剣は体に刺さったままだ。敵将はたたみかけろと言ったんだぞ。このまま斬り捨てるのが早いに違い無い。それに、そう簡単に自らの武器を手放すか?丸腰になるんだぞ。俺は慌てて自分に刺さった剣を見た。柄が握られていない。まさか。


 顔面に魔法が着弾して出来た煙が晴れていく。目の前にティラティ王国の騎士が五人。その全員が魔法の詠唱を終え掛けている。

 距離を取って、冷静に詠唱。だと。俺に焦らせ、急襲だと思わせることで想定する攻撃パターンを限定化させて自分達はその勘違いで生まれる時間を利用したのか。

「撃て!!」

「―――っそが!」

 無数の魔法が俺を襲う。強い衝撃の連鎖に、思考が砕けそうになる。その攻撃を避けることは出来なかった。正面から襲い掛かる魔法の波に圧迫されて息が吸い込めない。体に着弾する魔法は、各攻撃属性にあった色取り取りの綺麗な色で爆発する。視界がぼやける中で映るそれらは、まるで次々と華麗な花が咲き誇っていくかのように見えた。ここで死ねば、俺はこの綺麗な花たちに囲まれて死ねる。それはきっと――。

 俺はその色に飲まれながら、頭痛とは関係のないところで過去を思い出す。


 着弾の色がいつしかの過去に見送った花吹雪へと変わり、辺りはある丘の上へと変わっていた。ブェルザレンの山賊達ウチの連中達が珍しく喪服に身を包んでいて、誰もが涙を流す、その丘の景色に。

 丘の上には、ドガバの魔人族達との戦争で亡くなった者達を埋葬した墓が並んでいる。その中には、当然俺が看取った者ボアルさんの名前もあった。視界が涙で歪む。

 俺の隣。同じ様に涙を流す男が、俺の背中に心を支えるように暖かい手を置いた。

「リヴィス。悪い。俺の力不足だった。」

ブェレジ、さん若頭。違い゛、ます。ぞんなこどは、ない゛、です。これは、お゛れの!」

 涙で言葉が上手く発せ無い。ヒクつく喉が何度も俺の発言を邪魔していた。

「強くなろう。リヴィス。こいつらの分まで、もう、涙を流さなくても言いように。」

「っ。はい゛!づよぐ。な゛ります。俺、づよくなりま゛ず。」


 そうだ。

 もう、大切な人達を誰も失わない。そう、俺は戦死者達彼らの墓の前で誓った。


「リヴィス君!!」


「誰だ!」

「チっ!仲間か!」

 岩陰から飛び出した声に釣られて、意識が過去から戻って来る。突然の声に、騎士団連中が驚き、警戒心を向ける。だが、それは“俺から視線を外した”ということでもある。


「死んじゃヤだよ!!」

 感情的になったティアが此方に向かって走り出す。目の前の騎士達は見えていないようで、ただ盲目に成って俺を目指す。

「厄介だな。殺せ。」

「「「「了解。」」」」

 副騎士団長様の命令の下、騎士達が彼女に襲い掛かる。

「不味い!ティアくん!!」

 焦るピューディックの声が聞こえた。しかし、実体の無い彼では彼女は止められない。全く、危ないから隠しておけと言っておいたのに。

 俺は、“自らの体に刺さった二本の剣”の柄を掴む。


荒蕪独錬こぶどれん流。二剣にげん。闘牛。」

 爆煙の中、俺は体中から血を流しながら、それでも倒れることなどせずに腹の剣を握ったまま腰を落して構える。俺の血肉に、この剣の鞘の役割を代替させる。煙で敵は見えない。しかし、ティアを襲うために発動した魔法の気配なら感じ取れる。俺は静かに息を整え、集中してその気配を追う。


「コリーディナ・デ・ダウロ!!」

 腹から剣を抜いた俺は、闘牛のような激しい滑走かっそうと暴れ具合で三人の騎士を斬り伏せた。意識外から斬られた彼らは、俺の斬撃に対応することは出来なかった。三人を斬って宙を舞った俺は、そのままティアを庇うように彼女を背にして地面に着地し、剣を構える。目の前に立つ副団長様は驚愕の目を向けていた。


「まじかよ。おい。」

 斬り裂かれたところと、剣がぶっささっていたところ。それに頭から止めどなく血が流れていく。魔法攻撃によって体ももうボロボロだ。折角の新品だった制服も汚くなっている。そんな状態でも立ちはだかる俺に、敵は驚愕した。

「まだ立つか。」


「リヴィス君!よかった。生きててくれたんだね。」

「ああ。勿論だ。こんなところで死んでられないからな。厄介だったが、三人倒した。これでもう、あの陣形戦術は使えないだろう。」


「副団長。あいつ、皆を。」

「そう騒ぐな、ユスティア。まだお前と俺がいる。部下達こいつらかたきを取るぞ。」

「はい!」

「ユスティア、後ろの女は後だ。先ずは手前の死に損ないに集中する!」

「はい!」

 副団長様の後ろに居る魔法騎士が杖を構え、四つの魔法攻撃を詠唱し、発射する。それに合わせて飛び出す副団長様。俺はその場で剣を構え、特に飛び出すこともせずに彼らの攻撃を待った。カウンターで殺す気だ。

「あと二人。」

 敵を見据え、舌をべっと放り出す。俺が前に出ないことを悟った魔法騎士が更に攻撃呪文を重ねる。飛び出さないなら、その分生み出される時間を有効活用するみたいだ。俺は二本の剣を持って彼らを迎え撃つ為の準備をする。どうせもう逃げられない。放たれてきた魔法が、他の騎士達の代わりをして俺の逃げ道を塞いでいる。


「死ね。ガキ」

「荒蕪独錬流。二剣」


 お互いの剣が交差するその刹那。俺達は、地面下から飛び出した何者かによって床ごと丸呑みにされてしまった。


 下の階層から、この階層自体を食い尽くすように巨大な魔物が飛び出して来たのだ。床が崩れ落ち、真っ暗な口の中へと放り出される。戦場が、怪物の胃の中になだれ込み始めた。

 崩れた地面に副団長と俺の交錯は阻害され、互いに相手を殺すには微妙な間合いで宙に体を放り投げられた。


「ひ!副団長!!」

「きゃあ!」

 直ぐに戦いどころではなくなる。後ろにいる守るべき存在に意識を向ける。俺達は互いに戦意ある目を打つけ合わせながらも視線だけで休戦の約束を取った。そして、何の間違いか二人ともが敵に背中を預ける。


「ティラ国。第15番隊流剣術。」

「荒蕪独錬流。二剣。」

貴好貧滅きずひんめつかい

喰成物可くせいぶっか


 俺達は一言の会話も交わすこともなく、それぞれが脱出の為の一手を打った。怪物の体に内側から風穴を開けたのだ。真っ暗だった臓器の中に光が差し込んで、崩れ落ちる外の様子が見えた。どうやら俺達は怪物ごと落下中ならしい。

 怪物の死体が地面に着地し、浮遊する時間が終わる。皮肉にも、怪物の体内だったからこそ、俺達は下に落ちた衝撃を柔らかい臓器で緩和することが出来た。


「大丈夫か。ユスティア。」

「はい。皆を連れて、早くこんなところ胃の中から出ましょう。」

「まだ、皆息があるのか。」

「はい。なんとか。でも重傷であることには間違いないです。」

「あの男の方が傷は深そうだが。」

「私もびっくりしています。どうしてあの傷で、まだ戦えるのか。」


「無事か、ティア。」

「う、うん。て!私よりリヴィス君の方が心配だよ。そんなに血を流して。早く止血しないと。」

「はは。確かにそうかもな。」

「もう!笑ってないで傷を見せて。」

 自分でも、横になればもう立ち上がれないような自信はある。ティアは心配そうな顔をしながら俺の体に手をかざす。手には緑色の淡い光。

「お前、回復魔法が使えるのか。」

「そうだけど、でもこの傷はデカすぎるよ。私じゃ、この傷は治せない。」

 彼女の額に焦りの色が浮かぶ。ポケットからハンカチを取り出し、それを傷口に押さえながら再び回復魔法を行使する。

「よせティア。ハンカチが汚れるぞ。」

「そんなことどうでもいいよ!!ダメ。ダメダメ!私の友達が。友達が!」

「はは。そんなに心配しなくても」

「嫌だ。いやいや。イヤ!! 初めて出来たお友達なのに。こんなところで失うなんて!」

「てぃ、ティア?大丈夫か。」

 彼女の目は真剣なものではあるが、どうこか視野が狭くなっている。俺が声を掛けてもまるで届いちゃいない。会話が噛み合わなくなり、ぶつぶつと“ともだち”という単語を呪いのように繰り返し言い続けている。

「落ち着いて!落ち着けって。」

 暴走したティアに声を届ける為に、俺は無理やり自分の体から彼女を引き剥がす。それでも俺の傷口に手を伸ばし、そこしか見えなくなっているティア。俺は仕方なく彼女の両頬を捕まえて無理くり俺の目と合わせさせた。大きくなった瞳孔が、混乱したままの状態で俺を見つめた。自分が何をされたのか一瞬だけ理解出来なかったようだ。

「ティア、聞いて欲しいことがある。俺達がで生還する為に重要なことだ。」


***   ***   ***


 ぱちぱちぱち。

 穴の外から不気味な拍手の音がする。


「そのまま死んでくれれば良かったのに。まさか、僕のガラクタペットの体に穴を開けて出て来るとは。流石、のご友人と言うべきか。面白いやつらだ。」

 制服の上半身部分を使って最低限の止血をすることでティアを説得し、俺は怪物の中から外に出る。そこ一帯は、とても広い洞窟だった。高さだけでも家が100軒は入りそうだ。

 死んだ目の悪魔が、俺達を見下ろすようにダンジョン最下層そこにいた。

 この場所は他の洞窟とは違い、王座の前のような雰囲気があった。この空間が、かつてダンジョンが凡人族の地下城だった頃の名残なのか、目の前の魔人族が作り上げたものなのか。俺には分からなかった。


「ピューディック。」

 俺が名を呼ぶと、俺の直ぐ隣で影が人の形に練りあがる。

「ああ。リヴィス。彼だ。彼が、このダンジョンを拠点にする“ドガバの魔人族”。今回のラスボスだよ。」

 俺達は、こうして本命と対峙することになる。だが、今からドガバの魔人族を相手取るだけの力が俺に残されているかどうかは自分でも分からなかった。

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