第7話 下へ “ノネキストダンジョン編”

 数刻前。


 ティラティ王国、ある部屋。

「その話、本当なんだろうな。」

「ええ。勿論。これだけじゃ証拠は足りない?」

 薄暗い部屋の中。いかつい男たちが集う中で、その女は堂々と席についていた。女の目は長いローブのフードで隠れていて見えない。

「足りないことはないが、嬢ちゃんこの情報をどうやって手に入れた。これは、冒険者ギルドにとっては重要な機密情報だろうに。」

「詳しいことは教えてあげられないわ。私だって商売をしているの。そう簡単に業務内容を明かせないわ。信頼出来ないなら別にそれで構わない。次回以降、私から貴方たちへと情報を提供することがなくなるだけ。今回の分は、まあ勉強料ということにでもしておくわ。」

 呆れながら言う彼女の顔を、依頼者は静かに見つめる。その女の有用性を見極める為に。

「……。分かった。この情報、うちが買い取ろう。あの坊主を殺せる機会を探っていたのは本当だしな。それに、どうやらお前さんとは仲良くしておいた方が良いらしい。おい。この嬢ちゃんに報酬をくれてやれ。お前ら、準備にかかるぞ。昨日のガキを今晩中にはぶっ殺す。」

 それは貧民街を襲撃し、財あるものを奪い取ろうとしたうえで、子供達から果実を奪い取り、優越感に浸っていた賊であった。

 彼らは本気で殺しに行くつもりだ。自分たちの計画を失敗に終わらせた元凶、リヴィスを。


「やれやれ、何とか首の皮一枚で繋がったか。第8王子から直接下された、俺の人生を逆転させるチャンス依頼を潰しやがって。あのガキ。絶対に許さねぇ。」

 作戦失敗の責任を取り、死罰を命じられた彼は、その罰を無効にさせるためにもリヴィスを殺さなければならなくなっていた。

 その猶予までは、あと半日。


***   ***   ***


 時は戻り、ダンジョンの中。


「す、凄い。」

「君、本当に強かったんだね。正直、想像以上だったよ。本当に同い年なのかい?」

「にっひっひ!そうか?だったら良かった。」

 ダンジョンの下層、最奥の階層まであと数フロアのところまで突き進んで来たところでピュ―ディックとティアは感嘆の声を上げていた。

 周囲の景色は相変わらずの岩、岩、岩。だが変わったこともある。下の階層に行くにつれて広くなっていった洞窟。その天井の高さに合わせてそこに居る魔物の大きさも比例して大きくなっていっていたのだ。時に、魔薬で狂わされた獣人族の迷い人もいた。

 それらを全て斬り倒し、出来た屍の山の上に俺がいる。腹が減った俺は倒した魔物の肉を喰らっていた。


「君、それ生だけど食べて大丈夫なのかい?」

「ん?ああ。平気だ。昔はお腹を壊してたけど、。」

 生で肉を食べられるだけじゃなく、一定の毒にも耐性が付いている。だって、体内で毒を生成する奴もいるし。

「どれだけ野生で生きてたんだよ、それ。」

「生肉に慣れたとかあるんだ。」

 ピューディックが少し呆れながら笑い、ティアが少しだけ引いていた。ただ、怯えは完全に引いていて、俺の強さに関しては信頼してくれたようだ。素の彼女で居る。

「慣れてくれば結構旨いぞ?あ、でもティアは食べない方が良い。お腹を壊す。」

「い、言われなくても食べないよ!」

 そんなの当然とばかりに言う彼女だったが、なんだか少し疲れているようで、何かを求めているようなことは見て分かっていた。でもお腹が空いている訳ではないらしい。

「あ、もしかして、喉でも乾いたのか?」

「え、あ、うん。ちょっと歩き疲れちゃったみたいで。喉、からから。」

 考えてみればそうか。出来るだけ最速で来たとはいえ、ここまで13階層分くらいは下って来ている。俺だって、こうして生肉を喰らいながら、血で喉を潤しているくらいだ。


「じゃあ飲むか?魔獣の血。」

「飲まないよ!って言いたいところだけど、うぅ。我慢できない。お、お腹を壊さない程度に、お願いしてもいいかな。」

 舌をべっと出しながら、彼女は喉の渇きを訴えてくる。

「ははは。そんなことしなくてもいいよ。僕なら、湧き水の出どころもえてるし、そこに案内しよう。」

「もう!それを先に言ってよ!ピュ―ディック君!」

 ティアがわちゃわちゃと怒った。そんなに血を飲むのは嫌だったか。以外と味があって美味しいのに。彼らが喋っている間も、俺は喰うことを止めずにそれを見ていた。


「っ!! リヴィス君!」

「分かってる。」

 唐突に、ピュ―ディックが俺の名前を叫んだ。途端、ティアの首を狙って飛んで来た魔力の籠もった矢を俺は寸前のところで斬り割いた。あと一瞬、肉が食い終わるのと判断が鈍っていれば彼女の首は飛んでいただろう。何が起きたのかを理解する間もなく、俺の後ろのティアはただ向けられた殺意と切り裂かれて魔力マナの霧散によって破裂した矢の爆破音にやられて尻餅をついて怯えていた。

 俺はペロリと指に付いた魔獣の血肉を舐める。


「誰だ、俺の食事を邪魔するのは。」

 抜いた剣を構えながら、洞窟の暗闇に問う。

「油断した。ごめん皆、このダンジョンを攻略しに来た、君達と同じ類いの冒険者だと思って無視していたけど、どうやらそうじゃなかったらしい。」

 ピュ―ディックから謝罪の言葉が出る。ティアは俺の後ろ足を掴んで体を隠すようにして震えていた。


「ようよう。昨日ぶりだな。ティラ学の優等生くん。」

 現われた顔を見て、俺はウンザリとした溜息を吐く。

「よぉ、昨日振りだな。何しに来た。こっちはもう二度と顔を見たく無かったよ。」

 それは、入学式の前日に獣人族の子供たちを痛めつけた賊たちだった。彼らは、20、30人くらいの人数を引き連れてこの場所に姿を現し始める。前回より数は少ないが、顔を知らない人間が殆どだ。おそらくは別戦力だろうか。これでは、前回のことなど参考にならないだろう。それにどういう訳か、敵側にはティラティ王国の国家騎士団の武装をした人間が5人もいる。

 彼らはぞろぞろと俺達の居る空間に入って来る。


「知り合いかい?リヴィス君。」

 明らかに俺を見て話す賊を前に、ピュ―ディックが耳打ちする。

「いろいろあってな。一度ボコボコにした。」

「へえ。じゃあ、何かと因縁がある相手ってことだ。」

「まあ、そうとも言えるな。」

 敵の数を見る。こりゃあ手に終えないかもな。逃げるか?と一瞬だけ思案するもティラ国の騎士団を見てその思考を止める。今背中を見せるのはよくない気がした。


「なあピュ―ディック、頼みがある。流石にあの数を捌きながらティアを守り続けるのは不可能だ。だからお前は出来るだけ敵に見つからない場所を選定してティアをそこに潜ませてくれ。お願い出来るか?」

「隠すくらいなら構わないよ。でも」

「もし見つかるようなら直ぐにでも教えてくれ。無理を押してでも駆け付ける。」

「はは。了解。それだけ聞ければ充分だよ。」

 小声での簡単な作戦会議が終わる。すぅ。っと、近くに居た影が消える。目の前の賊たちは始めからその存在を認識出来ていなかったのか。ピュ―ディックの行動には全く気付かない。

 彼らの中で、影はただの影としての認識で処理される。場所が薄暗い洞窟なだけに、その誤認はより顕著に効果を現した。そのまま彼は、ティアに対して幻術で姿を隠す魔法を行使し始める。幸い、彼らが目の敵においているのはリヴィスである。俺を隠すこと自体は土台無理な話になるが、彼の後ろ、足下に隠れた彼女なら問題はない。徐々に、徐々に、彼女を影の内側へと隠していく。ュ―ディックから説明を受けたティアもまた、彼がより隠しやすい位置へと身を動かす。ティアは少しだけ心配そうな顔で俺を見たが、自分がいた方が邪魔になると察したのか、素直に指示に従ってくれた。

 暗闇から続々と姿を現す敵勢力と、徐々に暗闇に姿を隠すピューディック達。


 正直な話、ピューディックが魔法でティアを隠してくれるとは思ってもいなかった俺だったが、彼がそれを発動させた時になんとなくで察してそれに合わせた。本当、魔法って便利だよな。なんで俺は使えないんだか。ムカつく。


 賊は、今ここにいる全戦力を俺に向けて壁のように立ちはだからせていた。その中心にいるリーダー的な人物が剣を地面に突き刺す。

「以前よりも腕を立つ者達を集めてきた。勿論、お前を殺す為だ。ガキ。どうだ?壮観だろ?これからこの巨漢達にリンチにされるんだぜ?お前。わくわくするよなぁ。」

「へえ。少しは骨のある奴でも連れて来たのか?そりゃあ確かにわくわくする。今度は俺を失望させないでくれよ。」

「あ゛?街中を逃げ回りながら姑息な手段で勝ち仰せた癖に調子に乗ってんじゃねぇよ。」

「はは。許せ、おじさん。流石に、あの人数相手に真正面からは厳しかったんだ。それに、勝ちは勝ちだろ。」

 対立の火花が燃える。リヴィスは彼らを煽る。その注目を自らに集める度にティアの存在は彼らからの意識下から外れ、影に隠しやすくなる。俺は、出来るだけ多くの視線を集めるように務めた。

「初めましての顔が多いみたいだが、そいつら、ちゃんと強いんだろうな?そういえば、騎士様の姿も見えるが。まさか、国はこいつらの活動を応援しているのか?」

 おもむろに殺意を向ける。直感だが、この中で1番危険なのはこいつらだ。素人とは違う、ちゃんと国に育成された英才達。俺が入学した学園でこれから学ぶことを先に習得した先人。OB。さて、今の俺で敵うかどうか。


「そうだ。我々、第八王子率いる、第15部隊は不要な国民の根絶を願う。貴族以外は全員等しくゴミだ。だというのに、そのゴミの中でも更に下の序列があるという。今の法律ではゴミ箱の中を処分出来ないが、ゴミ以下のものにはゴミ箱の中に残る権利存在価値などある筈もない。それは、王子が国王とならずとも排斥するべきものだ。それを邪魔した貴様には、我々の作る未来で生きる価値がない。少し粋がった虫程度でも羽音を鳴らされ続けるのは鬱陶しい。したがって、ここで殺すことにした。」

「おいおい、正しくないことを正しそうに言うなよ。そのゴミ以下の存在にも法律が適応されているからこそ、お前達は手が出せなかったんだろ?だからそこのチンピラ達に依頼した。そうなんだろ?」

「いいや、我々は正しい。」

「は?どうしてそう思うんだよ。」

「いずれそうなるからだ。言わば、これは未来に行われる処分の代行。その先駆けだ。決して間違った行為ではないのだよ。強いて言うなら、今の法律の方こそが間違っている。それを我々で変えるのだ。その為の王選がこれから始まる。我々が勝つ為にも、お前のような貧乏人の見方をする不確定要素は消しておかなければならない。分かるよな、よそ者の山賊。」

 へぇ。じゃあつまり、国の外から来た俺の行動が未知数だから俺を殺したいのか。

「それって、俺にびびってるって解釈をしてもいいのか?」

「正確には、お前の裏にいるブェルザレンのじじいに、だ。」

 目の前の人物が此方に向かって剣を抜いて迫る。その速度はすさまじく、直ぐに騎士と俺の剣が火花を散らしながらかち合った。

「ティラティ王国、第15番隊副隊長、アサル=シン。参る。」

「おいおい、そーゆーのは剣を交える前に言うも、のっ!!」

 副隊長の背中の影から他4人の騎士様が飛び出る。そうだ、これは一対一の戦いではなかった。この男を押しのけて距離を取ったとて、ほぼ同時に迫る四本の剣筋に対処することは簡単ではない。相手にとっての必殺の型か何かだろう。俺の逃げ道をなくすように立ち回り、確実に殺しに来ている。ならば、無理にでも振り払ってやるのみ。

 俺は、呼吸を整えながら目の前の相手を見る。心を整え、焦れば使えない必殺の一撃を用意する。強く剣を握り、その一撃の為に全身の神経を肌で感じて集中する。


 荒蕪独錬こぶどれん流 秘技 四奔分技しほんぶんぎ


「な!」

「馬鹿な!」

 四方向から同時に斬りかかって来たそれを、俺はに捌いた。目の前の圧迫した視界が開ける。剣を弾かれ、腕が上ブレた騎士様の胴体はがら空きだ。ここに、もう一度同じ技を叩き込めれば早々にしてこの四人は脱落するだろう。だけれど、生憎この技は連発出来ない。一瞬に掛ける力の影響で腕が少しばかり硬直してしまうデメリットが微かにあるからだ。俺は、迷わず後ろに退いて距離を取る。

 危機を脱しながら、周囲を警戒する。賊のおじさんが呼んできた連中が既に走り周りながら俺を取り囲んでおり、魔法やら弓やらでの攻撃を用意しているからだ。大きな穴の中、隠れられる場所はこの包囲網を越えた先。つまり、全ての攻撃を上手くいなしていかなければ詰む。

「さて。どうするか。」


「でいや!」

 賊の中の幾人かが剣を振りかざしながら迫ってくる。だがそれは悪手だろう。俺は、偶然出来た障害物人敵を壁にしながら、魔法や矢を避ける。寄せ集めなのか、こいつらの連携は上手く取れていない。振り上げた剣が降りる前に仲間からの迎撃にやられた哀れな巨漢の男に、俺は別角度から来る遠距離攻撃を避けながら悠然と体に刃を入れる。相手の身体に赤い線を生み出した。ついで、俺を取り囲んで一斉に襲い掛ってくる剣を持った男達障害物の中で、俺はニヤリと笑う。


「なんだよ、あいつ。猿か。」

 剣を持ち、集団で襲いかかる巨漢の漢達の中を、リヴィス飄々ひょうひょうと駆け巡る。身体を反らしながらぐりんと周り、回転した勢いを使って剣を下から打ち上げ、斬り付ける。敵の膝や胴体を使って跳び上がり、頭や肩に手をやって空中機動をも制するその姿は、客観的に見れば人の域を越えていそうなくらいの化け物であった。少なくとも、この場にいる誰かが彼の戦い方を真似ることは出来ないだろう。


 彼と剣を交えた騎士が、少し遠目で戦況を見る。彼らは、連携もしたことがない連中と協戦することに危機感を得てその集団戦には参加しないで離れた。もし彼らが参加すれば、リヴィスを追い詰めることが出来たかもしれないが、他の連中と同様に障害物として上手く利用されてしまっていたかもしれない。


 遠巻きで戦闘を眺める副隊長の隣で、一人の騎士が言葉を漏らした。

「アサルさん、あいつの剣、一本だけですよね。」

「ああ。そうだな。」

「でも先程、我々の剣を弾いた時、あの一瞬は確かに」

「ああ。あった。」

 彼らが勝ちを確信したその瞬間、敵の剣は確かに四本に増えた。それはちゃんと目視していたし、見間違いではない。しかし、剣が弾かれた後に手元を確認しても彼は剣を一本しか持ってはいなかった。

「魔法の類いですかね。」

「いや、そんな気配は全く感じなかった。魔法なら、我々人類は少しでもその攻撃時に魔力マナを感じる筈だ。身体強化の魔法だって感じられる。なのに、あの技にはそれを感じなかった。それに、一瞬だけ四本の剣筋を生み出す魔法など聞いたことがない。そもそも、あいつ自身の存在にすら魔力マナを感じられない。まるで死人でも相手にしているような気分だ。」

「相手に魔力マナを感じさせないほど魔力マナのコントロールが上手い天才とかですかね。」

「そうだな。或いは、純粋な身体能力だけで魔法に近い域まで達したか。」

「それ、普段ならあり得ないって返すと思います。でも、あれを見てるとそんな気ですらしてきますよね。どちらにしろ、私達には未知の存在です。……勝てますかね。」

「問題ない。私がいる。それに、数の利は此方にある。個人で劣っていたとしても勝ちはするだろう。だが侮るな、一瞬の隙が我々の敗北を生む。」

「了解。まあ、あれを見れば油断なんてとても出来ませんけど。」

 騎士は剣を構える。賊による猛攻が終わった時が出番だ。


「あれが、ブェルザレンの山賊、六番隊隊長。噂に違わぬ強さだな。」

 剣を強く握り絞める。アサルは、目の前で魔法やら斬撃やらを躱していきながら敵を殲滅していくガキを。まだ子どもと侮った己の評価を、正当なものへと押し上げた。

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