第6話 いざ、ノネキストダンジョンへ

 お姫様は、一人ぼっちだった。


 どうして。ヤだよ。いなくならないで。みんな、みんな!!

 一人にしないで。


 遠い昔、全てを失った少女はもう何も亡くさないように努めた。苦しい事も、悲しい事も我慢して。頑張って頑張って。

「化け物が。」

 その結果が、これか。結局私は一人ぼっちになってしまった。

 背中の熱さがその証拠。暗い暗い洞窟の奥底に閉じ込められて、衰弱死するまで一人ぼっち。

 もしかして、このまま死んでも一人なのかな。そんなの、嫌だよ。


くらい。くらい。ここも、わたしも。くらい。くらい。


「おい!聞こえているか!クソ女!! 今助けてやるから、ちょっとそこで待ってろ!!」

 真っ暗な暗闇の中で、そんな声が聞こえた。


***   ***   ***


「―――きて。起きてよ!助けて!リヴィス君!!」

 騒がしい声に引っ張られて意識が浮上する。

 ん。俺は、一体何を、、、

 体が重い。いや、頭が重い。頭蓋骨の中に、脳とは別の何か重たいおもりでもぶち込まれたかのような違和感が残る。上手くはいえないが、何かが飽和している?みたいな。駄目だ。例えもよく分からない。


「んむ。」

 頭の内になんとかしがみついた意識で目を開ける。視界の直ぐ傍で、白く大きな平面が水を垂らしていた。その水で滲んだ視界から何とかその平面を見慣れた誰かの顔へと連想させる。俺の名前を強く呼んでいるくらいだ。知り合いではないことはないだろう。

「……。ティア?か。どうして、ここ」

「リヴィスくん!!よかった!起き」

「んむ!っつぶな!!!」

 徐々に視界を鮮明に映し出し始めた目が、彼女の直ぐ後ろで巨大な斧を振りかぶった大きな牛型の獣人族を捉えた。その瞬間、迫り来る危機に対して反射的に体の制御が取り戻された。簡単に言えば、俺は“起きた”のだ。

 咄嗟にティアを抱きかかえてこの場所を脱出する。先程まで寝ていた場所に斧が刺さった。

「なんだコイツ!おい!お前!いきなり何しやが――っ。」

「無駄だよ。リヴィス君。この人、もう自我が……。」

 腕の中で服にしがみついたティアが顔を上げながら何らかの事情を説明してくれる。その言葉を機に冷静になってその獣人を見つめた。

「……。ああ。そうみたいだな。それに、胸糞な奴だ。」

 俺はその獣人族が陥っている凶暴化状態を知っていた。獣人族の自我を喪失させ、強まる筋力と魔力に体が肥大化する現象。まるで魔物になってしまったかのように体が変化するそれは、トチ狂った薬物を体に打ち込まれることで発動する。

 かつて、アネモ獣王国に居た低級騎士や貧民などの抵抗力の低い人々が利用され、辿った成れの果ての姿。ドガバの魔人族達が作った人を人でなくす兵器だ。ガダンが言っていた、急な国力の増加に関連した実験の産物。それは、俺達の戦争を蝕んだ異色であり、俺はこの狂人達の軍勢をかつて目にしている。

 嫌なノイズが頭の中を駆け巡った。嫌な思い出に、少し頭痛もする。


 だが、頭痛がどうとかトラウマがどうとか言っている場合ではない。

 現状として、体の局所をぶくぶくと膨らませた牛型の失敗作が俺とティアの前に立ちはだかっているのだ。この状態に堕ちた人間に説得など無意味。遭遇してしまったのなら、俺達が生き残る為にもるしかない。

「グギュルガアアアアアアアア!!!」

 まるで獰猛な獣のような叫びをあげる獣人族のカタを前に俺は少したじろいだ。

 殺すしかないと分かってはいても、俺の中にはまだ葛藤があった。いつになっても、被害者と分かっている人を手に掛けるのには苦しいものがある。

 そもそも、何故狂化獣人コイツがここにいる。これは、自然発生するものではない。この薬を持っているのも作れるのもドガバの魔人族達だけの筈だ。可能性があるのなら……。そうして考え出した答えに、俺は思わず口元に手を置いて眉を寄せた。

 まさか、この地下ダンジョンの奥底にはドガバの魔人族でも居るというのか。だがそれはおかしい。ガダンの故郷を潰したドガバの魔人族達は、ブェルザレンの山族達ウチが死力を尽くしてこの大陸から追い払ったはずだ。全滅はさせられなかったが、向こうも痛手は追った。ウチの存在がこの大陸に来ることを嫌がる理由になるくらいの牽制になっているはずである。まさか、それを物ともしない位の力でも手に入れたのか?だとすれば、それは問題だ。


 実家ウチが心配だ。あれからまだ2年。あの戦争で負った傷はまだ完全には癒えていない。前回の因縁があることだ。まずただじゃ済まないだろう。いや、流石に各隊の隊長達が何とか対処するか。あれからウチだって何もせずに過ごしていた訳ではなのだ。だったら、俺がするべきことは。侵入者を先に殲滅しておくこと、か。


「――スくん!リヴィスくん!」

 考え込んでしまっていた俺にティアの声がかかる。はっとすれば、闘牛のように牛の獣人族が突進して来ていた。その立派な角で俺とティアの胴体に穴を開けるつもりのようだ。慌ててそれを避ける。

 は、3メートルはある巨大な獣人族。人型よりの見た目ではなく、獣達によった方の種族。二足歩行を手に入れた筋肉バキバキの青い牛が俺達に牙を剥く。

 不味いな、取り敢えず今は目の前のことに集中しないと死ぬ。

 俺は一旦この先に居るであろうドガバの魔人族のことを考えから捨てて目の前の敵と向き合うことにする。


 戦争において、狂人獣彼らはただの被害者だ。薬物を打たれただけで特別悪意を持っている訳でもない。自我を完全に消失してしまっているせいで悲しみもない。ただ植え付けられた殺傷衝動のままに周りにいる生物を全て殺すよう作り替えられたただの死人である。

 手に掛けることには抵抗がある。だが、誰かがやらなければ被害は増えるばかり。だから俺は人をあやめる。仕方ないとは思わない。どんな理由であれ、俺はのだ。


「今楽にしてやる。恨まれても、文句はねぇ。」

 覚悟を決めながらティアを降ろし、剣の柄に手を掛ける。


猪牡獣弾ちょぼじゅうだん流。一刀いっとう。居合。」

 勝負は一瞬だった。一メートルはある巨大な斧を振り回す敵を、俺は言葉通りまばたきき一つの内に斬った。敵からすれば、ただ強い風が吹いただけのような感覚だっただろう。いつのまにか背後に立った男が、全てを終えるようにその柄に剣を納めようとしているように見えていることだ。


猪瞬疾進いしゅんじんしん!!」

 剣が納められた時、まるで自らが斬られていたことを思い出したかのように巨牛テキの胸に刻まれた傷が開いた。心臓まで届いたその傷から大量の血飛沫が飛び散る。その色は、薬物によって本来の赤い鮮血とは似ても似つかない程濁った別色となり、ドロドロのスライムのようになっていた。


「な、なに。これ。」

 それを見てティアが顔を青ざめさせた。その血が持つ独特な異臭が合わなかったのか、鼻を抑えて蹲る。なんならゲロを吐き出し始めた。

 そんな彼女を背中側に置いたまま、俺は改めて現状を確認する。辺りを見渡すも、そこにあるのは岩、岩、岩。空はなく、暗い洞窟の中は、岩壁にある青い不思議な炎が照明代わりになって周囲を照らしてくれているだけ。


 どうしてこうなったのか。気を失う前の記憶を冷静になって思い出してみる。俺はたしかエパと一緒に最後の依頼内容を終えに、未探索ダンジョンに来たはずだ。

 ダンジョンというのは、かつてまだ凡人族が地下で暮らすしかなかった時代に作られた居城の跡地。古代遺跡のうちの一つのことを指す。

 その頃の凡人族は、まだ魔法も使えない種族であり、他所種族に対して圧倒的に劣っていたらしい。そのため、不要な争いにを避けて生き延びるためには地下でひっそりと暮らしていくしかなかったのだとか。

 今は魔法も扱えるようになり、それなりの対抗手段を手に入れた凡人族は地上でも暮らしていけるようになっている。なので、かつての凡人族が地上に引っ越して新天地での生活にてんやわんやとしてしまっている内に、誰もいなくなった地下城に魔物が住み着いてしまっていた。それが地下城が魔物の巣窟となってしまった理由だ。その地下城跡を俺達はダンジョンと呼んでいる。かつての豪族はその最深部、地上から最も離れた安全な所に住んでいた為に、ダンジョンの最奥では金銀財宝が眠っていることが多く、またかつては存在していた貴重な素材が取れるようだ。だから冒険者ギルドの依頼として“ダンジョン探索”なるものが存在している。


 で、俺はその依頼を冒険者ギルドで受けてダンジョンに入った筈だ。そうだ。ここに入った時、妙な違和感を得た。でもそれは、空気感が変わるような感じで、ダンジョンとかいう特殊な環境に来たのだからと流した。それから、エパと一緒になって魔物達を倒しながら順調に奥に進んでいった筈で。

「ねぇ!見て見てリヴィス!」

「ん?なんだ?」

「この地面から生えた謎の赤いボタン。これ押したら何か面白そうなことが起きそうな予感がしない?」

「そうだな。それは確かに面白そうだ。」

「そうでしょ?だから押してみるわね。いくわよ?せー、の!」


 ……。記憶は、そこで途切れていた。

「は~。なるほど。赤いボタン。それで俺は気絶していたのか。なんだ。なんだ。そういうことか。びっくりした~。」

 掌を拳で叩いて納得する。

「びっくりした~。じゃ、ないよ!どーして!どーしてあんなに怪しいボタンをエパリヴさんに押させちゃったの!? 止めてよ!」

 涙目で突っかかって来たティアが俺の肩を掴んで激しく揺さぶった。私、死ぬかと思ったよ!と必死だ。

「ひひひ。すまんすまん。って、あれ?そういえば、どうしてティアがここに居るんだ?お前とは確か、学園の校門で別れた筈だろ。寮に帰った訳じゃなかったのか?」

「ひぇ!? ふっ、ひゅー♪ふー♪」

「……。」

 俺の指摘に、ティアは驚いたような顔をして首を明後日の方向に曲げて口笛を吹き始めた。あまり指摘されたくはなかったことのようだが、あからさま過ぎるとこちらも気になってくるところだ。

「はっ。もしかして、ストー」

「それは違います。」

 即答だった。心外とばかりに真面目な顔が返ってくる。

「そ、そうか。それじゃあ、何でなんだ?」

「そ、それは。……。ふー♪ひゅ、ヒュー♪」

「……。じー。」

「ひゅっ、ピュ―♪わ、ちゃんと音出た。」

 口笛が鳴ったことで彼女が少しだけ表情を明るくした。ぽわぽわとそれを喜ぶ彼女をみると、別に理由なんてどうでもいいような気がして来た。考えてみれば、別に彼女が一緒に居たところで特に問題もないし。付いて来んなとも思わない。

「まあ、別に理由なんてどうでもいいか。話したくなったらいつでも聞かせてくれ。なんたって俺達、もう友だchi」

「一人になるのが嫌で付いて来ちゃいました。」

 いや、素直に話してくれるんかい。あんなに渋っていたのにどうしてだろ。

「入学式でちゃんとお友達が作れた夢を叶えられたのに。これで終わりなんて嫌だなって思っちゃって。気づいたら後を追い掛けてしまってて……。お友達。えへへ。」

 ティアは少し照れくさそうにしながら人差し指同士を合わせてくねくねしていた。

 いや、別に卒業式でもあるまいし明日も会えただろ。と思うのは俺だけだろうか。

「それならそうと声を掛けてくれればよかったのに。」

「そ、そんなこと出来ないよ!だって直前にバイバイしちゃってたし。うわー。この女まだ付いて来てるよ。うぜぇな。さっきのが別れるタイミングだって分からない?うっぜぇ。とか思ったりするじゃない。」

「するか。お前は俺を何だと思っているんだよ。俺はお前と一緒に居るのは好きだぞ。寧ろ、一緒にいるのに距離を置かれている方が嫌だ。俺達は知人じゃなくて友達なんだろ?だったら、気にせず声を掛けて来てくれ。」

「……。す、凄いね。リヴィス君は。」

「ん?何が?」

「そうやって私に直ぐ手を差し伸べてくれるところだよ。」

「そうか?別に普通だろ。」

「……。そうだね。ありがとう。」

 背中側に落ちてしまった帽子を被り直しながら、俺は彼女に手を差し伸べる。座り込んでしまっていた彼女を引き上げると、なんだか意味深なことを言われた。その傍ら、物陰の暗闇が人の形へと練り上がり始める。それは陰湿に。姿が出来上がるまでは完全にその気配を誰にも察せられないように。


「それじゃあ遠慮なく。僕も仲間に入れて♪リヴィス君。」

 金髪爽やか系イケメンが暗闇に影を落しながら現われる。その姿は、普段は優しいイケメンが裏で実は学園を牛耳る悪ガキだった時のような姿にも見えた。場所も暗いダンジョンの中だけに尚更だ。何か暗躍してそう。しかも彼、今は思い切り悪い顔をしている。ニヒルに笑うその笑顔には警戒心が掻立てられた。


「お前も一緒に来てたのか、ピューディック。いや、お前の場合はか。」

 頭の帽子に手を置きながら彼をみる。これを触ると落ち着くんだよな、俺。

「勿論そうだとも。だからごめん。僕は直接君達と一緒に戦うことは出来ない。僕に出来ることは、せいぜいか騙くらしまでだ。」

 遠くから見てはいるが実体がここには無い以上、情報提供以外での干渉は出来ない。つまり、戦力として数えることは出来ないということだろう。言わば、携帯電話スマホくらいの便利さ。いや、携帯電話って何だよ。昔本で読んだいにしえアイテムオーパーツじゃねぇーか。

「そうか。それは有り難い。正直、右も左も分からなくて困っていたところなんだ。じゃあ早速、エパのところまで連れて行ってくれ。」

 赤いボタンでここまで転送させられてしまった俺には、来た道も帰路も、何も分からなかった。ここが地下何階でどのくらいヤバい場所なのか。そもそも未探索エリアかどうかですら全く分からない状況で困っていた。周りを見回してみても岩、岩、岩だし。星を見て方角を知ろうにも、そもそも空が見えない。

 取り敢えず、先ずは逸れてしまったエパと再会して――。

「……。」

「ん?どうかしたのか?」

 ピューディックは明るい笑顔を消して難しい顔をしていた。その切り替わりに戸惑う。

「ごめん。正直、迷っている。君達をエパくんの居るところに連れていけば、死亡者が増えるかもしれない。」

「それは、どういうことなんですか。」

 ティアが怯えながらピューディックに聞く。体育館のこともある。まだ彼の微妙な存在感に慣れていないのだろう。手に顎を乗せながら考えるピューディックは何かを推し量っているみたいだ。彼の迷いの元には何となく想像がついた。先程の狂獣人族に連なることだ。

「ドガバの魔人族か?」

「ドガバの。リヴィス君、それって。」

「ああ。リヴィス、君の想像通りだよ。このダンジョンの最奥には君が嫌いながいる。勿論、ドガバ関係の飛びっきり質の悪いヤツだ。エパリヴくんは今、そいつに捕らわれている。正直、助けにいくのはあまりおすすめ出来ない。でも勝てるかどうか。」

 ピューディックは申し訳そうにしながらそんなことを言った。俺でも勝てないかもしれない相手。一瞬、あの魔将の顔が頭を過った。ボアルさんを殺し、二番隊を壊滅させた糞野郎。六番隊の俺が駆けつけた時にはもう手遅れだった。自然と剣の柄を握った腕の血管が浮き上がる。

「そうだ!フライア先生に来て貰えば」

「確かに、僕なら先生を呼べる。でもそれも今は出来ない。先生には今、を頼んでしまっている。全くは。入学初日からよくもここまで。」

 ティアの案は直ぐに棄却された。確かに、フライア先生が加勢に来てくれればまだ何とかなるかもしれない。情けないことに、戦力が俺一人だけかもしれないことに不安がある。前回は六番隊の仲間達と一緒だったしな。っていうか。

「ひひ。他の奴らもなんかやってんのか?」

 思わず呆気に取られた。うちのクラスの連中は何をやってんだか。他がどういったことに巻き込まれているのかは知らないが、それぞれ騒がしそうな気がした。

「……。まあ、色々とね。でも今だんとつで不味いのはここだよ。フライア先生はまず間違い無く間に合わない。彼女を待っていたら、エパリヴ君の命は」

「当然、俺は助けに行くよ。道順さえ教えてくれれば一人でも行ける。だからピューディック、お前はティアを上に帰してやってくれ。」

「それがね、リヴィス。彼女だけでこのダンジョンを生還するのもまた不可能なんだ。彼女では屋上までの魔物達の襲撃に耐えきれない。」

「そうなのか?ティア。」

「う、うん。多分。私、戦うのとか得意じゃないし、一人なのは心細いよ。」

 一応、ピューディックの分身が着いてくれるから一人ではないだろうけど。とは思ったが、戦力にもならないピューディックの影を一人と数えていいものかは議論の余地があると思った。

「なら、先にティアを上に送ってから」

「駄目だ。多分だけど、それじゃ間に合わない。」

 ……。そうなのか。たしかにダンジョン内を往復するのに時間はかかる。


「だったら、護りながら降りるしかないな。」

「はは。君には、エパリヴ君を見捨ててティア君と一緒に地上に上がるって選択肢はないんだね。」

 その言葉を聞いた瞬間、脳裏に多くの死体が転がる焼けた大地の光景が過った。

 隊長……。どうして。

「……。当然だろ。あいつをギルドの仕事に付き合わせたのは俺だ。その責任はちゃんと取る。このまま死なれたら寝覚めが悪いにも程があるだろ。」

 それに、俺はもうこのダンジョンの最奥に居るドガバの魔人族糞野郎を叩き潰したい衝動を抑えられなくなっている。冷静を装ってはいるが、帰るという選択肢が頭から消え去るくらいにはいかっている。

「でも、ティア君を護りながら最下層まで降りるなんて現実的ではないよ。それだけじゃない。君は、最終的にはドガバの魔人族と敵対しながらも彼女を護り続けなければいけないことになる。本当にそんなことが出来るのかい?君を最奥にまでに導くのは僕だ。これで全滅でもされれば僕の方こそ寝覚めが悪くなる。」

「なら、何の為にお前は俺にこんな話しをした。」

 ピューディックは疑い深い目で俺を見た。本当に信頼してもいいものかと。おそらくだが、彼は俺に期待している。でなければそもそもこんな相談をする必要がない。エパは上に居ると嘘でも付いて勝手に上に戻せばよかったはずだ。それなのにどうしていちいちこんなことを聞いてくるのか。それは、本当にエパが危ない状況で、それを助けられる可能性があるのが俺達だけだからだろう。しかし敵は強大。最悪、全員が死ぬ可能性すらあり得ると彼は踏んでいる。だが、俺に賭けなければエパは確実に死ぬ。だからこそ、その重要な選択を俺に預けた。君がやるしかないんだぞとでも言うように。


「やろう。エパリヴちゃんを見捨てるなんて、そんなこと出来ないよ。」

 意外にも、ピュ―ディックの質問に真っ先に答えたのはティアだった。彼女は今のエパの気持ちを考え、苦しみ、心配するような視線で俺達を見つめた。その瞳には、自分も死ぬかもしれないという恐れも宿っている。

「たしかに、私は強くない。けど、何も力の強さだけが勝負の命運を分けるとも限らないんじゃないかな。私は私に出来ることを精一杯やるから。二人とも、喧嘩なんてやめよ。」

 彼女の不安で揺れる瞳が俺達を貫いた。彼女は、自分が1番死ぬ確率が高い賭けだと認識しているのか。それとも別に何かトラウマでもあるのか。本心は見えない。


「別に、喧嘩をしてたとかじゃないんだが、お前にはそう見えたか?」

「見えるよ!二人とも、怖い顔してる。」

 俺は一瞬だけ迷う。彼女を連れて行くのは危険だ。でも。

 頭の中で、エパが死ぬ姿も、ティアが死ぬ姿が想像される。文句を垂れながらも仕事に付き合ってくれた彼女も、桜の木の下で出会った彼女も。俺はどちらとも失いたくはなかった。


「おい、ピュ―ディック。お前も本当は分かってるんだろ?出来るかどうかじゃない。“やるしかない”だ。それともお前は、今日まだ知り合ったばかりとはいえ、自分のクラスメイトをそう簡単に見殺しに出来るのか?」

 彼の答えは分かっていた。それが出来なかったからこそ俺達に相談したのだ。

「……。やるしかない。確かにそうかもね。君たちが良いなら、僕は構わないよ。」

「勿論だよ。私は、私は大丈夫だからね。リヴィス君。」

「……。おう。」

 俺は彼女の顔をしっかり目に焼き付けながら、覚悟の籠もった目で伝える。忘れるな、俺は自分の周りに居てくれる人達を護るんだ。もう二度と、目の前で失ったりはしない。


「僕は、ハッピーエンドを観るのが好きなんだ。だから、少しでもそうなるように君達の物語を導くよ。つまり、君達に賭けてみることにするよ。頼むから、本当に死なないでくれよ、皆。」

「う、うん。大丈夫。大丈夫だよ。」

「おう。任せとけ。」

 微かな希望を見出そうとするピューディックの言葉に俺達はそれぞれの表情で言葉を返す。

「……。ごめんね。私、急に偉そうなこと言っちゃって。こんなこと言ってまだ怯えてるし、心配だよね。頼りにならないよね。」

「ティア。……。大丈夫だ。お前達は俺が無事に地上に帰してやるよ。だからそんなに心配すんな。ぶっちゃけ、付いて来てくれると言ってくれて嬉しいしな。」

「そ、そうかな。」

「おう。だからお前の方こそ、俺を信じて付いて来い。」

「う、うん。よろしくお願いします。」

 ティアの表情が少しだけ和らぐ。それを見て、俺は肝に命じた。

 絶対にこの表情かおを裏切ってはならないと。


「……。やっぱり、全員生存の可能性があるのならこれしかないか。いいかい、リヴィスくん。君はフライア先生が向こうの案件を解決して駆けつけるまでの時間稼ぎをしてくれればいい。それ以上を僕は求めはしないよ。」

 ピューディックの提案はあくまでも足止め。エパリヴが殺されてしまう時間をフライア先生が駆けつけるまで何とか引き延ばせということだ。敵は、フライア先生英雄じゃなければ倒せない程強いのか。それは、気を引き締めないとな。

「おう。じゃあ最悪そうするわ。」

「最悪って、君ね」

「にっひひひ!まあ何とかなるだろ。」

 足止めなんて柔い考えじゃこの先直ぐに死ぬだろう。敵は強大。当然、殺す気でやる。

 俺は、愛剣の収まった鞘を強く握った。

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