第3話(後) こいつらがクラスメイト!2

「私、パシィ。眠るのが、大好zzz。」

 うちのクラスにいる3人の獣人族。その最後の一人が机にへたり、眠り始めたところから自己紹介は再開された。いや、眠り始めたというのは正しくないかもしれない。こいつは始めから、寝たり起きたりを繰り返していた。

 パシィは先程のアネモ獣王国の話にはさして興味もなかったようで、終始うとうととしながら事の成り行きを見守っていた。不思議な女だ。獣人族であるなら、あの話題には必ず反応をするものだと思っていた。でも考えてみれば、俺だってこの大陸で起きている全ての戦争事を知っている訳じゃない。きっとあの国とは無縁の場所で育ったのだろう。そう思うと少し納得した。王族女性のイメージもそうだったが、どうやら俺には思い込みが多いらしい。

 そんな彼女は、自己紹介の途中で早くも自分の仕事は終わったと満足そうな顔でぽてんと卓上に倒れ込んだ。まだ最後まで言い終わっていないぞ。

 見た目のタイプは猫族。彼女もまた凡人族側に近い見た目の獣人族であり、身長はまだ幼い子どもと見間違えてしまいそうな程小さい。ぱっと見では140cmも無さそうである。毛色はブラウン系で細かく言えば駱駝色らくだいろ。毛がモフモフそうなのは勿論なのだが、それよりもほっぺたが凄くもちもちと柔らかそうで気になる。

 卓上に押し付けられたそれほっぺはまるでスライムか何かのように柔らかく歪んでいた。彼女がその頬をやわらげながら机に突っ伏しているだけで、どことなく愛らしさを感じさせられる。なんというか、空気がなごむのだ。


 そんな彼女の自己紹介で皆が和む中、俺は少しだけ下を向いていた。勿論彼女の姿を見て和んでいたのだが、どうもアネモ獣王国とツタンツカ獣国の戦いあの戦争が頭から離れずにいた。忘れてはいけないが、だからといって思い出したくもない記憶。鮮烈な光景を植え付けられただけに、一度思い出してしまえば簡単には頭から離れてはくれない。気分は憂鬱だった。

「大丈夫?」

 机がコツコツと叩かれた。音に気づいて顔を上げると、本気で俺を心配した顔が帽子の中を覗き込んでいた。ティアだ。

「あ、ああ。大丈夫だ。ありがとう。ちゃんと切り替えなくちゃな。」

 彼女の心配に当てられて出た言葉が身体に響いた。そうだ。このままの憂鬱な気持ちで居続けてもしょうがない。もう終わったことだ。それに、今日は入学式。まだ新生活が始まり出したばかりだ。気持ちを切り替えていかないと損である。


「よおおおおおおおおおおおおおおおおおおし!切り替えていくぞお!!」

 少し大袈裟に声を張り上げた。そうでもしないと、この感情は振り払えないと思ったからだ。強く自分の頬を叩き、腕を高く突き上げながら勢いよく立ち上がって気をしっかりさせる。急に出た大きな音に全員がびっくりしていた。

「元気になったのはいいが、リヴィス。今はピュ―ディックの自己紹介中だぞ。」

「ひひ!わりい。フライア先生。ピューディックも、ごめん!」

 勢いで立ち上がった影響で後ろに落ちた帽子を被り直し、怪訝そうに俺を見たフライア先生と丁度今自己紹介をしていたピューディックに謝罪をして席に座る。黙って元の感情に戻っても駄目なので、俺は出来るだけ笑顔を心がけて席についた。笑っていれば、身体が楽しいと誤認して嫌な思いも静まってくれるだろう。

「いいよ。リヴィス君。僕は気にしてない。」

 ピューディックは、体育館で俺達に幻術を見せて来た高身長の爽やか系糸目イケメンの魔人族だ。彼はドガバ王国とは特に関係が無い。


「それで僕は」

「次は私の番ね。私の名前はエパリヴ。体育館でも話したように、吸血種よ。フライア先生とはダンジョンの最奥で出会ったの。私はそこで3000年くらい封印されてたから、今の世界情勢とか魔人族のことはよく分からないわ。皆、よろしく。」

「え?あの、僕の自己紹介ターンは」

 ピューディックは戸惑っていた。エパリヴは最初に体育館で突っかかって来た吸血鬼女である。

「3000年って。おばあちゃ」

 自己紹介を強制的に終わらせられて戸惑うピューディックを尻目に思った事を素直に口にしてみれば、頬の横を凄い勢いで何かが擦っていった。怖いくらいに変貌したエパリヴの顔が俺を睨み付けている。もの凄い殺気に思わず表情が固まった。

 今の、攻撃魔法だよな。当たり所が悪ければ顔に穴が空いていたんじゃねぇか?おっかねえ。

「山賊のあなた♪女性の年齢に無粋なコメントはしないように。もし止めないようなら、いつでも言ってくれて構わないわ。殺してあげる。」

 彼女エパリヴの顔は笑顔に変わったが、変わらぬ殺気が俺を震え上がらせた。なんなら、フライア先生も少し怒っているし、そっちの方が怖い。

「は、はい。すみません。」

 俺の顔も終始固まったまま、彼女に謝罪する。何気に、目の前のティアも少し怒っているような気がした。

「いいのよ。分かってくれれば。」

 エパリヴは赤銅色髪で緑目の短髪吸血鬼だった。活発そうな見た目でやんちゃそうなのに、どこか高貴な感じを漂わせている不思議な人物。俺にとって貴族という存在はお淑やかで静かで、お伽話で出て来るような人物像で留まっている。実際に貴族様になんざ会ったこと無かったし、俺にはそれ以外の情報は無かった。実際、ラナディは想像通り過ぎるくらいのお嬢様だ。それで更にイメージを固定されていた分、エパリヴから感じさせられているこの高貴さに関する感情を不思議に思った。お転婆女なのに貴族っぽい。俺は、どうしてそう感じるのだろうか。

 3000年前は本当に貴族か何かだったのかな。そういえばさっきしれっと、ダンジョンの最奥に封印されていたとか言っていたけど、何をしてそうなったんだろうか。

 まさか、昔は悪い魔王様だったりして。

 んー。俺のクラスメイトは、3000年前から生きる元魔王のお婆ちゃ

「そこ。何かまた失礼なことを考えてない?遠慮無く口にしてくれていいのよ?私も遠慮なんてしないから。」

 そんなことを言いながら掌の上に作った炎系の魔法がパチパチと火花を散らして疼いている。ちょっと?エパリヴさん、それを一体どうする気ですか?俺に打つける気ですか?そうですか。

「そ、そんなことないよー。あはは。(棒)」

 心が読まれたような気がして一瞬ドキリとした。帽子越しに頭を掻いてなんとか誤魔化す。

「本当にぃ~?」

「……あっはは。ほんとだって。信頼して欲しい。」

「……。」

「えと……ホラ。時間も無いし。次、次行こうぜ。えっと次は」

「ん。僕だね。」

「そうだ!あの魚人の」

「なんか、話を逸らされているような。」

「ソンナコトナイヨ。ほら、魚人の君、早く自己紹介しちゃって!」

 ぐいぐいと近づき圧を掛けてくるエパリヴから全力で体を逸らして逃げる。不味い。バレたら不味い。殺される!

「……。なんか、邪魔しちゃってるみたいだね。手短にすませるよ。」

「ソンナコトはっ!ほらエパ!お前がしつこいせいで気を使わせてしまっただろ!」

「はぁ!?あんた、私のせいだっていうの!?」

「あったり前だろ!俺はとっくに違うって言ってるのに、しつこく問い詰めて来たのはエパの方じゃないか。」

「あんたが意味深に視線を泳がせたりするからでしょ!そんなことされたら気になるじゃない!」

「気にならんくていいわ!!」

「だいたいエパって何よ!!気安く略さないで!私の名前はエパr」

「二人とも!!喧嘩はそこまで。今は彼の自己紹介の時間だ。」

「む。わ、わかったよ。フライアセンセー。悪かった。」

 本格的な口喧嘩に発展していく最中でフライア先生に注意された。

 あっぶねー。助かった。ガチ目の戦闘に発展すれば目も当てられないことになってしまっていたことだろう。先生が言っているんだから静かにしなよ、っていえば流石に向こうも黙る。これで顔に穴を空けられなくて済んだ。よかった。

「ぐぬぬ。気に食わないわ。」

 エパは本当に気に食わなかったようで、何か呻きながら自分の席へと戻っていった。ピューディックは、どうして自分の自己紹介の時は注意してくれなかったのだろうとボヤいていた。そういえば完全に終わらせたことになってるな、あいつの自己紹介。どんまいだ。ピューディック。まあ体育館のことで大体分かってるっていうのもあるだろうな。


「それじゃあ僕。自己紹介するね。名前は、シャジト。見ての通り、魚人族だ。タイプはオオメジロザメ。えーっと。後は、特にないかな。これからよろしく。」

 ゆったりと喋った彼は割と魚に近い見た目の魚人族。魚人族は獣人族とは違い、凡人族側に近い見た目とか獣に近い見た目とかはない。強いて言えば、人魚とか半魚人のみが凡人族に近い部類にはなるが、それらが魚人族の半数程度を占めている訳ではなく希少種なのだ。

 彼、シャジトはまんまオオメジロザメの見た目をしていた。色もそのまま。それが二本足を持って歩いている。山にいるときはそんな存在を信じられなかった。魚が立って歩くなんて、奇妙で歪だとも少しだけ思っていた。でも現実にそれはいた。目の前で同じように生きて、同じように呼吸をしている。

 外に出て世界を知れ。今になって、送り出される時に首領オヤジに言われたことが心に染みてきたような気がする。実際に見て触れて体験しないと分からない不思議なことがこの世界にはまだまだある。俺自身の固定観念を崩すためにも、この学園に来たのは良かっただろう。


 改めてクラスの中を見渡す。同年代の凡人族同族にボアルさんと同じ獣人族。かつては敵対した魔人族に初めて出会った魚人族という種族。これで心が躍らない訳がない。閉鎖的な山賊ウチとは明らかに違う環境。ここで俺は、新しい自分を見つける。少なくとも、何かしらの成長を見せないとここに来た意味が無い。

 強くなってもよし。見識を広めてもよし。交友関係を広めるもよし。

 ひひ。じゃあ俺は、ここで何をしようかな。

 これからの学園生活に希望を抱き、帽子を深く被って笑う。


「よし。これで全員分終わったな。リヴィス、ティアナ、ラナディラス、アチェ、ガダン、パシィ、ピューディック、エパリヴ、シャジト。計9名が、私が受け持つGクラスの生徒だ。既に問題児だと思う奴もいるが、皆、これからよろしく頼む。」

 全員分の名前を呼んで、フライア先生は不敵に笑った。

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