第3話(前) こいつらがクラスメイト!1

「俺の名前はリヴィス。山賊育ちで、入学の為に山から下りてきた。なにぶん、世間知らずのところがあるかもしれないが、よろしく頼むよ。」

 場所を移して、俺達1年Gクラスが使う事になる新教室の中。一通りの校内見学が終わった後に連れて来られた場所だ。A~Fクラスと同様に30人の生徒が内包出来る広さがあるのだが、俺達のクラスは9人しかいない。その為、教室の後ろには広い余白が結構生まれていた。

 今はクラスメイト全員が席に座っており、正面にある黒板と教卓の間にはフライア先生が立っていた。黒板には大きく“自己紹介”の文字が。一人ずつ順番に挨拶をしていくようだ。

 何故かトップバッターに選ばれた俺は、当たり障りの無い自己紹介文を口にしてとっとと席に座ってやった。自分の自己紹介が1番興味ないからな。早く他の奴のものを聞きたいところだ。自分が山賊であることを口にすることは少し躊躇ったが、三年も過ごす以上は隠したところで時間の問題だと思い打ち明けた。こんなことなら、果物屋にも山賊と言えば良かったと思う。


「私はティアナ。凡人族のティアナ。えっと。皆からは、ティアって呼ばれています!」

 俺の次に席を立ったのは、桜木の下で出会ったあの少女だった。彼女は自分自身のことを“凡人族”と言ったが、俺はそれに妙な違和感を抱く。まあ、隠し事だろうな。彼女の見た目は確かに凡人族のそれではあるが、彼女を凡人族というにはいささか……。まあいい。本人が隠したがっているのだ。今それを指摘してしまうのは野暮ってものだろう。

「こ、これから、よろしくおねがャッス!」

 “皆からは”というところでチラチラと此方に視線を送ってきたティアを見ながらそんなことを考えていると、ティアが噛んだ。あ、噛んだ。と思った。足早に挨拶を済ませた彼女ティアが顔を真っ赤にさせて席に座る。もじもじとしていて少し可愛い。

 ……。そうか。他の友人達からもティアって呼ばれていたんだな。全くの偶然ではあるが、変な名前で呼ぶなと思われていないようで良かった。変に思われていても特に気にしないけど。


「ふふ。ティアナさんはとても可愛らしいお人なんですね。では、この流れで次はわたくしが挨拶をさせて頂きますわね。」

 ティアの挨拶を微笑ましそうに見ながら、ふわふわのドレスを着た少女が立ち上がる。彼女はもう一人の凡人族だ。制服の分類は同じデザインで違いは男女別くらいの2種しかない筈ではあるのだが、彼女のものは特注でもしたのかドレスチックに仕立て上げられていた。あんなものはカタログには載っていない。スカートもなんかもこもことしている。金色の髪には大きな赤いリボンのついたヘッドドレスがついており、見た目は完全にみたいであった。これが巷に言うゴスロリ衣装という奴か?とも思いながら、貴族ならこういう服装も普通なのかもしれないと思った。何せ、彼女はこの国の王女様だし。

 だが、高貴な女性にしては髪が肩の辺りでバッサリと切ってあり、整えられていないくせっ毛も目立っている。凡人族の王族としては少しだけ不思議な見た目だ。オヤジの話では、女性の王族はよく自慢するほどに髪を大切にしているらしく、全員ストレートで長く美しい髪をしているか巻き髪をしていると聞いていた。それだけに、彼女の姿は俺にとっては違和感として受け取ってしまったのだろう。聞いていたイメージと少し違うからな。よく考えてみれば、いつの時代の考えだという話でもある。俺みたいな下民あがりの山賊は滅多に王族とは会わない。加えて、ここ数年で首領オヤジがここの王族と面会していた覚えもない。王族に対する認識が何年か前のもので留まっていてもおかしくはないのだ。


わたくしは、ティラティ王国第13王女。ラナディラス・ティラティと申します。わたくしのことを知ってくださる方々からは、よくラナディと呼ばれていますの。皆様、これからよろしくお願い致しますわ。」

 綺麗で完璧な一礼を持って彼女の自己紹介が終わる。簡潔ながらも最後まで美しい挨拶だった。ところで第13王女て。この国の王子と王女が何人居るのかは知らないが、今の話が本当なら少なくとも彼女の上には姉が12人はいることになる。どんな国だ。他の国の王族がどうなのかは知らないが、この国の王子王女は全員国王の直系であり全員が彼の子どもだと聞いている。だとすれば王様は少なくとも13人は自分の子どもを持っていることになる。なにがとは言わないが、凄く元気な王様なんだな。山では基本、親は子どもを多くても3人までしか作らない。

 いや、まあそんなことは別にどうでもいいか。

 彼女ラナディも凡人族のようだし、他のクラスメイトと比べると比較的に声を掛けやすそうだと思った。いや、そうでもないか?王の娘に気軽に声を掛けて殺されたりしないかな。


「あらあらあらぁ。これは偶然。わたくしも同じ一人称を使いますの。アチェ・オリガ。皆様、どうかお見知りおきを。」

 甲高く、ねっとりとした艶めかしい声で自己紹介をしたのは、眼鏡を付けた獣人女子。タイプは狐。凡人族側寄りの獣人で狐らしいもこもこの尻尾と耳がとても触り心地が良さそうであった。お願いすれば触らせて貰えないかな。毛色は緑系色で、細かく言うならウィローグリーンっぽい感じ。

「あらそうですの?それは奇遇ですわね。よろしければこの後、学園のお庭でお話でも」

「残念ですがわたくし、凡人族のことがだ~い嫌いで御座いまして。遠慮してくれるとありがたいですわ。」

 ラナディの笑顔に嫌みたっぷりの笑顔で返したアチェに、空気が凍り付いた。――ような気がした。

「申しございません。わたくしったらつい勘違いをしてしまったようで。以降、気を付けさせて頂きますわ。」

 王女様の返事は早かった。まるで慣れたことのように言葉を紡ぎ、彼女に謝罪して席につく。その対応のお陰か、クラスに不穏な空気が流れるようなことはなく、女狐は何か思惑でも外したのか、つまらなさそうに唇を尖らせていた。

 というかあいつ、凡人族が嫌いって言って俺やティアも見ていたな。面倒くさい予感がするし、彼女には出来るだけ関わらないようにしよう。


「次は俺様か。」

 牙を鳴らして立ち上がるのは、体育館で一人だけ幻影に手を出した白銀の獣人族。見た目だけではどのタイプの獣人かは判別出来ないが、虎か狼だと俺は勝手に思っている。

「元、アネモ獣王国騎士団ボアル部隊副団長、ガダンだ。」

「そんな。アネモ獣王国って。」

「……。へぇ。」

 出された名前に思わず反応を示してしまった。ボアル。知っている名前だ。それはかつて、仲間だった者の名前で。そうか。彼が言っていた信頼出来る副団長とはこの男のことだったか。俺は彼を一方的に知ってはいるが、彼は俺のことなど知らないだろう。何せ、ボアルさんは故郷に戻る前に……。

 話したいことはある。だが、今はまだ彼の自己紹介の最中だ。無闇に口を挟むのはよくないだろう。


 他のクラスメイトの動揺を見ながら、ガダンは牙を鳴らした。

「お前ら、言いたいことがあるなら素直に言ってくれても構わないぜ。そういう反応になるのは分かっていたしな。ああ。そうだ。ご存知の通り、アネモ獣王国は2年前にツタンツカ獣国に滅ぼされた敗戦国だ。」

「……。」

 彼の告白を皆が黙って聞き入れる。彼に同情しているやつも居るようだ。特に、ラナディとアチェにその傾向がみられた。彼女達はそれを知っていたのだろう。それもそうだ。この大陸で生きる人間ならその戦争を知らない者はいない。直接関わってなどいなくても、一面の記事になってこの大陸中の人々には情報が行き渡っている。


「俺はここに、強くなるために来た。もう故郷を失わないようにだ。その為に俺は、世界でもトップクラスに強いフライアの下に付くことにした。」

「下に付くって言い方は止めてくれ。お前には何度も説明しているが、先生と生徒はそういった関係ではないんだ。ガダン。」

「ああ。何度も聞かされたから理解はしているぜ。でもよぉ。俺はそん位の気持ちで、覚悟でこの学園に来た。それはどんな関係であろうと変わらネェ。俺はただ、俺の弱さが気にくわねぇんだ。あの頃、ツタンツカ獣国の連中は突然強くなりやがった。ゾンビみてぇにしぶとくなって、火竜のように強くなりやがった。それに対応出来なかったままの弱い俺で居続ける訳にはいかねぇんだよ。」

「……。突然、強くなった。ねぇ。」

 その言葉を聞いて、俺は静かに帽子を深く被った。まさか知らなかったとはな。そんな浅い情報で留まっていたのか。俺達が助けようとしていた国は。そりゃ負ける。いや、知っていたところでって話しではあるか。あの戦争と、その結末を思い出して、思わず感傷に浸りそうになる。

「あァ?なんだよ、山賊。俺の発言が不思議か?でも嘘は言ってないぜ。あの国は本当に、突然強くなりやがった。それまでは、気に掛ける必要もないくれぇには弱い国だった。それは間違いねぇ。考えにくい話なのは分かるがな。あァ。強い部隊を隠していたとか、敵が本気を出していなかったとか、そんな話しでもねぇぞ。他の国との同盟を結んでいた訳でもねぇ。それなのに、不自然なまでに急激に強くなりやがったんだよ。あの国は。」

 俺は、静かにその返答を聞いていた。聞きながら、心の中に湧き上がりそうになった怒りを沈めようとする。この怒りは理不尽な物だ。勝手に期待して、勝手に失望しただけのもの。あの国は、もう少し動いてくれているものだと思っていた。これじゃあ、実質……。そもそも、誰かに救いを求めた時点で負けなのだ。それが分かっていながら、それを抑えることが出来ない。誰かに期待してしまう欲を消せないでいる。俺は、まだ弱い。

 まあでも、話を振られたのなら話すか。あの戦争からもう2年は経つ。これを口にしたところで特に問題はないはずだし、彼は真実を知るべきだろう。俺の話を証明する証拠さえ出さなければ、今から話たことが外に漏れたとしても、学生の戯言として棄却出来る。

「不自然な訳ないだろ。同盟国の話もだ。いない訳がない。あの戦争には、“ドガバの魔人族”とウチも裏で絡んでいたんだよ。お前の国は、魔人族達の協力の下でツタンツカ獣国によって滅亡させられた。いや、正確には“支配の下”か?」

 俺の話を聞いて、眉をひしょげていた顔が、皺無く素っ頓狂なものに変わって行く。

「あ?今、何て言った。山賊。適当なことを言ってんじゃねぇよ。」

 その顔が怒りに染まっていくのが見えた。

「事実だ。最も、この話を信じるかどうかは委ねるがな。俺は、あの戦争には山賊ウチも絡んでいたって言ったんだ。ボアルさんを看取ったのも、俺達だしな。」

 瞬間、激しく火花が散った。俺の前には、いつの間にかフライア先生が居て。ガダンの拳と、女狐の攻撃魔法を防御魔法で防いでくれていた。


「落ち着け。お前ら。ここで争って何になる。」

「とめないでくれ。先生。コイツは、俺の知らない情報を持っている。俺がこの2年、どんなに頑張っても得られなかった情報をだ!そんなの、敵に決まっている!仲間なら、今更それを教える理由がないもんなぁ!そんな情報、もっと早くに公表している筈だ!! だったら、コイツはその魔人族に加味していたに違い無い!! ボアルさんを看取った?ふざけるな!あの人が、お前のようなチンピラ達に負ける訳ないだろォが!! 」

「同族の仇が目の前に居て、落ち着けという方が無理が御座います。」

 ガダンと女狐がフライア先生が展開してくれている魔法障壁の向こう側から俺を激しく睨んで来ている。かく言う俺も、左手で掴んだ剣の鞘が震えていた。先生が仲介に来なければ、問答無用で剣を抜いていた。そうしなければ、自分の身を守れなかった。彼女達の殺気に対処しようとはしたが、俺が出る前に先生が動くのが見えて慌てて抑えたのだ。あのまま抜いていれば、後ろから斬ってしまっていた。

 しかし、思ったより短絡的だったな。俺の話を精査するまでもなく殴り込んで来やがった。いや、まあ戦争のことだ。嘘としては面白くない。どちらにしろ相手のことを考えない発言だったか。まあいい。相手がどう受け取るにしろ、これは真実だ。俺自身に茶化す意図はない。


「違う。判断を誤るな。彼は、アネモ獣王国お前達側で参戦していたんだ。そうだよな。リヴィ。」

「……。そうだけど。どうして先生がそれを?」

「お前らなぁ。私がそんなことも調べずに呼んだとでも?私だって、一度は訪れていた国だ。例え邪竜殺しの冒険最中だったとはいえ、心配くらいはする。私も、あの件では力になることが出来なった一人なんだ。悔しさはある。アチェ、それはお前も同じだろ?それに、もしあの山賊がドガバの魔人族側なら、既に私が壊滅させている。」

 先生が放った怒気と殺気に、本気度を感じたガダンとアチェの全身の毛が逆立ち、本能で身を退いた。それでもまだ納得はしきれていないようで、敵意だけは此方に向けている。

 対して俺は、フライア先生に向けて殺意を放っていた。ウチを壊滅させていた?そんなことを簡単に言われて、黙っておけるほど俺は出来た人間ではない。オヤジを甘く見られて黙っていられるか。だが、彼女との縁もある。次の一言によっては―――。

「悪いリヴィス。今の発言は配慮に欠けていた。別に、君の家を軽視した訳ではないんだ。必要なら後でちゃんと謝罪しよう。だから、今はその殺気を収めてくれないか。君の家と事を荒げる気はないんだ。」

「そうか。なら別に構わない。俺も、一人で先生とやって無事に帰れるとは思わないしな。」

 というか、配慮に欠ける発言なら絶賛今俺がしている。そんな最中の俺が彼女を咎めることは出来ないだろう。非は明らかに俺の方にある。

「恩に着るよ。」

 何故か、フライア先生は優しい笑みを浮かべた。俺はその理由が分からなくて困惑する。

 どうして今、そんな顔が出来るのか。


「……。フライア先生の話は本当か?山賊。」

 フライア先生との一悶着を見ていたガダンが俺に質問を飛ばした。俺は自分自身の心を落ち着けながら答える。

「ああ。本当だ。俺達はアネモ獣王国側で参戦した。ボアルさんの最後を看取ったのも、彼が俺達に協力を要請して、暫く苦楽をともにしたからだ。決して、俺達が殺したわけじゃない。世間に公表しなかったのは、それが出来なかったからだ。考えても見ろ、こんな話し、下手に公表すれば大陸間の大きな戦争に発展しかねない。そうなれば、もっと犠牲者が出る。それに、あの戦いは俺達にとってもにがい思い出だった。無理に記憶を思い返すようなことも、戦いを引き延ばすようなこともしたくなかったんだ。それは例え、重要な情報の公開だとしても。」

 2年前の出来事を思い出しながら、俺は帽子の影に視線を隠す。疲弊しきったウチの連中の様子、死んだ者達の墓を思い出して、気分が憂鬱になった。

「さっきも言ったが、あの国の裏には別大陸のドガバ王国の魔人族達が潜んでいた。奴らは、ツタンツカ獣国を起点にこの大陸を乗っ取ろうと画策していた。お前も言っていた通り、あの国は弱小国だった。だからこそ、弱みにつけ込むのも、こともだと考えたんだろうよ。」

 別大陸にある国が表だってダヴィジュ大陸に戦争を持ち込めば、それは大陸間同士の巨大な闘争に繋がりかねない。一国の都合で下手に手を出せば、戦争を拒む同じ大陸内の他国が敵に回る。最悪、自国のある大陸とダヴィジュ大陸の2つの大陸にある全戦力が敵になりかねないのだ。だからこそ、相手もあくまでも大陸内での内戦に留めようとした。それは俺達も同じだ。山賊という性質上、敵は多い。大きな戦争に発展しやすい立ち位置なのだ。だからブェルザレンの山賊としても、ドガバの魔人族としても。あくまでも一国同士の争いの範囲内にまで事を抑えたかった。

 俺達さえいなければ、向こうは戦争が終わった後にツタンツカ獣国を内側から侵略していくつもりだったのだろうな。


「ボルアさんはアモネ獣王国の中で魔人族の介入それに唯一気がついていた。だが安易に仲間にそれを共有することは出来なかった。何故だか分かるか?」

「……。国に、仲間に。至る所に裏切り者が隠れていたからだ。戦時中、俺は何人もの仲間を殺した。」

 腰に付けた剣を握りながら、ガダンは顔に影を落して答えた。

 正確には違う。彼らは裏切らされていたのだ。決して自分の意志ではない。勿論、本当に裏切っていた奴もいたとは思うが、それはごく少数のことだろう。俺はそれを敢えて隠す。

「正解だ。だからボアルさん山賊ウチを頼った。外界を拒み、山に引き籠もる俺達に。俺達の中にまでは、流石に敵の伏兵もいないだろうと考えたんだろうな。その後は戦争だ。俺達は彼の故郷を想う心に惹かれて、獣人の国同士の戦争に紛れてドガバの魔人族やつらと敵対した。だが所詮は一国分の兵士数も持たない山賊風情。奴らを大陸から追い出せはしたものの、それ以上の追撃は出来なかった。もとより、此方も大陸間での抗争なんかに発展させる気はなかったもんでな。それに、俺達は既に多くの家族を失っていた。ボアルさんもその中の一人だ。彼は戦死した。これ以上、俺達には戦う気力が出なかった。勝負は防戦勝ちってところか。……。これが、俺に話せることの全てだ。それ以上のことは俺にも分からねぇ。」

 少しだけ感傷に浸りながら話しをした。多くの仲間を失った戦い。故郷を思う一人の男ボアルの為に、俺達は甚大な被害を出してまで協力した。それだけ、ボアルさんの思いにみな心を打たれたのだ。それでも、出来たことと言えば敵を元の大陸へと追い返すまで。俺達に、もっと力さえあれば。

「……。ボアルさんは、誰に殺された。」

 ふと、アネモ獣王国騎士団ボアル部隊の生き残りであるガダンが俺にそれを聞いた。

 その名前は、俺にとっても彼にとっても因縁付けるには充分の相手であろう。

「魔将、クラファイス。悪い。俺は、ボアルさんの危機に駆けつけられなかった。」

 彼の視線を帽子のつばで遮って答える。面と向かって言えるものではなかった。落した影の中に、敵将の顔が浮かぶ。あの時、俺は目の前でボアルさんを失った。

 

「いや。いい。何も出来なかったのは俺も同じだ。俺は、ボアルさんに頼って貰うことすら出来なかった。敵の所属国と名前が知れただけでも、何も得られなかったこの2年間より大きく前進した。ありがとう。感謝する。」

 彼は頭を下げようとしたが、それを俺の言葉が遮った。

「頼って貰えなかった。それは違う。確かに、この一件に関してはそうかもしれない。だが彼はお前を信頼していた。俺が国を離れてまで行動出来るのは、あいつのおかげだって。いつもお前の名前を口にしていたよ。これからのアネモ獣王国を任せられるって。本当はガダン、お前を最初に頼るつもりだったそうだ。だが、お前との密会をする前にことがバレた。他大陸の介入を知ったボアルさんを、敵がのうのうと野放しにしている筈もない。刺客に狙われ、彼は国内から逃げ出すしかなかった。そして命からがら逃げた先に、偶然俺が居ただけだ。だから、お前は別に信頼されていなかった訳じゃない。」

 始めてボアルさんに会った日のことを思い出す。血だらけで倒れ、死ぬ間近だった彼に手を伸ばしたのは紛れもなく俺で。それがきっかけで多くの家族を失った。オヤジは、そんな俺を。

「……。そうか。それは良かった。あの人は、俺を頼ろうとしてくれていたんだな。」

 未だガダンの顔を見れずに、俺は下を俯いたままになる。あの出来事のことを後悔していないと言えば嘘になる。オヤジも山賊みんなも俺を攻めやしなかったけど。それでも、最初の歯車を拾って来てしまったのは俺なんだ。

 っ。もしかして、オヤジはそれで。俺を。

「襲おうとして悪かったな。お前も辛かったんだな。思い出すのも嫌なのに、俺に事実を教えてくれてありがとな。」

 ガダンから掛けられた言葉は、少しだけ震えていた。

 俺は、そんな彼に言葉を掛ける。彼はここで、この学園場所で強くなろうとしている。

「お前、ここで強くなるって言っていたな。俺も、似たような理由で此処に来た。ボアルさんに剣を教えて貰ったこともある。まあ、つまりなんだ。負けねぇぞ。兄弟。」

「ハッ。言ってろ。ボアルさんの仇は、俺が討つ。」

 俺達は同じ師を持つ者同士。ある意味兄弟と言っても過言ではない。だからガダンのことを兄弟と呼んだ。向こうも、それは理解してくれたみたいだ。

「これからよろしくな。」

「おう。こちらこそ。」

 俺達は、拳を軽く合わせあった。


「はい。はい。二人とも気は済んだかい。じゃあ、席に戻って。自己紹介を再開するぞ。」

 仕切り直しをする為に、フライア先生が手を叩いて指揮を取った。心なしか、その顔は満足そう。


 鋭い視線が向けられていたことも気づかずに、ガダンの自己紹介は終わり、次の人へと移行する。

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