第2話 最後に現われたクラスメイト・影

「凡人、獣人、獣人、獣人、魔人、魚人……。はー。凄いな。色んな種族の奴がいる。この国は多種族国家だとは聞いていたが、凡人族と獣人族に限った話じゃなかったのか。たしか、ダヴィジュ大陸には凡人、獣人の国しかないって聞いていたんだけどな。」

 フライア先生が開けた扉の先にいた人間の中には、この大陸で生きて行く限り、その生涯においてはまず見る事のない種族達がいた。魔人、魚人。こいつらは他大陸を拠点に国を生成しており、殆どこちらには姿を見せない種族達だ。加えて、そいつらの放つ魔力には常人のそれとは違う何かがあった。こいつらの事は詳しく知らないが、直感的に強い連中ばかりだと感じる。俺はこれから、凡人族の魔法使いなんか軽く倒せてしまいそうなこいつらと知識や経験を学ぶのか。……。いいね。なんかわくわくする。一般的な知識で考えれば、魔法すら使えない俺がこの中で1番弱いんだろうな。

 このクラスにいない種族で言えば、後は翼人族と小人族、巨人族くらいか。

「何コイツ。いきなり現われて、人を指さして。」

「同感だ。先生がいなければ今すぐにでも殴り倒していたところだ。」

 体育館の中は、早くも殺伐としていた。遅刻者に待たされてイライラしていたのかもしれない。悪いことをしたかもな。

「悪い悪い。別に悪気はないんだ。」

 俺は直ぐに彼らの圧に押されて軽く謝った。こんなところでやり合う喧嘩するつもりはない。やるとしても、もう少し奴らの情報を集めてからの方がいいだろう。俺が何の情報も無しに魔人族や獣人族と単独で戦って勝てる確率は低い。

 だが、だからといって敬語を使って胡麻すりをするつもりはない。尺だ。俺にだって、オヤジのところで六番隊の隊長を任されているプライドがある。もし喧嘩がおっ始まった時には、その時はその時でなんとかするしかないか。負ける確率が高いだけで、全く勝てない訳でもないだろうしな。寧ろ、勝てない状況下を覆してきた経験の方が多い。そういうのには慣れっこだ。


 俺の行動に反応したのは、銀髪の男と赤銅色髪のくせっ毛女。目の色は男が薄い青、女が緑。

 男の方は獣人族だった。凡人族寄りのタイプで、白銀の耳と尻尾がついている。拳には重厚な盾のような拳で戦う用の武具、鋼鉄の塊がついている。腰にぶら下げられた剣は見ただけでも分かるくらい上等のもの。ギザギザの歯並びを見ると、肉食系の動物に関するタイプか。見た目のイメージだけで言えば拳闘士や武闘家のようだ。

 女の方は、恐らくは魔族。こいつからは凡人族や獣人族とは違う独特な気配を感じる。生きている限り、必ず体内で生み出されている魔法を使う基になる魔力マナという物があるのだが、こいつから感じるその魔力マナの感じが魔人族特有の特徴を持つそれであった。魔力マナの扱いが上手い種族なだけあるのだろう。


「ねぇ。アンタ、どうして私が魔人族だって分かったのよ。」

 魔人族の女が一歩前に出つつ俺のことを指さしてめ付けて来た。不快感と警戒心が伝わってくる。だが殺気はない。

「ん?ああ。前にオヤジと一緒に別大陸に渡ったことがあるんだ。その時に魔人族特有の魔力マナの感じを覚えていたもんでな。それで分かった。不快にならせたのなら謝るよ。」

「……。へぇ。そう。面白いことを言うのね。あなた。」

 目の前の女の口角が上がった。希少で面白いものを見つけた時の笑みだ。俺はそれを見て、自分がどこかで変なミスを犯してしまったのだろうことを察した。それが何かを考えたが、どこで間違えたのかなど分からなかった。あーあ。変な奴に目を付けられたな。面倒くさ。

 髪をふぁっさぁと風になびかせるように手で弾くと、彼女は眉をひそめたまま胸を張って腕を組んだ。その笑った視線が俺から外れることはない。なら、こちらも何かをさぐるべきか。今なら友好的に話してくれそうな気がする。

「差し支えなければ、どのタイプの魔人族かとか聞いてもいいか?」

「ん?種族?そうね。こうなったらもう隠していても意味なんてないし。別に構わないわ。私は吸血鬼よ。」

 うわ。本当に教えてくれた。言ってみるものだなぁ。なんて思いながら、ある人物の顔を思い浮かんでいた。

「吸血鬼……?……!? それって」

「はい。はい。そこまでにしろ~。ただでさえ時間を押してるんだ。クラスメイトとの交流は後にしてくれ。取り敢えず、これで全員揃ったな。」

 吸血鬼の彼女との会話を広げようとすると、フライア先生が手を叩いてそれを止めた。そうだった。俺が遅刻したせいでこいつらを待たせてしまっていたんだった。

「あの、先生。一人人数が足りていません。」

 そんな先生の後ろから、じっと俺達の会話を眺めていたティアが声を上げた。そう言えば、9人クラスとか言っていたな。見渡してみると、確かに俺とティアを含めても8人の生徒しかいない。


「いるよ。」

 9人目の返事は直ぐに返って来た。だがそれは、体育館の隅にあった小さな影からで。その影は、返事と同時にモアモアと蠢きながら増大し始めた。体育館の電球が不自然にカチカチと点滅する。俺はそれに警戒して剣の柄に手を置いた。呑み込まれたと思った。

「これは。」

「な、なに!? なになになに!なんですか!?」

 どこからともなく湧き出て来た黒い霧が体育館内を侵食する。外からの日差しを閉ざして視界を黒く染め上げ始めたのだ。俺達は、黒い霧に包まれていく。

 大きな音が鳴った。出入り口が閉ざされたようだ。それによって、この場所が完全な密室に作り変えられる。逃げ場は失われ、彼の世界へと引き摺り込まれていく。

 このまま素直にこの世界に閉じ込められるのはちと不味いか?空間認識能力を阻害されて、自分が今何処にいるのかも分からなくされる可能性がある。そう思い、剣を抜きかけたが、この状況に対して嫌に冷静なフライア先生を見てそれを止める。彼女はこのクラスの教師だ。ヤバそうなら彼女自身が動く筈。そうしないってことは危険ではないってことか。或いは、後からでも対処出来ると踏んでいるのだろう。……。まあいい。最悪、後から危険になる方だとしても、その対処の過程で今の彼女の実力が見られるかもしれない。そう考えると、俺自身がこの時間を終わらせてしまうのは惜しいような気がした。静かに戦意を収め、剣から手を離す。

 俺が柄から手を離すまさにその瞬間、窓から差し込んだ太陽の日差しは完全に遮断され、俺達の視界から外界と繋がる情報の一切が取り払われた。体育館の内側という空間が彼の支配下に下り、専用の舞台が完成したのだ。

 クラスメイトの誰もが、その光景をどっかり構えて静観していた。中には、俺と同じくフライア先生の実力を見たいという思惑の奴もいるのだろう。静かにフライア先生に視線を送っていた。その中で、ティアだけはただ怖がって怯えていた。

 構築されていく影の世界を見ながら、俺はとんでもないクラスメイトが出て来たもんだなと思った。


「やあ。初めまして、皆。僕の名前はピューディック。夢の世界の魔人族だよ。」

「ひあっ!」

「おっと。大丈夫か?ティア。」

 それは、まるで悪魔か何かのようにぬっと闇の中から現われた。突如俺達の真後ろに現われた爽やか系イケメンの生徒。それに驚いたティアが転び掛けたので、慌てて手を伸ばして支えてやった。彼女は俺の顔を確認して、ありがとうと一言言う。だが、影の中から出てクラスメイトピューディックがどうしても怖かったようで、直ぐに俺の背中側に回って隠れてしまった。小動物のようで可愛くはあるが、制服の上をカサカサと動いていて少しくすぐったかった。


「ちょっと驚かせ過ぎちゃったかな。」

「えー?そう?あの女の子意外の反応が薄くて面白くなーい。」

 たはは。と申し訳そうな顔をした彼と真逆の方向から聞こえた声に視線を向ければ、手を頭の後ろで組んだ少年がつまらなそうに嘆いていた。2人目のピューディック?だ。彼らは俺達を包む黒い霧の暗闇の中から現われてくる。

「はっはっは。全員、それなりには自分の実力に自信があるようだな。結構結構。」

 また別の角度から聞こえた声。それは酷く渋く、今度は白い髭をもじゃもじゃと生やした老人が座っていた。老人は椅子に座っており、片足が木造の義足になっている。

 面白い事に、声が聞こえた方に視線を向けていく中で、世界に壊れた椅子達が視線を誘導するように現われた。その発生の先に、義足の老人がいたのだ。

「ひひひ。なんだこれ。面白ぇ。」

「どこが!?」

 笑った俺の背中でティアが驚愕していた。彼女はこの展開を楽しめてはいないらしい。人が一人増える度に、隠れられる方角が分からなくなって困惑していた。一通り俺の周りをカサカサと動き回った後。結局背中に定位置を置いた彼女は、何も見ないようにと顔を俺の背にうずめている。


 影達は、更に数を増やしていく。さて、本物は一体どいつかなっと。と思い、ざっと出て来た面子を見渡してみる。

 ……あれ?本物は、いない?どれも実体がなくて、どれも偽物。どれも空っぽじゃないか?と俺の五感は言っていた。どうやら上手く偽装しているようだ。もしくは、本当にいないかだが。

「フライア先生からの手紙に呼ばれて来てみれば、クラスメイトは女王や山賊などと色濃い面子ばかり。たしかにお前らなら、俺を退屈にはしてくれなさそうだ。」

 その声は、上から降りかかってきた。

 壊れた椅子や机が、何も無い所から出現しては積み上がる。そうして出来た不格好な山は、着実に天井へと伸びた。その上に誰かが飛び乗る。狂犬のような蛮族の少年。何人目かのピューディックがその声の正体で、こちら見渡しながら嬉しそうにケラケラと笑った。

 それに下から突き上げるような視線を向けた銀髪獣人の少年が強く舌打ちを打ち、いの一番にすっ飛んでいった。そちらが目立っていたので見落とし掛けたが、先程の吸血鬼女が眉をひしょげていた。彼女にとっても、奴は気に食わない存在らしい。


「俺を見下ろしてんじゃねぇよ。ガキ。」

「はは!凄い跳躍力だなぁ!お前。だが、俺に攻撃なんてしても無意味だぞ。」

「っ!アァ!? 」

 彼の拳が、何かに打つかることはなかった。確かにその拳は頂上の少年に届いてはいるものの、肝心の相手に触れている部分が黒い霧状となってすり抜けていた。

「……。ちっ。幻影か。」

 舌打ちをしながら白銀の男が戻って落ちてくる。彼は、本物を探す為に神経を研ぎ澄ませ始め、深呼吸をしながら目を瞑った。それを横目に見ながら、俺はこの空間全域を改めて見渡して帽子を深く被る。

 どうやら、この馬鹿でかい幻影術を本体の滞在無しで遠隔でやり遂げているっぽいな。この術式の主は、きっととんでもない魔力量の持ち主に違い無い。

「ほんと、面白い学校生活になりそうだ。」

「お兄ちゃんはあんまり驚かないね。こーゆーの、体験済み?」

 後ろから小さな男の子が笑い掛けてやって来た。

「ああ。まあな。でもこの規模の幻術は見た事ねぇよ。すげぇな。」

「そう?凄い?やった!やった!褒められちゃった!」

 パチパチと手を叩きながら陽気なショタっ子が戯ける。人影はどんどんと数を増やしていっているのだが、面白いことにその全員がここの学園の制服を着ていた。それはあくまでも全員が同一人物である意思表示か。

「ふえぇ。つまり、これ全部偽物ってことですか。」

 ティアが今やっと幻術それに気が付いたようで、驚きながら顔を出した。

「そうだよ!お姉ちゃん。」

「ひやあ!」

 俺の背中に捕まったままこの光景を見ていたティアの背後にまた誰かが現われた。彼女が強く握ったままビビって逃げるので、そのうち服が伸びてしまいそうだ。

「こら小僧共。あんまりお姉ちゃんを怖がらすんじゃないぞ。」

「じゃあお兄ちゃんが守ってあげなよ!王子様みたいに格好良くさ!僕、そういうお話が大好きなんだ。」

「ひひひ!面白い事を言うな、お前。誰が王子様だって?俺みたいな賊がんなもんになれる訳ないだろ。そんな煌びやかな人生とは無縁の人生だったよ。それに、お前から守るのは難しい。相当な手練れだろ?お前。この国の外からこんな幻影魔法を介入させられているだけで相当凄ぇよ。この手は、今のお前には届かない。なあ、お前。一体どれだけ遠い場所に居るんだ?」

「ははは!なに急に。そんなに睨まないでよ。怖いよ、お兄ちゃん。まあ、攻撃が当たらないのはそうなんだけどね♪そこはこう、当たってる風にして誤魔化してよ!」

 幻術とはいえ、本人の意志は影響する。目の前の子どもの反応をみるに、国外とまではいかずとも、少なくともこの場にはいないことは俺の中で確実になった。だが、だからといって対処方が見つかった訳ではない。相手は道化話から逸れるつもりはないだろうし、これ以上の詮索は難しいか?……。まあいい。いつか絶対に掴んでやる。この能力の攻略方法を。

「悪いな。道化はあんまり向いていないんだ。当たっている風に演じることとか上手く出来ないよ。」

「ええ~。つまんなーい!」

「悪いな。」

「ぶー。まあ、別にいいけど。」

 ほんの少しだけ楽しそうに会話をする俺達を、ティアは少し羨ましそうにみていた。掴んだ服に込められた力が薄くなっていく。

 そして、白銀の獣は俺を睨んでいた。


「久しいな。ピューディック。出来ればお前には、直接ここに来て欲しかったんだけど。というかやめろ。これじゃあ私の話が進められない。」

 そんな中で、フライア先生は始めに出た爽やか系イケメンに声を掛けていた。あれが本体に1番近い姿見すがたみなのかもしれない。

「ちょ!ちょ!フライア先生!ネタばらしは良くないですよ。」

 そう言ってシュルシュルと周りの風景が元通りの景色へと戻っていく。黒い霧は徐々に薄くなって消滅し、陽の光が射し戻る。人影の内残ったのは爽やかイケメンのみ。

「僕は特定の形実体を持たない謎の存在として顕現しておきたかったのに。」

「はっはっは。そうはさせないぞ?何せ、私はお前をその部屋から引っ張り出す為にこの学園に呼んだんだからな。今すぐは無理でも、いつかは皆の前に姿を見せてくれ。」

「はあ。まあ、そんな日が来ればいいですけど。」

 彼は素直にフライア先生に頭を撫でられていた。いや、あれは触れるんかい。でもあれ、別に本体って訳じゃないよな。一体、どういう理屈なんだろうか。まだまだ読み切れないな、こいつは。


「さて。これで本当に全員そろったな。ピューディック。お前は居るのか居ないのかよく分からないから、見える形での魔法カゲを置いておくように。」

「はい。先生。」

 広域に渡る幻術を解いた彼だったが爽やか系イケメンの分身だけはそのまま継続しておいておくようだ。白銀の獣人男がピューディックを睨んでいた。その頬は吊り上がっており嬉しそうだった。未知な敵に対する好奇心だろうか。凡人や獣人でこんな真似が出来る奴は中々いないからな。


「よし。じゃあ全員揃ったところで改めて自己紹介といこう。皆、もう私のことは知っていると思うが、改めて聞いてくれ。私の名前は“フライア”。邪竜殺しの英雄で、君達Gクラスの担任だ。」

 改めて先生を見る。上下ジャージのだらしない姿。以前会った時のような完全武装と頭鎧という姿ではなくなっていた。髪をお団子に纏めていた時と比べてみれば驚く程だらしない格好だ。髪色はくすんだ青。以前とは違って髪を纏めていなければ、ぼさぼさのまま放置されてある。あれ?なんか思っていた変化とは違うな。果実屋で邪竜殺しを成し遂げたと聞いた時には、もう少しちゃんとした騎士様っぽい感じになっているものかと思っていた。だってここ騎士養成学園だし。服装やら規則やらが割とちゃんとした場所だし。先生は英雄だし。


「これからお前達をビシバシと更生させていってやるからな。覚悟しな♪」


「こ、更生??」

 笑顔で俺達に笑いかけたフライア先生に、俺は首を傾げた。

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