第1話 入国!山賊の子
夕暮れの空き地は、草と血の混じった匂いで充満していた。
街の外れ、貧民街。
手に持った食材が地面に落ちる。その音に気が付いた糞野郎共の視線が俺を下から睨め付けるように浮き上がった。
「よぉ!ガキ。お前からの温情、ありがたくいただいてるぜ。」
まだ実の残る食いかけの果実を地面に転がった人影に叩きつけ、踏みつける。影からは呻き声が上がった。それだけで俺は跳びかかりそうになる。連中の行動一つ一つが勘に触った。お前らが踏みつけているのは
「だ、だめだぁ。」
奴らに向かって踏み出した俺の足を地面に転がった誰かが掴む。
「逃げてろ。
悔しさに顔面をくしゃくしゃにしながらこちらを見る青年の声を、俺は黙って聞き遂げる。魔法、ね。俺のような持たざる者からすれば、本当に忌々しい
「
煮えたぎる思いを押し殺しながら静かに返す。止まることは出来なかった。その手を振りほどいてでも、俺は目の前の男達をぶちのめしたくなってしまっている。手に浮き上がった血管を退かせられない。怒りを抑えきれない。
「やめて。」
「お兄ちゃん、逃げて」
地面の節々から弱り切ったか細い声が。そのどれもが自分の怪我を押してまで俺のことを心配してくれている。彼らの血が、草原に滲む。
「駄目じゃ無いか。ティラ学に通うような優等生君がこんなところに来ちゃ。悪い大人に狙われるぜ?俺達みたいなな。がはは。」
目の前の男達は武装して俺を囲んでいた。既に逃げ場などないが、最初から逃げるつもりなど毛頭無ないのだから問題ない。数の差はおおよそ数十。だが関係ない。
目の前に倒れている子どもが、助けを求めてのそのそと地面を這って近づいてくる。
「助けて。お兄ちゃん。」
「ミミレ。」
泣きながら俺の靴に縋る小さな兎の獣人族を、俺は優しく抱き抱える。そして、彼女に一言だけ告げてから、目の前の男達を睨んだ。
「お前ら。俺の友達をこんなにしといて、ただで済むとは思うなよ。」
強い殺気を放つ俺に、男達は一瞬だけ怯む。
「はっ!ガキが。これだけの人数を相手に、お前一人にいったい何が出来るっていうんだ。現実を見ろよ。そんなにお友達が大事なら、今すぐお揃いにしてやるよ。
ある者は魔法を詠唱し始め、ある者達は束になって一斉に跳びかかって来る。そんな男達を前に、俺は腰に掛った剣を抜いた。
*** 数時間前 ***
馬車の車輪が小石に躓いて少しだけ跳ねる。フライアからの手紙を受け取った俺は急いで入学の準備をしたが、それでもこの国に着いたのは入学式の1日前だった。
入国して思う。やっぱり俺は、王国という場所自体がそもそも苦手だ。自然に囲まれたオヤジの拠点とは違い、空気が淀んでいるような気がした。
人が行き交う道路の隅で孤児達が転がっているが、誰も気に掛けない。そもそも子ども達がそんな状況という中で放置されている現状事態が不快でしかなかった。だが、だからといって俺にどうこうは出来ない。見ず知らずの人間を大勢助けられるほど、俺は出来た人間ではなかった。
見たところ、道路脇に転がっている多くは獣人の子のようだった。
「何が、“凡人と獣人が笑い合う国”だ。」
愛用している藍色のテンガロンハットを深く被りながらこの国の現状を見る。
俺自身、昔は彼らと同じ様に道端に転がる孤児であったことから、彼らと幼い自分が重なって見えて嫌になる。また魔法を使えない俺にとって、それらが使える素性も分からないような人間がうじゃうじゃといる場所は恐怖でしかない。自衛の為に警戒するだけで精一杯だ。胸に手を当て、落ち着け。大丈夫だと自分に向けて言葉を投げかけた。
「イドナ。俺はもうここでいい。帰ったらオヤジに宜しく言っておいてくれ。じゃあな。」
「え!? ここでいいって、ここは大通りのど真ん中ですよ!? 何を考え――ちょっと!? リヴィス隊長!? 」
「ここまでありがとう。気を付けて帰れよ。」
お礼だけ言って、馬車から飛び降りる。そして俺は、この国の民衆の中に紛れた。
「もう見えなくなったし。暗殺部隊にも向いてそうだな、あの人。いや無いか。純粋なフィジカルだけで6番隊の隊長に就いてるような人だし。静かなのは向いて無さそ。」
彼の姿を追った運転席の女は、そんな言葉をポツリと漏らしながら馬車に揺られた。
ティラティ王国。ダヴィジュ大陸にある32カ国の国の中で、唯一凡人族と獣人族の2種族が手を取り合って住まう多種族国家。とは言っても、ある日突然お
そういった王と民との間での小さな
他民族間ではお互いに自分達とは違う容姿に嫌悪感を抱くものもいるのだ。
「これじゃあ、うちの連中と山の
顔を上げ、帽子の鍔先から入り込む光を浴びる。いつまでもビクついてはいられない。学園に通う以上、俺はこの環境で過ごすことに慣れなければならなかった。そうでなければ、精神
山に捨てられた俺が、山賊であるブェルザレンのオヤジに拾われて育ったのは幸運だった。こんな世界じゃ、誰にも助けられずに朽ちていく命も多い。それを人よりかは幾分か深く分かっているからこそ、俺自身がオヤジに助けられた人間だからこそ、俺は動かざるを得なかった。
俺は旅荷を持ったまま、道端にある旅行客達を持て成す屋台へと近づく。
「へいらっしゃい!」
立ち寄ったのは果実屋だった。特に理由はない。食材を扱うお店で直ぐ近くにあったのがここだっただけだ。屋台の叔父さんは笑顔で対応してくれる。
この果実屋のおじさんは筋肉がしっかりしていて、果実屋という名前からは想像出来ないくらいには意外とがたいのいいおじさんだった。
「そこの果物セットの箱を10箱くれ。
「勿論だぜ兄ちゃん!まいどあり。ん?見ない顔だが、旅人さんかい?」
買ったものを袋に入れてくれながら、何気ない雑談が始まる。俺は出来るだけ何気ない様子を装うが、警戒を解くことは出来なかった。
「いや、明日からこの王国にある王立ティラ騎士養成学園に入学することになったんだ。今日は寮入りの手続きをしに来た。だから俺はただの学生だよ。」
旅人ローブの下に来ている制服を見せてやると、果実屋は納得がいったように頷く。
「おお!その制服はたしかにティラ学のもんってんだ。てことはアンタ、将来はこの国の騎士様になってくれるのかい?」
「いや、別にそこまでは考えてない。取り敢えず、推薦状?を受けたから来ただけだ。父親には、外の世界を知って来い。みたいなことを言われたな。」
何が地雷になるかのかが分からない。俺は出来るだけ言葉を選ぶ。あくまでも田舎から出て来たお上りさんという感じでいこう。
「推薦状!?そりゃアンタ、推薦入試に受かったとかそういう話じゃなくて、学園側から来て欲しいって招待された訳かい?」
「まあ、多分そうだな。辺境の
「はあ。そりゃあ珍しいことがあったもんだ。仕事柄、ティラ学の生徒さんと話すこともあるが、あんたみたいな人は初めてだぞ。学園からの推薦なんて、珍しいことなんじゃないかい?」
「そうなのか?じゃあ、普通はどうやって入学するんだ?」
「基本は皆入学試験を受ける。人気の学園だし、倍率も高いみたいだぞ。あんた、幸運だったな。」
「入学試験?倍率?へぇ。そんなものがあるのか。俺はただ、フライアからの誘いを受けて」
「フライア!? フライアって、アンタそりゃあ邪竜殺しの英雄様のことじゃねぇのかい?」
果物セットの箱を袋に詰めていたおっちゃんが身を乗り出してその名前を呼んだ。反射的に首を跳ね落しそうになったが、なんとか堪える。
急に近づかれて焦って体を逸らしたが、それでもおっちゃんとの距離は近かった。俺は自分の帽子が落ちそうになって慌てて頭の上から強く抑えつける。
近い距離で、少し興奮気味に鼻をフンスカと鳴らされた。
「じゃ、邪竜殺し?あ~。なんかそんなことを昔言ってたな。あの時はまだ幼かったから、よく理解してなかったな。」
一歩後ろに下がりながら思案すれば、おじさんの顔は屋台の中へと戻っていく。
そういえば昔フライアに会ったとき、邪竜を殺すとかなんとか。そんなことを言っていたような気がする。
あの時はまだただの冒険者だった筈だ。そうか。彼女はやり遂げたのか。
「学園長のごり押しで教師として迎え入れたとは聞いていたが。あんた、偉い人に推薦されたな。ってことはにいちゃん、もしかして相当強いのかい?」
「どうかな。俺は自分が弱いとまでは思わないけど、強いとも言い切れない。俺は、俺よりも強い人達を知っているからな。その人達に比べると、俺なんてまだまだ弱い方だ。」
実家は余りにも人が増えた為に、過去に一度部隊制に切り替わる一幕があった。全21部隊に編成分けされた中で、俺は6番隊の隊長を任されている。だから自分が弱いと言えばウチの隊の連中に示しが付かないだろう。だが、だからと言って
会話をしながら、俺の中には違和感があった。フライアは俺が山に籠もっている内に邪竜殺しを成功させ、偉大な人になったみたいだが。旅人としての彼女を知っている身からすれば、とてもそのようなイメージが沸かなかったからだ。少なくとも、俺と会った時はまだ俺よりも少しだけ強いくらいの強さで、英雄様って感じの雰囲気でもなかった。
まあ、彼女がウチに寄った期間は1週間とかそこらの話。そこからの冒険の日々で俺の知らない彼女になっていたとしても不思議ではない。思えば、あれからもう5年は経つのか。その丁度1年後、戦争が始まって―――。
……。嫌なことを思い出した。
「ほぇ~。まあ、強くなる為に学園に行くんだろうけどな。それじゃあ、英雄様はアンタの性格に惹かれたのかな?まあ頑張れよ、兄ちゃん。ほいこれ。商品だ。」
「おう。ありがとな。」
ハッとして切り替え、笑顔を作る。あの戦争の話しなんざ、この国の人間には関係のないことだ。旅荷の中に入っていた金を殆ど使って買った果物を貰った俺は、直ぐに道端に倒れた子どもに近づこうとした。
「と待った。にいちゃん、一体何をする気だ?」
そんな俺を果実屋のおじさんが引き止める。
「ん?ああ。今買ったこいつをやろうと思ってな。」
少し無理をして笑いかけながら振り返り、先程購入した果物が沢山入った箱を見せる。
それを見て、おじさんは何か納得がいくような表情をした。
「優しいんだな。あんた。でも止めときな。そんなことをしてもキリがないぞ。一体どれだけこの国にあんな子ども達が居ると思ってんだ?一人に優しくしても、直ぐに他の奴らからもたかられるようになる。そいつらの分もあんたに用意出来るのか?より多く伸ばされる助けを求める手をあんたに振り払えるのか?全員を相手出来ないような半端な支援は、するもんじゃねぇぞ。」
その忠告は真っ当な気がした。でもまあ、やらない善よりやる偽善って言うし。このまま彼らに何もしないなんてことは出来ない。そんなことをしたら、昔の俺が悲しそうな目でみてきそうだしな。
「そうか。忠告ありがとう。んじゃ、そうなったらその時また考えるわ。ほんじゃ。」
「お、おい。にいちゃん。まったく。」
真っ当ではあるが受け入れたくはない意見を聞き流しながら、俺はおじさんに手を振って寝転んだ子どもに近づく。
獣人族、モデルは兎。凡人族に耳と尻尾が生えた割と
ぐぅ~。とお腹を鳴らしながら虚ろ気な目で建物に寄りかかっていたその女の子が地面に倒れ落ちかけたので、慌ててその肩を掴んで体勢を支えてやる。
「おっと。大丈夫か?お前。こいつをやるから沢山食って元気になれ。」
そう言って箱を開けて中身を見せる。
しかし、その子は直ぐに果実を頬張り出すことはなく、戸惑い、涎を垂らしながら俺と果実を交互に見ていた。何かを疑っていることを直ぐに理解する。
「どうかしたか?ああ、毒か何かを警戒しているのか。大丈夫だ。そんなもんは仕込んでねぇよ。なんなら、俺が一つ毒味をしてやろう。」
そうして箱の中から林檎を拾い上げて口に入れようとすれば、
「んう!?痛ってぇ!」
急いで口の中から手を引き向き、噛まれた所に息を吹きかける俺を前にしながら、少女はモキュモキュと美味しそうに林檎を頬張り、ごくんと呑み込む。
「いてて。う、うまいか?」
笑顔を向けながらそう聞くと、彼女は俺の顔を呆然と眺めながら涙を零し始めた。
「お、おお!? おい!どうした!? 喉に詰まらせたか!? 美味しく無かったのか!? まさかあのおっちゃん!俺に賞味期限切れの果物を」
そんなことを言うと、ガツンと後頭部を殴られた。しくじった。俺としたことが、警戒を怠ってしまった。
「な訳ねぇだろ!! ウチはちゃんと新鮮なヤツを提供している!! あんまり店の近くでそんなこと言うんじゃねぇ!! いくらあんたでも本気で絞めてやるぞ!! 」
「す、すまねぇ。で、でもよぉ。」
後ろから頭をどつかれ、痛みで少しだけ涙が浮かぶ。このがたいなだけあって意外と力が強いな、この人。本当は、傭兵上がりか何かじゃないだろうな。俺は、男の体を見ながらそんなことを思った。もし私服騎士とかならちょっと面倒だ。怪しい人間に声を掛けて、一定の期間旅人の行動を監視する騎士がいるが、こいつは―――って、そうじゃないだろ。今日は別に、山賊仕事でここにいる訳じゃ無い。任務で来ている訳で無ければ、やましい事は何一つ無い。そんなことを一々気に掛けて警戒する必要はないんだ。あー。これって職業病とかって言うのかな。嫌だな、仕事人みたいで。
「美味しかった。」
呆れるような考え事をしていた俺の腕の中から細い声があがる。深く考え込んでしまっていたせいで、何を言ったのかを聞き取れなかった。
「え?」
「凄く、美味しかったの。」
涙を流しながら、ぐしぐしと涙を拭う腕の中の少女を見て、俺も果実屋のオジサンにも笑顔が宿った。
「ひひひ!そうかそうか。旨かったのか!なら良かった。ほら、もっとあるから好きなだけ食え。」
「いいの?」
「ああ。いいぞ。」
そういうと、少女は夢中になって箱の中の果物を頬張りだした。
頭を撫でてやると、その子ウサギは嬉しそうに微笑む。
「ほらな。ウチの果物は旨いだろうが。」
「そうだな。疑って悪かった。あんたの所の果物は最高だよ。ひひ!」
「分かってくれりゃあ良いんだよ。」
腕を組み、胸を張った果物屋のおじさんは満足げに笑った。
「ゲホッ!ゲホッ」
「わ、バカ!大丈夫か?そんなに焦って食べるな。別に取ったりしねぇから。ゆっくり食いな。」
「ケホッ。お兄ちゃんありがとう。私、嬉しい。」
蒸せた子兎の背中を擦ってやると、一通り咳をしてからまた美味しそうに果実を頬張っていく。
「お、お兄ちゃん。あの、僕らも。」
そんなこんなをやっている内に、気が付けば周りを子供達に囲まれていた。皆ぼろぼろの服を着ていて、いやに痩せ細っている。その光景が、昔の俺が見た光景と重なる。ああ。こんなだったな。
「ほら、言わんこっちゃない。」
先に忠告をしていた果物屋のおじさんがやれやれと首を振る。
「おう!いいぜ!取り敢えずここにある10箱分の果物は全部やるよ。」
「な!兄ちゃん!!? 」
頭の帽子をに手を当てながら立ち上がり、ざっと子供の数を確認する。
「あ、でもこんなにいたら足りないよな。そうだ。馬車でこの国に入る前、近隣に幾つか森を見かけたな。ちょっと今から何か食えるやつを取って来てやるよ。」
立ち上がって気がつく。大通り沿いのこんな場所で大勢でいるのは注目を浴びるな。シンプルに通行人の邪魔もしてしまっている。
「道端でたむろしているのは良くないな。よしお前ら、この辺りに公園とか皆で居られるような場所はあるか?」
「あの。僕、皆が入れる
一人の少年が勇気を出したように前に出てもじもじとしながら教えてくれた。
「そうか。ありがとう。じゃあ場所をそこに移そう。迷惑にならない場所で皆でたらふく食べようぜ!だっはっは!! 」
お礼を言って頭を撫で、彼に先導して貰いながら皆で移動をする。場所を確認したら、俺は直ぐにでも国外へと食量を調達しにいく予定だ。
空き地へと誘導されながら歩く俺の手を兎人の女の子が握って来た。
「ねぇねえ。優しいお兄ちゃん。お兄ちゃんの名前、教えて。」
「ん?あー。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はリヴィス。よろしくな。」
「リヴィス。リヴィス、お兄ちゃん。果物をくれてありがとう。」
「いいってことよ。それより、お前の名前は?」
「私の、名前?」
「おう。俺は今日から暫く、この国の学校に通うことになったんだ。だったら、またお前と会うこともあるだろ?その時に名前を呼べるように教えてくれ。」
「お兄ちゃん、明日も会いに来てくれるの?」
「まあ、そんな感じかもな。」
「そっか。私、ミミレっていうの。よろしくね。リヴィスお兄ちゃん。」
*** 一日後 入学式当日 ***
今朝も、俺はあの貧民街に立ち寄ってから来た。約束もあったし、子供達の傷の様子も見て来たかった。俺自身に医療の知識はないが、元気にしているかくらいは気になるのだ。あんなことがあった後だしな。
追加の食量を運んで雑談をしながら騒いでいたら、時間も忘れて盛大に“入学式”を遅刻してしまった。だがそれを素直に話しても怒られるだけだと思ったので、昨日の出来事を今日起きたこととして族との抗争は省きながら掻い摘まんで説明した。の、だが。
「そうか。それでお前は遅刻したのか。まあ事情は分かったが、これからは程々にな。」
「あーい。」
現在、俺はフライア先生に引き
「それで。ティアナは?」
「私は、その。怖くて。」
彼女は
俺は先生の手を振りほどいて立ち上がり、首から背中に向けて首紐で引っ掛かっていた帽子を取って被り直した。流石に、このまま引き摺られ続ける訳にも行かない。服に隠れた昨日の傷は痛むし、帯刀した剣の鞘も削れそうだ。
「その気持ちは俺にも分かる。新しい場所、知らない人達が行き交う場所に単身で乗り込むのはやっぱりちょっと怖いよな。それに、手紙を受けたのが出発に必要な時間までの一日ま」
「二週間前の直前に着いたのはお前だけだ。他の者には半年前には届けられている。」
「なんだとぅ!!?」
「しょうがないだろ。お前の所は閉鎖的過ぎる。手紙を届けるのにも一苦労なんだ。」
「ぐぬぬ。こっちは明日には出発しないとって急いで準備して来たっていうのに。なあ、ティア。どう思うよ。酷いと思わないか?」
「ティ、ア?」
ティアナに話をふると、目をまんまるくしながら俺を見ていた。ん?なんだ。何か変なことをいったかな。
「ああ。そうか。ごめん。嫌だった?勝手に略して悪い。なんか呼びやすくて。」
「いや、えっと。大丈夫だよ。嬉しい。ティア。うん。いい感じ。」
彼女は胸に手を当てて、しみじみとその呼び名を心に馴染ませていた。
いや。まあ“ナ”を言ってないだけなんだけどな。こんなことで喜ばれると、なんか少しだけ申し訳なくなってくる。どうせなら、もっと可愛い呼び名を付けてあげれば良かった。
ティアちん?ティアナっち?ティアナっちょ! う~んどれもいまいちかな。
「そう言えば、果物屋が変なことを言っていたな。ティアは、入学試験とか受けたのか?」
「にゅうがくしけん?」
何それ?とばかりに彼女が小首を傾げる。やっぱり、こいつも知らないか。そんなことを考えていると、フライアが口を挟んだ。
「いや、彼女も受けてはいないよ。そうか。君達の境遇を考えれば、入学試験を知らないのも当然か。これから私が持つクラスの生徒9人。この全員が、私が直接呼んだ者達だ。入学試験は全員免除されている。」
「へぇ。そんなことが出来るのか。」
「今回が特例だ。私がこの学園の教師になる条件として無理矢理校長に呑ませた。因みに、普通に入学しようとすれば、9人いれば8人は落されるような試験を受けなきゃいけない。リヴィス。君のところでいうと、隊長を任命する“選抜”と同じ様な感じのことだ。」
はぁ。まあ分からなくもないか。つまりは、希望者全員は入学出来ないってこと。誰がこの学園に相応しいのか。それを学園側が決めることをしたってことかな。知らんけど。
「なるほど。じゃあそれが免除の俺達はラッキーってことか。」
「まあそうだな。悪く言えば、
連れられて来た場所は想像以上にデカく、思わず見上げた。一般的な王都のアパートが幾つくらい入るんだ?この建物。8つ?9つ?
縦にも横にも広いな。ここ。
「が。ここでの式典はもう終わってる。君達が遅刻したからな。」
「イデデ!やめほ!ほおお引っはるな!」
ぐいっと頬を摘んで引っ張られた。痛い。ヒリヒリする。
「あの、フライア先生。もう終わっているなら。私達はどうしてここに?」
「ここには、人を待たせてる。」
「人?はっ!まさか
「ふぇ!?」
「違うわ!」
逃げ出そうとした俺の襟首は簡単に捉えられ、ティアを驚かせた俺の頭には拳骨が落ちた。何も、殴らなくても。これでたん瘤は三つ目だ。
「ったく。この向こうで待っているのは校長先生じゃなくて、これからの学園生活を共有するお前達Gグラスのクラスメイトだよ。」
その言葉に、俺は痛みを忘れて顔を上げた。これから一緒に学園生活を送る相手。そんなものが気にならない訳がない。ここで俺の学園生活がどうなるのか決まると言っても過言ではないだろう。
頼むから、面白い奴らであってくれよ。Gクラス。気づかず、笑みが零れた。
フライア先生は、俺達を背に溜息交じりに体育館の鉄製のドアに手を掛ける。
「まあ、上手くやりな。お前達。」
ギギギ。と古びた音を鳴らしながら、扉はゆっくりと開かれる。
その扉の奥に、俺は期待に胸を弾ませた。
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