コラプスティラアカデミア厶
十六夜 つくし
プロローグ ある桜の咲く入学式の日に
はぁ。面倒くさい。
同じ年代の奴らと一緒に勉強をする学園とやらはそんなに良い場所なのだろうか。
今日から俺が入学する王立ティラ騎士養成学園が桜街道の坂上に見える。建物の多いこの王都の端っこ、妙に多くの自然で彩った山中にそれはあった。
その立派な建物を遠くから眺めながら、俺は面倒くささに肩を落としながら自分の選択に疑問を抱いていた。
二日前、昔知り合ったフライアという女から一通の手紙が届いた。その内容は
“教師になった。私のクラスに来い。リヴィス。”
と、なんとも淡泊なメッセージと共にいつ何処に何を買って行くべきかの詳細な情報が事務的に記載されたもの。
顔をおかしくした俺を余所に、
「いいじゃねぇか、リヴィス。行ってこい。お前には、そこでの経験が必要だ。」
「勘弁してくれよ、オヤジ。俺はここが好きなんだ。皆と離れてまでやることじゃねぇよ。」
と、抗ってはみたものの、絶対の命令だと言われれば従わざるを得なかった。しまいには、何を学ぶことが必要かは自分で気づけとか言う余り。まあ、オヤジが俺に期待してくれているのなら、俺はただそれに答えるまでなのだが、今回ばかりは些か理解が出来なかった。普段なら、もっと早くにオヤジの意図に気づけるのにな。今回はそれに気づけてない時点でもう未熟な気がした。
俺とオヤジに、血の繋がりは無い。そもそも、俺には物心ついた時から血の繋がった家族はいなかった。自身の親すら知らない状況で醜く生きて来た俺は、なんやかんやあってブェルザレンのオヤジに拾われた。それからは山賊一家のお世話になっている。昔は小さい組織だったが、今では約数千人もの人材を抱える大きな組織だ。一応そこで俺は6番隊の隊長をしていた。ぶっちゃけ生活に困ることはないだろう。あの家に居られたら俺はそれでいいのだ。だからこそ、学校に行く目的が見つからない。あそこは、将来の為に勉強する場所なのではないのか?
そんな山賊育ちの俺が山から下り、大切な家族と離れてまで一人でこの場所に来た。それだけの価値が、果たしてこの場所には本当にあるのだろうか。
これからは寮暮らしになる。普通に帰ろうとすれば、実家からここまで二週間以上はかかるし、暫く家族とは会えないだろう。それは素直に寂しかった。
俺の生きがいは、仕事終わりの夜に家族皆で宴をすることだった。酒や食事を皆で食べ交わしなら騒ぎ立てるあれだ。今日からはそれに参加出来なくなる。つまり、俺は生きがいを一つ犠牲にしてまでここに居るのだ。本当、なんで「行く」なんて言ってしまったのか。今になって後悔をしている。
急に退屈になって来て溜息を吐く。校舎から登る王都の国旗を見て改めて思う。俺は王国騎士なんかなるつもりすら毛頭ないのに。何しにこの学校に来たんだと。
その他にも上げれば切りがない程、行きたくない理由は思い浮かぶ。だが、尊敬する
少しだけ気合いを入れるが、やはりまだ気怠い。ただこのままむざむざと帰る訳にもいかないので、仕方なく歩き出す。不安を落ち着かせるように、頭に被った愛用のテンガロンに手を置いて気持ちを安らげながら門までの一本道を歩いた。帽子の
つまり、
入学初日からこんなことになっているからこそ、俺はこんなにも早く後悔し、家に帰りたがっているのかもしれない。出だしは大事だ。それを失敗してしまっている以上、嫌なくらいに気が重い。
校門まで残り数メートルのところに来て、花を咲き誇らせる木々の間に隠れてしまっていた学園が目の前の視界一杯に広がった。嫌に豪勢だ。桜舞い散り、賑わいのあるこの景色は、俺を歓迎してくれているようだった。普通なら、新入生はこの光景を前にして心を躍らせるのだろう。そんな新生活に期待する、湧き上がるようなわくわく感は、目の前に佇む歓迎の扉、校門が閉じられていることで完全に削がれてしまう。あれは、遅刻生を拒んでいる。なんて嫌な門だ。その不吉な様子が見えた時点で一度立ち尽くしてしまう。頭を抱えたくなった。再度溜息をつきそうにもなったのだが、そうはならなかった。
それよりも気になる光景が見えてしまったのだ。
誰か、居る。
校門の前で立ち尽くすのは俺だけではなかった。先着がそこにいたのだ。職業病で腰に付けた剣に手が伸びかけたが、相手から敵意を感じなかった為に手を引っ込めた。
新品の制服を着た小柄な女学生。ゆったりと長く垂れる白い髪には、可愛らしいリボンが付いていた。こちら側から顔を見ることは出来なかったが、後ろ姿だけでも充分可愛らしそうなイメージが出来るスタイルの良さをしている。腰のくびれが綺麗だ。
桜吹雪の中、制服や髪を風に揺すぶられながら立っているその女学生がいる光景を見て、俺は素直に美しいと感じた。
大きな学校、立派な校門の前ではその背中はあまりにも小さいものだったが、今の俺にとっては救いになってくれるような背中だった。
なんだ、俺以外にもいたのか。遅刻者。あいつと一緒に学校に入れば少しは罪悪感も軽減するだろう。
心に余裕が生まれた。罪の意識を2分する為に声を掛けようと思った。近づいて、お前も?と気軽に聞くぐらいの感じでいけばいいと思ったのだが、それは叶わなかった。
「私なんかを、受け入れてくれるのかな。」
うわ。なんか重そう。ただでさえ面倒臭い状況なのに、関わればもっと面倒くさいことになりそうな相手に出会った。
俺が近づいている途中で、彼女が先に声を発した。その言葉には、俺が抱いていた疑問に対しても掛ってくるような意味合いが含まれていることに少しして気が付いた。彼女が発した不安は、きっとこれから入学する誰もが抱くようなものなのだろう。
新しい場所、新しく出会う人達。そんな中で自分が上手くやっていけるのかどうか。誰にも受け入れられずに孤立してしまったら。なんていうありきたりな疑問。
慣れしたんだ場所じゃ無い。知り合いも居ないような場所での未来に、俺達新入生は一抹の不安を抱える。
「友達が出来て、皆でわいわいして。そんなことが本当に、私、なんかに……。」
彼女の言葉に釣られてわちゃわちゃとした学園生活を想像してみる。あ、そうだ。ここでも宴会をやれば問題ないじゃないか。気の合う奴を探しておっ始めれば問題とかないだろ。そうしたら生きがいも出来る。いや、でも俺から企画するのか。それは面倒臭いな。ま、いいか。早く友達作ろ。
彼女が発した自分を卑下するような言葉。しかし、欲しいものはあるようで。彼女は葛藤の中で校門に向かって手を伸ばしたり引いたりして、面白いくらいに体をあたふたとさせていた。
目の前に置かれた好物。宴会の中で、本当は欲しいそれに手を出しかねているような感じだ。オヤジが偶に連れて来る新人にそういった遠慮をする者が多い。まあ、1週間もすれば好き勝手に食いながら一緒に飲み騒ぐのだが。俺も今、同じ感じなのかもしれないな。
「じゃあ、先ずは俺と友達になってみないか?お嬢さん。」
「え。」
少女が驚いて俺の顔を見る。どうやら、俺が居ることには気がついてなかったらしい。
「友達、作りたいんだろ。じゃあ手初めに俺となんかどうだ?実はさ、俺この学校に同い歳の知り合いとか居なくてよ。丁度気軽に話せる友人が欲しいって思っていたとこなんだ。ここで会ったのも何かの縁だし、そっちさえ良ければ、俺と友達になってくれないか。」
そう言って手を差しのばして握手を求めてみる。正直ナンパっぽい感じだし、逃げられる可能性の方が高いと思った。だが、少女は俺の顔と手を交互に見ながら困惑していた。良かった。取り敢えずウチのナンパ師が言っていたビンタされて逃げられるなんて状況にはならなさそうだ。
彼女は一歩身を退いて、怯える目で俺を見た。何かの葛藤に表情を歪ませる。その後、意を決したようにグッと口元を強く結び、一息の深呼吸をついてからその手を握ってきた。
「よ、よ、よ、よっ!よろしくお願いします!!」
「ひひ!そんなに緊張しなくていいよ。俺の名前はリヴィス。こちらこそ、よろしく頼む。」
「えっと。わ、私は、ティアナ、です。これから、その、よろしく、お願いします。」
名前を言いながら、彼女はキュッと強くその手を握った。
桜の舞い散る景色の中、俺の新しい学園生活は“遅刻者同士の硬い握手”という不思議な形で始まりを迎える。
「お前ら。初日から遅刻だなんて良い度胸だな。」
「「!!?」」
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