第6話 国吉による華麗(?)な〝G〟退治

 国吉の一撃により、あれほどイーリスが怖がっていた〝すばしっこくて図太い、黒光りする生き物〟は、呆気あっけなく退治たいじされた。

 彼は、床に転がっている残骸ざんがいを、ふところから取り出したティッシュで無造作むぞうさに掴むと、クシャっと丸めて、スーツのポケットに突っ込んだ。



(ゲッ!! の残骸をポケットに……!?)



 イーリスほど恐れているわけではないが、決して得意というわけでもない結太と龍生は、国吉の行動に顔をしかめた。

 視線に気付いたのだろう。国吉は二人に目をやると、ニッと笑って。


「ああ、すいませんね。妙なもんお見せして。――不気味に思われるでしょうが、部屋のゴミ箱に捨てると、お嬢がお怒りになるんですよ。くたばってるとは言え、同じ場所にが存在していると思うと、ゾッとするんだそうで。ですからこれは、お嬢の目のつかないところまで持って行って、処分しなけりゃいけねーんです」


「……は、はぁ……。そーなん、っすか……」


「いろいろと、大変そうですね……」


 理由は判明したものの、がポケットに入っているということに変わりはない。

 結太も龍生も、引きつり笑いを浮かべながら、平然としている国吉を見上げた。


 国吉は、二人の視線を物ともせず、まだ結太にしがみついているイーリスに向かって、


「ほら、お嬢。あんたの怖がってるもんは、もうどこにもいやしませんよ。いつまでそーやってコアラみてーに、純情な男子高校生にしがみついてるつもりです?……ったく。藤島家のお嬢様ともあろうお方が、はしたねー。下着が見えちまってますよ?」


「――えッ!?」


 結太が驚きの声を上げ、国吉を振り返ったとたん、イーリスの体の感触が消えた。

 やっと離れてくれたのかと、ホッとして顔を戻そうとすると、


「イヤーーーーーッ!! 何言ってんのよっ、国吉のバカァアアッ!!」


 耳をつんざくような悲鳴を上げ、イーリスは体を起こすと同時に、結太をもの凄い力で突き飛ばす。

 結太の体は、後ろ向きにぐるんと一回転(後転)しそうになったが、途中でバランスを崩し、横向きで床に倒れ込んだ。


「ギャンッ!?」


 したたかに体を打ち、短く悲鳴を上げる。

 イーリスはハッとした様子で顔を上げ、膝をついた状態で、慌てて結太にい寄って来た。


「結太っ、大丈夫!?」


 結太の肩にそっと手を置き、心配そうに覗き込む。

 まだ体はヒリヒリと痛んだが、結太はヨロヨロと体を起こし、『だ、ダイジョーブだって。ちょっと打っただけだ。こんくれー、どーってことねーよ』と告げ、ヘヘッと、照れ臭そうに笑った。


「……ごめんなさい。アタシ、またパニック起こしちゃったのね。……どーもダメなの。あのジーだけは、見ただけでゾッとしちゃって。何が何だか、わからなくなって……」


 〝G〟とは当然、〝黒光りする生き物〟のことだろう。(どうやら、その生き物の名前を口にすることすら、躊躇ちゅうちょしてしまうらしい。いつも、イニシャルで呼んでいるのだそうだ)

 まだ少し、怯えている様子のイーリスは、胸元に両手を当てて周囲を見回すと、龍生に目を留め、不思議そうに首をかしげた。


「え?……どーしてここに、秋月くんがいるの? 国吉はともかくとして……。え、と……?」



 パニックを起こしている間のことは、全く記憶にないのだろうか?

 だとすると、本当に心底、〝G〟が嫌いなんだなと、結太と龍生は、そっと顔を見合わせ、肩をすくめた。



 龍生は、気を取り直したように微笑を浮かべ、


「部屋の前を通り掛かった時、悲鳴が聞こえてね。いったい何事かと、全開だったドアから中の様子を窺ったら……驚いたよ。結太と君が、重なって床に倒れているところが、目に飛び込んで来たんだから」


 その時の状況を語ると、イーリスはポカンと見つめ……次の瞬間、かあっと顔を赤らめた。

 左右の足を外側に向けて座っている(ペタン座り、女の子座りとも呼ばれる座り方だ)イーリスは、両手で頬を押さえ、ひたすら恥ずかしそうに縮こまる。


「や…っ、ヤダ、アタシったら。いくら怖かったからって、自分で結太を押し倒して、しがみついちゃうなんて……。ほ、本当にごめんなさい、結太。……驚いたでしょう?」


 頬を押さえたまま、チラリと上目遣いで結太を窺う。

 心許こころもとなげに恥じらうイーリスを、初めての当たりにした結太は、あまりの破壊力(可愛さ)に『う…っ』と詰まり、一気に赤面してしまった。


「い――っ、いやっ、べつにっ!……え……っと……。そりゃ、驚きはしたけど、全然ヘーキだからっ!! こんなのこれっぽっちも、気にすることねー――……って?」


 結太がイーリスに、なぐさめの言葉を掛けている最中。

 ななめ上方から、誰かの刺すような視線を感じ、ハッと息を呑む。


 恐る恐る、そちらへ顔を向けると……。

 鬼のような形相の咲耶が、仁王立ちして結太を見下ろしていた。

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