第7話 結太、誤解により咲耶に激ギレされる

…っ、さまぁああ……! 桃花という、純粋で可憐で健気けなげな想い人がいながら、他の女子にデレデレしよってぇえ……ッ!!」


 握り締められた咲耶の両手が、ブルブルと震えている。

 結太は蒼ざめ、弁解しようと口を開いたが、それより先に、咲耶の声がマシンガンのように飛んで来た。


「許さんッ!! 桃花が『許す』と言ったとしても、私は絶対に許さんからなぁッ!! 今のデレデレしただらしない顔も、脳の記憶領域に、ハッキリクッキリ記録してやったんだからなッ!?……ああっ、でもそーか! スマホカメラで、あのだらしない顔を撮っておけばよかったのか! そーすれば、明日にでも桃花に見せ、『楠木結太はこんな奴だ』って言ってやれたのに!……クッソ~ッ! 普段、写真なんぞに興味の欠片かけらもないものだから、こーゆー肝心な時に、素早く対処出来ないんだッ!!……くぅ~~~ッ、私としたことがッ! 大失態じゃないかッ!!」


 咲耶は、地団太踏じだんだふまんばかりに悔しがっている。

 その様子を呆然と見つめながら、結太は心の内で、『保科さんが、写真に全く興味のない人でよかった……!』と、胸を撫で下ろしていた。



 咲耶が悔しがっているすきに、彼女の背後に回り込んでいた龍生は、両肩に手を置くと、耳元に口を寄せ、何事かささやいた。

 咲耶は『ひゃ…っ!?』と高めの声を上げると、片耳を押さえ、龍生をキッと睨みつける。


「バカッ!! 質問なら、もっと普通にしろ!! わざわざ、耳元で言うことじゃないだろうッ!?」


 咲耶の顔が赤く染まったのを確認すると、龍生は満足げに薄く笑う。

 咲耶は『まったく……』などとブツブツ文句を言いながらも、彼にされたらしい質問に、素直に答えた。


「桃花なら、一人で帰った。あんなことがあった後で、心配だったから、家まで送ると言ったんだが。『今日は一人で帰りたい』、『お願いだから一人にして』の一点張りで……」



(え――!? 年がら年中保科さんと一緒の伊吹さんが、今日は一人で……?)



 目を見張る結太だったが、またも咲耶に鋭く睨みつけられ、


「それもこれも、全部おまえのせいだからな!? おまえが桃花の前で、転校生とイチャイチャなんてしてるから――ッ!! 桃花に告白するはずだった日に、別の女子と仲良く帰ったりするからッ!!……そーだおまえだッ!! 全部全部おまえのせいだッ、楠木結太ぁああッ!!」


 まっすぐに指を差され、断言されてしまった。

 結太は思い切り首を振り、必死に訴える。


「違うッ!! イチャイチャなんてしてねーよッ!! オレは――っ、オレが好きなのは伊吹さんだ!! ずっとずっと、伊吹さんだけだッ!!」


「嘘をつけッ!!――だったら何故、桃花に何も言わず帰った!? 転校生と、仲良くお手々てて繋いで帰ったんだろう!? 隠したって無駄だぞ!! 秋月が、ちゃんと目撃してるんだからなッ!!」


「それは――っ、……手を繋いだっつーか、手を引かれたっつーか……。しょ、しょーがねーだろっ? イーリスに、引っ越しの手伝い頼まれたんだからっ! イーリスは転校して来たばっかで、オレ以外に、頼れるヤツもいねーってことだったし……。困ってる人がいたら、助けんのが当たりめーだろッ!?」


「人助けの為なら、桃花を傷付けてもいいってゆーのか!? 桃花を不安にさせて、おまえは平気なのか!? それで本当に、好きって言えるのかよ!?」


 咲耶の言葉に、一瞬、結太は詰まってしまった。

 ――と同時に、単純な疑問も浮かぶ。



(オレとイーリスが仲良くしてたとして……それでどーして、伊吹さんが傷付くんだ? 不安って何だ?……そりゃー、床でイーリスと重なって倒れてんの見られちまった時は、伊吹さんだって、ビックリしただろーけど……。でもそれで、どーして傷付けたってことになるんだ? 〝ビックリさせた〟の、間違いじゃねーのか?)



 結太はまだ、桃花に対する自分の想いは、一方通行――片想いだと思っている。

 それでもここまで言われれば、ピンと来そうなものなのだが……。


 十六年間、恋愛事には一切無縁だった彼は、そんな簡単なことにすら、気付けないのだった。



 その後咲耶は、国吉の声を聞いたとたん、『金さんだ!』と大騒ぎし始め……。

 たちまち不機嫌になった龍生(相変わらず、顔には出さなかったが)に、強制連行されてしまったので、その話は、一応終わりになったのだが。


 翌日から、結太は桃花に、徹底的てっていてきに避けられることになるのだった。

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