第186話 狸の魅力
「儂もそう思う……。」
皆が驚いていた。
「では徳川様っ!やはり我らと共にっ……!!」
少し興奮気味に反応した久武親信だったが、家康の表情を確認するとそれは叶わぬのだと悟っていた。
家康のその表情は、誰にも従属しない人間だと言わんばかりの神々しさすら感じるものだったのだ。
「では儂の考えを申そう……。」
すこし落胆を隠せないままに久武親信は家康の言葉を待った。
「儂は上様を討つつもりじゃ……。」
「殿っ!!何を仰いますかっ!!!」
ほとんど全員といっていい程の家臣が驚愕した。
もちろん徳川家の中枢にいる者はこの事を周知しているのだが、まさかそれを敵方に知らせるなどとは思いも寄らなかったのだ。
ただ、本田正信はやれやれという様な表情で皆の動揺を抑えにかかった。
「皆の者、落ち着くのじゃ。殿が久武殿にお心を伝えておる最中であるぞ。」
「ですがっ!これが奴らに知られれば、上様より厳しい沙汰が下されまするっ……!!」
「生きて帰す訳には参らぬっ!」
片膝を立てて刀に手を掛ける家臣。
だがこれを見た久武は一切動揺を見せなかった。
家康はその家臣の方に手の平を下に向け制した。
「ほほほ……久武殿、すまぬな……。許して欲しい。」
「はっ……。お気になされません様……ご家臣の行動は当然のものと心得ておりまする。」
久武のこの様子に、今まで敵意をむき出しにしていた者達は自身の焦りを恥じた。
「信長を討つと言うからには、それなりの策がおありで?」
久武は核心に迫った。
「ほほ……今は全く無い!」
この家康の言葉と表情。
久武は完全に虚を突かれた感覚だった。まるで狐に包まれた様な感覚。
いや、狸に包まれたというべきか……。
もちろん言葉にはしなかったが。
「策はない……と?」
「うむ、今は全く無い!」
再び無邪気に答える家康。
「じゃが、必ず討てるじゃろう。」
「その根拠は何で御座いましょうや?」
この久武の問いには家康の家臣達も耳をそば立てて聞いていた。
「……感じゃよ。儂の勘は良くも悪くも当たる。それだけじゃ……。」
この答えに誰もが拍子抜けしたが、久武と本田正信は妙な納得を覚えていたのだった。
この説得力は一体何なのだ……?
それと同時に久武親信は違う感覚も芽生えていた。
この方と共になら、天下泰平が叶うやも知れぬと……。
連合軍は明らかに徳川を押し込んでいる。
制圧までもう少しの所まで来ている。
なのに何故か家康側の立場に立って物事を考え始めている……。
この感覚は一体……。
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