第182話  巨星 乙っ

「丁重に埋葬するのじゃ……決して首は落とすな。」


伝説級の武将・本田忠勝に対するこの待遇には誰も異論はなかった。


普通であればこれほどの武将の首は必ず斬り落とすもの……。

だが、あまりもの凄絶な戦いぶりとその最期の姿に連合軍の武将や兵卒の一人一人までもが、最上級の敬意を持つ様になっていたのである。


これを目の当たりにした本田軍の投降兵はその扱いに感謝し、一切の抵抗をやめて武器を捨て国へと帰る者や、連合軍に参加する者が次々に現れた。





◇◇◇





本田軍壊滅と忠勝の討死に……。


この知らせは直ぐに徳川軍本陣に届けられた。

報告を受けた榊原康政は一点を見つめ愕然とした。



「忠勝……馬鹿な男であった……馬鹿がつく程真っ直ぐな男であった……。」


本当は軍令違反・命令違反を犯し更には五千もの兵を失った者に対して、総大将として叱責や、罵詈雑言すら発してもおかしくない状況だった。


しかし康政はとてもそんな感情になれなかったのだ。


これまで主君・徳川家康を支え、共に殿の天下を密かに夢見て来た者同士。

ほかの家中にはない程の絆で結ばれていた自負があった。


兄弟を失った感覚……いや、体の一部を失った感覚か……。


康政はとても叱責など出来る訳がなかった。

だが、現実問題は目の前に非常に危機的状況として差し迫っている。


本田忠勝と五千の兵を失い、敵には大筒が健在……。

もはや打つ手が思いつかなかった。



見かねた酒井忠次が進言する。

「榊原殿……こうなった以上、城に戻り籠城しか手は御座らぬっ……直ぐに引きましょう。」


気丈に振舞う酒井忠次であったが、彼にとっても本田忠勝は良き友であり、運命共同体であった。

折れそうな心を自ら必死に支えながら進言した。



榊原康政率いる徳川軍の現在の兵力は一万五千となっていた。






◇◇◇





「……まさか……平八郎……。」

さすがの徳川家康でもこの知らせには驚きと悲しみを隠せなかった。



本田忠勝の死……。

この衝撃は徳川家に大きな影を落としてしまう。


天下への道に必要不可欠だと思っていた存在。

強力な家臣団の中心に位置していた忠勝。


代えの利かない男の死に徳川家中は混乱の極みとなった。

更には二万七千で出陣した兵の数も既に一万五千程となってしまった。


「退却を命じるのだ……直ぐに呼び戻せ……。」



「ははっ!既にこちらにへと向かっておる模様です!」



「……正信…儂はここで負けるのかもな……。」

手元に残した重臣・本田正信に語り掛ける家康。



「殿……お気をしっかりなされよ!まだ終わって居りませぬ。」




徳川家最大の窮地が訪れた。








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