第5話
「おはようございます、すばる様。あさげの用意ができました」
「路、おはよう」
いつもご家族がお越しになったあとは不機嫌な顔をしておりますのに。すばる様は上機嫌でした。花のような笑顔を見せて、すべての霧が晴れたような顔をしておられます。
「昨日は楽しゅうございましたか。よかったです」
「ああ、とても。とてもいい夢を見ることができた」
「夢? 夢ですか」
「そうだ」
白雪のような肌には、赤みがさしておられました。
よほど旦那様や奥様と、楽しいお話ができたに違いありません。
私はお膳をすばる様の前に置くと、丁寧にお辞儀をして下がりました。
お食事の席にはいてはいけないことになっているためです。
離れを出たところで、本宅の洗濯場が持ち場のはずの玉がやってくるのが見えました。
玉は同い年の女中で、唯一私と仲良くしてくれている子です。
「玉、お久しぶり。どうしたの? 別宅に来るなんて珍しい」
大きなくりくりした目をこれでもかと開きながら、玉は私の質問に答えます。
「路、あんたの実家から人が来て、今奥様と話をしてるよ。急に金持ちになって、あんたのことも家に戻したいって言ってるみたい。急にどうしたのあんたの家?」
「え……私、何も聞いてないよ?」
「とにかくおいでよ。早く行かないとあたしが奥様にどやされちまう」
玉の背を追いかけて、本宅へ走りました。
そこで待っていたのは奥様と、私の実家の使用人だという方。我が家にいるはずのない使用人の口から、驚くべき事実を聞き、私は自分の耳を疑いました。
実家の近くで行き倒れた老人を父が介抱したところ、それが養蚕業を営む会社の社長様で。後継のいなかった社長様は、父をたいそう気に入り、養子に迎えたと。母も妻の地位はそのまま、大きな屋敷に二人で引っ越し、今は事業を勉強しながら、裕福に暮らしているというのです。
元々父は裕福な家の出でしたが、母と駆け落ちしたことをきっかけに、貧しい生活を送ることになり、体調を崩して働けなくなっておりました。
教養のある人ではあったので、飲み込みは早かったようで。栄養のある食事のおかげかすっかり元気になり、今は仕事に励んでいるとのこと。
あまりの実家の変貌ぶりに、私は驚いていいのか喜んでいいのかわからず、ただただあんぐりと口を開けておりました。
「すばる様は……すばる様はどうなるのです?」
口をついて出た言葉は、今後の自分のことでも家族のことでもなく、すばる様のことでした。
彼はずっとひとりぼっちでした。気難しい性格ですので、私に慣れていただくまでも時間がかかりました。今はその偏屈さに磨きがかかっております。今朝は機嫌がようございましたが、世話役が変わるとあれば、たちまちへそを曲げる様子が目に浮かびます。
「あたしがあんたのあとを継ぐことになったから。心配はいらないよ」
そう玉は言いましたが、私は心配でなりませんでした。
出立は三日後、それまでに身の回りのものをまとめ、玉に仕事の引き継ぎをせよと、奥様からは言われました。
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