第3話

 思えばこのお屋敷には、おかしなところがいくつもありました。

 旦那様は商売繁盛のため、よく縁起物を飾る人なのでございます。


 本宅には年に数えるほどしか入りませんが、そちらも不思議な魔除けや飾り物で溢れております。


 ひときわ印象的だったのは、私がやってきた頃に敷地内に稲荷が建ったことです。狐を家に飼うと良いと聞いて、どこからか御神体を持ってきて、祀ることにしたようです。


 以来旦那様は、毎日油揚げを供えているようです。家の中にこうしたものを祀る家が私の故郷にはありませんでしたので、不思議な思いでその稲荷を見ていました。


 すばる様は座敷の障子の隙間から稲荷を見て、「くだらん」と吐き捨てるように言いました。


「あんなもの建てても利益の上乗せなどできるはずもない。肥えぬうちに食い殺してやる」と。


 物騒で意味のわからないことをおっしゃる方だな、と思いましたが、あれはそんなことに時を費やすくらいなら、自分と過ごす時間を作って欲しいという、すばる様なりの寂しさの表現だったのではないかと、私は思っております。



 夜の帳が降りる頃、旦那様と奥様がやって来られました。

 お二人とも、黒染めの着物をお召しになっています。おかしなことに、毎回葬式のあとそのまま寄ったかのような格好でやって来られるのです。実の息子の住む離れに。


 和子様と寅次様は、いつもお越しになられません。でもいつだか、「代替わりをしたら寅次は来ることになる」などと、旦那様がおかしなことを口走っていたのを聞いたことがあります。


 長男はすばる様なのですから、お家を継ぐのはすばる様ではありませんか。

 それともあれは、寅次様が代わりに離れに住む、という意味だったのでしょうか。私のような末席の使用人が旦那様にそのようなことを尋ねるわけにもまいりませんので、謎は解けぬままです。


 私は提灯を片手にもち、離れの入り口に鷹取ご夫妻をご案内します。

 引き戸の横に置かれた行燈に火を灯し、お二人が中に入っていくのを確認したあと、木戸を閉めます。ご家族がいらした際は離れの女中部屋が使えませんので、私は本宅の女中部屋まで下がり、そこで床につきます。


「すばる様はどうしておられるかしら。今宵こそ楽しい時間を過ごせていると良いのだけど」


 引き戸を開けた際、一瞬だけすばる様と視線が絡みました。

 毎度のことですが、絶望的な表情をしておられました。私はそれが辛くて悲しくて、逃げるように離れをあとにしました。


 幼くして働きに出ることにはなりましたが、父も母も私が家を離れるのを泣いて惜しんでくれました。貧しさゆえに家を出ましたが、愛情深い家族です。今でも定期的に手紙をよこしてくれます。


 すばる様はこんなにも近くにご家族がいるのに、お心は離れています。

 とても悲しいことだと、私は思います。

 そんなことを考えているうち、瞼が重くなってきました。


 するとどうしたことでしょう。泥に沈むように思考が消えていく中で、ぼんやりとした灯りを纏ったすばる様が目の前に現れたのです。

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